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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・秋
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【ちょこれーと】


 ある日のさいはて荘。

 学校から帰ってきて、服を着替えてさあ管理人室に行こうと縁側に出たワタシに元巫女が声をかけてきた。

 相談したいことがあると、眉尻を下げておずおずと申し出られて断れる人間なんかいるか? いいや、いないね。元巫女だぞ元巫女。ゆゆに〝相談したいことがあるのぉ〟と上目遣いで言われたのとワケが違うんだぞ。

 相変わらず綺麗に整えられている元巫女の部屋に入って、向かい合って正座になる。いや、元巫女とふたりきりだと正座になっちゃうのよ。元巫女が強制してきたことは一回もないんだけど、こう、清廉な空気に当てられてっていうか。


「何かあったの?」

「何か、というわけではないのですが……俗世にはばれんたいんなるいべんとが存在するとなっちゃんさまに伺ったのです」

「ああ、バレンタインデー。そういえばもうすぐだね」

「なっちゃんさまは女性が感謝を伝えるためにちょこれーとを贈る日だと仰っておりました。詳しいことは魔女さまに聞いたほうがいいと……」

「うん、大義はそんなとこ。女性が男性に恋心を伝える本命チョコ、お世話になっている男性にあげる義理チョコ、女友だちにあげる友チョコ、家族にあげる家族チョコとかいろいろあるね~。てかワタシも毎年あげてるよ? 元巫女にも」


 大家さんとふたりでさいはて荘みんなの分のチョコレート菓子作って配っているのだ。元国王もみんなに配ってる。


「ああ……! あれがばれんたいんなのでございますね。そうとは知らず、たいへん失礼いたしました」

「いーのいーの気にしなくて。ただありがとうって伝えたいだけなんだからさ」


 で、それをワタシに聞くってことは誰かにあげたいの? と、単刀直入に聞いてみればその通りであったらしく、恭しく頷いてきた。


「わたくし、いつもお世話になっている元王子さまに何かお礼がしたいと考えておりまして……」


 フラグktkr。

 いや落ち着けワタシ。変に煽るな。いくら元巫女と元王子が仲いいからって、首を変に突っ込んでいいワケじゃない。好奇心を抑えろワタシ。OK、大人だワタシ。


「元王子か~。いつも一緒に旅行行ってるもんね」

「はい! たくさんの美しい景色と、豊かな歴史と、鮮やかな思い出をいつももたらしてくださっております!」


 うわ、満開の大輪のような笑顔。破壊力ヤバい。

 いいなぁ元王子。元巫女にこんな顔させられるって。


「それで……ばれんたいんなるいべんとを知り、ちょこれーとを贈ることも考えてみたのですが……」


 そう言って元巫女が取り出してきたのは市販の、バレンタインフェスタか何かで売られていたのであろうちょっと高級そうなチョコレート菓子。


「これでは足りない、と思ってしまったのです」

「足りない、かぁ……買っただけだから物足りない、ってことかな?」

「そうなのかもしれません。もっとわたくしの感謝を伝えたい、そう思うのですが……なにぶん俗世には疎うございますので、何か知恵を授けていただければと」


 真剣だなぁ、と思うと同時にこんなに想われる元王子が羨ましくなる。元巫女の元王子への想いに恋心があるのかどうかはわかんないけど、あってもなくても、こんなに純粋な想いを向けられるのは──ひとえに、元王子の人柄ゆえんのものだろうと思う。


「じゃ、手作りチョコを渡せばいいんじゃない?」

「手作りちょこ……魔女さまがお作りになるちょこれーとのような、ですか?」

「そうそう。なんなら一緒に作ってみる? 元国王に相談すればそれなりのチョコ作れるだろうし!」

「魔女さまや元国王さまとご一緒に……それは楽しそうでございますね」

「でしょ? どんなチョコレート作りたいか考えておくといいかも。元国王にはまたワタシの方から聞いてみるね」

「どんなちょこれーとが……また、調べてみます。何から何までありがとうございます、魔女さま」

「いーのいーの」


 バレンタインイベント発生フラグ構築中! ──ってところか?

 うんうん、楽しそうだ。元国王ならきっと協力してくれるし、ワタシもどんなチョコ作りたいか考えておかないとな~。

 家族チョコ、友チョコは当然として。


 感謝を、伝えたいひと。


「魔女さま、よければいただいてくださいませ」

「ふぇあ!」


 意識が飛びかけていたワタシの奇声に元巫女は目を丸くしたものの、大して突っ込むでもなくワタシにチョコレート菓子を差し出してきた。四粒の黒真珠のようなチョコレートが入っている。手作りチョコにするからもう不要、ということなのだろう。


「ありがと! ひとつもらうね」


 目玉くらいはありそうな大きな黒真珠。

 ぱくりとひと思いに頬張る。つるりとした殻は硬いビターチョコレートで、歯を立ててバリンと割ればとろりと柔らかいミルクチョコレートが溢れ出してきた。これは贅沢なトリュフ。


「おいしい」

「大変おいしゅうございますね。けれど……やはり、手作りちょこに挑戦してみたく思います」

「うん、きっと元王子喜ぶよ」


 どんなお礼でも喜ぶだろうけど、それが元巫女が心を込めて作ったものとなればこの上ないくらいに、喜ぶ。

 絶対、喜ぶ。

 ──容易に想像がつく元王子の笑顔ににやけてしまいそうになりつつ、元国王と早いとこバレンタインイベント発生フラグの回収を進めていこう。うん。



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