【魔女の絵本⑥ まっしろなうさぎ】
【魔女の絵本⑥ まっしろなうさぎ】
傷ついた犬。
血塗れの狼。
無表情な兎。
艶やかな猫。
何もない人。
飛べない梟。
怯えてる虎。
ピエロな猿。
汚れてる熊。
潰れてる鼠。
暴れ狂う鯱。
さいはて荘のエントランスに飾られている巨大なキャンパス。そしてその下に絵本と一緒に陳列されている、十一体のぬいぐるみ。
◆◇◆
むかしむかし、あるところにまっしろなうさぎがいました。
まっしろなまっしろな、ふわふわでまっしろでまっさらな、みにくいうさぎがいました。
どうしてみにくいのかって?
みんながみにくいっていうからです。
「なんてきたない」「みて、あのみにくいうさぎ」「ほこりでもかぶったようなからだ」
「なんてきたならしいのかしら」「おなじうさぎとしてはずかしいよ」
まっくろなうさぎたちがくちをそろえて、まっしろなうさぎをみにくいといいます。そうなのです。まっしろなうさぎは、このうさぎだけなのです。
まっくろなうさぎたちにみにくいといわれたまっしろなうさぎは、かんがえました。
じぶんのからだはかえられません。だったら、ほかのところで「きれい」になればいいとまっしろなうさぎはかんがえました。
だからそうじをがんばりました。
だからりょうりをがんばりました。
だからべんきょうをがんばりました。
だからせんたくをがんばりました。
だからしごとをがんばりました。
でも、なにもかわりませんでした。
「なんてきたない」「みて、あのみにくいうさぎ」「ほこりでもかぶったようなからだ」
「なんてきたならしいのかしら」「おなじうさぎとしてはずかしいよ」
まっしろなうさぎがどんなにがんばっても、まっくろなうさぎたちはまっしろなうさぎのまっしろなからだしかみませんでした。
そしてあるひ、とうとうまっしろなうさぎはおいだされてしまいました。
そうして、まっしろなうさぎはこころをなくしてしまったのです。
「なにをしてるんじゃあ!?」
「うわあ! こんなさむいのにだめだよ!」
こころをなくしてむひょうじょうになったうさぎは、ゆきがふりつもるなかふらふらとたきつぼにはいっていました。
ざばざば、ざばざばとこおりのようにつめたいたきがむひょうじょうのうさぎのからだをうちつけます。でも、むひょうじょうのうさぎはなにもかんじません。こころがないから。
そんなところをみつけてあわてたのが、つりにやってきたとべないふくろうとよごれているくまでした。
ふたりはおおあわてでたきつぼからむひょうじょうのうさぎをひきあげ、これまたおおあわてでさいはて荘につれかえりました。
さいはて荘のみんなはとつぜんやってきたむひょうじょうのうさぎをやさしくうけいれて、かいがいしくせわしてくれました。
けれどむひょうじょうのうさぎはわらいません。こころがないから。
「うさぎさん、いっしょにごはんたべよう!」
「うさぎさん、きょうはいいてんきだよ!」
「うさぎさん、このほんおもしろいからよむといいよ!」
むひょうじょうのうさぎにみんなとてもよくしてくれます。でも、むひょうじょうのうさぎはむひょうじょうなままです。そりゃそうですね、だってこころがないもの。
「そんなことないよ」
あるひ、つぶれているねずみがむひょうじょうのうさぎをみあげて、いいました。
「うさぎさんは、きれいだよ。それに、きたなくてもいいんだよ。きれいでもきたなくても、うさぎさんはうさぎさんだよ」
つぶれているねずみは、むひょうじょうのうさぎがさいはて荘にきたあとにやってきたこどもです。とてもちいさくてぼろぼろで、みていられないほどいたいたしいすがたでしたが、つぶれているねずみのせすじはぴんっとまっすぐのびています。
「だいじょうぶ。さいはて荘は、うさぎさんをきょぜつしないよ」
さいはて荘にきてからぐんぐんげんきになって、ぐんぐんむねをはるようになったつぶれているねずみのことばは、むひょうじょうのうさぎのからっぽなこころに、ふしぎとしみこみました。
