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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・秋
130/185

【魔女の絵本⑩ いぬのおかあさん】




【魔女の絵本⑩ いぬのおかあさん】




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 さいはて荘のエントランスに飾られている巨大なキャンパス。そしてその下に絵本と一緒に陳列されている、十一体のぬいぐるみ。




 ◆◇◆




 きょうもさいはて荘はいいてんき。


「かあさん!! いたいよう!!」

「しゃちくん、げんきいっぱいなのはいいけどあんまりあぶないことしちゃだめだよ」


 ころげまわってせびれをすりむいたぼうくんしゃちが、なみだめで傷だらけのいぬになきついています。

 しょうがないなあ、と傷だらけのいぬはわらいました。


 きょうもさいはて荘はいいてんき。


「おかあさん!! おーなーかーすーいーたー!」

「はいはい。いまごはんつくるからまっててね」


 つぶれているねずみがばたばたとりょうてりょうあしをふりまわして、傷だらけのいぬにあまえます。

 まったくもう、と傷だらけのいぬはわらいました。


 きょうもさいはて荘はいいてんき。


「いぬさん、ぱんつくったよ~!」

「わあ、いいにおい! こんなにおいしそうなぱんをつくれるくまさんのてはすてきだね!」


 ほかほかやきたてぱんをめいっぱいかかえたよごれているくまが、にこにこえがおで傷だらけのいぬにこえをかけます。

 いつもありがとう、と傷だらけのいぬもにこにこえがおでこたえました。


 きょうもさいはて荘はいいてんき。


「HEY! みてくれたまえよ、このすばらしいロボット!」

「うわあ!? さるさん、こんなでっかいのをつくるなんてすごいねぇ!!」


 きょだいロボットをつくりあげたぴえろのさるがそれはそれはほこらしげに、傷だらけのいぬにじまんします。

 すごいすごい、と傷だらけのいぬはおおきくぱちぱちとはくしゅしました。


 きょうもさいはて荘はいい天気。


「なにかこまったことがあったらいえ。おれさまにできないことはないからな!」

「うん、ありがとうとらさん! とらさん、おふろわいているからはいっちゃって!」


 ぐんっとはなさきをあげておびえているとらが、えらそうに傷だらけのいぬにかたりかけます。

 うんうん、と傷だらけのいぬはたのしそうにはなしをききました。


 きょうもさいはて荘はいい天気。


「いぬさん、ちょいとこしをもんでくれるかねぇ」

「はいはい、あんまりむりしないでね。えいえい、ここはどう? えいえい」


 よろよろとねそべったとべないふくろうが、へろへろとしたこえで傷だらけのいぬにおねがいします。

 えいえい、と傷だらけのいぬはやさしくもんであげました。


 きょうもさいはて荘はいいてんき。


「いいてんき」

「ほんと! いいてんきねぇ!」


 なにもないひとが、傷だらけのいぬにあいさつします。

 にこにこ、と傷だらけのいぬはあいさつしかえしました。


 きょうもさいはて荘はいいてんき。


「いぬさんいぬさん、このようふくきてみて!」

「わー、かわいい! ねこさんもこっちのようふくきてみて! ぜったいかわいいよ!」


 ひらひらおしゃれなようふくをかかえたつややかなねこが、るんるんきぶんで傷だらけのいぬにだきつきます。

 かわいいかわいい、と傷だらけのいぬもはしゃぎました。


 きょうもさいはて荘はいいてんき。


「おそうじおわりました。ほかになにかおしごとありますか?」

「わあ、ありがとう! すっかりきれいになったねえ! もうなにもないから、いっしょにおちゃのもう!」


 ほうきでせっせとおちばをあつめたむひょうじょうのうさぎが、できることはないかと傷だらけのいぬにといかけます。

 のんびりしよう、と傷だらけのいぬはほうきをとりあげました。


 きょうもさいはて荘はいいてんき。


「いぬさんいぬさん」

「な~に?」


 ただなまえをよんでみたかっただけの血まみれのおおかみが、つんつんと傷だらけのいぬをつっつきます。

 んもう、と傷だらけのいぬはほっぺたをふくらませてわらいました。


 きょうもさいはて荘はいいてんき。

 そして、傷だらけのいぬもにこにこまんめんのえがお。




 きょうも、おかあさんはおおいそがし!




