2話 茎放美競刃さん①
「幼い少女が優勝など、大会始まって以来の出来事であった、それもまだjob職業にもついていないというのだから観客は驚いた。
それは紛れもなくスキルに頼らない真の実力で手に入れた勝利の証明であるから。だってさ!」
後日、広げてみれば自分より大きなを紙を持ち上げ、大会について書かれていた朝刊の一面記事を、自慢げに読み上げる姫奏。
「へー」
それを適当に聞き流し、総勢20名が暮らすマニア城の大食卓へ、料理を黙々と並べていくのは、妙にエプロンが似合う青年で、歳は二十歳前後、背も高い。
「ちょっと! 凄いねっの一言くらい言ってよ!」
「ん、すごいすごい、がんばった」
「……美競刃のバカー!」
まるで年の離れた妹をあしらうかのように、美競刃と呼ばれた青年は不敵な笑みを浮かべ言い返す。
「俺に認められたかったら料理の一つくらい自分で作ってみせろ、ま・と・も・な料理をな!」
「ぐぅ……」
姫奏が身につけた剣技は、特別に剣術を習って覚えたわけではない。
マニア城で料理番をしているこの男、茎放美競刃から包丁の扱いを学んだ結果であったりする。
「わたしの料理のどこがまともじゃないって言うのよぉ」
頬を膨らませ、持っていた新聞を置いて言うと、すかさず美競刃が姫奏の失敗エピソードを意地悪げに掘り返してくる。
「来賓用のチェリー酒を全部リンゴ酒にかえさせたのはどこのどいつだよ」
「うぐ……」
それは、美競刃が来賓用に作るために用意していたさくらんぼを姫奏がりんごにしてしまい、仕方なくリンゴ酒にしたという話だった。
なぜそんなことになってしまったのかというと……。
「だって、さくらんぼってりんごのあかちゃんなんだよ、おとなになったらりんごになるのは当たり前なんだよ!」
「んなわけあるかぁ! 育成マニアだからって何でもかんでもオーバースケールで育てやがって!」
姫奏が「何でもかんでもじゃないよ!」と反論すると、他の席にいたマニアが「姫奏ちゃんは僕が飼ってたトカゲもこの前恐竜にさせちゃうしねー」などと言われてしまい、しゅんと縮こまってしまう。
「うぅ……ごめんなさい」
「ふふふ、そこが姫奏さんのいいところなのですから、謝ることはないのですよ、皆さんああは言っても、誰も責めてはいませんから」
そこに、優しい笑顔で姫奏の味方と手を差し伸べる者が登場し、姫奏の表情がパッと明るくなった。
「ふくべぇさん!」
「ま、あのリンゴ、元がさくらんぼだからか実が柔らかくて、味がいいって評判だったしな」
「かっこいい恐竜に育ててくれて僕も自慢できてますよ」
美競刃たちもフォローにまわって、姫奏も元通りの元気を取り戻し、マニア城の住人が揃った所で一斉に朝の食事が始まる、これがここの朝の日常。
生まれも育ちもバラバラたが、血を分けた家族の様な絆で結ばれた仲間達が住む場所。
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倉庫の在庫を確認しに地下へ降りてきた美競刃、頭を抱えながらぼやく。
「あー、野菜がきれちまってるし……誰だよ、最後に入ったやつは……」
基本的には自分が管理しているような倉庫だが、一応共有で使っている倉庫のため、稀にこういった不慮の出来事が起こることがある。
時刻はもう16時の宵の口。
町の商店はそろそろ店じまいを始める頃であった。
「ちっ、しゃーねーな、急いでいってくるか」
軽く舌打ちをして、身支度を始めていると、姫奏が興味津々にやってきた。
「どこいくのー?」
「町へ買い出し、邪魔だからついてくるなよ」
「一緒に行くね」
「おい……ってまぁいいや、行くぞ!」
出かけると行った矢先には既に支度を済まされており、仕方なく一緒に買い出しに行くことに。
