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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・秋
132/185

【だいえんかい】


「カンパーイ!!」


 カカァン、と小気味よい音を立ててグラスが打ち鳴らされる。

 第一回さいはて荘家族旅行一日目の夜は、高知の海の幸盛りだくさん大宴会である!


「コレおいしい。なに?」

仏手柑(ぶしゅかん)と呼ばれる品種だそうです。高知県の中でもごく一部でしか嗜まれていないみかんで……かぼすと近く、緑色の果実なのだとか」


 食前酒(ワタシや巡にはノンアルコールの果汁)として出された柑橘系のすっぱくも爽やかで後味すっきりとした飲み物に目を丸くしたワタシに、元巫女がお品書きを見ながら解説してくれた。


「よっしゃビールだビール!」


 食前酒に舌鼓を打ち、談笑しているワタシたちとは対照的にお蝶と爺の大蟒蛇(おおうわばみ)コンビ……いや、呼び方かっこよすぎるな。飲んだくれコンビにしよう。飲んだくれコンビは一発目のビールを酌し合って飲み干し、二発目とばかりに日本酒の注文に入っていた。おい、まだ付け出ししか来てねえぞ。


「やれやれ、初日からかっ飛ばすねえ」


 対する、見た目だけは大蟒蛇っぽいおっさん、つまり元国王と元軍人、あと社長は普通にビールを酌し合って呑んでいる。


「食前酒おいしいねぇ! 魔女ちゃんのはアルコール入ってないやつだよねえ? 注文できるかな?」

「えーと。あるある。仏手柑ジュース。炭酸もあるって」

「じゃあボクは炭酸の方を頼むかなっ」

「わたくしは炭酸が入っていないほうを……」


 わやわや。

 うん、楽しい。付け出しとして(かぶら)蒸しが出されていたんだけどワタシはもう食べちゃっていたから、女将さんが下げてくれてさっそく次の料理、御造りを出してくれる。新鮮なお刺身がいっぱいだ。

 その間、女将さんからはひと言もない。今だけじゃない。旅館に着いてから、ずっとだ。どうしてかって思ったら、社長が手を回してそうさせているらしい。なっちゃん対策なんだって。そらしょうがない。


「御造りの次はここらの名産物だってさ」

「高知の名産物っていうと……カツオ?」


 大正解だった。

 御造りの次に出てきたのは鰹わら焼塩タタキという料理だった。わら焼きってのはそのまんまで、カツオの表面をわらで(いぶ)すんだって。分厚く切られたカツオのタタキが贅沢に何枚も皿に盛りつけられて運ばれてきた。

 まずは何もつけず、塩タタキをそのまま食する。んんん、うまい! プリプリに旬なカツオの引き締まった身のさっぱりとした風味に塩辛く焼かれた皮がよく合う。


「カーッ!! 酒が進むぜェ!!」

「酒が足りんぞ!! 追加じゃ追加!!」

「元国王! 元軍人! 社長! テメーら呑めや呑め!!」

「うわっ!! ちょっ、お蝶くんペース早いよ!! 呑むけどもっとペース落として!!」

「むしろ遅いくらいじゃわい!!」

「全く……こうなるのは分かっていたが、早すぎるな」

「俺様はこれで十分──おいこらお蝶!! 貴様注ぐな!!」


 カオス。

 まあ、そうなるくらいうまいってことで。

 二枚目のカツオを、今度はポン酢につけていただく。元が潮タタキだから濃くなっちゃうかな? と思ったけれどポン酢がいい具合に塩を中和してくれて、むしろカツオのさっぱりとした風味を引き出していた。こっちの方が塩辛くなくて好みかも。


「やはり本場のかつおは違いますね」

「ほんと。すーぱーのかつおのたたきとはおおちがい!」

「かーたん! めーもぉ!」

「巡ならもう大丈夫だろうとは思うが……ま、これは少々塩味が効き過ぎる。また今度な」


 ぷぅ、と膨れる巡に元軍人は笑い、巡用に別に用意された御前からちらし寿司をよそって食べさせ始める。

 と、そうこうしてるうちに次の料理が運ばれてきた。こちらもお寿司──炙り鯖寿司だ。同時に、火が消えるまで放置するよう指示が出されていた寄せ鍋も煮詰まって、いよいよお腹を本格的に満たしにかかる頃合である。


「カラオケするぞカラオケ!!」

「ないよそんなの!! 大衆旅館じゃないんだから!!」

「いいから歌うぞ!! どーせアタシたち以外には客いねぇんだ、迷惑もへったくれもねぇだろ!!」


 そう言うが早いか、お蝶が元国王の首に腕を回して歌い始めた。

 〝ホワイトレース〟という歌だ。レース編みのような白くてかわいらしい花をつけるホワイトレースフラワーの花言葉は、感謝。

 若干強引なお蝶ではあったけれど、酔いどれ赤ら顔でありながらも腹に胆を込めて、心の底からの感謝を込めて──ワタシたちに、さいはて荘に向けて歌った。それはそれは、楽しそうに。本当に、楽しそうに。

 巻き込まれた元国王も最初こそ抵抗していたものの、途中からお蝶に合わせて楽しげに、そしてやはり心の底からの感謝を込めて──歌う。唄う。

 示し合わせたわけでもないのにいつの間にか爺と元王子も参加して、若干ズレ気味ながらも構うことなく感謝の歌を唄う。謡う。

 彼らのように立ち上がりはしないものの、ワタシも気付けば同じように高らかに声を上げて謡っていた。元巫女と大家さん、元軍人になっちゃん、そして巡も謡う。謳う。

 ──やがて静かに傍観していた社長も静かに、謳う。詠う。


 歌い、唄い、謡い、謳い、詠う。


 捧げるは、感謝。


 届けるは、さいはて荘。


 掲げるは、みんなへの感謝。


 今日も、さいはて荘は平和である。



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