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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・春
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【呪いと書いてまじないと読む】

挿絵(By みてみん)


 最果(サイハ)ての地に朽ちるは最廃(サイハ)ての荘。

 最廃(サイハ)ての荘に住まうは最排(サイハ)ての者。

 最排(サイハ)ての者に揺れるは最凡(サイハ)ての噺。


 さいはての、ものがたり。




(のろ)いと書いてまじないと読む】




 日本のどこかの最果てにある、寂れた木造のアパート。

 舗装された道が見当たらないのどかな田園風景に溶け込むように静かに佇んでいる三階建ての、築何十年経っているのか考えるのすら恐ろしいその古いアパート“さいはて荘”は今日も平穏な朝を迎える。


 魔女たるワタシに似つかわしくないほどの晴々とした、魔女たるワタシに相応しくないほどに清々とした夜明けの空とともに今日も――朝を迎える。


「フッ、ホッ、ハッ、ホッ」


 ぎいと錆びた音を立てて小さく開いた玄関のドアの向こうからは規則的に吐き出される呼吸音が聞こえてきて、ワタシはそれに眉を潜める。

 ドアの向こうに広がるのは、見慣れたさいはて荘の前庭。季節は春――肌を突き刺す冷気がゆるりゆるりと肌の上から身を引いていく頃合。そんな季節の早朝ともなればまだまだ寒さを覚えるほどであるが、前庭の一角で断続的に息を吐き出しながらスクワットをしている爺は股引しか身に付けていなかった。いや、股引の下にパンツも穿いているのかもしれないがそれはどうでもいい。相変わらず暑苦しく――鬱陶しい爺だ。


「……」


 ワタシはそっと音を立てぬよう玄関から離れ、板張りの短い通路を通って四畳半しかない和室の中に足を踏み入れてそのまま押入れに手を掛ける。

 さいはて荘は四畳半の和室に押入れとキッチン、トイレがついたワンルームが十二部屋存在するアパートメントだ。風呂は外に共用の浴場があり、洗濯機は裏庭にこれまた共用のものがある。こんなアパート、今時珍しいのではないだろうか。あっても予算のない学校の学生寮くらいだろう。そんなオンボロアパートの一階の東端、一〇一号室にワタシは住んでいる。


「……」


 押入れの下段には元軍人が作ってくれた棚が設置されている。そこに並ぶ、九体のぬいぐるみ――つぎはぎだらけの、九体のぬいぐるみ。


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 そのひとつ、翼の折れた梟のぬいぐるみにワタシは手を伸ばした。


「……」


 ドアの向こうでは相変わらずリズミカルに息を吐き出しながら爺がスクワットをしている。むさ苦しいことこの上ない。

 爺。爺さん。おじいさん。さいはて荘の住人たちからそのように呼ばれている彼はその呼称の通り、齢七十にもなる老人だ。年齢に見合った老いた肉体をしているが、その老いた体には見合わぬほどに軽快なスクワットをこなしている。爺の体が上下する度に爺自慢の長く、白く豊かな顎鬚が馬の尻尾のように跳ねていてなんだか無性に腹が立つ。


「……」


 ワタシはただひたすらスクワットをしている爺をドアの隙間から眺めつつ、左腕に抱え込んだ梟のぬいぐるみに、右手に握り締めた五寸釘の先端を向ける。

 くひ、と喉の奥から捻り切れるように吐息が、けれど笑い声のようにもしゃくりあげる声のようにも聞こえる曖昧な音が零れた。


「呪われろ」


 それは恨みか。それとも妬みか。

 振り下ろされた五寸釘が梟のぬいぐるみに突き刺さった。同時に外から爺の絶叫が響き渡る。


 ◆◇◆


「こんなことをしちゃだめよ、まじょちゃん」


 腰に五寸釘が突き刺さっている梟のぬいぐるみを手に、大家さんが柔らかな、けれどほんの少しだけ怒気をこめた声でゆっくりとそう言ってきた。ワタシははあい、と適当な返事をしながらぺろりと舌を出す。


