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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・秋
102/185

【魔女の絵本③ ぼうくんしゃちだ!】




【魔女の絵本③ ぼうくんしゃちだ!】




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 さいはて荘のエントランスに飾られている巨大なキャンパス。そしてその下に絵本と一緒に陳列されている、十一体のぬいぐるみ。




 ◆◇◆




「きゃー! わるぐるみだー! たすけてー!」

「わー! らんぼうしないでー!」


 あるひのさいはて荘。

 のんびりおさんぽをしていた傷だらけのいぬと血まみれのおおかみとつぶれてるねずみに、とつぜんわるいぬいぐるみたちがおそいかかりました。


「いぬさーん! ねずみー! やめろー、わるぐるみめー!」


 わるいぬいぐるみにつかまった傷だらけのいぬをたすけようと、血まみれのおおかみはたたかいます。けれどわるいぬいぐるみたちはとってもつよくて、血まみれのおおかみははがたちません。


 どうしましょう?


 だいじょうぶ!


 わたしたちには、ちからづよいみかたがいます!


「たすけてー! しゃちくーん!」

「たすけてしゃちー!」


「おかあさんとおねえちゃんをはなせー!」


 きました!


 わたしたちのみかた、ぼうくんしゃちです!

 ぼうくんしゃちはとってもおおきなからだで、とってもするどいきばをもっていて、とってもちからづよいひれをもっているさいきょうのしゃちです。さいきょうなのです。さいきょう!


「おれさまのかぞくにてをだすなー!」


 なんと!


 ぼうくんしゃちがひとふり、ひれをふっただけでわるいぬいぐるみたちがふっとびました。なんてつよいのでしょう!


「さいはて荘はおれさまがまもる! こんど、おなじことをやったらおれさまがおまえらをかじりにいくぞ!」

「ひいいー!」

「ごめんなさい、おたすけをー!」


 ぼうくんしゃちのひとにらみの、なんとおそろしいことでしょう!

 まさにぼうくん! あばれくるうしゃち!


 ですが、さいはて荘のみんなにとってはとてもたよれる、ちからづよいみかたです。


「しゃちくん、ありがとう!」

「たすけてくれてありがとう!」

「とてもこころづよい!」


「おれさまがいるかぎり、さいはて荘はあんぜんだ! わっはっはっは!」


 ありがとう、ぼうくんしゃち!




 ぼうくんしゃちのおかげで、きょうもさいはて荘はへいわです。




 ◆◇◆




「何だこれ」

「巡が描けってせがんできたのよ」

「すげー強いな。暴君はシャチか。そりゃ最強だ」

「えっへん」


 今日もさいはて荘はいい天気。

 年も明けて、入試も迫ってきて緊張感で胃がキリキリしているこの頃。息抜きにと巡の望むお話を絵本にしていたのが今日、完成した。海のギャング、シャチに憧れを抱くあたりはさすが暴君だと思った。うん。


「ぬいぐるみも作ったのよ。ホラ」

「でけえ」


 熊のぬいぐるみよりもデカくしろとの命令だったからね。他のぬいぐるみたちに合わせてつぎはぎだらけだけど、牙を樹脂粘土で作ってみたこだわりのぬいぐるみである。お蝶が抱えても余るほどにデカいそれはエントランスに飾る時、他のぬいぐるみを上にのっけてバランス取っている。


「めーはおーくなりゅの」

「おう、デカなるデカなる。なんせ元軍人にそっくりだからなぁ~」

「人外にならなくていいというのに……!」

「食いしん坊なところはお前そっくりだけどな」


 何よ。食いしん坊で何が悪い! おいしいここのごはんが悪い!

