5話 茎放美競刃さん④
「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!」
その産声は、悲惨な死を迎えなければならない運命への無慈悲な咆哮か。
母の胎盤ごと排出された赤子は、まだ人としての名残を残していたが、骨盤に引っかかっていた部分は奇形による多肢の結果ではなかった。
「おお、これは珍しい……有翼型ではないか!」
「有翼……!? この赤ちゃん羽根がある……!?」
産まれてきた赤ん坊の背中にあるのは、鳥類の様な翼であった。
「うゆっ……ふゅっ……ひゅっ……」
違法農薬による胎児の出産を終えた母体は通常の出産以上の体力と精神力を消耗する、妊婦の呼吸はまるで空気が抜けた風船の様で、衰弱していくのがわかった。
(このままでは……間に合わなくなる!? 今のわたしが出来ることは何!?)
もし自分が、聖職者のjobに就いていれば、ここで治癒魔法の一つか二つ彼女に掛けてあげることで、体力だけでも維持出来たのだろうが、生憎今はjob職業を得られない年齢、これ程までこの世界で当たり前に流通しているjobスキルの有用性を感じ、欲する日は無かった。
「どけ! そのガキは俺がいただく! ハハハッ! これはいい、今までのガキは産まれてすぐ死ぬくらい弱かったが、こいつは活きがいい! あの方へようやく生きた土産を用意できそうだ!」
「あうっ! 返してよ! その赤ちゃんはおばさんが頑張って産んだ赤ちゃんなんだから! おばさんに一番で抱かせてあげてよ!」
姫奏を弾き飛ばすと、羽の生えた赤ん坊を取り上げ、物を扱うように掲げて笑う男。
その男の脚にしがみついて取り返そうと必死になる姫奏だったが、無慈悲な現実を突きつけられる。
「うるさい! そんな枷だらけの身体でどうやって抱くというのだ!」
女性のほっそりとした手足には、今もなお鉄の枷が嵌められ、ギィギィと無機質な金属音を鳴らしていた。
「おじさん! この枷外してあげてよ! おばさんに赤ちゃんを抱かせてあげてよっ!!」
「バーカ! そんな面倒なことするか、だいたい鍵なんか無くしちまったよ!!」
「くううっ――っ!」
生まれて5年、育成マニアとして自分自身を育成し、jobスキルに頼らなくとも修練を積み重ね、大人が出場する剣術大会でも優勝する実力が自分にはあると少なからず酔いしれていた。
だが、この世界では努力だけでは手に入れることができない魔法が存在していた。
衰弱していく命を復活させる魔法、鉄の枷だって切り落とす力のある魔法。
そんな夢のような力も6歳になるまで身につけることが出来ない現実。
その現実を打ち破るのが、マニアだと信じていた。
「その枷を外して、赤ちゃんを抱かせてあげてよっ!!」
「これを外してあげれば良いんだな?」
「え……っ!? 美競刃!!?」
拘束していた枷は、美しい切込みが加えられパカンと割れるようにして地面に落ちた、女性の手足が自由になる。
しかし、長い間拘束されていた女性の手首は擦り切れ、膿んでいた。もはや自力で動かすことも出来ない肢体……。
「おばさんっ! がんばって!」
素早く女性の元へタタタと掛けていき、手足を支えてあげる姫奏。
「お前、どうやってこの中へ……鋼鉄の扉だぞ……あれ? 赤ん坊はどこだ!?」
「姫奏、この子を頼むぞ」
「うん……、おばさん、赤ちゃんを抱いてあげて!」
「私の……赤ちゃん……私の……ううっ……」
いつの間にか赤ん坊を取り返し、姫奏に優しく渡すと、その赤ん坊を母の元へ連れて行く。
蚊の鳴くような声で、自身の子を呼ぶと、残された力で子を抱きしめる女性。
頬を流れる涙は産む以前と違い、安らぎの念が込められていた。
「そ、その赤い刃の剣は……聞いたことがあるぞ、安局にその武器を持つ凄腕の職員がいたと、貴様……まさか!」
「やめてくれ……そういうの……くそ寒みぃんで……、てか、それを知ってるアンタはやっぱり堅気じゃないってことで決まり……と」
安全管理局とは、job職業による犯罪捜査や検挙なのど警吏業務を極秘で行う秘密組織であり、一般市民にはこの組織や名称はおろか存在まで秘匿されているため、これらを認識している者は自ずと関係者か敵対組織と絞られていく。
「ぐぅっ!! おのれぇ! ほ、他のやつはどうした!」
野菜商人だった男を抵抗させる間もなく拘束する。
