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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・秋
110/185

【魔女の絵本⑤ さるのワンダーランド】




【魔女の絵本⑤ さるのワンダーランド】




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 さいはて荘のエントランスに飾られている巨大なキャンパス。そしてその下に絵本と一緒に陳列されている、十一体のぬいぐるみ。




 ◆◇◆




 むかしむかし、あるところにとってもゆうふくなさるのおうじさまがいました。


 さるのおうじさまはりっぱなふくをきて、ゆめのようなごちそうをたべて、きれいなおひめさまたちにあついまなざしをむけられて、なにもかもがみたされていました。


 さるのおうじさまも、そんなせいかつにふまんはありませんでした。


 おうじさまらしくゆうがに。

 おうじさまらしくかれいに。

 おうじさまらしくうつくしく。

 おうじさまらしくきらびやかに。


 そうふるまっていれば、さるのおうじさまにてにはいらないものはありませんでした。


 いつだってさるのおうじさまはうつくしいせかいにいました。きれいなけしきがひろがっていました。きらびやかなものにかこまれていました。


 でも、さるのおうじさまはそれらをみても、きれいとおもったことはいっかいもありませんでした。

 うつくしいものをみても、うつくしいとおもいませんでした。


 なんでかって?


 にせもののうつくしさだってさるのおうじさまはしっていたからです。


 ほうせきはどんなにきらきらきれいでも、ほうせきをつけているおひめさまはとってもいじわるなこころをもっているみにくいおひめさまでした。

 ゆたかなしぜんにかこまれたうつくしいけしきも、もともとそこにすんでいたじゅうみんたちをおいだしてつくっただけのみにくいけしきでした。


 さるのおうじさまはそれをしっていたのです。


 だからさるのおうじさまは、いっかいもうつくしいとおもったことがありませんでした。


 だから、さるのおうじさまはうつくしいじぶんのこともぴえろだとおもっていました。

 さるのおうじさまなんかじゃなく、ぴえろのさるだとおもっていたのです。




 そんなときでした!




「おうじ……おうじよ……くまとれんらくをとるのです……」


 このよのものとはおもえないほどうつくしいめがみがぴえろのさるのまえにあらわれました。

 それはあいとせいぎのめがみ、キュアプリティーヌでした。


 にせもののうつくしさなんかじゃない、ほんもののうつくしさをもつめがみにぴえろのさるはこころうたれ、ひざまずいてなみだをながします。


「おお、めがみよ。あなたがそういうならばそうしよう」


 こうしてぴえろのさるはともだちのよごれているくまとれんらくをとりあい、よごれているくまがすんでいるさいはて荘へとやってきたのでした。


「わあ! いらっしゃい、さるさん!」

「くまさんのおともだちなんだね。さいはて荘にようこそ!」


 とつぜんおしかけてきたぴえろのさるを、さいはて荘のみんなはえがおでうけいれます。傷だらけのいぬも、血まみれのおおかみも、おびえているとらも、なにもないひとも、とべないふくろうも、よごれているくまも、みんなみんな、ぴえろのさるをおおよろこびでうけいれました。


 それはぴえろのさるがはじめてみる、〝うつくしいもの〟でした。


 ふしぎですよね。


 傷だらけのいぬは傷だらけです。

 血まみれのおおかみは血まみれです。

 おびえているとらはおびえているかおです。

 なにもないひとはなにもありません。

 とべないふくろうはつばさがおれています。

 よごれているくまだってよごれています。


 でも、ぴえろのさるにはこれまでにみてきたどの〝うつくしいもの〟よりも、うつくしくみえました。


 それはもしかしたら、かれらがなにもきかざっていないからかもしれません。きれいなほうせきやきらびやかなふくでじぶんをかくそうとしていないからかもしれません。


 だから、ぴえろのさるはけっしんしました。




「よし! ここをぼくのワンダーランドにしよう!」




 いみがわからない?

 ワンダーだね!




 ◆◇◆




「はい、おわり」


 超絶適当な〆をもつて、終わりを迎えた絵本にさしもの巡も目を丸くして拍手し損ねていた。


「ブラボー……素晴らしいよ魔法少女ちゃん。特に、このキュアプリティーヌ……魔法少女ちゃんの画力で再現されたボクの女神……素晴らしい……あまりの美しさに、ボクは落涙してやまない」


 文字通り落涙して感動に咽び震えている元王子に白けた視線をプレゼントする。


「是非ともこのキュアプリティーヌを額縁に収めてボクの部屋に飾りたいところなんだけれど、スキャンさせてくれるかい?」

「いいけど」


 元王子の部屋って既にポスターまみれだったハズだけど飾る場所あるのか?

