隣の幼女が僕の"まっちゃぷりん"を人質に婚約を迫ってくる件
「そこをうごくなっ!うごいたら、この"まっちゃぷりん"のいのちはないぞ!」
ある晩。
僕が、お風呂に入って家のソファでゴロゴロしていると、隣のお家から遊びに来ていた凛花ちゃんがリビングの扉をバンッ!と開けて脅しをかけて来た。
毛先に近づくにつれて軽くふわっとウェーブのかけられている亜麻色の長髪。
クリクリとした可愛らしいお目目。
上品なピンク色の子供用のネグリジェ。
そんな、お姫様然とした格好とは裏腹に、その態度は粗野な犯罪者そのものである。
左手に僕の秘蔵の"まっちゃぷりん"を持ち、右手にはその命をたやすく奪うことができる銀色の小さなスプーンが握られている。
なんと野蛮な。
僕はその、あまりにも野蛮な凛花ちゃんの態度に、内心ムッとしてこう言った。
「僕が動いたらどうするというんだい?まさか、まさかだけど、僕が大事に取って置いたそれを食べるなんて言わないだろうね?」
「たべる!」
即答?!
まさかの即答?!おかしい、凛花ちゃんはいつもおとなしくてとてもこんな事をする子じゃないのに……。
あっ、もしかして、昨日放送されていたドラマ「扇風機に髪を巻き込まれてアワアワしていたら、殺人鬼が現れて大変でした」の影響かな?
許すまじテレビ。
とりあえず、凛花ちゃんの意図はわからないけどその演技に乗ってみる事にする。
「ふっ、ふふん、できるものならやってみるといいさ。よ、よく見てごらん。そのまっちゃぷりんには———」
蓋がついているんだよ?
!!!
僕の言葉に、凛花ちゃんは思わずハッとした表情をする。
そう、僕の大事な大事な"まっちゃぷりん"には、その大切な中身を保護する堅牢な盾。
蓋が付いている。
彼女がその小さな凶器で"まっちゃぷりん"の命を奪おうにも、その計画を実行するにはまず、蓋を外すという致命的な隙を晒さなければならない。
その間に僕が、凛花ちゃんとの距離を詰めて"まっちゃぷりん"を保護してしまえさえすれば、あとはどうとでもなる。
17歳と6歳。男と女。
その膂力の差はあまりにも大きい。
彼女が手に持っている"まっちゃぷりん"を救い出すことはあまりにも容易だ。
ふははっ!勝った!
「えいっ」
べりっ
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
僕が心の中で高笑いをしていると、凛花ちゃんはその隙を見抜いたのだろう。一瞬でその盾を剥ぎ取った。
くそっ!何をやっているんだ!僕!
"まっちゃぷりん"を救い出す最初で最後のタイミングを逃してしまったじゃないか!
「くはは!これで、じょうきょうは、ごぶとごぶ、いや、もはや、わたしのほうがゆうりだな!」
「くっ……!」
そう、これで僕の不利は覆せない。
どれだけ素早く接近しようとも、彼女がスプーンでその身を崩してしまう方が早いだろう。
絶望のあまり、ソファの中にその身を深く沈めていると、彼女はニヤリと口元を歪めながら、僕に一歩、また一歩と近づいて来る。
「僕に……!何をさせるつもりだ……!」
「ふふん。なにも、そのいのちを、うばおうというわけではないのだ。そこまで、みがまえなくても、よい」
一歩。一歩。
ついに、その小さな庇護欲をそそる身体は、僕とぴったりと密着した。
具体的に言うと、彼女もソファに座って来た。
…………。
近くない?
彼女の体温に、少しだけ緊張していると、彼女は、頬を赤く染めながらどこからか一枚の紙を取り出した。
「これを、みろ」
大すけお兄ちゃんと、わたしのこん約書♡
1.こうは、乙とえいえんの愛をちかう。
2.乙は、こうとえいえんの愛をちかう。
しょめい [立花凛花] [ ]
………………。
えっ、なにこれ可愛すぎ?
色々突っ込みたいところはあるけど、諸々全部ひっくるめて可愛らしい"婚約書"が出てきた。
ちなみに、僕が一番萌えたのは、大輔の"輔"の字を何回も消して書いてを繰り返して最後に諦めた感がある"すけ"の位置の汚れ具合だ。
輔の字、むずかしいよね!!うん!
「お、お、お兄ひゃんには!こ、これにサインしてもらう!!」
そういって、また手をプルプルさせながらどこからかペンを取り出した。
"まっちゃぷりん"はすでに机の上に置いてある。
手を伸ばそうと思えば簡単に取り戻すことができる位置だ。
しかし、しかしである。
ここで、そこに手を伸ばして彼女の顔を曇らせることができるだろうか?いや、できるわけがない。
頰を赤く染め、目元は少しうるみ、口は緊張からかぎゅっと真一文字に引き締められている。かわいい。
何よりもポイントが高いのは上目遣いということ、破壊力抜群すぎる。かわいい。
というわけで、僕は彼女からそのペンを受け取って、紙面にペン先をくっつけた。
ちらっ。
書くそぶりを見せながら、彼女の方をのぞいてみる。
ぱぁぁぁぁぁぁぁ!
ペン先を離す。
しゅん……。
ペン先をつける。
ぱぁぁぁぁぁぁぁ!