「……わたくしは、ここにいてもいいのでしょうか」
「もちろん!」
「もちろんだよ!」
「当たり前だろう」
「もちろんだよぉ!」
「とうぜんじゃ」
「もちろんだよ~!」
「とうぜんじゃないか!」
「あたりまえだろ~?」
むひょうじょうのうさぎのささやきに、あたりまえのようにさいはて荘のみんながおおきなこえでこたえました。
あんまりにもおおきなこえなものだからむひょうじょうのうさぎはおもわずびっくりして、めをまんまるにしてしまいます。
「ほらね? だからだいじょうぶ」
つぶれているねずみがほこらしげにいいます。それをみて、むひょうじょうのうさぎはくすりとわらってしまいました。おや、これではもうむひょうじょうではありませんね。
「……ありがとうございます」
まっしろなうさぎはうれしそうにほほえんで、さいはて荘のみんなにおれいをいいました。
こうしてまっしろなうさぎは、こころをとりもどしたのです。
◆◇◆
「おしまい! どお? 元巫女」
「ぱちぱちー」
合格発表も無事乗り越えて、四月の入学式に向けててんやわんやと準備している春のある日曜日。
ワタシは巡と一緒に元巫女がバイトしている九尾火神社に遊びに来ていた。九尾火神社には椿がたくさん植えられているんだけれど、この時期は見事な大輪を咲かせて境内が朱色に染まる。神社も朱色を基調にしているから全体的に色鮮やかで、実に視界を楽しませてくれる。
美しい朱色に囲まれながら縁側で絵本を読むというのはなんとも贅沢なひと時だね。
「はい。たいへん素晴らしい物語でございました」
元巫女の絵本を作るにあたって、元巫女が住んでいた神社を実の両親に追い出されたという過去を清算しているかどうかわからなかったため、本人にどういう絵本がいいかストレートに聞いた。
その上で、描いた。
「……ワタシが出張ってる感じでちょっと恥ずかしいけど」
「そんなことはございませんよ。わたくしにとっては大切な、尊い思い出のひとつにございます」
──元巫女は穢れてなんかないよ。少なくとも、さいはて荘のワタシたちは元巫女のことを穢れてるなんて少しも思ってない。
──だって元巫女がいなくっちゃさいはて荘って感じしないもん。
──ワタシたちは元巫女が寝っ転がって腹出してむしゃむしゃスナック菓子食べてたって穢れてるとは思わないって。
──ね? 元巫女、誰も気にしてないよ。元巫女が綺麗か、汚れているかなんて。
元巫女にどんな絵本がいいか聞いた時、元巫女が口にしたのはかつて、ワタシが元巫女に言った言葉の数々だった。
「こんなことを申し上げては失礼かと存じますが……お昔の、痩せ細っておられた魔女さまが〝さいはて荘〟に対して……そしてみなさまに対して、心の底から身を預けておられるのを見て……ようやく、わたくしが住んでいた以前の神社とは違うと思ったのです」
たいへん遅うございましたが、と元巫女はほんの少しだけ申し訳なさそうに微笑む。
「暴君さま、こちらの絵本にもございます通り、姉君はわたくしに素敵な言葉の数々を授けてくださったのですよ」
「うにゃ、さしゅがねーた」
「はい。改めて……さいはて荘に来れてよかったと、心より思います」
なんだか照れ臭いけれど、でもワタシがきっかけになったってのは素直に嬉しいし誇らしい。もちろん、他にもたくさんの要因があるんだろうけれど。例えば元王子だ。元王子は常日頃から元巫女の部屋に入り浸っていた。大家さんと元軍人も引きこもる元巫女を甲斐甲斐しく世話していたし、元国王やお蝶も何かと元巫女をイベントに参加させていた。それがあってこその、響いたワタシの言葉だと思う。
「様々な場所に赴くようになり、わたくし自身の見聞の狭さを知りました。様々なお方と言葉を交わすようになり、わたくし自身の聞知の狭さを識りました。世界とはかようも広く、人とはこようにも深いのだと」
「……じゃあさ、元巫女にとって、人間に必要なものって何だと思う?」
