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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・春
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【かきごおり】


 春らしさがすっかりほどけ、夏が両手を広げてやってきた。


 要するに暑い。


「あつい……」

「心頭滅却すれば火もまた涼しッ! 魔女っ子は気合いが足らんッ!」


 炎天下、全身から汗を流しながら腕立て伏せをしている爺に思わずイラッときたのは仕方ないと思う。日干ししていたぬいぐるみたちの中から梟のぬいぐるみを取り上げてびろーんと頬を引き延ばした。


「ヌッ!!」


 連動して爺の頬もびろーん、と伸びる。くひひ。


「くぉらクソガキィ!」


 つーん。


「だめだ魔法少女ダークフレア! そんなことをしてはクリスタルハートの輝きが闇に呑まれてまた闇のプリンセス・ダークフレアになってしまう!」


 猿のぬいぐるみ! 猿のぬいぐるみ!


 最悪な敵の出現に猿のぬいぐるみに慌てて手を伸ばそうとしたワタシの腕を元王子の白く、男らしく大きくも端正な手が掴む。


「安心してくれダークフレア。君の闇に呑まれかけたクリスタルハートはボクのこのピュアハートで浄化してあげ──」

「おかしなおもちゃはめるな!!」


 女児向けアニメとおもちゃ会社のあくどい結託に乗せられてまんまとおもちゃ買いおって!!

 元王子が勝手にはめてきた何やらファンシーなブレスレットを外しながらワタシはぎろりと元王子を睨む。だが、元王子は相変わらずダークフレアとやらのクリスタなんちゃらについて語っていてワタシの怒りに気付きさえしない。やっぱり呪ってやる。


「ああ、そうだ! 実はこんなものを買ったんだよ。クリスタルをレインシャワーにして、ピュアクリスタルスノウに変えるというマジックアイテムさ」


 そう言いながら元王子が見せてきたのはこれまた女児向けのファンシーなおもちゃであった。ドームのような形をしていて、側部に取っ手のようなものがついている。ん? これって。


「かき氷機じゃん」


「NO! マジックアイテム・クリスタルレインさ!」

「ねえ爺、氷ある?」


 元王子は無視するのが一番である。


「む? ふむ、かき氷を作れるほどの氷となるとワシの部屋にあるのだけでは足りんな。元国王に聞いてみよう」


 どうやら今日はパン屋の定休日らしい。部屋で惰眠を貪っているという元国王を爺がずるずる引き摺って連れて来るのにそう時間はかからなかった。日曜日のお父さんのようにぼんやりとしている元国王を見て申し訳ない気持ちになったが、暑さがその申し訳なさを容赦なくこそげ落としていくので付き合ってもらうことにする。


「氷ならいっぱいあるよ~」


 ふだんさいはて荘でもパンに合う具材や甘味の研究をしているとかで氷は常備しているらしい。それを貰ってかき氷を作ることにした。元王子がピュアクリスタなんちゃらって歌ってたけどワタシたちは完全に無視する。


「シロップ作ってきたよ~」

「えっシロップって作れるものなの?」

「そりゃ作れるよ~。果物とグラニュー糖、レモン汁でさっと作っただけだけどね~」


 そう言いながら元国王が縁側に置いたお盆からベリー系の甘酸っぱい匂いがふわりと広がって思わず舌なめずりをしてしまった。どうやらいちごとブルーベリーの二種類のシロップを作ったらしい。どっちも果実たっぷりでおいしそうだ。


「じゃあさっそく氷をセットして……」


 器もセットして、かき氷機が動かないよう片手で固定してから取っ手を動かす。ごりごりと小気味よい音と振動がし始めると同時にきらきらとした氷のシャワーが降ってきて、知らず知らずのうちに笑顔を浮かべてしまう。


「おお……ピュアクリスタルスノウ……」


 無視。


「魔法少女ダークフレアの闇に呑まれかけたクリスタルハートがクリスタルシャワーを受けて美しいピュアクリスタルスノウと同化して浄化されてゆく……第二十七話の再現だ、ブラボー」


 無視!!


「もういいじゃろ。ほれ、魔女っ子食え」


 器から零れそうなほどに溜まったかき氷に爺がそんなことを言って、先に食べるようかき氷を差し出された。それならばと遠慮なくいちごのシロップをスプーンですくってかけていく。とろとろのいちご色の液体が果実と一緒にふわふわとしたかき氷を彩っていく。


「いただきまーす!!」


 さっくりとスプーンが軽快に果実を載せたいちご色の氷をすくい、はやる心を抑えながらゆっくりと口に運んでいく。


 冷たい。甘い。すっぱい。


 とろりと口内で溶けていく氷にまたもや笑顔が零れ落ちる。暑い日にはやっぱりかき氷だ。おいしい。

 しかもこのシロップ、最高においしい。もうずいぶん昔に食べたきりだからうろ覚えだけど、前に食べたかき氷は甘いだけで味の深みはなかったように思う。市販のシロップってそんなものなんだろう。でも元国王が作ったシロップは最高だ。いちごの甘酸っぱさがそのままシロップになってるんだから最高なのは当然である。

 二杯目はブルーベリーのシロップを食べてみようっと。


「今度はもっとちゃんと準備して、マンゴー味のかき氷とか宇治金時のかき氷とか作ってみんなで食べたいね~」

「わあ、それ最高」


 夏は嫌い。暑いから。


 でも、こういう風にみんなで一緒にかき氷を食べられるのなら嫌いじゃないかもしれない。





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