「くぉらこのクソガキャァ!! 毎度毎度ワシを殺す気か!!」


 前庭に設置されている、元軍人が作った竹製のベンチに寝そべっている爺が唾を飛ばしながら怒鳴ってきた。汚い。

 大家さんに促されておざなりながらも謝罪の口上を述べておく。そうすれば大家さんはにこりと優しい笑顔を浮かべてワタシの頭を撫でてくれた。


 ──大家さんは、好きだ。


 伸びっぱなしでずるずるのぐちゃぐちゃに長いワタシの真っ黒な髪とは違う、癖のない艶やかな黒い髪を短く切り揃えた清潔感溢れる髪型。深く刻み込まれた隈とぎょろぎょろとしている三白眼が不気味なワタシとは違う、優しくて穏やかで綺麗な少し垂れた目。ガリガリに痩せた鳥ガラのようなワタシの体とは違う、とても温かくてふんわりとした女性らしい体つき。──何もかもがワタシと違う。けれど不思議と劣等感はない。


 その時、大家さんが梟のぬいぐるみを持ったまま爺の元に行こうとしてふらつき、慌てて大家さんの体を支える。八、九歳くらいの体格しかないワタシが成人している大家さんの体を支えるのは結構大変。


「ごめんね、ありがとう」


 大家さんは優しく微笑んでくれてからゆっくりとベンチの空いているスペースに座り、白杖を傍に置いた。


 ──そう。詳しいことは知らないけれど、大家さんは大病を患った影響で目があまり見えていない。耳もあまり聞こえていなくて、身体にも少しまひがあって平衡機能も悪いんだって。だから加重式の白杖をいつも持っているし、喋る時はいつだってゆっくりしたものだし、ワタシたちの声もワタシたちが大きくゆっくり、はっきり話さないと聞き取れない。

 ──別にだから大家さんに対して劣等感を抱かないってワケじゃない。魔女たるワタシでも、そこまで下劣で最悪で醜悪で最低ではない。

 大家さんに対して劣等感を覚えないのはひとえに、大家さんが尊敬に値する人物だからだ。このさいはて荘の大家をしている大家さんはさいはて荘に住んでいる人たちみんなの心の支えとなっている。それくらい、大家さんはすごい人なのだ。


「おじいさん、ゆっくりぬきますからね」

「ウム。悪いのう、大家さん。──魔女っ子はもっと反省せんか!」


 梟のぬいぐるみからゆっくり五寸釘を抜いていく大家さんに合わせて、爺が気色の悪い呻き声を上げながら悶える。うげー。


「でも治ったでしょ、腰の痛み」


 だって、ワタシは(のろ)ってないもの。

 ワタシは──(まじな)っただけだもの。


「時と場合と場所を考えんかっ! 確かに腰痛は引いたが、スクワットしている時に突然腰をズドーンってやられたら悶絶するわっ!!」

「そもそも腰痛いのにスクワットする方がおかしいでしょ」


 ばぢり、と爺とワタシの間で火花が散る。

 爺はいつもこうだ。ワタシが善意から呪ってやったというのに。まあわざとだけど。


「──おはよう大家さん。あとその他二名」


 爺と火花を散らし、大家さんがそんなワタシたちの様子に苦笑している時であった。

 すっきりとした柑橘系の香水の香りと共にそんな無感情で機械的な声が投げかけられてワタシは思わずげっと顔を顰めてしまう。嫌々ながらも視線をそちらに向けてみれば、皺ひとつないブランド物であろうスーツを嫌味ったらしく完璧に着こなした社長が立っていた。七三分けというダサい髪型のくせにしゅっとした引き締まった顔と切れ目の目のせいでとても似合っている。むかつく。銀縁の眼鏡も腹立つ。なんか高そうな腕時計も、宝石っぽいのがあるタイピンも、泥ひとつない靴も無茶苦茶腹立つ。

