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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・秋
111/185

【さーたーあんだぎー】


 さいはて荘のみんなへのバレンタインチョコレートは、トリュフ。とろとろのチョコレートが詰まったトリュフ。

 どうにか人数分作り終えて、ワタシはほうっとひと息吐く。


「おつかれ。固まったらさいはて荘に持っていくよ」

「うん、ありがと」

「続けて社長くんのぶんも作るかい?」

「……うん」


 さいはて荘のみんなへのバレンタインチョコとは別に、社長への個人的なチョコも用意することにした。別に変な意味はない。社長にはいつもお世話になっているから、それだけのこと。義理チョコも義理チョコ、ありがとうチョコってヤツ。他意はない。


「そういえば、元巫女は?」

「元巫女くんは昨日作り終えたよ。つくづく元王子くんが羨ましくなったねぇ」

「へぇ~」


 どんなチョコ作ったんだろ? バレンタイン過ぎたら元王子にからかいがてら聞いてみようかな。


「ふふ。じゃあ張り切って作ろうか」

「……うん」


 仕事中にも関わらず手伝ってくれる元国王に感謝しつつ、〝元王様のパン屋さん〟のキッチンでワタシは腕まくりをする。

 今日作るのはりんごとチョコのサーターアンダギーで作る、りんごあめ。

 りんごあめってか、りんごチョコってか。リンゴドーナツチョコってか。


「薄力粉とかはそっちにあるから、レシピ通りに分量計ってふるってね」


 元国王があらかじめ用意してくれていたレシピを見ながら必要な分量を計り、順序立てて混ぜ合わせていく。

 すりおろしたりんごとサイコロ状に切ったりんごを一緒に混ぜ込むんだけれど、りんごの滑りが良すぎてなかなかまとまらないという元国王の言う通り、ひとつにまとめ込むのにだいぶ時間がかかってしまった。

 ワタシが作る予定のりんごあめは簡単に言えば、ナッツを練り込んだ生チョコを詰めたりんご味サーターアンダギーを、さらにチョコレートでコーディングするってものだ。本格的なサーターアンダギーと同じレシピだと揚げる時にりんごやチョコが駄目になりかねないからと、元国王オリジナルの配分で作った生地である。ドーナツに近いかもしれない、とのことだった。

 ともあれ、別にお店で売るわけじゃないから見てくれに関しては度外視して、とにかくレシピ通りに進めていく。

 トリュフ作る時に一緒に作っておいた生チョコはまだ固まりかけって感じだったけど、あんまりにも冷たいと生地で包み込む時にくっつきが悪くなるからむしろいいらしい。

 ふわふわ柔らかい生チョコを手早くくるくる丸めて生地に閉じ込めてくるくる丸める。生チョコは五個用意してあったけれど、三個目を作ったあたりで生地がなくなってしまった。残りは普通に固めて生チョコにしておやつにするとしよう。


「油は今温度調整しているから待ってね」


 あんまりにも長い時間揚げているとりんごと生チョコがダメになってしまう。だから手早く短時間で揚げられるよう、元国王が鍋に張った油に温度計を入れて確かめている。

 やがて入れていいよと指示があったので、ストップウォッチ片手に三個のサーターアンダギーを投入する。時間は四分きっかり。

 ちなみに通常のサーターアンダギーは低温の油で六分くらいじっくりと揚げるんだそうだ。


「中身が分離しやすい生チョコだからこうしているけど、普通のチョコクリームだったらもっと簡単だよ」

「そうなんだ」

「りんごを混ぜてるのも大きいね。気泡が入りやすいから」

「むぅ……大丈夫かな」

「大丈夫大丈夫。大丈夫じゃなかったらぼくが止めてるよ」


 確かに。なら安心だ。

 ちなみに、サーターアンダギー本体が完成したら串でぶっ刺して、三種類のチョコレートでコーディングする。まずミルクチョコレートに浸して、冷えて固まったら次にホワイトチョコレート。それも完成したら最後にビターチョコレートでコーディングする予定である。この作業はさいはて荘に帰ってからやるつもりだ。チョコを湯煎して溶かしてくるくる浸せばいいだけだしね。

 ──と、そこでちょうど四分になったのでサーターアンダギーを油から上げる。ほわほわのきつね色に揚がっていて、従来のサーターアンダギーに比べるとひび割れがだいぶん少ない。代わりに、これまたしっとり飴色に揚がったりんごのかけらがふんだんにまぶされている。

 思わずごくりと喉を鳴らしたワタシに元国王が笑いながら、粗熱が取れたら一個試食するよう言ってきた。うん、味見は大切よね。

 座っていいよと言われたので、キッチン脇の元国王が普段使っているのであろう丸椅子によっこらしょとまたがる。


「はふう」

「はは、おつかれ。バナナジュース飲むかい?」

「のむ!」


 ワタシがそう答えるとわかっていたのか、既に作ってあったらしいバナナジュースを差し出された。パン作りで余ったバナナをミキサーにかけたらしい。礼を言ってぐびぐびと贅沢に口いっぱい流し込む。


「はっふぅ~」


 バナナの優しい甘さが全身に染み渡る。


「ほら、味見してみなよ」


 バナナジュースでほっこり幸せ気分に浸っているワタシの目の前にサーターアンダギーを載せた皿がにょっきり現れて、キッチンペーパーでひとつつまんで口に運んだ。


 さっくりとりんごの芳香香る熱々のサーターアンダギー。カリカリサクサククッキーのような外皮に包み込まれているもっちりふわふわお餅のようなまろやか生地。りんご味サーターアンダギーというか、りんごのタルトみたいな触感だ。なんて贅沢な気分。

 さらに歯を進めると生チョコに舌が届く。揚げたてだからとろとろに溶けていてフォンダンショコラのよう。社長にあげるのは冷めたヤツだからまた違うだろうけど、これはこれでおいしい。


「うん、おいひ」

「成功だね。おつかれ」


 まだチョコでコーディングするという作業は残っているけれど、ひとまずの大仕事は終わった。やれやれ。


「明日だね」

「……そうだね」


 明日。

 明日は、二月十四日。


 バレンタインデー。



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