誓い
「なんだか急に忙しくなっちゃったね」
と退屈そうに頬杖をついて、ステラはじっと僕の横顔を見ている。僕はお城の執務室を改装してパソコンだとかプリンターだとかを設置し、今は収支報告書を作成していた。ステラは「信用しているからイイ」と言うが、そんな訳にもいかない。いつの日かこの仕事は別の人に任せるのだから。それにしても頬杖をつく仕草は、どう考えても忙しい人を見るような態度ではない気がするが。
「これからはもっと忙しくなるさ。観光で人の流動性を作った、その次は流れてきた人を定着させる。でも、その前に…」
ふと、ステラの顔を見つめてしまった。長いまつ毛をパチクリとさせている。この子はまだ汚い大人の世界すら知らない純粋な少女でしかないのだなと思った。
汚い世界というのは外の世界のこと、ステラを貶めようとしているとしている人がいるのは間違いないと思う。でも、一体何故?ちょっと雪を操れるだけの子供をこんな辺境によって得られるメリットとは何だ?一番考えられる可能性は王室の権力闘争なのだが…。
「ん、何?」
ステラは首を傾けてコバルトブルーの瞳でクエスチョンマークを浮かべた様子を見せている。
「今から出掛けよう。この国について大事な話をするんだ。ステラにも来て欲しい」
「うん、分かった」
コクリと首を縦に振り、ステラは僕の後ろに着いて歩く。アルディール城(ステラの城のこと)をスノーモービルに乗り込んだ。日本でレンタルしてきた物だが、日本の季節が夏な事もあり、格安で借りる事ができた。在庫があるからと言って調子に乗って200台を借りようとしたら、「真夏に大量のスノーモービルを、しかも自宅に飾るという頭のイカれた奴が現れた。」と怪しまれたが、相手側にもメリットが大きく追求されなかった。どうしてスノーモービルが200台が必要になるのは、また後の話。
そうしてスノーモービルでゆっくりと雪道を登っていると、スキーやスノボーを楽しんでいる観光客と何回かすれ違った。その観光客達にすれ違う度にステラは無邪気に笑顔で手を振っていて、あちらも軽く会釈をしたり手を振り返したりしている。
「何だかお姫様になった気分」
「お姫様というか、王女様だけどね。お姫様よりずっとずっと偉い」
「ええーと。こほん、私は王女ステラ=ヴァーチェ・プレアデスであーる。ユウ、あなたを私の騎士に任命し、ソナタに命を預けよう。どう?偉そうでしょ?」
「"偉そう"に見えるというより、"偉そうにしてる"ように見えるかな。本当に偉い人はもっと気品に溢れてないと」
「えー、ちょっと自信あったのに。ねぇ、気品って何?どうしたら気品に溢れて見えるの?」
ねぇ、ねぇってば。とステラは僕の肩をぶんぶん振り回す。同じようなやり取りを前にもしたような気がする。運転中は危ないから辞めてくださいお願いします。
「でも、本当に私変わったかもしれない。以前はみんな私の顔を見ようともしなかったもの」
「ああ、そうだな。きっとあの写真を見て印象が変わったんだろう」
あの写真というのは、ステラが雪山の中でオオカミ達と無邪気に戯れている写真のことだ。観光客を呼び込む為の広報効果とステラのイメージ向上戦略と兼ねて、広告用のビラとして使用した。
ステラはいわゆる美少女であるし、犬ころみたいな人懐っこいオオカミと戯れるところを見て、悪い印象を受け取る人なんて誰もいないだろう。
あとは蛇足だが、この時代の技術よりも遥かに上回る再現度の高い印刷技術が高い広告効果を呼んでいた。広告、宣伝を業務とした企業を設立し、人材を現在育成中だ。人材といえば、スキーやスノボーのインストラクターも必要となった。当然、従業員の雇うとなるとその住居も必要となり、その家も建設しなければならない。
こうして観光一つで、金儲けの糸口がどんどん広がって行く。これが堪らなく気持ちが良かった。それで働き詰めになってしまっていたわけなのだが。
「こうやって一緒にいられる時間もどんどん短くなっていくのかな」
ステラは少しだけ寂しそうな声を出すと、ポンと僕の背中に顔を押し付けた。
「そうかもしれないな」
「それなら国なんて大きくならなくたっていいのに」
「そんなことはないさ。国が大きくなれば、きっと友達もたくさんできるさ。そうしたら寂しくなんかないよ。むしろ今よりずっと楽しくなるさ」
「本当にそうなるのかな?」
「本当にそうなる。絶対にそうする。だってこの僕がそうなるように頑張るんだからさ。だから大丈夫。それにお別れする訳でも無いんだしさ、どうせ城の中にいるんだからいつもみたいにちょっかい掛けに来ればいいよ」
後ろからお腹へと回されたステラの小さな手に僕の手を重ねながら、この国の行く先を考えていた。国が大きくなったら、ステラはどうなるのだろう。これからはちゃんとした王女としての立ち振る舞いをしなければならないかもしれない。それとも民主主義化して王政を撤廃する?いや、民主主義が未熟な内はダメだ、地球の人間だって暴力でしか歴史を刻んだことがないのだから。
どちらにせよ、何かの選択を迫られることは間違いない。恐らくこの国はこの星で一番の大国にまで成長するだろう。その過程で周辺諸国が黙っている訳がない。特に今は軍事力は0と言っても過言ではない。
ただ儲けるだけでは意味がない、それでは簡単に略奪されてそれで終わりだ。それにこれは僕が言い出したことだ、僕はこの小さな手を守らないといけない。
僕は君の騎士になれないけど、そう心の中で誓った。
「モービルはここに停めよう。ここから先には雪が少ないんだ」
「もしかしてこれから連れてこうとしている場所って…」
「エルーン共和国、君の王国のお隣さんだ」