秘密
「私、帰る。エルーンには行かないわ」
「えっと、どうして行かないのか、聞かせてくれないかな?」
「ユウには分かんない、分かんないよ。私はユウが分からない」
ずっと溜め込んできた何かを吐き出すように、声を引き絞っている。
「ごめん、僕が悪かった」
「何が悪かったのか、ちゃんと言って。私はユウみたいな頭良くないから、ちゃんと言ってくれないと分からない」
「僕は君を、ステラをここに連れて来る時にこうなるかもしれないとあらかじめ予想はしていたんだ。だから行く先も伝えなかった」
「どうして…ねぇ、どうしてここに連れて来ちゃったの?自分から敢えて私の国に足を運んでくれた人達はいいのよ、でも私からそちら側に行くのとでは訳が違うのよ!もしかして私に会わせたかった人達って最初から…」
ステラの顔がどんどん青ざめていく。悪いことがさらに最悪の場面を想起させ、さらに悪い方向に思考が傾いていく。ステラは黙って背を向け、ゆっくりと城の方へと歩いて行く。
「待ってよステラ…ステラ!僕はそんなに酷い仕打ちをする為に君を連れて来たわけじゃない、君なら分かるはずさ。君は、ステラ=ヴァーチェ・プレアデスは"人の心が聞こえる"のだろう?」
最初に出会った時もそうだ。僕の心の声に対して返事を返していた。その後もちょくちょくそんなことがあった。本人は本当の声と心の声の区別が付かないのかもしれない。
「この呪いのことまで、だからこの呪いを克服させる為に…。これ以上は聞きたくない。これ以上、ユウを嫌いになりたくないから」
ステラは最初に出会った頃のような抑揚がなくて単調で冷たい声のトーンに戻っていた。それは何かを隠すかのようであった。でも、僕は何を隠そうとしていたのかすぐに気が付いた。
ステラは泣いていた。ステラは背を向けたまま、顔をこちらへとは見せない。だけど、分かった。ステラの足元の雪にぽつぽつと雫が落ちて小さな窪みを作っていたからだ。
「待って、そうじゃない。僕は君につらい思いにしたいんじゃなくて、えっと…だからその…笑顔でいて欲しいんだ。」
そういうとようやくステラは足を止めた。
「だから聞いて欲しい。それとステラの話ももっと聞かせて欲しい。ステラが僕のことを知らないように、僕もステラの知らないことがたくさんあるんだ。僕はもっとステラのこと、知りたい」
今の僕は最高に恥ずかしいことを言っている気がする。愛の告白でもしているかのようだ。ってこれも聞こえてるんだよな。考えていることが全て聞こえてしまっていると分かると尚更恥ずかしい気がする。
「僕もさ、ステラの考えていること分かるよ。心の声も聞こえる、気がする」
ステラは背を向けたまま黙って聞いている。
「本当に聞こえる訳じゃないからさ、おおよそ分かるってだけなんだけどね。でも、これは僕だけの能力じゃなくて誰しもが持っている能力なんだよ。だからステラは特別なんかじゃない、普通の女の子だよ。それが少し感が良すぎただけだったんだよ」
「そんなことあるわけないじゃない…少し感が良すぎただけで済まされたわけないじゃない…」
「確かにそれで誰かに嫌われた事もあったかもしれない。でも、僕はそれ以上に君が心優しい女の子であることを知っている」
僕だけでは足りかもしれない、そのことを知っている人が僕以外の誰かでないとダメかもしれない。でも、一人ぐらいは味方がいるのだと。
「ステラさ、は僕のことをどう思ってる?」
「いきなり何の話?をしているの?」
突然の問いにステラは頭をこんがらさせ、こちらに振り向いた。
「ステラは僕のこと好き?それとも嫌い?」
「そんなの、答えられるわけ無いじゃない」
「答えられるさ。言えない事なんて何もない。僕はステラに何を言われても、嫌いになったりはしない。」
「興味が無いだけのくせに」
「うん、バレちゃった」
「嘘つきのくせに」
「うん、ごめんなさい」
「利用しとうとしてただけのくせに」
「うん、そうだったかもしれない」
「私のこと…好きなくせに」
「うん、僕は君のことが好きだ」
「私は嫌い!大嫌い!すぐに何かを誤魔化そうとして本当のことを話しそうとしてくれない。好き?好きって何?どれぐらいの好き?ちゃんと言ってくれないと私分からない。だから、ちゃんと言って」
「僕はステラのことだ。この世界で一番好きだよ」
「嘘だ、そんなわけないもん。だって私は心の声が聞こえるのよ?そんな嘘を見破れないわけ、ないじゃない」
「うん、これも嘘」
「嘘、嘘、嘘、この世界は嘘ばっかり。もう嘘は嫌なの。本当のことを言って」
本当のことを言って、楽にして。そんな風に聞こえた。本当のことを聞いたとして、果たして本当に楽になれるのか?真実は人を幸福にしない、ただそこにあるのは非情な現実だけだ。
「それじゃあ、これから本当のことを言います」
そういうとステラは唇を噛みしめて、これから来る何かを耐えるように目を瞑った。
「僕はステラが好きだ、それもこの世界だけに限った話じゃない、僕の住んでいた地球を合わせても一番好きだ。宇宙で一番好きだ。愛していると言っても過言じゃないね」
心の声と被せて、心から気持ちを込めて、ステラの目をまっすぐ見つめてそういうと顔が真っ赤に染まっていくのが良く分かった。
「あ、愛している…な、なんて良くもそんなこと恥ずかしげもなく言えるわね!さっきは恥ずかしい恥ずかしいとかなんとか思ってた癖に!」
ようやくいつもステラの口調に戻ってきた。こうしているステラの方が"好きだ"と念じると、ステラは顔を火照らせて目を逸らしてしまった。
「だって本当のことだからね。それに心が読まれていると一度分かってしまえば、もう何も怖くないね。僕は恥ずかしさを克服し、無敵になったというわけさ」
ステラはというとチラチラとあちらを見たり、こちらの目を見つめてきたり、逸らしたりとあちらこちらに蒼い瞳を動かしながら、あたふたとしている。いや、そんなに驚くことでも無いだろう。心が読めているのなら、そんなことはとうの昔に気付いているだろうに。
「いや、その…。そういうわけじゃ、無くて。私は心が読めるんじゃ無くて、本当に心が"聞こえる"だけで…。えっと、そのごめんなさい…」
「あ…」
こんな大事な場面で、重大なミスを犯してしまった。この雪の中に閉じこもって、この国には訪れることのない春を待ち続けていたい気分だ。
「春は来るわよ。今は来なくても、きっといつか」
「そうだな。そうかもしれない」
二人で青い空を見上げながら、そう言った。この星も地球と同じく温暖化しているのであれば、この辺りの地区の雪もいつの日か溶けて無くなるのだろう。そして春が訪れるのだ。それは果てしなく遠い未来の話かもしれない。
「それでどうなんだ?ステラは僕のことどう思っている?」
「えへへ、さっきも、言ったでしょ。あんたなんか…大嫌いよ」
ステラはそう笑いながら僕の腕に飛びついた。
「なんだよそれ」
そうして僕らはいつも通りの不毛なやり取りをしながら、エルーンの首都タナトスに向かった。