 ここで育っていく巡である。美食家になるのは間違いない。大丈夫だろうか。時々ジャンキーなごはんも食べさせた方がいいんだろうか。


「もちょこくおー、かたー」

「ああ、はいはい肩車ね」


 木枯らし(すさ)ぶ冬の朝。

 巡と一緒に元国王の部屋に遊びに来たワタシはホットカーペットの上に転がりながら巡と遊んでいる元国王を見上げる。

 元国王に朝食をせびりに来たらしいお蝶も交えて、ちょっとしただらけタイムである。


「てかお蝶、そのカッコでここまで来たの? 寒くない?」

「さみいな。でもアタシの生足は曝け出すためにあるからな」

「めんどくさかっただけでしょ」


 元国王がため息を吐きながらステテコパンツを差し出す。パジャマのままここに来たお蝶は下着の上にちょっと丈が長めのシャツを着ただけで、見ているだけで寒い。いそいそと元国王のステテコパンツを穿くお蝶はとても慣れている様子で、いつもこうなんだってことが窺えて思わず苦笑が零れてしまう。


「いつも元国王にタカりに行ってんの?」

「いつもじゃねぇけど、めんどくせえ時にな。まだ寝てたら添い寝サービスするからそれが代金だ」

「あれビビるからやめてって言ってるでしょ。あとぼく頼んだ覚え一切合切ないからね」


 押し売り強盗じゃねえか。


「嬉しいだろ? こんな美女の添い寝だぜ?」

「おっさんに添い寝されても嬉しくない」


 真顔で答える元国王の眼差しは、虚無そのものだった。

 ……苦労しているみたいだね。


「もちょこくおー、ぶーん!」

「はいよ、ぶーん」


 飛行機ごっこにわきゃわきゃご満悦な巡を見上げつつ、ごろりと体勢を変えてパンの耳に手を伸ばす。元国王がお蝶の朝食兼ワタシたちのおやつがてら揚げたパンの耳だ。砂糖がまぶしてあっておいしいのである。


「そーいえば今年は餅つきしないの?」

「するよー。社長くんのスケジュールと合わせてね、来週」

「もちー?」

「そう、もちー。暴くんにはちょっと危ないから別の用意するね~」

「え~」


 うん、喉詰まらせたら危ないもんね。爺も危ないから掃除機は素早く出せるようにしておこう。もしもの時のための吸引だ。


「ピザ焼きてえピザ」

「なにいきなり」

「餅つきもいいけどよー、みんなで庭でさー、かまどでピザ作るのいいだろ?」

「それかまど組むのぼくと元軍人さんでしょ」


 でもまあやってみたいよね、と元国王も乗り気で笑う。


「みんなで食べるのもいいけど、旅行にも行きたいよね」

「あー旅行! 行きたい! 温泉とか!」


 さいはて荘のみんなで旅行!