 こいつは通称“社長”──どっかの大手会社の社長らしいけどどうでもいい。見るからに金持ちなくせにさいはて荘の二階二〇一号室に住んでいる。イヤミか。

 ちなみに大家さんは一階一〇三号室、爺は二階二〇四号室に住んでいる。


「しゃちょうさん、おはようございます。おしごと、いってらっしゃい」

「ああ。今度戻るのは三日後となる。何かあれば携帯の方に」


 社長は大家さんに聞こえやすいようはきはきとして発音のしっかりしている声でそう言うと一礼してからさいはて荘の隣にある駐車場へ向かっていった。──ロボットみたいなヤツだけど大家さんに対してはすごく優しいし丁寧なんだよね。


「おう、社長いってら~。おうみんな。おっは~」


 社長とすれ違うようにして金色に染めた明るく長い髪をポニーテールにしているお蝶がさいはて荘の門をくぐってきた。さいはて荘の二階二〇三号室に住んでいる、いわゆる夜の蝶であるお姉さんだ。ボンッキュッボンの出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる悩ましいボディを惜しげもなく晒している。大家さんの艶やかな髪と違って染めているからかお蝶の髪は傷んで少しばさついているが、この小麦畑のような色は好きだ。


「おはよう、おちょうさん」

「大家さんおっはよ~。もう寝るけどね~」

「おはよ、お蝶」

「おっは魔女。なんだ爺さん、また呪われたのか?」

「おぬしからもこのクソガキに何か言ってやれ」

「よくやった魔女」

「褒めるな!!」

「間違えた、ダメだろ魔女~」


 そう言ってお蝶はからからと軽快な笑い声を上げる。夜の蝶と聞いた時はあまりいいイメージを持っていなかったけれど、お蝶の明るくてさっぱりとした性格は好きだ。

 お蝶は昼夜逆転生活をしているから日が暮れてから出勤し、日が昇る頃に帰って来て寝るという生活をしている。大きなあくびを隠すこともせずかましながらさいはて荘の中に入っていくお蝶を見送っていると、またもや門の外から自転車を漕ぐ音が聞こえてきてワタシは視線をそちらに向ける。

 そこにいたのは案の定、元国王であった。


「おはよう~」


 にこにこと屈託のない笑顔を浮かべながら白い布に包まれた、ほかほかと香ばしい匂いを立ち昇らせているパンを片手に傍までやってきた元国王に大家さんがようやく存在に気付き、笑顔を浮かべる。


「おはようございます、もとこくおうさん。ちゃんとかいにいくのに」

「だめだよ~。これはぼくがやりたくてやってるの~。大家さんにはいつもお世話になってるからね~」

「ありがとう」


 満面の笑顔を浮かべて元国王からパンを受け取る大家さん。今日のパンは何かな~。

 ちなみに元国王はその呼称通り、元々はどっかの国の王様だったらしい。嘘くさい。でも、百九十を余裕で超えるムキムキマッチョガイでなおかつ、お蝶のように染めていない自然の少しくすんだ色合いのブロンド、そして彫りの深い顔は明らかに日本人の顔立ちじゃない。ブロンドの胸まである髪を後ろでひと纏めにして、髪と同じ色合いの口髭と顎鬚を生やしている元国王は確かに姿形だけ見るならば王様っぽい。けれど絵本に出てくる熊のような間の抜けた笑顔と、体に掛けている“元王様のパン屋さん”のロゴが入ったエプロンが王様らしさを台無しにしている。

 元国王は三階三〇二号室に住んでいて、パンを仕込むために早朝出勤している。そして新作パンを作ってはこうして大家さんに持ってきて、味見という名目であげている。そのおこぼれをワタシも毎日頂戴している。


「ぼくはパン屋に戻るね~。パンの感想、また聞かせてね~」

「いってらっしゃい」

「今夜も将棋を指そうぞ」

「いってら~」


 ワタシたちの見送りを受けながら元国王は自転車に乗ってさいはて荘を後にしていった。


 その後ようやく動けるようになった爺を部屋に見送ってからワタシは大家さんと一緒に大家さんの部屋へ向かう。ワタシはまだ未成年だから、一応は大家さんの保護下にあることになっているのだ。


