8話 閤昊外組偽さん③~ホーリーライトへの想い~
涼しい風が吹き渡る森の中にぽっかりと広がる草原。背の高い草が風に揺られ、しゃらしゃらと軽やかな音を立てている。
先日マニア城に入居した老人閤昊外組偽と二人で、街から少し離れた所まで探索に来ている。
町の外は大人が同伴しなければならないので、普段見れない景色を見つけることが出来、気になるところを見つけては立ち止まり観察をする。
「なんでここだけ育ち方が違うんだろ?」
そこは、特別に日当たりが良いわけでもないのに植物が大きく育っていた。
草の種類は皆、ウエストロッドでよく自生している野草で、日光条件なら似た場所がいくらでもある。
「土壌の質が偏っているのかな? 水の当たり方? う~ん」
近くにある樹木の位置関係が、偶然野生動物や虫が集まりやすく有機物が蓄積しやすい環境になったのか、表からは見えない部分で水捌けに差があり養分がこの一箇所だけ留まりやすいのか、などと思案する5歳児。
ちなみに今日の服装は、ピンクのバケットハットをかぶり、襟元が緩いトレーナーに、ピンクのキャミソール、黒タイツに短いショートパンツを履いている。
「姫様は研究熱心ですなぁ」
「だってここだけ伸びてて不思議だから」
流れる雲を追いながら外組偽がつぶやく。
「ここはいい風が吹いてるのぉ……」
「風? もしかしたら、空気の循環がいいのかな? そっか……」
肌で感じる風量は、確かにこの周辺だけ強いようだ。
この絶妙な風力が、植物に適度なストレスを与え丈夫に育成し、さらに風は土に酸素を運び根を育て、乾燥させることでカビの発生も阻害するのでは? と姫奏は推測した。
「そういえば、外組偽さんは魔術師なの?」
「いかにも、儂のjobは魔術師だが、はて、魔術師のスキルを使って見せた事があったかの?」
「あったよ、大会でつかった技、あれテンペストシールドで攻撃したんでしょ?」
魔術師のjobスキル、『テンペストシールド』は旋風で全身を覆い防御する結界魔法の一種。
本来は、攻撃として使うスキルでなくカウンターで効果を発揮するタイプの魔法だ。
「ほぉ……、属性攻撃から風系統のスキルであると見抜く者は今までにもおったが、スキル名まで見破られたのは初めてじゃ、姫様はやはり凄いのぉ」
「えへへ、防御スキルを攻撃に使うって普通の人は思いつかないもんね。けど、あのスキル全身に風を巻き起こすスキルだと思ったけど、あの時手に風が集まっていたよね。それも格闘マニアの技術なの?」
「そうじゃが……姫様は魔術師のスキルに詳しいですが将来は魔術師を目指しているのかな?」
「わたしは聖職者になる予定だよ」
「なんと……」
5歳ともなると、次の誕生日にはjob職業に就くため、ある程度jobに関する知識を身につけるのがこの世界では自然なことだが、それは目標のjob職に限ってのことで、他職のスキルまで万遍なく知識を蓄えている姫奏に感心する。
「しかし、聖職者になるならば、なぜ剣術や武術の大会に出場されておられるのですかな?」
(魔術師の自分が言うのもおかしいが、聖職者は戦闘には完全に不向きのjobのはず……)
魔術師のjobは特に所持する武器に制限は無いが、聖職者は“刃のある武器を所持することを禁止する”など独自の決まり事がある。
その為、バトルが好きな姫奏が、聖職者を目指していると聞いて、外組偽は不思議に思った。
せっかく身につけた技術を無駄に捨てることになるのだから。
「聖職者になったら、やるべきことがあるから、今のうちに全て済ませておこうと思ってるんだよね」
「やるべきこと……ですか」
「うん、外組偽さんはホーリーライトってスキル知ってる?」
「勿論知っていますよ、ホーリーライト……、聖職者唯一の攻撃用スキルでございますね」
外組偽が、少し溜めて、その名を言うと、姫奏も察して話を続ける。
「うん……だったら、世間からホーリーライトがどういう評価されているスキルかっていうのも知ってるよね」
「はい……全jobスキル最弱の攻撃スキル……それがホーリーライトですな」
乾いた風が吹く草原で、名の出た聖職者のホーリーライトというスキルは、外組偽が言うようにこの世界で最弱のスキルと呼ばれていた。
その最弱と呼ばれる所以は、攻撃用であるに関わらず威力が皆無であること。
例えスキルレベルを上げても、本人のjobレベルが上がっても、その性能は零に等しく。
世間からは、照明スキルと蔑まれていた。
jobスキルは無限に取得する事はできず、50個までと取得制限があり、ただ辺りを照らすだけならば近代化の影響で開発された懐中電灯と呼ばれる器具に、明るさも及ばず……、ホーリーライトを取得する意味はこの世から消え、ホーリーライトは死にスキルとなった。
「わたしは、この世にあるものは全て意味があると思うの、だからわたしが聖職者になってホーリーライトを育ててあげて、あなたにも産まれてきた意味があるんだよ、って教えてあげるんだ~」
「……それは、ホーリーライトに伝えるのですかな?」
「うん!」
「…………それが姫様のやるべき事なのですね」
妙な言い回しをする子だと、外組偽は思った。
あたかも、ホーリーライトを一つの命と捉えているような……。
だが、彼女がホーリーライトを語る時の瞳を覗けば、その優しく慈愛に満ちた眼差しが育成マニアとなった彼女の真意であると、読み解く事が出来るのであった。
「そうだ、外組偽さん! わたしにも武術教えて!」
「いいですとも、ですが儂の指南はきびしいですぞ」
その後、姫奏と外組偽は、師弟のように拳で語り合う仲になっていった。