 ◆◇◆




「──おしまい!」

「ぱちぱち~!」

 巡の拍手に合わせて車内でまばらな拍手が沸き起こる。

 夏休み最後の週。三泊四日の第一回さいはて荘家族旅行がスタートした。十四人乗りのシルバーのハイエースにさいはて荘のみんなで乗り込んで、高速に乗って落ち着いてきたところで絵本を読んでいたのである。

 ハイエースは五列から成っていて、一番前の運転席と助手席には元軍人と元国王が乗っている。その真後ろ、乗降口に近い席は社長がひとりで陣取っている。三列目にはチャイルドシートを設けて、巡と大家さん、ワタシが座っている。四列目は元王子と元巫女、それにお蝶。一番後ろの広い座席には爺となっちゃんがいる。

 十一人ともなると荷物もそれなりにあって、荷台はすっかりパンパンだし座席下にもそこそこ荷物があふれている。


「かーたん、みーなのかーたんなのねー」

「そうだなァ。何だかんだ、大家さんにみんな甘えちまうんだよな~」

「洗濯もついついお願いしてしまうねっ。悪いとは思っているんだけれどね、つい……」

「うふふ。そのかわり、みんなにはいつもたすけてもらっているから」


 大家さんはにこにこ嬉しそうに笑って、いつもありがとうとみんなに言う。その笑顔は本当に幸せそうで、大家さんが本当にさいはて荘のみんな大好きなんだなってわかる。それを見て、笑顔にならない人間なんてここにはいなかった。あの社長さえも、こっそり微笑んでいた。


「ん~と、まずはどこ行くんだったけかァ」

「え~と、しおりによるとぉ……仁淀川だねぇ!」

「今日は川遊びのみで、夕暮れ前には旅館に向かう。旅館の中も相応に広いから遊び足りなければ探索すればいい」


 なっちゃんの言葉に補足するように、社長が静かな声で語る。てかせっかくの旅行なのにスーツって。


「俺様はこれが落ち着くんだ。それに、仕事もある」

「……無理してない?」


 ただでさえ忙しい社長がこの三泊四日の旅行に参加すべく、最近はほとんど帰ってこれないくらい忙しくしていた。社長なんだから当然、四日間まるまる休むってワケにもいかないんだろうし、なんだか、心配になる。

 ちょこっと身を乗り出して前の席に座っている社長を覗き見る。やっぱり、ノートパソコンを膝の上に置いて何やら作業をしていた。ワタシの視線に気付いてか、社長が横目にワタシを見やってくる。


「無理するにきまってるだろう。家族旅行だ」

「……まったくもう」


 かちゃり、とシートベルトを外して前の席に移る。で、かたっくるしい社長のネクタイと上着を剥がしにかかる。


「キャー! どれみさんのエッチー!」

「うっさいお蝶!」


 茶化されるのは予想してたけれど、やっぱり恥ずかしい。少し熱くなった頬をそのままに、剥いだネクタイと上着を畳んでいく。


「気を抜けるところは抜いときなさいよ。パソコンだったら別にカッチリした格好してなくてもいいでしょ」

「…………そうだな」


 ──と、社長がワタシにしなだれかかってきてほんの少しどきりとしたのも束の間、社長はワタシを背もたれ兼肘置きにして、足を伸ばして窓のふちに引っ掛けてパソコンを操作し出した。

 ときめき返せ。


「重いッ!! ワタシに体重かけるなっ!!」

「気を抜けと言ったのはお前だ」

「限度があるでしょうが!!」


 フシャー!

 ──と、威嚇しつつもそのままにしておいちゃうのは、心のどこかで嬉しく思っているからなんだろうか。


「どれみ。重いようなら元国王と席を交換するとよい。元国王ならばいくらでもクッション代わりにして問題なかろう」

「元軍人さん、ぼくをぞんざいに扱うのはやめてくれないかなぁ! 嫌だよ、社長くんのクッション代わりって」


 心なしかいつもより低い元軍人の声に、助手席の元国王が呆れ顔で突っ込んだ。そして社長も社長で元軍人の言葉を全力で無視している。


「そういえばテレビあるんだろ? 映画流せ映画」

「OK、任せたまえよ! この日のために準備したんだよっ」


 そう言いながら元王子が座席を離れ、運転席と助手席の間にあるボックスで何やら作業し始めた。そうして出てきたのはわりと大きめの──まんじゅうマンモニターだった。


「おー! まんじゅーまん!」

「十八インチのモニターを改造してねっ。可倒式にして、普段はボックスに収納できるけれどいざという時は──ホラ、こんな風に!」


 まんじゅうマンの顔を模した大きめのモニターが助手席と運転席の間を陣取って、ちょっとした観光バスみたいな空間になる。……まんじゅうマンの顔なのがちょっとシュールだけど。