離す。
しゅん
なんだこれ、ほんと何このかわいい生き物。
思わず、ペンを離して彼女の頭を撫でてしまった。
「な、なにするんだ!は、はやくそこにさいんを!……ふぁっ……」
最初は、抵抗していた彼女も、次第にふにゃふにゃになっていく。
こうすると、いつも気持ちよさそうに目を細めてふにゃっ。とするんだよなぁ。
僕は、彼女のこういう表情も大好きだ。
一通り、彼女の頭を撫で終わると、僕は彼女に聞き直した。
「ここにサインすればいいんだね?」
「は、はいです!そこにさいんしてもらえるとうれしいのです!」
口調、口調。
素に戻ってしまった彼女に、思わず苦笑いしながら、少しだけその紙面とにらめっこする。
大すけお兄ちゃんと、わたしのこん約書♡
1.こうは、乙とえいえんの愛をちかう。
2.乙は、こうとえいえんの愛をちかう。
しょめい [立花凛花] [ ]
きっと、彼女の今のこの気持ちは本物だろう。
本気で僕に好意を持ってくれているし、結婚したいと思ってくれているのがわかる。
しかし、彼女はまだ子供だ。これからたくさん悩んで、困って、それを乗り越えながら成長していく。
その過程にはきっと、俺なんかより素敵な人との恋も含まれているはずだ。
彼女は可愛いし、頭もいい。
この歳で漢字の"愛"が書けるほどだ。絶対に周りの男が放っておかない。
「お、おにいちゃん?」
彼女が不安そうに僕の方を見てくる。
…………。
うん、でも、まぁ、彼女は今は僕を求めている。
それなら、このひと時くらい、彼女とおままごとをしても大丈夫だよね?ふふっ。
僕はそう思って、そこにサインした。
大すけお兄ちゃんと、わたしのこん約書♡
1.こうは、乙とえいえんの愛をちかう。
2.乙は、こうとえいえんの愛をちかう。
しょめい [立花凛花] [宇都宮大輔]
「これでいい?」
僕が彼女の方を向いて、そう尋ねると彼女は、にぱぁと笑いながらこう言った。
「はいです!しょうらいは、ぜったいのぜったいのぜったいのぜったいに、わたしの———」
おむこさんになってくださいね!!
きっと、僕はその時の彼女の天使のような笑顔を忘れることはないだろう。
そう思えるぐらいには可愛かったことをここに宣言しておく。
まっちゃぷりんはその後、2人で美味しくいただきました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
14年後
「はぁぁぁ。今日も残業疲れたなぁ……」
宇都宮大輔、31歳独身。
今日も1人寂しく、家にトボトボと帰る。
高校を卒業した後、地元の大学に進学し、そのまま地元の中堅企業に就職した。
途中で彼女もできたこともあるし、昇進の話が出たこともある。
しかし、いつのまにか彼女は違う男にとられていたし、昇進の話は立ち消えになっていた。
人生そんなに甘くないってことだ。
「さっさと帰って、飯食って風呂入ってプリン食べて寝よう」
最近のマイブーム、ぷりん。
ひたすらにぷりん。
よく、夜からは趣味の時間と言って色々な活動に走る同僚もいるけど、僕の場合はそういったものもなく、ただだらだらと、プリンをのんびりと食べるのが一番癒される。
これで、嫁さんでもいればまた生活にハリも出るんだろうけど……。
彼女を別の男にとられてからは、そういう恋愛的なことは面倒だとしか思えなくなった。もしかしたら一生独身かもしれない。
「はぁ……。着きましたよっと」
自分が住んでいるアパートに到着。
少し年季が入ったアパートは階段登るだけでも一苦労だ。
なんせいつ崩れるかわからない。ははっ。
実家に帰ることも考えたけど、それはそれで負けた気がして嫌だ。
ギシギシと不気味な音を鳴らす階段登りきり、自分の部屋がある203号室の前に到着。
ポケットから鍵を取り出し、ドアを開ける。
かちゃり。
ん?変だな。いつもより鍵の音が軽い気がする……。
まさか、鍵閉め忘れてたかぁ……?
僕がそんな風に、若年性アルツハイマーに怯えていると扉の向こうからゴソゴソと音がしてきた。
誰か……いる……!
奥にいる人の気配に少し身構える。
まさか、こんなぼろアパートに泥棒が入るとは、なんとも不思議な話だ。
どうせなら、もっといい家狙えよ。
少しの間、奥を警戒していると、泥棒はこちらに気づいたのか、慌てた様子で、ばたんガタンと物音をたてる。
「だれだ!出てこい!」
このまま、なにもせずぼーっとしていても状況が良くなることはないと判断し声をあげる。
くっそ、もうちょっと防犯対策しておけばよかった!
刃物とか持ってたらどうしよう。保険効くかな?
心の中でそんな風に、ビクビクしていると、ついに観念したのか、奥から1人の亜麻色の髪をした女性が出てきた。
その左手には僕の秘蔵の"ぷりん"を、右手にはその命をたやすく奪うことができる銀色の小さなスプーンを持っている。
「な、なにをしてるんだ!まさか、そのプリン食べるつもりじゃないだろうな?!場合によっては僕は全力で抵抗するぞ?!具体的には大声をあげて、近所の人に警察を呼んでもらって僕は全力で逃げる!いいか?いいんだな?!いくぞ———」
やっべぇ、僕のマイブームを奪い去るつもりとか万死に値する。
まっていてくれ、プリン。
僕が全力で守ってやるからな……!!
そんな風に覚悟を決めて宣言通りに大声を上げようとした、その時、彼女はこう言ったーーー
「そ、そこを動くな!動いたら、この"北海道産高級生クリーム使用〜甘いひとときをあなたに〜"の命はないぞ!」