「〝戒律〟にございます。──ですが同時に、〝戒律〟だけが全てではないことも存じ上げております」
実に元巫女らしい答えを即座に返された。けれど、実に元巫女らしくない──昔の元巫女には到底見えなかった柔らかさで、答えを弛ませてもいた。
「この世には様々な〝戒律〟がございます。憲法、法律、るーる、まなー、道徳、礼儀作法……人が人として、人となりを省みて人らしく、人と人とが手を取り合って生きてゆくためには〝戒律〟が必要にございます」
人間が社会を築いていく上で最も必要なのが〝戒律〟だと元巫女は静かに語る。
「時折、〝戒律〟を束縛と卑下する者がおります。〝戒律〟の存在理由を解い正し、人間はもっと自由であるべきだと」
いるいる。学校にもいた。校則をくだらないルールだって切り捨ててバリバリ破りまくるヤツ。
「然れど、〝戒律〟が存在しなくては人間が人間として在ることは叶いません」
「自由ってことは、被害者が存在しないってことだもんね」
「その通りにございますね」
〝自由〟ってのは〝戒律〟に守られてこそ成し得る娯楽のようなものだ。〝戒律〟が存在しない世界が〝自由〟かっていうと、そうじゃない。サバンナを生きるライオンたちが〝自由〟に見えるか、ということだ。ライオンたちはちっとも自由なんかじゃない。常に生きるか死ぬかの瀬戸際に晒されているし、食事だって睡眠だって思うようにいかないことの方が多いだろう。アレは〝自由〟だなんて呼ばない──ただの野生だ。
〝自由〟の意味。
それを履き違えるな──そう元巫女は語っているのだ。
「ですが、先ほども申し上げました通り……〝戒律〟が全てだとは思っておりません」
そこが難しいところなのでございますが、と前置きしてから元巫女はそっと巡の頭を撫ぜて、耳にしんしんと染み入る落ち着いた声で語らい出した。
「〝戒律〟とは自らを戒める律であると同時に、他者を抑圧する咎でもあります。〝戒律〟とは自ら守りに往くものであり、他者に守らせ縊るものではないのです。そこを間違えてしまうと、お互いにお互いの首を絞め殺そうとする結果になってしまいます」
自分は守っているのにあいつは守っていない。
その不平からくる憎悪を防ぐために第三者、つまり警察や裁判所などが存在する。学校ならば教師とか校長、あるいは教育委員会。地域ならば自治会に町村会、町役場とか。
そうやって昔から人は互いが互いを思いやり、自らを戒め平穏に生きてゆけるよう努力してきた。
「そして同時に──絶対に忘れてはならないのは、自分もまた他者であるということです」
この世界で最も身近な他人とは、自分のことである。
「魔女さま、ご自分のお気持ちは望むままに、自由自在に操れておいでですか?」
「……ううん」
「めーも! おかしほちーってねー、わーわーなるのー」
「ふふ。ええ、そうなのでございます。自分の心ほど、かようにもままならぬものはございません。自分自身を戒め律しているうちに──ご自分の〝心〟まで縊り戒めてしまっているお方も少なくないでしょう」
本当にままならぬものです、と椿を見上げながら静かに語らう元巫女の横顔は──ワタシたちではない誰かを、想っているように見えた。
「かつてのわたくしも、そうでございました。自らを戒めることこそが何よりの正解だと信じて、ひたすら戒めておりました。けれどそれは……わたくしにとっても、そしてさいはて荘のみなさまにとっても苦渋の種でしかありませんでした」
だから、と元巫女は〝戒律〟を守ると同時に自分の心も守らなければならないのだと語った。
「難しいことでございますし、わたくしもまだまだ精進中の身でございますので的確なあどばいすはできかねますが……心に留めておいてくださりますと、嬉しく存じます」
「うん。大丈夫。ちゃんと伝わってるよ」
「うにゅ! めー、ぼーきゅーなりゅ」
暴君として生きる宣言すんな。絶対暴君の意味理解した上で言っているコイツ。どうしよう、巡が邪悪に育っていく。社長か? 社長のせいか? いや、これは元軍人か?
