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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・秋
115/185

【ぴーまんのにくづめ】


 春もうららか。

 ワタシは、高校生になった。

 綾松(あやまつ)市にある公立綾松高校。豹南町から電車で片道一時間。公立高校はもっと近いところにもあったけれど、一番規模が大きくて設備も整っているここを学校も家族も推した。

 ワタシたちも綾松高校の制服の可愛さにやられて、是が非でも綾松高校に行く! ってなっていた。うん、可愛いのだ。最初、私立高校の制服だって思ったもん。

 紺色のハイウエストフレアスカートにショートジャケットで、ジャケットはいわゆるナポレオン・ジャケットってやつ。ナポレオンカラーって言われる高いえりがナポレオン・ジャケット風って呼ばれる所以なんだって。かわいい。あと、金細工の大きなボタンが六つ、二列になって並んでいるのもかわいい。

 この制服を着るようになってまだ一週間。可愛い制服を身に付けている新鮮感はまだ消えない。非常にルンルン気分である。


「たっだいま~! ──あれ、お母さん?」

「おかえりなさい、どれみちゃん」

「ねーた! おっかーり!」


 電車に揺られること一時間、改札前でゆゆや大王と別れて迎えの車に向かったワタシは後部座席に大家さんと巡がいたことに目を丸くする。

 電車での通学を始めてから、駅までの送り迎えは元軍人が車でしてくれるようになった。元々四人乗りの軽自動車を持っていて、普段はそっちで送り迎えしてくれているんだけれど今日のは最近買った大型車だ。大型ってか、十四人乗れる超大型ってか。ハイエースだったけ?


「おかえりどれみ。今夜はもろみ食堂で食べようと思ってな」

「なるほど」


 それなら言ってくれれば駅から歩くのに、と想いつつ助手席に乗り込んだ。大型車なのはさっきまで爺と元王子、元巫女を乗せていたからだって聞いてなるほどと思う。三人はワタシと入れ違いで都市部に出かけてったらしい。

 そうして家族四人でもろみ食堂に向かい、お蝶の元気な挨拶に応えながらさっそくメニュー表を吟味する。どーれーにーしーよーうーかーなー。


「あ、今日の日替わりピーマンの肉詰めなんだね」

「おう。ピーマン丸ごと使った贅沢なやつだぜえ?」

「丸ごと? へぇ~。じゃ、それで」

「おうまいど!」


 ピーマン丸ごと、という言葉に惹かれてか大家さんと元軍人も同じのを頼んだ。巡にはお子さま日替わりセット。日替わり定食と同じメニューが、幼児向けに薄めの味付けで用意されるのだ。今のところ巡しかお客さんいないっぽいけど。


「ところでどれみ、高校はどうだ?」

「ん~、まだゆゆや大王とばっか絡んでるけど……他の子ともまあまあ話すようになった、かな?」


 綾松高校は豹南中学校と違って標準的な学校らしく、人数がそれなりにいる。クラスだって四十人いるのだ。入学式当日はあまりの多さに怯えて大王やゆゆから離れられなかった。豹南中学校に通ってだいぶ人付き合いにも慣れたと思ってたけれど、やっぱまだまだだ。

 でも地域性だろうか。地方都市とはいっても量販店がそれなりに並んでいるだけで目立った施設はない田舎都市だ。だからか、ワタシが想像していたような、テレビでよく見る〝今時の若者〟ってのはあまりいなかった。基本的におっとりとしていて、けれど都会への憧れか流行には敏いって感じ。

 ゆゆや大王もずっと豹南中学校という過疎区にいたからか、大人数と接するのに慣れていなくてこの一週間は何かと一緒にいた。ちなみにクラスは一学年ごとに五クラス。ワタシは一年一組、ゆゆは三組、大王は四組。あといおりんも四組。いおりんもいおりんで男子たちと溶け込むのに苦労しているみたいだ。全寮制の私立に行っちゃった坊主がいないから、ちょっとさみしいみたい。本人言わないけどね。


「へいお待ち! ほれ見ろ! これぞ丸ごとピーマンの肉詰め!」


 と、その時でん! とテーブルにお盆が置かれ──デッカ!!

 丸ごとピーマンの肉詰め、そのまんまだった。本当に丸ごとだった。ピーマンの肉詰めってピーマンを縦割りにしてタネを詰める感じなんだけれど、コレはピーマンのヘタだけを切り覗いて中に丸々タネを詰め込んでいる。しかも、それがみっつ。ピーマン自体デカいからむちゃくちゃ迫力がある。それがとろとろのタレにくるまれてほくほくと湯気を立てていて、実においしそうだ。


「うわあ、おちょうさん、これどうやったの?」

「そのまま焼くと生焼けになっちまうからな。蒸したんだ」


 和風あんソースを水多めに作って、そこに丸ごとピーマンの肉詰めをぶち込んで蒸し焼きにしたらしい。なるほど、だからこんなにとろとろしてるのか。


「いただきまーす!!」

「いちゃだーましゅ!」


 元気よく手を合わせていただきますをしたワタシはさっそくピーマンの肉詰めにお箸をぶち刺す。巡も、お子さまプレートの上に載せられた細切れのピーマンの肉詰めにフォークを突き刺した。そこを元軍人が脇から調整してやって、ピーマンの皮までフォークを貫通させる。

 そして姉弟ふたりで揃って、ピーマンの肉詰めにかぶりつく。


「ん~!! おいしい! ピーマンの中に肉汁がむちゃくちゃ閉じ込められててすっごく贅沢な気分!」

「んまー!」

「うはは、だろぉ? ピーマンが柔くなるのがちょっと気になるからそのうち改良するつもりだぜえ」


 普通の縦割りピーマンの肉詰めも十分おいしいんだけれど、コレは密度が段違いすぎる。ピーマンにタネが閉じ込められるから、縦割りだと焼いた時に逃げてしまう肉汁が詰まっているんだ。それをピーマンごと、和風のあっさりしたソースでいただくもんだから贅沢以外の何物でもない。

 お蝶の言う通り、蒸し焼きにしたことでピーマンのカリカリとした硬さが抜けちゃっているけれど、歯を建てたらちゃんとざっくり歯応えがあるし、ピーマン特有の癖になる苦みもある。この苦みがタネのジューシーさをいい按排に中和してくれて、いくらでも食べられる。

 最初はでっかいピーマンの肉詰めが三個も! って思ったけれど。

 うん、全部食べちゃった。だっておいしいんだもの。



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