日が降り薄雲越しの夕焼けが通路を橙に染め始めていた。
早歩きで移動する美競刃に、小さな手足をせかせかと動かしぴったり付いていく姫奏。
息も切らさず、余裕で話しかけていく。
「美競刃って料理マニアなの?」
「違う、俺は刀剣マニア」
「うそだー、料理ばっかり作ってるじゃんー、じゃあなんで料理作ってるのさ」
姫奏が生まれた時から既にマニア城にいて、料理番をしていた美競刃、姫奏にとって彼が他に何かをしている様子も無かったので、疑問だった。
「俺が手に入れた剣がたまたま包丁だっただけだ。その包丁を正しく、本来あるべき姿で使いこなす……それが、刀剣マニアとしての……ジャスティス……」
「それで料理マニアになっちゃったんだ」
「だから、なってねーし。喋りながら走ると舌噛むぞ」
そうこうしているうちに、商店街にやってきたが、やはり大きな店は閉まっていて、歩道の端にテントや敷物を広げた露天商が窮屈そうに店を構えているのみ。
「もうだめかなぁ」と思い諦めていると、少し離れた先の方で、「新鮮!国産野菜特売中ですよー!」と呼び込みの声。
渡りに船と思い、店に寄ってみると、中年の男が荷台いっぱいに青々とした野菜を並べ売っていた。
「お嬢ちゃんもどうだい? 今晩はシチューとかいいんじゃないかい?」
荷台に掴まり、積み上げられた野菜を興味津々に見る姫奏をみつけ、にこやかに声をかける男だったが、姫奏が男を見上げながら野菜についてクレームをつけると、表情が変わっていった。
「おじさん、これ国産じゃないよね。ウエストロッドの土地で育てた野菜ならこんな風に育たないもん」
「何を言ってるんだい? お嬢ちゃんにそんなことわかるのかい?」
するとその時大会で姫奏を見ていた観客が丁度いて、店主に言う。
「お、育成マニアの姫奏ちゃんじゃないか、姫奏ちゃんがそういうなら間違いないぞ!」
「くっ……、マニアか……ちょ、ちょっと仕入れ先が間違ってることぐらいあるだろ、それより見てくださいな、この瑞々しい色! 新鮮な事には変わりないですよ!」
店の親父が罰の悪そうな顔をして慌てだし、産地を誤魔化すと今度は売り物の野菜を手に取り周りに集まって来た群衆に向けて、鮮度が売りであると宣伝し始めた。
姫奏は「そうとはおもわないけどなぁ」と言うが、無視して強引に売りさばこうと必死になりだす。
そのやり取りを見ていた美競刃が、野菜の色を見て何かを感じ取る。
(確かに、一見鮮度が良さそうに見えるが、逆に色が良すぎる、怪しいくらいに)
「親父、一個もらうぜ」
「えっ?」
そう言って、徐に包丁を取り出し、商品の野菜を真っ二つにする美競刃。
「ちょっとお客さん、いきなり困りますよ……」
「やはりな……」
外見は綺麗だが中身は腐っていた。
周りにいた野次馬が「やっぱり!」「姫奏ちゃんの言うことは間違いないな!」など言い始め店主を四方八方から責めだすと、流石にもう売れないと諦めて店を畳み、親父はいそいそと逃げ出していった。
結局目当てのものは買えず、日は落ち街頭の灯りがポツポツと灯りだす。
帰り道、装飾品や衣類を売り出そうとする露店の前で立ち止まった姫奏が、販売者の前でしゃがみ込み、並べてあった商品群から摘んだのは、蝶の型に模った土台に光沢のある石が嵌められた指輪だった。
その翅は、手製故にツメが甘く、右と左で色が違っていてシンメトリでは無かったが、それが逆に気に入ったらしい。
値段を見ると、特に高級品というわけでも無さそうで、儲けより、創作品を見てもらいたいといった作り手の意志を感じる。
購入を決意し、販売者に伝えると、指輪を渡す時目を見れば彼女が気に入った理由もわかるだろう。
程なくして、橙色の街頭に照らされ露店通りを、上機嫌で蝶を指に止まらせて歩く少女の姿があった。