ワタシと巡の返事に元巫女は微笑み、椿の花を指差して満月のように綺麗な円形だと言った。九尾火神社に咲き誇っている椿は正面から見ると綺麗な正円をしていて、朱色の鳥居に劣らぬ鮮やかな紅蓮の花びらがとても艶やかに煌めいている。
「九尾月光椿と呼ばれる品種の椿でございまして、本社であらせられる九尾神社よりいただいた椿を増やしたそうです。元々九尾神社には藪椿が茂っていたそうなのですが、ある日藪椿に花びらを九枚つけた変異種が成っていることに気付き、それを栽培したのが始まりだと謂われております」
「へぇ~。巡、花びら九枚もあるんだって」
「ほー」
「花言葉は〝誇る美徳〟」
誇る美徳。
月影や うるはしなりと 我失せり 眩み喰らみて 絶ゆことなかれ。
──月光がもたらす影の美しさに見惚れて喰われ、我を失うことのないように。要は美徳は眺めるものではなく自らが成るものだっていう短歌も九尾月光椿にはあるらしい。
なかなかロマンチックだ。
あ、ロマンチックといえば。
「そういえば元王、じぃ……」
あ、ごめんなさい。
ついそう謝罪したくなるくらい、目に見えて元巫女の顔が赤く熟れた。
「あ……え、っと……元王子、さまがいかがいたしました、か?」
「あー、うん……ほら、えーと。バレンタイン。チョコ……あげたんでしょ? どうだったかなーって」
藪蛇か? と、思わなくもなかったけれど好奇心の方が勝ってしまった。一ヶ月経っているし、まあいいでしょ。悪い結果になってたならこんな顔はしないだろうし。
「あ……は、はい。その……感謝のしるしを、差し上げました」
「どんなチョコ作ったの?」
「え、っと……〝愛より団子〟のぶらっでいばれんたいん編にございました、〝がとーちょこらーと〟にございます」
ああ、ガトーチョコラート。
愛より団子二十一巻のブラッディバレンタイン戦争編で主人公の飢野わらびが作ったチョコレート。ガトーショコラを湯煎したチョコレートで何重にも何重にもコーディングして、チョコレートの中にガトーショコラを閉じ込めるって体のチョコ。うん、確かにアレは垂涎ものだった。元軍人におねだりしてガトーショコラ買いにケーキ屋行ったもんね。
……ん?
ちょっと待て! アレ再現したの!? レシピはざっくりにしか漫画になかったから……元国王か再現したの!! うっそ!! よし今度元国王に作らせよう!!
「ねーた、ぉだれ」
「ハッ」
いかんいかん。よだれ出てた。
「え、えっと。それで、そのガトーチョコラート作って元王子にあげたのね」
「はい。え、っと……わたくしのお気持ちですと申し上げて、差し上げました」
──と、そこでまた頬をかわいらしく桃色に染めてほうっと悩まし気なため息を吐く元巫女に思わず鼻の穴が膨らみそうになる。ンンンンン! って感じ。
「差し上げて、どうなったの?」
「えと……元王子さまのお顔が、その、赤く……それを見てわたくしもなんだか、お胸が熱くなって……」
あー。
ハート型のチョコレートを〝私のキモチ〟って渡されたらね。ありがとうチョコとは思わないよね。
なるほど、それであの真っ赤な元王子か。
と、ひとり勝手にうんうん頷いているといきなり、元巫女がワタシに縋りついてきた。
「魔女さま!」
「わっ、わっ、わっ! なに? どうしたの?」
「あの日から……あの日から、わたくしおかしいのでございます! 元王子さまをお目にするたびに体が熱く……不整脈を起こし、思考さえままならなくなるのです……!」
うわ、うわちょっタンマ!!
ヤバい、こっちまで熱くなる!! そんな濡れた目でワタシ見つめないで!! そりゃこんな目で見つめられたら元王子も陥落するわ!!
テンプレの中のテンプレ、少女漫画でよく見るような流れではあるんだけれど、何故王道と呼ばれるか、わかった!! マジで王道を往く乙女がいるからだよ!! ここに!!