「じゃあ始めようか、劇場版まんじゅうマンメドレー」

「おー!」


 逐一休憩を入れつつの長い長い、高速の旅。

 それは意外にも深く、感動できるまんじゅうマンの映画のおかげでわりと退屈しない旅になった。いや、幼児向けだと侮っていた。さすがは正義のヒーロー。お蝶なんか涙ぐんでいた。



 ◆◇◆




「うわあ~!! すっごいすっごい!! すっごい綺麗!! うわぁ、さいはて荘の裏山よりも綺麗な川があるなんて思っていなかった!!」


 高知県にある仁淀川(によどがわ)、とはいっても上流域はもうほとんど愛媛県である。面河渓(おもごけい)と呼ばれる渓谷を流れるこの川は驚くほどに透明度の高い、青色の中の(あお)色。蒼色の果ての(あお)色。藍色の極みの(あお)色。究極の青色を、している。

 あまりにも美しすぎる青色に、ワタシは見入る。魅入る。


「ここには河童がいるそうだ」

「何言ってんのアンタ」


 せっかくの感動が一気にコミカルな感じになったじゃねーか。元王子ならともかくアンタが言うとより一層シュールなのよ社長ッ!


「ホホー、コレはすごいわい。魚がよう見える」

「釣りたくなるねぇ~」

「素手でも捕まえられそうなくらいよく見えるわよね」


 爺と元国王はやはり魚に注目する。釣り好きだなホント。でも、これだけ綺麗だと景色を眺めながらぼんやり釣り、ってやりたくなるかも。

 面河渓は観光客もそれなりにあるし、キャンプ場もあるから一応整備されてはいる。けれど野山であることには変わりないから、見渡す限り大自然で胸が綺麗な空気に満たされていく感じがすごい。さいはて荘もド田舎だから大自然っちゃ大自然だけどさぁ、なんというか。〝田舎〟と〝自然〟の違いというか。人の手が入った場所と、人の手が入っていない場所っていうか。

 THE大自然! ってか。


「本当に心が透くほど清らかな流れでございますね」

「本当にな~。コレ秋も紅葉ですっげぇ綺麗なんじゃねぇか?」

「確かに。真っ赤に染まった面河渓ってのも見てみたくなるね」


 元巫女とお蝶は素直に景色に見惚れている。なんというか、こうしてふたりが並んでいるのを改めて見ると、真逆だなあ。しとやかで清廉な元巫女と、あでやかで豪快なお蝶。流れるような漆黒の髪を持つ元巫女と、太陽の輝きを再現するが如く染め尽くしたお蝶。巫女装束を着こなしている元巫女と、体の起伏を惜しげもなく曝け出しているお蝶。メイクだって、元巫女は肌色を整えるためのファンデーションくらいしかやらないけれどお蝶はアイラインを濃いめに引いたり睫毛にビューラーをかけたりと手をかける。数年前はつけまつげやネイルもやってたけれど、定食屋を開いてからはやらなくなってたな。

 これくらいふたりは真逆だ。対極と言ってもいい。うん、改めてさいはて荘って色んな人が集まってるよね。それなのにみんな仲いいんだからすごいと思う。

 ──ま、〝踏み込んではいけない領域〟をみんなわかっているからなんだろうけど。


「写真撮るのだぁ!!」

「思い出のアルバムは任せてくれたまえ!!」

「それはいいけど、あんま危ない真似しないでよ」


 なっちゃんと元王子は張り切って写真とビデオを撮りまくっている。それはいいんだけど、テンション上がりすぎて岩場の上からワタシたちを空撮、なんて真似までやっちゃってる。

 でもまあ、その気持ちはよくわかる。だって、本当に楽しい。まだ川に着いて、見ているだけだけれどそれでも楽しいんだ。〝さいはて荘のみんなで旅行〟という事実だけで、とてもとても楽しいんだ。