「きょうのぱんはてりたぱんだって」

「てりたぱん……?」

「あんぱんのあんこのかわりにてりやきとはんじゅくたまごがはいってるんだって」


 へえ、おいしそうかも。

 そう思いながら大家さんの部屋に上がると、ちょうどその時部屋の向かい側の縁側にどさりと野菜が置かれた。トマトや玉ねぎ、にんじんにきゅうりと色んな野菜が少しずつざるの中に入っている。


「おはよう、魔女」


 野菜を持ち込んできた男──元軍人がタオルで汗を拭いながら縁側に上がり、部屋に入ってきた。おはよう、と返せば元軍人は無機質な顔のまま頷いてくれる。

 この人はここさいはて荘で一番古い住人らしく、一階の西端、一〇四号室に住んでいる。元々軍人として生きていたのがある日突然やめて、ここで畑を耕しながら隠居生活をするようになったらしい。軍人だったというのは多分本当かな。百八十くらいある長身に引き締まった筋肉が無駄なくついていて、肌には所々古傷がある。黒い髪をきちっとオールバックにしているのも、綺麗に整えられた口髭も、人を殺せそうな鋭い眼光も軍人っぽい。姿勢もすごくいい。いつだって背筋ぴんっと伸びていてすごいもん。

 年齢は聞いたことないけど多分四十超えてるんじゃないかな~。ちなみに元国王は五十超えてるらしい。


「もとぐんじんさん、やさいありがとう」

「いいや。今日も大家さんのご飯楽しみにしているよ」


 野菜を手渡して大家さんから礼を言われた元軍人はその無機質な顔を綻ばせて柔和な笑顔を浮かべる。


 ──そうそう。言い忘れていたけれど、元軍人は大家さんのことが好き。べた惚れである。


「魔女、そういうことはプロローグで早々にバラすものではない」

「メタ発言やめてよ。あと心読まないでよ」


 まったく。

 何はともあれ、ワタシは毎日こうして大家さんの部屋で大家さんと一緒にごはん作って、大家さんや元軍人と一緒に食べるのが日常になっている。

 大家さんの作るごはんはおいしいし、大家さんは優しいし、元軍人も言葉は少ないけれど何だかんだ優しいし。かなり充実した生活を送っているのだ。


「まじょちゃん、もとみこさんにごはん、もっていってあげてくれる?」

「うん。わかった」


 いい匂いを漂わせる野菜スープとフルーツの入ったヨーグルト、それにてりたぱんが載せられたお盆を手渡されたワタシはとことこと部屋を後にして隣の一〇二号室へ向かう。


「元巫女、ごはん」


 そう言いながらドアノブを回せば引っ掛かりもなく開く。このさいはて荘で鍵をかける住人はあまりいない。

 中に入ればモノというモノを一切合切排除した何もない畳の間に、元巫女が鎮座していた。これも相変わらずである。

 元々どこかの神社で巫女をしていたらしい元巫女は神に仕える身であるからと清廉潔癖であることを保っている。美しく整えられた巫女衣装も勿論だが、大家さんのように艶のある黒い髪がまっすぐ腰まで伸び、そこで纏められているのも美しいと思う。きゅっと引き締められた桃色の色気たっぷりな唇と、巫女衣装の上からでも分かるほどに悩ましく爆発的なお胸が神聖なる神職との何とも言えないアンバランスさを醸し出しているのもポイント高し。お蝶よりもデカいのだ元巫女は。


「感謝いたします」


 よく通る、聞き取りやすい綺麗な声でそう言った元巫女は畳に両手をついて頭を下げてきた。何があったのかは知らないけれど、元巫女は洗濯や風呂の時以外部屋から出ようとしない。いわゆる引きこもりである。

