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 星の瞬き



 


 ――《星の追憶レーヴ・エトワール》というものがある。


 それはこの星の記憶。

 星が生まれてから、そこで起きた全ての事象を収められた無限にも等しい思い出達。

 このを星は、一つの巨大な《想星石メモリア》なのだ。



 偉大な功績を残した英雄は、星へ刻まれる。

 それは、神話と呼ばれるものだ。

 


 そして――――今、ここに最も新しい神話が、最も新しい英雄が、星に刻まれた。



「…………ここは?」



 アマネは、確かに死んだはずだった。

 しかし、ここはどこだろう。

 天国だろうか? 

 なぜ自分は、姿が十三歳辺りに戻っているのだろう。

 ちょうど、三人での旅を終えた頃の姿だろうか。


 首を傾げていた、その時だった――。











































「――――よう、久しぶり……だよな?」



 

 

 目の前に――――彼がいた。






 何より焦がれた。

 何度も会いたいと思った。

 もう二度と会えない、世界を救った英雄である少女が、胸の内で本当の英雄だと信じ続ける男。

 何度も折れそうになった。英雄となることは、想像していたよりもずっと辛かった。

 それでも、彼のことを想えば、走り続けられた。

 彼との思い出を何度も反芻した。

 彼が最後に遺した《想星石メモリア》を見る度に、涙が溢れた。


 伸び切った灰色の髪の男の名は、ヒギリ。


「……ヒギリ……どうして……?」


「……これは……そうだな。なんつーか、先史時代で言うとこのバグ? みたいなもんだ。

 新たに神話ができるなんて、随分久しぶりらしくてな。

 だから、俺達の意識がまだ消えてない。もうすぐ、《星の追憶レーヴ・エトワール》も俺達に気づいて、修正するだろうさ。そうすりゃ、この意識は消える」

「…………長くは、話せないのですね」

「……そうだな」

「話したいことが、たくさんあります」

「……俺もだ」




 この星のシステムが、バグに気づくまで――それがこの刹那の邂逅のリミット。



 次の瞬間、二人の意識は消えるかもしれない。































「――――ですがもちろん、わたくし達の邪魔は、この星のシステムにだってさせません」


 黒髪の女性だった。



「……ノーチェ!」

「お久しぶりです、アマネ様」


 思わずアマネは駆け寄ってしまう。

 ノーチェの柔らかく、甘い匂いが香る体に抱きしめられる。

 

 本来なら、一瞬で修正されるようなバグであるはずの意識。

 しかし、ノーチェの《侵食》は、この星のシステムにすら介入し、強引に二人の意識を留めて、ずっと……ずっとずっと、何十年もの間、アマネを待っていた。


「そう、長くは保たないのですが……それでも、二人の約束くらいは、果たさせてみましょう――わたくしの、魂に賭けて」


 気がつくと――真っ白な空間に、椅子がぽつんと。

 アマネの手元には、ハサミが握られていた。



 ――――「…………とにかく、帰ってきたら、散髪です。約束ですよ?」


「そういや……約束、果たせてなかったな」

「……そうですね」


 ここは精神の世界。

 願えばそれが現れるのだろう。



 ノーチェが黙って頷いた。

 アマネもそれを見て、ボロボロと大粒の涙を流しながら、しかし笑顔で頷いた。



 随分と遅くなってしまった。


 二人はもう、死んでしまった。

 




 ――――それでも、約束はここに果たされる。





 ヒギリが椅子に座る。

 アマネが、彼の灰色の髪に鋏を入れ始める。


 たくさんの言葉を交わした。


 アマネが英雄になってからのこと。

 何度も、何度も、挫けそうになっても、ヒギリやノーチェのことを思えば、耐えられた。

 

「どうでしょう?」

「……なんだよ、本当に上手いじゃねえか」

「あっ、疑ってたんですか!?」

「まあな」


 鏡を出現させたアマネは、すっきりとしたヒギリの頭を、彼に確認してもらう。



「さっぱりしたヒギリ様も素敵ですっ!」



 きゃ――――っっかっこいいです――――っっと叫びながらノーチェが悶え転がっていた。


 なんだろうこの可愛い生き物は……とアマネは和みつつも、ちょっと呆れてしまう。

 この部分だけは、彼女に似なかったなと思うと、可笑しくて笑ってしまう。

 だが、彼女の深い愛を持つ部分は、とても良く似たと思う。


「……ねえ、お父さん」

「……んだよ。照れるな、それ」

「いいじゃないですか、少しくらい」

「なんもしてやれねーけどな、父親らしいこと」

「……ですが、何より大切なことを、教えてもらいましたから。それは、親が成すべき一番大切なことでしょう」

「……俺もだ。俺もお前に、大切なこと教わったよ。お前がいたから、俺はここにいる」


 復讐。

 ヒギリがしたことは、間違いなく悪だ。

 だが、どうやらこの星は、そうは思わなかったのか、それともこの場所に、善悪などないのか。それはアマネにはわからない。

 





「……お前の英雄譚があるから、俺の復讐譚は望んだ結末を手に入れられた」


「……あなたの復讐譚があったから、私の英雄譚は願った結末を手に出来ました」






 アマネがいたから。

 ヒギリは、後のことを憂うことなく、ザフィーアへの復讐を果たせた。

 アマネなら、きっとヒギリにもザフィーアにもできないことが出来る。

 ヒギリは世界など救わない。

 ザフィーアの救済を、認めることなんてできない。


 ヒギリがいたから。

 アマネは、挫けずに英雄でいられた。彼は最後まで成し遂げた。その姿がこの瞳に、この魂に焼き付いていたから、進み続けることができた。


 ――――そこで、三人の体が少しずつ淡い光に包まれて消え始めた。




「…………申し訳ありません、限界のようです」




 所詮は奇石で成り立っているような、刹那の邂逅。

 夢のような時間は、長くは続かない。



 また、親子三人で旅がしたかった。

 いつだって願いの全ては、叶わない。

 それでも――――。



「アマネっ……さあ……わたくしのことも……さあ、さあ、さあさあっ!」

「…………、」


 先程ヒギリを「お父さん」と呼んだことを言っているのだろう。

 まったくやれやれ本当に……とアマネは呆れて笑いつつも、


「……大好きですよ、お母さん」


 消えゆくなか、アマネはもう一度ノーチェを抱きしめる。


「……ええ、わたしも大好きです……ヒギリも……アマネも……ずっとずっと永遠に……」

 

 『様』が取れている。

 ……道具に徹し、常に相手よりも自分は下であろうとする彼女の在り方を捨ててでも、親子としての在り方を望んでしまうのだろう。


 そしてアマネとノーチェは、ヒギリの方へ視線を向ける。





「……ああー……わかったわかった……」
















 ヒギリは照れくさそうに頬を染めつつ、二人を抱きしめる。





























「……決まってるじゃねえか。俺も二人を愛してるよ」














 それからも。

 星のような輝きに包まれながら――最後の瞬間まで、三人は言葉を交わし続けた。


 星の記憶に溶けて、この会話も、誰の記憶にも残らずに消える。




 だとしても――この星の瞬きは。









 この刹那の輝きは、何よりも尊く、大切な記憶メモリアだった。













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