「ふふふ。あついかなとおもったけれど、かわのおかげかとてもすずしいですね」

「そうだな。これならば川遊びしても問題なさそうだ」

「あっち、ちょっとなだらかで広いとこあるみたい。巡はあそこがよくない?」


 巡を抱え、腕に大家さんを捕まらせている元軍人にそう伝えれば、そうだなと頷いてくれた。水遊びは巡も好きだけれど、川は危ないからさいはて荘でもまだ滝つぼのところには行ってないんだよね。


「ねーたねーた、ばちゃちゃー!」

「はいはい、あっちで一緒に遊ぶわよっ」


 遊びたいと強請る巡にそう返事しつつ、川辺をよたよた歩いて移動する。昔に比べると随分身体能力上がったけれど、それでもまだまだ運動は苦手だ。高校でも体育はいつだって真っ先にヘバる。女子はバレーで、いっちゃとトス練習するんだけどすぐ手が痛くなる。バドミントンがいい……。


「おいっ」

「わ、わ、わわ!」


 少し大きな岩に足をかけたところで少しぐらついて、社長が咄嗟に腰を支えてくれた。社長の大きくて、見た目以上に逞しい腕がワタシの体を支える。

 かっと、顔が熱くなるのを感じながらありがとう、と囁く。


「ンンンンンンン!!」

「うっさい!! いきなり何よッ!!」

「叫びたくなっただけだ」


 いきなり奇声を上げたお蝶の言わんとしていることはなんとなくわかる。ワタシだって同じこと感じたことがあるからだ。元王子と元巫女相手に。だから、わかる。

 ──アアアアアアア!! 恥ずかしいっ!!

 ──まあそんなこんなで、遊泳ポイントに辿り着いたワタシたちはさっそく川遊びに勤しんだ。

 とはいっても、爺と大家さん、元巫女は日陰でほのぼのお茶しているけれど。


「わ~、ちめた~!!」

「すっごい。ホントに綺麗」


 車内であらかじめ着替えてあった水着で川に入る。冷たくて、けれどとても気持ちいい。さいはて荘の裏山に流れる川よりも青みが強くて、そのくせ透明度はアホみたいに高い。ホント綺麗。


「新しい水着買ったんだな。かぁわい~ねぇ~」

「言い方おっさん臭いわよ」


 いや、おっさんだった。

 うん、この日のために水着を新調したんだ実は。別に、水着のサイズが合わなくなったとかじゃないんだけど、うん。

 うん。


「……ワタシも高校生、だし」


 ちょっとオトナっぽく、と思ってビキニを買った。黒い、ちょっとフレアがついたビキニ。

 なんとなく恥ずかしくて、ぷいっと視線を逸らす。そしたら、逸らした先にズボンを捲り上げて岩場に腰掛け、足を水に浸している社長がいて、視線が合う。合うってか、こっちを、見ていた。そう、見ている。こっちを、ただ。


「う……」


 何でだろう。社長の視線に、射竦められる。

 言葉が出なくなる。顔が、体が熱くなる。

 ──ああ、ずるい。

 ほんとに、ずるい。


 そんな目でワタシを見るくせに、やっぱり何も言わないんでしょう。


「……ばーか!!」

「うわっ!」


 腹立ったから思いっきり水を社長に掛けてやった。ふはは、ざまーみろ!


「何をする貴様っ」

「ばーか!!」


 ばーか!!


「いやあ、青春だねぇ」

「当然しっかりビデオに収めているから安心してくれたまえ」


 聞き捨てならない台詞が聞こえてきて、そっちに視線を寄越せば元王子が満面の笑顔でビデオカメラを回していた。ワタシと社長に照準を合わせて。

 その隣では元国王が微笑ましそうな顔をしている。

 カッと、先ほどとは違う意味で急激に熱が上がっていく。


「こ……コラー!! 撮るなー!!」

「嫌だ!!」

「きっぱり言うな!!」


 わーわーきゃーきゃー、としばらく元王子との追いかけっこになったというのは言わずもがな。




 ◆◇◆




 ひとしきり川遊びを終えてくたくたになった体で車に戻ったワタシたちは、くったりと背もたれに体を預けて旅館への道程を辿る心地よい振動に身を沈める。


「余程お疲れになったのですね。すっかり寝入っておられます」


 くうくうと眠っている巡を見て、元巫女が微笑む。

 うん、遊びに遊び、暴れに暴れ倒したもんね。ほんとに楽しかった。川のスライダーで滑ったりとか、岩の上から飛び込んだりとか、ほんとに楽しかった。身体能力が既に人外じみてるとはいえまだ二歳、巡は終始元軍人と一緒だった。けれど、なんでだろう。父子で人外じみた遊びしていたような気がする。滝を登ったりとか。いや、気のせいよね。


