勇者の衝突
サラレスとセイドラの2人と話し合った翌朝。
神より強くなっても朝には弱い迅があくびをしながら校舎に向かっていると、何やら喧騒が聞こえてきた。
「ふぁ〜あ……朝っぱらから騒がしいな。勇者達が絡まれでもしたか?」
野次馬も集まっているようなので近づいてみると―――
「何もそこまでする事はないだろう!」
「うるせぇな、こっちの問題なんだからカンケーねぇ奴は引っ込んでろ!」
ガラの悪い3人組と、勇者である和輝と剛が言い争っているところだった。
近くには男子生徒が1人倒れていて、恐らくその男子が原因で揉めているようだった。
「お、おぅ……まさか本当に絡まれてるとはな」
まさかの予想的中にびっくりした迅は、話しがよく聞こえるように野次馬の中に入っていった。
「たとえ関係はなくても、ただぶつかっただけで殴るような奴を見過ごす訳にはいかない!」
「殴ったから何だっていうんだよ?ぶつかってきたソイツが悪りぃんだろうが。なあ?Fクラスの分際でなぁ」
倒れている男子は相手のリーダー格の男にそう言われ、ビクッ!と怯えていた。
この学院では、高等部からは主に戦闘力を優先したクラス分けになっていて、それぞれの学年にA〜Fクラスまでが存在している。
そもそも最初の頃は、戦闘特化の生徒と研究などの勉学に励みたい生徒では教える内容が変わってくるので、それぞれに合わせたクラス分けをしたのだが、いつの頃からか力が全てという考えが根付いてしまったのだ。
「どこにでもバカはいるもんだなぁ」
迅が適当な事を呟いていると、勇者とバカはどんどんヒートアップしていった。
「Fクラスだから何だっていうんだ!同じ学院の生徒だろう!」
「何言ってんだお前?……あぁ、見かけねぇ顔だと思ったらウワサの勇者様かよ。そりゃ知らねぇのも無理はねぇな。教えてやるよ、クラスっていうのは要はランクだ。Aの方が断然強いし能力も役に立つものが多い、それに比べてFなんざ穀潰しもいいところだ。だから俺たちのような上位クラスが、今回みたいに下位クラスに常識を教えてやることがある訳だ」
正確には戦闘の指導を推奨なのだが、下位クラス=無能のような状態になってしまっていた。
そういった事情もあり、この男は勇者が相手でもいきっているのだ。
〝勇者といっても所詮はFクラスだろう?″と。
だが、この男はとんだ勘違いをしていた。
迅や和輝たちは編入生だからFクラスなのであって、実力が無かったからという訳ではないのだ。
それを知らないガラの悪い3人は、和輝たちを嘲笑し続けていた。
「だから責められるいわれはねぇってか。上等だ!なら今すぐテメェをぶっ飛ばして、くだらねぇ考えを捨てさせてやるよ!」
ついに我慢できなくなった剛が、自分の魂剣を展開して、両手に籠手を纏った。
「Bクラスのこの俺様とやろうってか。勇者だか何だか知らねぇが、格の違いってやつを教えてやるよ!」
リーダー格の男が大剣を出して、今にも飛び出しそうな剛と睨み合った。
そして、和輝も参戦しようと魂剣を出そうとしたところで―――
「そこまで!」
校舎の方から片眼鏡をかけた長髪の男が歩いてきて、戦い始めようとした和輝たちに待ったをかけた。
「和輝君!一体何があったの⁉︎」
「ん、朝からとても物騒な状況」
その止めた男とほぼ同時に、木原姉妹と繭と凛もやってきた。
「一体何があったのかは知らないが、こんな所で魂剣を出してはいけないよ」
「誤解ですよ、チャーリー先生。俺らがいつも通りにしてたら、この勇者たちがイチャモンをつけてきたんですよ」
男は教師だったらしく、リーダー格の男は白々しく適当な説明をした。
「お前が先にこの子を殴ったんだろう⁉︎」
「……大体の事情は分かった。だが何があろうとこんな場所で魂剣を使うのは看過できない。そこでどうだろう、この学院のルールにのっとり、試合で決着をつけるというのは」
「……試合で?」
急にチャーリーに提案された事につい聞き返してしまう和輝。
「そうだとも。相手の精神に負荷を与えるだけしかできない、幻影形態の魂剣を使って試合をするのです」
「そんなのがあるならそれでいいじゃねぇか。やってやろうぜ和輝!あのスカした野郎をぶっ飛ばそうぜ!」