 だからこうして大家さんが毎日食事を届けているのだ。

 元巫女の前にお盆を置いたワタシは部屋を後にして大家さんの部屋に戻ろうとする。が、そこで最悪な男に捕まってしまった。


「グッ!! モーニィンッ!! 魔法少女ちゃん!!」

「魔法少女じゃない、魔女!」


 プラチナブロンドの流れるような美しい髪を風に靡かせて。

 サファイア色に輝く美しい光彩を夜明けの煌めきに乗せて。

 絶世の美女も羨むほどの美しい顔を惜しげもなく輝かせて。

 美少女アニメのキャラがプリントされたシャツを曝け出す。

 そんな元王子にワタシは迷いなく嫌そうな顔をする。


「おや? お腹痛いのかい?」

「胃が痛くなってる」


 元王子──元国王同様、元々はどっかの国の王子だったらしいけどこれは絶対嘘だ。

 確かに美形である。イケメンである。漫画に出てくる王子様そのものである。だがその性癖があまりにも残念過ぎる。三階三〇一号室の住人であるコイツは何やら日本の娯楽文化に憧れてやってきたらしいが、残念な方向に進化してしまったようだ。アニメや漫画、ゲームが好きなだけならまだしも──その趣味を全面的に押し出す。それはもう押し出す。言動なんて弁えない。服装も弁えない。TPOなんて弁えない。全力でオタク文化を愛する──そんな残念なイケメンである。


「魔法少女ちゃん、ダメだよ拾い食いしちゃ」

「するかっ!!」


 呪うぞ!


「ところで見てくれたまえよこの服。地獄ガール閻魔ちゃん! 魔法少女ちゃんに似ているだろ?」

「コスプレはしない」


 死んでも。


「OH……我儘な仔猫ちゃんだね。だめだよ、好き嫌いしちゃ」

「そういう問題じゃないっ!!」

「仕方ないね、じゃあオカルトガール・トモコちゃんの──」

「キャラクターの好みの問題じゃない!!」


 疲れる!! こいつ、疲れる!!


「やれやれ……とんだお転婆な仔猫だね。OK、また今度にしよう」

「今度なんてないっ」


 ふーふーと鼻息荒く唸っているワタシに元王子はぱちりとウインクして、それから元巫女の部屋の中へ入っていった。どうせ元巫女にアニメの魅力でも語るのだろう。元巫女、基本無言だけど部屋から出ないからな~。逃げたくても逃げられない。元王子の話を聞くしかない。かわいそうに。


 と、他人事のように心の中で合掌してから方向転換したワタシの前に人がいて思わずびくっと肩を震わせる。


「あ。なっちゃん、おはよう」

「おはよぉ」


 そこにいたのは二階二〇二号室の住人である女子大生、なっちゃんだった。それ以上の情報は知らない。

 女子大生らしいふわふわとした服装に身を纏って、今時の女の子らしい可愛らしい化粧をしているなっちゃんはまさにどこにでもいる普通の可愛い女子大生だ。

 でも、それ以上のことをワタシは知らない。挨拶もするし普通に話すけれど、なんというか──本当に普通のお姉さんって感じ。

 どこにでもいる普通の女の子。

 でも、何でだろう? 何となく──それ以上関わっちゃいけない感じがする。何でだろう。


「大学に行くんだよね? いってらっしゃい」

「うん。帰りドーナツ屋に寄るつもりだからお土産持って帰るよぉ~じゃあいってきま~す」


 可愛らしい声で朗らかにそう言って手を振りながらさいはて荘を後にするなっちゃんを見送って、今度こそワタシは大家さんの部屋に戻った。



 一階一〇一号室──“魔女”

 一階一〇二号室──“元巫女”

 一階一〇三号室──“大家さん”

 一階一〇四号室──“元軍人”

 二階二〇一号室──“社長”

 二階二〇二号室──“なっちゃん”

 二階二〇三号室──“お蝶”

 二階二〇四号室──“爺”

 三階三〇一号室──“元王子”

 三階三〇二号室──“元国王”


 三〇三号室と三〇四号室は空き部屋。


 総勢十人が住む小さな木造アパート──さいはて荘。

 十人十色どころか十人十界の、まるで違う世界を生きた人々が集う最果ての場所。

 そこで紡がれる温かくも凡庸で、つまらなくも心安らぐ物語が始まりの音を告げた。



【挨拶代わり】




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