 ちなみに元王子の絵本を読むにあたって一旦は元王子の部屋を訪ねたのだけれど、物が多すぎて巡が散らかしそうだったので管理人室に場を移した。


「もちょおーじゅ、きらきらきやい?」

「そんなことはないよ。キラキラしたものも好きさ。美しい景色を眺めるのも好きだし、美しい人を鑑賞するのも嫌いではないよ」


 ただ、紛い物の存在を知ってしまっただけさ。


 ──そう言って元王子はゆるやかに、けれど妖しく嗤う。


「美しい人は()()()()()()()()()()()、真の価値を発揮する」


 黙れ巡の情緒教育に悪い。


「ソーリーソーリー。そうだね、ラストエンペラーの価値観はこれから育んでいくものだ。ボクらが剪定(せんてい)していいものじゃあない」


 うん。まあさいはて荘で育っていく以上、どう転ぶかわかんないところがあるけど。


「れも、もとおーじゅ、もとみーおはちれーって」

「YES! ホーリィガールはこの上なく美しいね! 外面が、というのは勿論なのだけれどね。何よりも内面の美しさが群を抜いている」


 もちろんさいはて荘のどの人間も美しいけれどね、と付け加えて元王子はさらりと金髪を耳にかける。ああイケメン腹立つ。


「美しさとひとことで言ってもね、ラストエンペラー。数えきれないほど種類があるのさ」

「しゅるー?」

「そうだね、例えばキミのお母さんだ。大家さんは無条件の愛情という美しさがある。決して博愛主義ではない──無条件の愛情だ。違いがわかるかい? 魔法少女ちゃん」

「んん……? ……主義と、主体?」

「ほう、なかなかいいところを突くじゃあないか。その通りさ──博愛主義は()()()()。無条件の愛情は()()()()()


 大家さんに〝みんな平等に愛そう〟という意識は一切ない。ひと欠片たりとてない。考えたことどころか、思ったことさえないだろう。

 大家さんはただいつも通りに過ごしているだけだ。いつも通り、あるがまま、ありのまま──みんなを愛してやまないだけだ。その愛情に恋慕や家族、友情といった性質の差こそあれど大家さんがみんなに向ける愛情に貴賤(きせん)はない。


「次にキミのお父さん、ラストサムライだ。彼が持つ美しさはひとえに〝武人〟たるところにあると言えよう」

「ほー」


 わかっているのかわかっていないのか謎だが、巡がうんうんと頷く。巡はこうして大人たちの話を聞くのが大好きだ。のめり込むように聞き入って、いつの間にか新しい言葉を習得している。我が弟ながら末恐ろしい。


「自分自身を律していることだけじゃあない。もちろんラストサムライの、己自身への厳しさも美しさのひとつではあるけれどね。ボクはそれ以上に──彼の〝惻隠(そくいん)の情〟に敬意を抱かざるを得ない」

「そくいんのなさけ?」

「人のことを悼み、思いやり、心を痛める情けの心のことさ。惻隠の心は仁の(たん)なり──武士の情けという言葉なら知っているだろう? 似たようなものさ。ラストサムライの特筆すべき点はその強さじゃあない──静かで厳かな優しさを携えている点さ」


 だから、と元王子はワタシと巡を優しい目で見下ろして言葉を続けた。


「キミらとキングにとってだけじゃあない。ボクら他のさいはて荘の住人にとっても──大家さんとラストサムライは、〝母親〟であり〝父親〟なのさ」


 ──不覚にも、泣きそうになった。

 じわりと熱くなった目頭を誤魔化すようにそうだね、と大きく頷いて巡の体をぎゅうっと抱き込んだ。

 そんなワタシをよそに──いや、気付いていたからかもしれない。元王子は、陽気な調子で会話を続ける。


「ナイスガイはナイスガイなところに尽きるねっ! 我が道に生き、我が(みち)を往く! けれどボクらの道を、そしてボクらの(みち)を踏み荒らすような我は犯さない。彼のような老後を送りたいものだねっ」