教師の提案にすぐさま食いつく脳筋こと剛に対し、和輝は少し考えていた。
「俺らはそれで問題無いですよ。まぁ、勇者様は怖気づいてるみたいですがね」
相手の3人は、笑いながら和輝を挑発していた。
「……分かりました。このまま黙っている訳にはいかないので、試合をしましょう」
「決まりですね。それでは放課後に体育館脇の訓練場に来てください。そこで私が立ち合いのもと試合をします」
簡潔に決めて、チャーリーはその場を後にした。
そして、残った和輝たちは細かいルールなどを決めていく。
「僕たちが勝ったら、この子にしっかりと謝ってもらう」
「じゃあ、俺らが勝ったら何でも言う事を聞いてもらうぞ」
「なっ⁉︎何でそうなるんだ!」
「別に自信が無いなら勝負を取り消してやってもいいんだぜ?」
「……いいだろう。絶対に僕たちが勝ってやる!」
「フン……俺の名前はバルゴだ。あとはカイトとタルバの3人で相手してやる。1対1の試合を3試合やって、2勝した方が勝ちでどうだ?」
「分かった、その内容で構わない。こっちは僕と剛と……もう1人は放課後までに見つけておく」
「決まりだな。俺たちに楯突いた事を後悔させてやるよ」
そう言い放ってバルゴたちは去っていった。
「見事なテンプレ展開だなぁ、さすがは勇者だ。これで放課後の予定は決まりだな」
話が終わり散っていく野次馬に紛れて、迅もその場を後にした。
午前中の授業が終わり、昼休みになった。
しかし、和輝たちはまだ3人目を見つけられないようだった。
というのも、Bクラスが相手というのが効いており、誰もやりたがらないのである。
(まぁ予想はしてたが、ここまで根性なしだらけだとはな……)
また1人声をかけてフラれた和輝たちを見ながら、迅は飯でも食いに行こうと思い、席を立ち食堂に向かっていった。
「ダメだ、誰も受けてくれねぇな」
「このまま見つからなかったらどうするの?」
剛がやるせなく呟き、麗奈が和輝に尋ねた。
「最悪、僕が2回戦う事で何とかなればいいんだけどね……」
はぁ、とため息をつきながら和輝が答えた。
「皆さん、落ち込んで一体どうされたんですか?」
後ろから声をかけられ振り向くと、Aクラスの教室からやってきたティア王女が、心配そうに和輝たちを見ていた。
「こんにちは、ティア。……実は、Bクラスのバルゴっていう奴と試合をする事になったんだ」
「Bクラスとですか?何故そのような事に?」
「それが―――」
今朝に起きた事を細かくティアに説明をした和輝は、今はもう1人を探してる最中だと話した。
和輝が話し終えると、ティアが決然とした表情でイスから立ち上がった。
「そういう事でしたか。カズキさんたちは別に試合をする必要はありません。向こうが悪いのですから。私がそのバルゴさんとチャーリー先生に話しをつけてきます」
今すぐに怒鳴り込みに行きそうなティアだったが、和輝に呼び止められた。
「待ってくれ、ティア。彼らは下のクラスを見下しているんだ。仮に今回はティアが止めたとしても、ティアがAクラスだから今回は従うだけで、彼らはこれからも隠れて同じような事をすると思う。だからFクラスである僕たちがどうにかしないと解決できないと思うんだ」
「それは……そうかもしれませんが……」
和輝は考えを曲げたくないのか、強い眼差しでティアに訴えかけた。
ティアは和輝の真っ直ぐな眼差しを見た事で考えが変わったようで、ため息をつきつつも和輝に声をかけた。
「……分かりました。確かにその方が今後のためにもなるでしょうから、カズキさんたちに任せます。ですが、やるからには勝ってくださいね」
「ああ、もちろんさ!」
ティアに鼓舞されて気を持ち直した和輝は、意気揚々に頷き返した。
「でもよぅ、3人目はどうするんだよ?」
「そ、それは……」
剛に現実を突き付けられて、さっきの勢いが無くなってしまう和輝。
「ま、まぁ、まだ時間はあるのですから、先に昼食を頂いてからにしましょう」
結局、何も解決しないままティアに従い、食堂に向かう和輝たちであった。
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