 なんだかんだみんなで集まるけど、旅行したことはないんだよね。黒錆一家とか、元王子と元巫女とか個々のグループでならあるけど。

 巡もおっきくなったし、ワタシの入試が終わったら一度行ってみたい。社長のスケジュール調整が大変だろうけど。


「さいはて荘の十一人で旅行! いいよね」

「おー! かじょくりょこー!」

「あ、ううん。お父さんやお母さんと行くいつもの旅行じゃなくってね──」

「かじょくりょこー!」

「──……」


 家族旅行。

 確かに、巡の言う通りだ。


「──そうだね巡。〝()()〟だね」


 ワタシと巡と、お父さんとお母さんと。四人での家族旅行は行ったことがある。でもこの四人だけが〝()()〟なのか。

 違う。

 うん、違う。ワタシとしたことが大切なところで間違えるとは。


「さいはて荘は、〝()()〟だ」


 大家さんと出会ったあの瞬間。

 元軍人と引き合わされた瞬間。

 爺にげんこつされたあの瞬間。

 元巫女に思わず見惚れた瞬間。

 元王子にドン引いたあの瞬間。

 社長に笑われて腹立った瞬間。

 元国王につい和んだあの瞬間。

 お蝶にビビってしまった瞬間。


 ──巡と、出逢ったあの瞬間。


 あの瞬間から、ワタシたちは〝()()〟なのだ。


「〝()()〟がいるって、やっぱりいいね」


 家族がいなくても生きていくには十分だろう。害にしかならない家族であればむしろいないほうがいい。

 けれど、心の底から身を預け笑い合うことのできる〝()()〟は、いるのといないとでは違うって思う。


「──うん」


 〝()()〟だ。

 血が繋がっていようといまいと、戸籍をともにしていようといなかろうと──ワタシたちは〝()()〟だ。

 そしてワタシたちには、何よりも〝()()〟が必要だ。


 だからこそ、ワタシたちはさいはて荘に集まったのだ。


「ワタシたちは〝()()〟がほしくて、〝()()〟になりたくて、だから一緒にいる」


 どんなに苦しかろうと辛かろうと寂しかろうと、最後の最期まで拠り所として在る場所。

 どんなに遠かろうと離れてようと遮られようと、最後の最期まで帰る家として在る場所。

 それが、〝()()〟だ。

 それが──〝さいはて荘〟なのだ。


「そうだね。ぼくらは〝()()〟だ」

「うはは! 大家族も大家族、退屈する暇もねぇ最高の家だな!」


 元国王とお蝶も同調してくれて、ワタシは思わず笑顔を零してしまう。

 大家さんと元軍人が結婚して夫婦になっても。ワタシと巡という子どもができても。元国王とお蝶が自分の店を持っても。元巫女が安らげる神社に戻っても。社長は数日に一度しか帰れなくとも。

 ──それでも、みんなにとって〝さいはて荘〟は帰るところなんだ。


「かじょくー!」

「うんうん、暴くんも〝()()〟みんな一緒の時が一番楽しそうだもんねぇ」


 確かに。みんな一緒だと巡の暴君具合が凄まじい。被害者は主に元国王と爺。爺は腰的な意味ですぐ退場するからだけど。


「家族旅行、本格的に計画してみっか! なっちゃんがいるから場所については社長に任せねえといけねえだろうが」


 確かに。なっちゃん、下手に出歩けないもんねぇ。さいはて荘にゆゆたちが遊びに来る時もなっちゃん、影響を最小限にするためになるべく不在にしているから。

 なっちゃんがどういう存在なのか、ワタシは詳しいことを知らない。知るつもりもない。今まで通り何も知らず、深入りせず普通に接していくだけだ。それは元国王やお蝶も同じ。

 ──そんななっちゃんも〝()()〟だ。だから、なっちゃんを勘定に入れないという発想さえワタシたちにはない。


「そうだねぇ。でもある程度希望は出せるだろうし。温泉と言ってもいろいろあるでしょ? 雪の中温泉に入りたいとか、温泉街でまったりしたいとか」

「本場の温泉たまご食べたい」

「くいもんかよ」

「旅行といえばッ!! ごはんッ!!」


 こればかりは譲れない。ああ、〝()()〟であっても譲れないね!!


「ははは。旅先ならではの料理食べたいよねぇ。ねー、暴くん」

「あい! めー、もちょこくおーになりゅ!」

「ぼくみたいにでっかくなりたいのかい? それならいっぱい食べないとね~」

「遺伝的に元軍人くらいにはなれそうだなァ」

「体格はそれでいいけど、中身は人間保っててほしいところね」


 一歳児にして既に人外だから手遅れ? そんなことはないはず。間に合うはず。


「めーはおーくなりゅって、もちょこくおーをたきゃーいたきゃーいしゅんのー」

「ははは、ぼくをたかいたかいか。それは楽しみだ」


 ──そして十数年後、そこには巡に高い高いされる元国王の姿が! ってなりませんように。


「おい、元国王。小麦粉不使用パンにおける代用粉についてだが──なんだ、ちんちくりん姉弟もいたのか」

「賑やかな気配を感じて!」

「えっと、おはようございます……」


 いきなり扉が開いたかと思えばいきなり暴言をかましてきやがった社長と、野次馬根性を隠そうともしない元王子と、明らかに元王子に巻き込まれたであろう元巫女で室内がいきなりにぎやかになる。

 何事よ。


「元王子がイベントの気配だとわけ分からんことぬかしておったが何事じゃ?」

「なになに、みんなで三階に集まって何してるのぉ~?」

「わあ……もとこくおうさんにおすそわけもってきたんですけど……たりないね」

「私が持ってこよう。まさか全員ここにいるとは思わなんだ」


 元王子の大騒ぎを聞きつけてやってきたらしい爺になっちゃん、果てには朝ごはんお裾分けを持ってきた大家さんと元軍人まで現れて、朝八時だYO! 全員集合! と相成った。

 いや管理人室じゃないんだからさすがに狭い!! みちみちじゃん!!