 いやあ、元王子もわりかし爺に近い生き方してる気がするけど。


「フェアリーはそうだね、彼女は豪快奔放という言葉が実に似合う女性だけれどね。〝世俗的に賢明ではなく、賢明に世俗的であれ〟を体言している点において、誰よりも賢い女性だとボクは思っている」


 世俗的に賢明ではなく、賢明に世俗的であれ。

 社会が望む社会人になるか、社会人として社会に臨むか。──たぶん、こういう解釈で会っていると思う。


「うまいね。社会が望む社会人と、社会人が臨む社会。似ているようで全くの別物──ラストエンペラーには少し難しかったかな?」

「んーん、きょーみぶきゃーいの」


 だからお前何歳児だ。興味深いって言葉どこで覚えた。本当に興味深いって思ってるかどうかは疑わしいけど、こういう返答をする時点で既にヤバい。


「その意気さっ。じゃあ次はキングだ。キングの美しさ、それは言うまでもないね──大切な存在を守るためならどんなことだってする執念さ」


 そう。執念。

 社長の、さいはて荘に対する執念はワタシたちの誰よりも強い。さいはて荘の表ボスは元軍人で裏ボスは社長、だなんてワタシもよく茶化すけれど──正直、洒落にならないくらい的を得ていると思う。

 一見、動が元軍人で静が社長のようだけれど、実際には真逆だ。元軍人が静の構えでさいはて荘を見守り、その裏で社長が蛇の如き執念で這い回りさいはて荘を守る。

 狡猾に這い回る蛇の姿は、ある種の美しさがある。


「ボクらは愛されてるねっ!」

「──そうだね」


 ──そう。その通りだ。

 社長は、何よりもさいはて荘が大切だ。ワタシたちのことを誰よりも大切にしている。そう、ワタシ()()を、だ。

 不意に沈黙してしまったワタシに気付いてか、巡がねーた、と声を掛けてくる。巡の高く愛らしい声にはっとしたワタシはなあに、と笑顔で応じる。

 ──間違えるな。

 何を?

 わからない。

 でも、間違えるな。

 ──勘違いするな、ワタシ。


「元国王はさ、やっぱアレでしょ? 無尽蔵の愛情」


 大家さんの無条件の愛情。社長の無言の愛情。

 そして元国王の、無尽蔵の愛情。


「そうだねっ! テディベアは何よりもその深い愛が美しい。懐も器も愛も深い、おまけに図体もデカい! そうだねぇ、さいはて荘の〝基盤〟は彼にあると言ってもいいかもしれないね」


 さいはて荘の大黒柱が元軍人と社長、大家さんとするならばその大黒柱を打ち建てる基盤は元国王だろうと元王子は語った。元国王の器の広さがあってこそさいはて荘は安定していられるのだと。