「もちょみーお、もちょおーじゅちゅき?」
動揺しているワタシを見かねてか、巡がてしてしと元巫女を叩いて自分に意識を向けさせた。その甲斐あってか、元巫女のざわめく乙女心もほんの少し落ち着きを取り戻して、けれど未だかわいらしく紅潮した顔で巡を見つめる。
「え……は、はい。好ましく思っております」
「もちょみーお、ねーたとめーちゅき?」
「もちろんでございます! 魔女さまも暴君さまも、とても素敵な方でいらっしゃいますから」
「めーももちょみーお、ちゅき! あーね、もちょおーじゅとねーた、ちゅきちゅきはー?」
おい待て巡。ワタシと元王子が好き好きってなんだそのおぞましい地獄絵図。
──でも巡のこの言葉は、定型ながらも効果覿面だったようで、元巫女の目が大きく見開かれた。ワタシが順序立てて話すまでもなかったようだ──いやだからお前本当に一歳児か?
「…………」
「とりあえず言っておくけど、ワタシと元王子が好き合う地獄は存在しないから」
「ねーたはにーたとちゅきちゅきらもんねー」
「ちげーよッ!! 弟だろうと呪うぞおいッ!! 撤回しろッ!! 撤回しなさいッ!!」
「やーの!」
おどれ呪うぞマジでッ!!
それからしばらく巡と取っ組み合いになって、体力負けしてぜはぜは肩で息をする羽目になった。くぅ……。
──まあ何はともあれ。
「ホワイトデー、元王子からお返しはあったの?」
「え? あ……えっと……はい。ボクの答えだと、撫子の帯飾りをいただきました」
「あっ、ソレ?」
元巫女の緋袴の袴紐から小さくてかわいらしいナデシコという花の帯飾りがぶら下がっていた。朱色の糸で結われた五枚の花びらが純白の紐にいくつも縫い付けられていて、本当にかわいい。なんとなくだけれど、元王子の手作りなんだと思う。器用だもんね元王子。
「ちれーね」
「はい。とても素敵ないただきものをしてしまいました」
「……そんでさ、元王子は言ってたんでしょ? 〝ボクの答え〟って」
「は……はい。なんのことかわからなくて、けれど……聞く、ことも……どうしてか、できなくて」
ぼそぼそと、虫がささやくような声で零す元巫女は実に恋する乙女そのもので、けれど元巫女自身はまだそれを自覚していない、ってトコかな?
しばらく考えて、ちょっとだけ背中を押してあげることにした。
「ちょっと待ってねー。答えってことはその帯飾りに何か意味を込めたってことよね? 撫子の花言葉調べてみる」
「え……あ、さようでございますね」
スマホを取り出してちゃっちゃと検索する。実に便利なアイテムである。ここ電波悪いけどな。雨の日は圏外になるレベル。さいはて荘には社長が設置したWi-Fiあるからまだいいんだけどな。
「あった──撫子の花言葉は〝純愛〟──そして、中でも赤い撫子は〝純粋で燃えるような愛〟」
「え……」
元巫女の濡れそぼった眼差しが大きく見開かれて、それはそれは花開くように肌という肌が赤く染め上げられた。だから見ているこっちが赤面するってば。ああ、もう赤面してるかも。だって顔熱い。くそ、元王子め。どストレートにもほどがある。
ともかく!
ワタシはここまでだッ!! つかここが限界だッ!!
「元巫女! 花言葉を知って感じたその気持ち、正直に元王子に言えばいいよ!」
「あ……え……で、ですが」
「ダメ! そこから先の言葉はワタシに言っちゃダメ! 誰よりもまず、元王子に聞かせなきゃダメなの!」
いい!? と念を押すように元巫女に人差し指を突き付ける。
弱々しいながらも了承の返事をくれた元巫女に尊大に頷きながら、巡を抱っこして颯爽と立ち上がった。
「ワタシがいても考えをまとめる邪魔になるだろうし、もう帰るね! 今日はありがと!」
「あ、は、はい。こちらこそ、素敵な絵本を見せてくださりありがとうございました。で、でも、ちょっとお待ちを、わたくし」
「ダメだってば! いいのよ考えがまとまらなくたって! ぜーんぶぶち撒けてやんなさい! そしたらあとは元王子が色々教えてくれるから!」
たぶん!
そんなワケで、顔をカッカッと茹で上がらせたワタシは巡を担いですたこらさっさと逃げたのであった。
──羨ましいと、ほんの少しだけ思ってしまったその気持ちは必死に必死に、蓋の奥に押し込んで。
【戒律】




