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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・秋
131/185

【こーひーぎゅうにゅう】


 高知県の最南端、太平洋に面したとある旅館。

 太平洋を一望できる露天風呂にて、ワタシは至福のひと時に浸っていた。いやもう、マジでいい気持ち……。川遊びで疲れた体が癒えていくのがわかる。あああああああ、しあわせぇ。


「しょぱー」

「ええ。とてもしょっぱうございますね。こちらの温泉は汐湯(しおのゆ)と申しまして、太平洋から海水を汲み上げて沸かしておられるそうです」

「え、じゃあホンモノの海水なんだ」


 露天風呂は岩造りの、太平洋の岩礁をイメージしたようなつくりになっていて巡が言った通り、しょっぱいお湯で満たされている。海が近いから海水混じりの温泉でも湧くのかなと思ってたけれど、海水そのものを沸かしているのか。


「くっは~~~~~たっまらんね~~~~~」

「お蝶、おっさん臭い」


 岩に寝そべるように身を横たえて、お湯に浸した足を思いっきり広げているお蝶はまるきりオヤジだ。いや、オヤジでもこうはしないか?


「だ、だいじょぶ? あたし、入ってもだいじょぶ?」

「だいじょうぶ。ほら、おいでなっちゃん」


 これが人生で初めての温泉だというなっちゃんはびくびくしながら大家さんにひっつきっぱなしで、でも心の底から楽しげにしている。よきかな。


 それにしても。


「……でっかい」

「ああ、でけぇな」


 何がって、元巫女。

 さいはて荘の浴場で時々一緒になるから元々知ってるけどさぁ。環境が変わるとまた、感じ方が違うというかなんというか。髪をひと纏めに上げて、太平洋をバックに湯気を立ち昇らせながら頬をほのかに赤く染める元巫女は、ヤバい。


「……ワタシも、まあまあ大きくなってきたけど、もっと欲しい……」

「Bってトコか? 揉めばデカなるって」

「揉むな!」


 セクハラオヤジめが!!


「ふわ~、きもちいいねぇ~。ここにドーナツもあればもっと最高~」

「おうなっちゃん、そこは酒だろうがよ酒」

「温泉卵食べたい」

「それはまた今度だな~。そういや、箱根にゃ真っ黒な卵あるらしいぜぇ」

「マジで」

「ああ! 元王子さまと大涌谷(おおわくだに)に訪れた折、口にいたしました。一見黒い石のようなのでございますが、こんこんと割りますと中から真っ白なゆで卵が出てくるのです」

「ほほー、たべてみちゃー」

「こんどいこうか。おとうさんにいってみようね」


 ほのぼの。ああ、あったかいし気持ちいいし平和だし至福。




 ◆◇◆




「風呂上がりにはコーヒー牛乳さ!!」


 温泉から上がって男性陣と合流すべく憩いのスペースに向かうや否や、元王子が高らかに叫んだ。うるさい。

 憩いのスペースでは先に上がっていた男性陣がワタシたちを待って……待ってないな。各々好きにくつろいでいる。元国王と爺はマッサージチェアで極楽心地に浸っているし、元軍人と社長は何故かクレーンゲームに勤しんでいた。

 もちろん、もれなくみんな浴衣姿。


「ワタシもコーヒー牛乳飲みたい」

「アタシラムネ」

「めーも! めーも!」

「めぐるくんはみっくすじゅーすにしようか。もとみこさんとなっちゃんもなにかのむ?」

「では、牛乳を……」

「あたしコーヒー牛乳!」


 風呂上がりのドリンクはやっぱり牛乳瓶に限る。何でだろうね? ワタシも元王子も温泉に入るようになったのはここ数年だから牛乳瓶に馴染んでるワケじゃないんだけど、不思議と風呂上がりは牛乳瓶だー! ってなる。

 まあ、映画とかドラマとか小説とか、そういうので無意識に風呂上がり=牛乳瓶ってインプットされてるんだろうな、とは思うけれど。テレビの懐かしいものを特集したバラエティとかでもよく取り上げられるし。


「いっただきま~す!!」


 自販機から出て来たばかりの、キンキンに冷えたコーヒー牛乳からプラスチックの蓋を外す。昔は紙の蓋だったらしいけど、今はこれが普通ってかこれしか知らない。

 そしたらふちに口をつけて、一気飲み!!

 ぐびぐびと、音を鳴らして贅沢に飲む!! そう、これこそ風呂上がりの一本!!

 ぶっちゃけ、味はそこまでおいしいとは思わない。大味というか。紙パックの牛乳と甘さ控えめのコーヒーを混ぜた方がおいしい。でも、ここは旅館。そして風呂上がり。〝状況〟というのは不思議なことに、味の感じ方を変えるのだ。


 つまりうまい。


「カーッ!! 風呂上がりの炭酸は最高だねぇ」

「おいちーねぇ」


 他のみんなも至福のひと時を甘受しているようで何よりである。

 さて、この後は夕食である。どんなごはんが出てくるか今から楽しみで仕方ない。


「おい、魔女」

「ん? ──わぶ!」


 社長に呼ばれた、と思ったらいきなり何かを押し付けられた。慌てて顔に圧しつけられたそれを掴んで離せば、ちょっと安っぽい生地の、真っ黒な猫のぬいぐるみがそこにあった。しかも、なんかやたら目つきが悪い。


「そっくりだな」

「はぁあ!? どこがよっ!! 呪うわよっ!!」


 フッシャー!

 ──と、黒い猫の腕を持って社長を引っ掻く。引っ掻いて、でも突き返さずこっそり懐に抱き込む。


 ……こっち見んな!



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