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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・秋
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【くりーむぱすた】


「バレンタインのチョコ作りの件ね、いいよ。一緒に作ろう」

「ありがとうございます、元国王さま!」

「……元王子くんが羨ましくなるねぇ」

「ホントホント」


 夜の〝もろみ食堂〟にて。

 元国王の仕事が終わるのを元巫女と待って、三人で夕食をいただきに来ているところである。元巫女の件を伝えてもう元国王からOKはもらってたんだけど、元巫女が改めて自分でお願いしたいってことで。


「どんなチョコがいいかは考えてある?」

「はい! 僭越ながら、元王子さまよりお借りしました〝愛より団子〟を拝読いたしまして……」


 おおう、少女漫画の金字塔。ワタシがさいはて荘に来るか来ないかくらいの時に大ヒットして、ドラマ化もアニメ化も映画化もされて空前のブームを巻き起こした少女漫画の中の少女漫画。好きな男の子よりもごはんをこよなく愛する少女による、愛と食欲の狭間で揺れる王道ラブストーリーだ。美食家の富豪と天才料理人の間で揺れに揺れて、けれど最終的には転落してしまった元富豪と一緒に究極の美食を求めて旅立つのだ。これがまた面白くて、ワタシも一気読みしてしまったものである。


「ふぅん、これ作りたいんだ?」


 元巫女が持ち込んできた愛より団子二十一巻の、付箋がしてあるページを開いて元国王は案ずるように顎髭を撫ぜる。

 んー、あの巻は確かブラッディバレンタイン戦争編。色んなチョコが登場してて、しばらくチョコにハマったっけな。


「へいお待ち! クリームパスタAセットふたつとBセットひとつ!」


 チョコレートのことを思い出してくうっとお腹が空腹を訴えてきたところで、クリームパスタがやってきた。キャッホウ!

 ほうれん草とサーモンのクリームパスタ。新作メニューのひとつで、結構好評らしい。

 スプーンを左手に、フォークを右手に構えてまずはスプーンを沈めてクリームを掬う。とろりとした乳白色のクリームはほこほこと優しいミルクチーズの香りを漂わせていて、よく煮込まれたほうれん草とサーモンが浮いている。ぱくりとひと口。


「んん、おいひ」


 濃厚なチーズを優しいミルクと甘い生クリームで蕩かしたクリームはとてもなめらかで、いつまでも啜っていたくなる絶妙に塩の効いた甘さがある。そこにクリームがたっぷり染み込んだほうれん草とサーモンである。もう最高。

 今度はフォークをくるくると回転させてパスタを絡め、クリームをたっぷり絡ませて口元に運ぶ。とろとろのクリームだけを口に含んだ時と違い、クリームをたっぷり絡めたパスタは口いっぱいに風味を広げて強烈なまでの幸福感をもたらしてくれる。空腹というのも相まってのことだろうけど、やはり炭水化物がもたらす満足感は侮れないと思う。


「おいひい」

「うん、すごくおいしい。パンをクリームに浸してごらん。合うよ」


 サラダとスープ付きのAセットを注文したワタシたちと違い、バケットもセットになっているBセットを注文した元国王はバケットも一緒に頬張ってそれはそれは幸せそうだった。むにむに元国王のぽておなかを摘んでから、ありがたくひと欠片もらう。


「んん~~~おいひい」

「でしょ」


 と、そこで元巫女の反応がないことに気付いて視線を上げる。無心で頬張っていた。うん、よきかな。


「そういえば魔女くん、バレンタインはトリュフ作りたいって言ってたけど、社長くんにも同じのかい?」

「……、……どういう意味よ?」


 思わず剣呑な声が出てしまったワタシに元国王はおかしそうに笑いながら、だって一番世話になってるだろと何でもないことのように返してきた。


「…………」

「別のも作りたいなら手伝うよ」

「…………、…………考えとく」


 頭の片隅くらいには、置いておく。

 フン!


「いいねぇ~バレンタインか。店の日替わりデザートをチョコ系にするくらいしかやってねーけど、アタシも何かすっかな~」


 と、いつの間にか店内がワタシたちだけになっていて、お蝶がどかりとワタシたちのテーブルに座ってきた。時間を見れば、もう十九時半過ぎ。二十時には閉店時間となるここは十九時半がラストオーダーとなっている。つまり、お客さんはもう来ないってことだ。


「あげたい人いるの?」

「う~ん。店にゃチョコ系のデザートでいいし、さいはて荘の男どもにチョコあげる❤ ってかむしろチョコ寄越せって言いてぇし」

「確かにきみにはチョコねだられこそしても貰ったことないね……」

「よし、今年は特別に元国王にあげよう! しかも今!」

「チーズじゃないか」


 裂けるチーズ。

 しかも食べかけ。

 色気がないにもほどがあった。


「ホワイトデーの三百倍返し楽しみにしているからな」

「三百倍!? ぼくもバレンタインにきみにあげるからさ、それでチャラでしょ」

「おっさんからのプレゼントと乙女からのプレゼントを同列たァいい度胸だなァ?」

「大丈夫。そこはしっかり理解しているよ。おっさんと乙女を同列だなんて失礼なことは絶対にしない。だからきみも、さも乙女であるかのような失礼な言動はやめなさい」

「真顔で言うなや」


 夫婦漫才を見せられているのか、ワタシは。

 ずりずりと行儀悪くクリームパスタを頬張りながら元国王とお蝶のコントを見守る。


「アタシのどこがオッサンだってんだ! 見ろ、このボンッ!! キュッ!! ボインッ!! の悩ましい垂涎ボディ!!」

「そういうところだよ!! 元王子くんも大概だけどきみも大概だよねぇ!」


 残念なイケメンと残念な美女。

 うん、ほんとに残念。ま、そこがよくもあるんだけど。


「内心揉みたい癖になーに言ってやがる!!」

「怒るよ!!」


 ──いや、やっぱり残念でしかないかもしれない。



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