 管理人室はふた部屋分の間取りになっているからさいはて荘のみんなで集まる時は基本、管理人室だ。そうじゃない元国王の部屋となるとさすがに狭い。昔のさいはて荘を思い出す。

 元巫女の部屋に集まってぎちぎちぎゅうぎゅうのみちみちになったっけなぁ。懐かしい。

 そして改めて集まったみんなを見回して、ワタシはゆるりと口元が緩むのを感じた。


「──うん、やっぱり〝()()〟だ」


 大家さんと元軍人。

 ワタシと巡。

 元国王とお蝶。

 元王子と元巫女。

 爺となっちゃん。

 社長。


 ──みんなで、〝()()〟だ。


「──ねえみんな! さいはて荘のみんなで家族旅行行きたいって今、元国王たちと話してたの! どう?」


 ワタシの声掛けに部屋を後にしようとしていた元軍人が止まり、くるりとこちらを向いた。元軍人だけじゃない──さいはて荘のみんなが、ワタシを見て目を丸くしている。けれど、それが笑顔に変わるのにそう時間はかからなかった。


「いいな。さいはて荘のみんなで家族旅行、前々から考えてはいたが──本格的に計画をしようか」

「そうですね。みんなでりょこう、とってもすてき!」

「フム、うまい酒のある旅館で宴会といきたいもんじゃの!」

「みなさまで家族旅行……! とても心躍るわーどでございます……!」

「最高のイベント発生だねっ! そうなるとやらなければならないのはやはり──〝家族旅行のしおり〟!」

「わーお、旅行! したことない! あたしにできるのかなぁ?」

「案ずるな。色々条件はあるが、不可能ではない。……()()()に連絡するか」


 乗り気も乗り気、ノリノリのイケイケでみんな賛成してくれた。

 だからワタシも嬉しくなって、ついにやけるような笑みが零れてしまう。


「よーし! では早速アンケート作るとするよっ! 各自、行きたい場所と食べたいものを考えておいてくれたまえよ! それを元にキング、旅行可能な場所を絞ってくれるかい? そしたら計画を立ててしおり作るよっ!」

「ああ。行程に合わせて空間製作する必要がある。情報操作も併せて相当の物流と人流を抑制することになる──しっかり計画を立てろ。生半可な旅程は認めんぞ」

「──魔法少女ちゃん! 一緒に幹事頑張るよ!」

「勝手に幹事にしないでよ!!」


 いや言い出しっぺだけどさ!


「ははは。まあぼくも手伝うからさ。旅行に関わる作業は全部社長くんに任せることになっちゃうからね。その前段階くらいぼくらできっちりやろう」

「む……そうだね」


 なっちゃんのことがあるからワタシたちだけで勝手に決めるなんてことはできない。最終的に一番苦労することになるのは社長なのだ。だったら、少しくらい負担を減らしてあげないと、かな。


「幹事は三馬鹿か。心配になるな」

「三馬鹿言うな!! 呪うぞ!!」

「にーた!! めーも! めーもなの!」

「ん? 巡も加わりたいのか? じゃあバカルテットだな」

「あい!」

「あいじゃねぇえ!!」


 騙されるな巡!!


「ブーラボー! 四重奏(カルテット)に馬鹿を足すとは実に面白い表現だねっ!」


 ブラボーじゃねぇえ!!

 馬鹿にされているんだぞワタシたち!!


「否定できないしねぇ」

「否定しなさいよっ!」


 時々馬鹿やっている自覚はあるけどさ!!


「フッ、馬鹿と言われて怒るから馬鹿なんだ」


 ムッカァアアアァアア!!


「それを言うなら馬鹿と言ったほうが馬鹿でしょうが!!」

「ハッ、俺様は単に事実を言ったまで。そうやって怒るのは図星だからだろう?」

「呪うぞッ!!」


 フシャー!!

 ──と、いつものようにいがみ合うワタシたちを見て周りから笑い声が上がる。いつもと変わりない〝()()〟の団欒に、怒っていたワタシもつい笑顔を──


 いややっぱり社長腹立つ!! フシャー!!



 【家族】



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