 ──確かにと、無意識のうちに頷く。

 元国王がいる、ただそれだけでワタシたちは不思議と落ち着いてしまう。なんて言えばいいんだろうか。

 大家さんは〝安心できる〟ひと。

 元軍人は〝頼れる〟ひと。

 社長は〝守ってくれる〟ひと。

 ──元国王は、〝身を(ゆだ)ねられる〟ひと。

 うん、こんな感じかな。


「不思議だね。こうして考えてみると、さいはて荘の住人……みんながみんな、ひとりたりとて欠けちゃいけない大切なピースだね」


 誰かひとりでも欠けていたらさいはて荘は成り立っていない。

 不思議と、そう確信できる。比喩でも揶揄でも暗喩でも隠喩でもなく、歴然かつ純然たる事実として、誰かひとりでもいなかったら〝さいはて荘〟は存在していない。

 ──そう確信できるのだ。


「めーも?」

「もちろん。巡だっていなかったらさいはて荘なんてどっかーんのぼっかーんに壊れてるわよ、きっと」

「うっほー!」


 楽しそうに笑う巡に頬を緩ませつつ、続けて巡が口にした、〝なーたは?〟のひとことに目を伏せる。


「なっちゃんは()()に可愛いし、キレイだよ」

「そうだねっ。アンノウンは流行に敏感なプリティガールって感じだねっ」


 おそらく。

 おそらく、きっと。


 ──〝さいはて荘〟に誰よりも守られていて。


 ──〝さいはて荘〟を誰よりも守っているひと。


 けれど、それは口にはしない。

 巡もきっと、いずれ理解していくだろうし今まで通り──口を閉ざす。

 口を閉ざして、いつも通り振る舞う。


 ()()に。


「もとおうじさん、ここあのむ?」

「OH、いただくよっ!」


 元軍人と一緒に庭の掃除に出ていた大家さんが戻ってきて、元王子の返事に微笑みながらキッチンに入った。そういえばそろそろおやつの時間。


「巡、シュークリームとエクレアどっちがいい?」

「えくえあー!」

「ボクも!」


 聞いてねー。と、想いつつ冷蔵庫に向かって人数分のエクレアを取り出す。よく冷えたエクレアにあったまるココア。最高だね。


「ねえ元王子」

「ん?」


 エクレアを封してあるビニール袋を破きながら、ワタシはなんとなしに元王子と向き直って問う。


「元王子にとって、人間に必要なものって何?」


「〝()()〟に決まってるだろ」


 当然の如く即答だったし、ワタシにもわかりきっていた答えだった。

 だよね、と笑うワタシに元王子も笑う。


「嫌いなものを嫌いだって叫び続ける人生よりも、好きなものを好きだって誇る人生でありたいね、ボクは」


 ルサンチマン。憎悪や怨嗟、嫉妬を正義感に置き換えて正当化する人たち。()()()()の美徳で身を纏う人たち。

 何よりも誰よりも、そのルサンチマンの犠牲になった元王子だからこそ──元王子は、〝好き〟に生きることを決めた。


「──うん、元王子にはぴったりよね。〝()()〟」


 うん、ぴったりだ。

 最近学んだことなんだけれど、〝()()〟には人間が熱中するカテゴリーという意味以外に、美学用語としての意味も持っているのだ。

 美学ってのは端的に言えば美の概念や本質、構造に関する学問なんだけれど。芸術学もこの美学の中の一分野らしくって。そこらはよくわかんなかったけど。

 ともあれ、美学用語としての〝()()〟は従来のhobby(道楽)じゃなくてtaste(味わい)って意味になる。物事の味わい深さや趣き深さを見抜く審美眼、観察眼ってことなんだけど……()()の本質を見抜く元王子にはまさにぴったりだと思った。

 元王子はいつだっておちゃらけていて、どうしようもないお調子者のオタクだけれど、さいはて荘の誰よりもさいはて荘の住人たちを理解している人間だと思う。

 趣味に生きる自由な男のようで、その実人間のことを誰よりも見ている。いつも振り回している元巫女だってそう。元巫女がどう思おうとお構いなし、なんてことは一切ない。元巫女が喜んでいるのをわかっているからこそ元王子も遠慮なしに振り回すんだ。

 まったく、どこまでも腹立つイケメンである。


「そういえば元巫女とはどうなの?」

「ん? どうってどういうことだい?」


 ずずず、とココアを啜りつつエクレアからも生クリームを吸い取っていた元王子が首を傾げる。さすがのイケメンもエクレアをすする様はマヌケなことこの上ない。パシャる。よし。


「実はさぁ、元国王とお蝶が付き合っているって噂がもろみ食堂の常連さんたちの間で流れてたみたいでさ」

「おや。テディベアとフェアリーがかい! それはいいねぇ。お似合いだものね」

「うん。仲いいしね。んで、元王子と元巫女も仲いいじゃん? な~んかこう、ロマンス的なのないのかなって」

「……He who touches pitch shall be defiled.」

「え?」

「……ボク如きが穢していい人じゃないよ。彼女は」


 穢れに触れた手は必ず穢れる。

 ──後で調べたところによると、朱に交われば赤くなると同じ意味合いの英語のことわざらしかった。


「……ボク如きが、って言うけどさ。じゃあもしも元巫女が望んだらどうするの?」

「彼女が? はは、まさか。彼女は外見に惹かれるような人じゃない」


 内面に惹かれた、とは考えないんだね。

 人のことよく見ているかと思ったけど、案外肝心なところでポンコツなのかもしれない。……いや。


 ──()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 ずきりと、胸が痛む。

 すっきりとした柑橘系の香りを漂わせているある男の後ろ姿が、脳裏をよぎる。ぎゅっと瞼を強く閉じて知らないふりをする。

 

 蓋を、する。


 ──ワタシも、元王子も。



 【趣味】



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