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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・秋
123/185

【かしわもち】


 ぺちぺちと、巡に頬を叩かれてはっとする。


「え? あ、どうしたの? 巡」

「……ねーた、つぶれてゆ」

「あっ」


 手に持っていたかしわもちが潰れていた。なんてこったい。


「……ねーた、はっぱたべてゆ」

「あっ」


 かしわもちの葉っぱごと食べていた。なんてこったい。


「食べても害はないから大丈夫だけどねっ」

「はっぱ、どーちてありゅ?」

「柏の葉と一緒におもちを蒸しますとたいへんよい香りがするのです。昔、食器が存在しなかった時代には柏の葉をお皿代わりにしていたそうで、だからたいへんゆかりの深い葉っぱなのでございますよ」

「ほほー」


 ある日のさいはて荘。

 縁側にて、元巫女が差し入れて来たかしわもちをお茶請けにして優雅なおやつタイムと洒落込んでいた。のだが。

 いかん、どうもぼんやりしてしまう。

 気を抜くと、脳裏に柑橘系の香りが染み込んでいる温かくて、おおきな胸板、が──


「んグッ」

「ねーたぁ! ちゃ!」


 あやうく喉に詰まらせかけて、巡から差し出されたお茶で慌てて流し込んだ。いかん、本当に気を抜くとすぐ、いかん。


「春だねぇ」

「黙れ元王子」

「春……で、ございますか? もう春は過ぎたように思いますが」

「なちゅねー」


 季節は夏。

 あっさりと明けてしまった梅雨がさらっとしていて湿り気のない夏を運んできて、さしたる熱気のない夏を迎えている。とはいっても束の間の涼しい暑さ。すぐ暑くなるだろうけれど。

 そんな夏の午前、元巫女が神社で作ったというかしわもちを持ってきてくれて、縁側でありがたくいただいている。二個目のかしわもちをさらっと水にさらして葉っぱを剥いて、かぶりつくと元王子がお昼食べられなくなるよ、と忠告してきた。だって一個目の味覚えていないんだもん。


「おいしい」


 水にさらされて粘り気が洗い流されたかしわもちはとてもつるりとしていて、けれどさして力を込めずとも歯が沈むほどに柔らかく、とか言ってもちの形が崩れるほどに柔くもない。ほのかに甘さのあるもちの中にはあんこがこれでもかってくらいぎちぎちに詰め込まれていて、そのあんこがまた甘くてたまらない。練りに練って、こしにこしたこしあんだ。舌触りがとてもなめらかで、ひっかかりなく舌の上を滑って喉に流れていく。

 うん、おいしい。


「ありがとうございます。……魔女さま、伺ってよいのかどうかわかりませんが……何か、ございましたか?」

「……」


 何かござったかどうかなら思いっきりござった。ござったって使い方合ってるのかコレ?

 少し迷って、元王子と元巫女ならいいかなと考えてもごもごと言葉を選別する。こればかりは、大家さんにも元軍人にも言えなかった。両親だからこそ、言えなかった。ふたりとも様子のおかしいワタシに気付いていたとは思うんだけれど、触れてこなかった。ありがたかった。


「……元王子と元巫女は、付き合っているんだよね」

「え? あっ、えっと、はい……」


 ンンンンン!

 ワタシが何を言いたいかわかるね? 頬を赤く染めて恥ずかしそうに人差し指を絡める元巫女のなんと乙女なことよ。


「……どうして、人は付き合うのかな?」

「一緒にいたいからだろ」


 さもありなん。とばかりにさらりと答えてみせたのは元王子だった。


「それ以外に何かあるかい?」

「……ない」

「だろう? 難しく考える必要なんかないさ。一緒に遊んでいて自然と友だちになるのとはわけが違うのは確かだけれどね。突き詰めると〝一緒にいたい〟が根元にあるものさ」


 一緒にいたい。

 シンプルだけれど、確かにそれに尽きる。

 じゃあ、ワタシは社長と一緒にいたいと思っているのだろうか? ──思う。社長と、一緒にいたい。すごく思う。一旦、想い始めるともうだめだ。ワタシは確かに、社長と一緒にいたいって思っている。




 ──いずれ、もうひとつの〝()()〟になってほしい存在がいる。




 そして社長も、きっと。

 明確な言葉にはしないけれど。絶対に、してくれないけれど。


「焦らなくていいよ。彼はなにも、今すぐキミに大人になれって言ったワケじゃあないんだろう?」

「……うん」

「大丈夫。然るべき時が来たら彼はきちんとキミの手を引いてくれるさ。むしろ、今一番やきもきしているのは彼だと思うけれどねっ」

「へ? なんで?」


 なあなあにされたのはこっちよっ。

 あの瞬間自覚した〝想い〟──けれどそれを形にすることは、アイツが拒絶した。アイツが大人で、ワタシが子どもだから。


「彼が大人でキミが子どもだからこそさ」

「……どういうこと?」

「キミはこの先、多くの人間との出会いがある。見聞を広め、知識を深め、様々なことにチャレンジして幅広い人脈を築いていくだろう。──もしかしたらキミにとって、魅力的でなおかつ年の近い男性と出会うことがあるかもしれない」


 けれどそんな時、彼には何もできない。

 何故ならば、彼は大人でキミは子どもだから。


「…………よく、わかんない」


 むしろ、この場合出会いは社長の方があるんじゃなかろうか。なんせ社長だもの。どこぞのご令嬢だとか、美人秘書だとか、謎の女スパイだとか。


「そんなのに靡く彼ならそもそもさいはて荘にいないよ」

「……それは、そうかもしれないけど」


 ……ワタシには、待つことしかできないのかな。

 社長が手を取ってくれる日まで、焦らず慌てず……待つしか、ないのかなあ。


「待つ必要はないと、思いますけれど」


 ワタシの小さなささやきに反応したのは元巫女で、元巫女の静かで透き通った声がしんしんと、続けられる。


「焦る必要はございません、というのは同意いたします。ですが、別に待つ必要はどこにもないと思われます。魔女さまは魔女さまらしく……思いっきり、振り回して差し上げてもよろしいかと」

「へ?」


 振り回し……え? 元巫女?


「いいのよ考えがまとまらなくたって! ぜーんぶぶち撒けてやんなさい! そしたらあとは元王子が色々教えてくれるから!」


 続けて元巫女が口にした、実に元巫女らしくない口調のその言葉──は──、あれ? ワタシのセリフ?


「この通りにして、よろしいと思います。何故ならば──魔女さまはまだ未成年でいらっしゃいますから」


 思はゆいと悩まれるよりも全てをぶち撒けて振り回して、その上で対話していく方が実に魔女さまらしいと思いますし、と付け加えて元巫女は少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「お年のこと、立場のこと、いろいろございますので社長さまから明確な答えは得られないやもしれません。ですが、あのお方であればきっと、魔女さまの言葉を無下にはなさらないでしょう」

「…………」


 何も言うな。何も聞くな。

 ──社長は、そう言っていた。だから何も言わず聞かず、その時が来るまで待つのが正解なのだとワタシは思った。

 ……でも、やっぱり落ち着かない。きっと、大人しく待っていれば社長はいずれ、きっと何らかの答えをくれるんだろうけど。

 でも、やっぱり落ち着かない。


「その気持ちを、言えばいいのさ」

「ええ。お伝えくださいませ」


 元王子の言葉が。

 元巫女の言葉が。

 

 ──ワタシに、染み込む。



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