「これ、包丁なんだけどな……、ああ? なんか来てたけど、イーストエッグの奴らには負けねーよ」
分厚い鋼鉄の扉は強引に熱で溶かされたような切り口で穴が空いていた。その穴を覗いた向こうでは、野菜商人の仲間が既に拘束されている状態で見えている。
美競刃の持つ短剣『鬼篭彗蘭』は、隕鉄を地獄の釜で鍛えた流星刀の一種であり、その刃の特徴は神秘的な縞模様と、振るうと燃えるように花咲く鮮やかな赤。どうやら赤外線を放っているようで、料理の際適度な焼き加減で美味しく肉を調理できるという凄さのベクトルがどこに向かってしまったのか分からない剣である。
「とりあえず、おっさんは御用な! 姫、けてマニアには連絡しておいた、もうすぐ来るだろう、俺は表で新手が来るかもしれないから見張っとく、もう少しその母ちゃん励ましておけよ!」
「え、ふくべぇさんが来るの!?」
「実はもう来てます……、この闇を……、静謐なる光で包み込め……ホーリーライト!!」
「わあっ!」
けてマニアがその魔法を使うと、陰鬱とし凍えていた室内から瞬く間に邪気が消え、神々しい聖域のような空間に変わっていった。
更に衰弱していた女性と、産まれたばかりの赤子に治癒魔法である、ヒールを掛けると、血塗れていた姿は新鮮な緑風のような優しい光に包まれ浄化されていく。
(これが……聖職者のjobスキル……)
「ありがとうございます……ありがとうございますっ!」
生気を取り戻した女性は、何度も感謝の言葉を伝えながら産まれたばかりの命を抱きしめた。
(よかったね……)
その後、美競刃が通報した管理局員の専門部隊が到着し、女性とその子供が手厚く保護されていくのを見て、ほっと安心する姫奏だが、スキルの使えない自分は、結局何もできなかったという気持ちになって、うつむきそっと隣りにいたけてマニアにつぶやく。
「ふくべぇさん……わたし、育成マニアとしてちゃんと役に立てたのかな……」
「大丈夫ですよ、姫奏さんは人の心を育てたのですから、顔を上げて見て下さい」
「え?」
保護された女性が、側に来て 姫奏に優しく、力強く声をかける。
「あなたがずっと側で励ましてくれたから、私は今、こうしてこの子を抱くことが出来たのよ……、ありがとう……! あなたのおかげよ……、私、ちゃんとこの子を育てるからね……」
「う……うん! よかった♪」
その後、残された複数の胎児の死体と、その母親の遺体も全て回収されいずれ、死体の身元が洗れていけば事件の関連性から真の犯人も割り出していけるだろう。
姫奏達がウエストロッドに帰る頃には、既に日付が変わっていて、この日、大冒険をした姫奏は美競刃の背中におぶられ穏やかな寝顔を見せていた。
「姫奏さん、大活躍でしたからね」
「全く、子供の夜間外出は禁止なのに、起きたらガッツリ説教してやる……」
姫奏の体温と寝息を背中に感じて照れ隠しのつもりで言ったであろう美競刃に、揚げ足を取るようにからかい始めるけてマニア。
「おや? 説教は姫奏さんだけですかねぇ……マニア城では夕飯が食べれなくて大変だったんですよ」
「げ……そういえば……」
通達ミスが起きていたことを思い出し、冷や汗を出す美競刃に更に追撃。
「それに……姫奏さんを可愛がっておられる方は多いですからねぇ、危険な目に合わせてしまった美競刃さんを恨む方も出てくるかもしれませんねぇ……」
「やめてくれ……洒落になってねー……!」
いろいろと思うことがあるらしく、責任を感じて頭を抱える美競刃に、そっとメモ紙を渡すそれは日記帳の切れ端。
「世津楠さんからです」
「…………はぁ、用意がいいこと」
メモに目を通し、深くため息を吐く。
「なんてかいてたんです?」
「姫奏は強い子だから気にするなだってよ」
「美競刃さんのメンタルの弱さもお見通しみたいですね、幼馴染……だったんでしたっけ?」
「うるせー! それ以上言うなよ!!」
「……んにゅ?」
「――!!」
(大声出させるなよ! 起きるだろ!)
(ははは、すみませんねぇ)
と、冗談を飛ばしながら無事3人はマニア城にたどり着き、長い一日は終わりを告げるのであった。
しかしこの事件はまだ終わったわけではない。
(10年前に根絶されたはずのもんを、あんだけ用意できる奴がいる……、地元の警察レベルじゃ手に負えねー闇があの国で再び起きている……)
今の自分は、もう管轄外だと思っていた美競刃が、包丁を剣に戻す日が来ることを躊躇っていた。