「旅館に着いたら温泉入ろうよ。夕食までは時間あるし」

「おう。覗きすんなよ!」

「むしろきみがしないように」


 うん。するな。お蝶なら絶対男湯覗こうとするな。そんで元国王が悲鳴を上げて怒る。


「まだいちにちめだけれど、きてよかったってほんとうにおもえるね」


 ふと、大家さんが心の底から嬉しそうな笑顔でそう言ってきて、ワタシはそういえば、と最後のひとりに質問を投げかけることにした。


「お母さん。お母さんにとって、〝人間〟に必要な、大切なものって何?」


「〝()()()()〟ね」


 〝()()

 〝()()

 〝()()

 〝()()

 〝()()

 〝()()

 〝()()

 〝()()


 ──〝()()


「あたりまえのことなんだけれど、でもあんがい、きづかないひとおおいのよ」


 〝()()〟──それは誰もが追い求めるものだ。誰だって幸せになりたいだろう。誰だって不幸にはなりたくないだろう。でも、大家さんが言いたいのは()()()()()()じゃない。


「わたしの〝()()()()〟と、みんなの〝()()()()〟がかさなっているしゅんかん──それが、わたしはたまらなくしあわせ」


 どんなに小さな〝()()〟でも、そこに誰かの〝()()〟が重なればそれは足し算になる。〝誰か〟が大切な存在であれば、足し算の式にかっこができて、二乗がつく。

 大家さんはそれを誰よりも理解している。この車内──さいはて荘のみんなが詰まっている、車内。移動しているだけでみんな、特に何かをしているワケじゃない。川遊びでへとへとに疲れてみんな、喋る気力もないって感じだ。


 でも、ここには〝()()〟が詰まっている。


「わたしだけじゃない。みんな、とってもしあわせそうにしている。だから、ここはとってもしあわせなくうきにつつまれているの」


 元国王は穏やかな笑顔を浮かべながら運転している。

 元軍人は助手席で頬杖をつきながら静かに目を伏せている。

 社長はワタシにもたれかかってすうすうと眠っている。

 巡もチャイルドシートのなかでぷうぷうと寝息を立てている。

 元巫女は穏やかな微笑みを浮かべて巡を見守っている。

 元王子はビデオを確認しながらにやにやと笑っている。

 お蝶はバカデカいあくびをして眠そうにしつつも話に聞き入っている。

 爺は家族旅行のしおりに読み耽っている。

 なっちゃんは楽しそうに窓の外を眺めている。

 ──みんな思い思いに行動している。けれど、わかる。


 みんな、〝()()〟そうにしている。


「わたしとみんなの〝()()()()〟がかさなる、それってだいじだとおもうの。──もう、ひとりぼっちはいやだものね」

「──そうだね」


 不思議だと思う。

 原因も理由も境遇も環境も何もかもがバラバラだけれど、みんな元はひとりぼっちだった。

 それが、今こうして〝()()〟を共有している。


「──ああ、そっか」


 この〝()()〟の共有を、ずっとしていたいからこそ人間は〝()()〟を作るんだ。けれど、人間というのは変わるし、すぐ忘れるから──〝()()〟の共有をしていたはずが、いつの間にか自分の幸せだけを考えるようになっちゃうんだ。


 ……たぶん、ワタシの()()()()も、そうだったんだろうな。

 〝どれみ〟と名付けた時は、きっと〝()()〟の共有を想っていたのだろう。けれど、彼らは忘れてしまった。


「……忘れないように、しないとね。〝()()〟は、ひとりだけのものじゃない」

「ええ」


 ワタシの言葉に大家さんは目を細めて、優しい〝お母さん〟の顔で微笑んだ。



 【幸福】



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