不可視の世界
僕の狙いは見事に的中し、雪を観光資源として活用し、人と金の流動性を獲得した。ああ自分の才能が怖い。でも、それはまだ先のお話。しかも実際のところは、現代日本の技術レベルを少し借りただけで大したことは何もしていないし、直ちに結果が伴ったわけでもない。
どうも民衆は雪景色だとかアクティビティだとか、いうことよりもステラと僕が建国したことに驚きを隠せないでいた。なんでも悪党が氷の女王に入れ知恵をして、建国をさせた、戦争が始まるぞ。と大騒ぎだ。
ステラはどう見たってもごく普通の女の子だし、ましてや僕は悪党でもない。戦争を起こそうだなんて考えてもみなかった。確かに戦争は金にはなることは間違いないのだが。
とにかく民衆はステラのことを凶悪な魔女かのように勘違いしていて、そこから変える必要がある。この時代のプロパガンダを圧倒的に上回る広報能力を発揮するのはやはり現代の技術が必要になる。やはりまず最初にすべきは日本への帰還、しかし結局道を整備するだけでは、出入り口を見つけられなかったのだ。となると必然的にタブレット端末のリチウムバッテリーの換装から始めないと行けない。
「国に帰らなきゃいけない理由は分かったわ。で、どうしてこの宝石が必要になるの?」
「宝石というか、正確に言うとその宝石を嵌め込んでいるその金属が必要で…」
金属というのはプラチナのことだ。僕はそれを今から作ろうとしている電池の電極にしようとしている。正直その宝飾を使わなければいけないということにとても申し訳なく思っていた。地球の価値基準で換算するといったいいくらなのだろうか。しかも母親の形見だという。もはや価格の問題など等に通り越してしまっていた。
「難しいことはさっぱり分からないから、一言で説明して!」
「科学の進歩には、犠牲が付き物なのデース。すみません、冗談です」
「この分の埋め合わせはちゃんとしてくれるのよね?星を一緒に見る約束も忘れていない?」
「うん。後で何でも聞いてあげるよ。星も一緒に見よう」
「分かった。信じてあげる。それと今、何でもって言ったよね。本当に何でも?」
ねえ、聞いているの?ねえってば。とステラは僕の肩を揺さぶる。僕は何でもって言ってしまってから後悔していた。そんなにも黒塗りの高級車と衝突させたいのか、というとステラには全く意味が通じていなかった。通じる人に通じれば、それでいい。
僕はこのことを茶化していい立場にいないことは分かっている。でも今はステラの優しさに甘えよう。いつかこの恩はしっかりとした形で変えそう。国を発展させて人を増やそう。国を豊かにしてにぎやかにしよう。そうすれば、どこか寂しそうな顔もしなくなるのかもしれない。僕はこの子が氷の女王である前に、心優しい女の子であることを知っている。だから近くに人さえ集まってしまえば、あんな噂も自然と消えてしまうだろう。あんな噂は。
「で、今から電池っていうのを作るんでしたっけ?」
「そだね、恐らくなんだけどね。この城の下の湖、みたいな青い結晶は硫酸銅の結晶だと思うんだ。これが動力になるんだ。あとコップも借りるね。」
「難しいことはさっぱり分からないから、一言で説明して!」
「科学の進歩には、犠牲が付き物なのデース。すみません、今のは冗談です。」
あとは宝石を外したプラチナとなぜか異世界に持て来ていた財布の中にある1円玉を電極として、これで完成。
「ふーん、そんな簡単にできちゃうんだ。それで本当に動くのかしら。」
それは僕にも分からない、これ一個で電圧と電流がどれぐらい出るのか分からない。
「あっ、光った!本当に光った!」
ステラとはしゃいでいる。
「あーでも、充電マークが出ているということは、これでは足りてないということだ。もうひとつ借りてもいいかな?」
「まだ私の必要なの?でも、これをあげちゃったら、埋め合わせも2倍になるわね。ねぇ、ユウ。"何でも"の2倍って一体何になるのかしら?」
「僕の専門はあいにく化学と金融でしてね、極限の話は数学者にしか分からないよ」
僕はそうやって煙巻きながらステラの会話をかわしていた。∞の2倍という話なら、同じく解は∞だから埋め合わせの量は変わらないのだけれど。そんなこんなで結局4つも宝飾が必要になってしまった。ステラにはとても申し訳ないことをしてしまった。しかし場所は分かった。簡易的に作成した電池は水素が発生したことにより分極がしてしまい、長い時間はタブレット端末を起動することはできなかった。がしかし場所を知るだけなら十分に役割を果たしてくれた。
「ここがユウのおウチ?あまり家って感じがしないね」
「いや、違うよ。あっちの世界と繋ってるといろいろと問題が起こるから、それを無くすために作った施設だよ。玄関はもう異世界に繋がっちゃてて使えないから、そこの庭の窓から入るんだ。」
「ふーん、変なの」
異世界へのゲートを分厚い金属の扉で締めて気圧を地球と同期させ、そして真夏の日本の外気に触れた途端に…。
突然ステラが倒れた。
「ステラ!」
ステラが倒れるだなんて考えもしていなかった。僕は馬鹿だ。僕があちらの惑星の環境に順応できるかといって、ステラも地球の外気や気圧、重力に順応できるとは限らない。命題が両方向に向かって成立するとは限らないのだ。なんでその可能性に気付かなかったなんだ。ここで死なせてしまったら、約束を何一つ果たせないじゃないか。
「だい…じょうぶ…だから。あまりの暑さにびっくりしちゃって。だからそんな悲しい顔をしないで」
「良かった。本当に良かった。でも大丈夫か?外はもっと暑いと思うけど」
「ううん、もう平気。少しぐらい我慢するから」
ステラの顔から、体からべっとりとした汗が噴き出している。このジメジメとした日本の夏の気候に慣れていなかったのだろう。僕は急いでステラを家へと入れて、家中のエアコンを冷房をつけた。しばらくするとステラも体調を直してすっかり元の調子を戻していた。
「でも、本当だったのね。暑さで死者が出る国なんて聞いたことなかったから。私、ここで死んじゃうのかと思った」
本当に死んでしまうのか、と思った。シャレになっていない。軽い熱中症と気圧の変化で軽い貧血を起こしてしまっていただけで、本当に良かった。
「私、お腹空いちゃった」
「そうだね、もうお昼の時間だしね。じゃあ一つ目の約束、僕が本当の料理を食べさせてあげよう。と言ってもあり合わせだけどね。お客様用のものなんて用意できてないんだけど、それでもいいかな?」
異世界へと旅経つ前に家の中に残した食材は日持ちするものだけにしていた。トマト缶と真空パックされたビーンズ、それとパスタを使えばミネストローネは簡単に作れそうだ。あとは冷凍した鶏肉をオリーブオイルとガーリックで炒めて、とあとは白飯を炊けばいいかな。生野菜がないからサラダはできないけどそれなり、だと思う。
お昼ご飯を作っている間、ステラはというとテレビに釘付けだ。テレビから目を離そうとは一切せず、真剣に見ている。お昼のバラエティ番組を真剣に見ていた。できた料理をリビングに運んでいるとステラはこう聞いてきた。
「ねぇ、ユウはこのテレビっていうところから私の城の近くに来たの?」
「違うよ、それに移っているのは異世界ではないよ。ほら、こっち見て」
「ん?なに?」
カシャシャシャ、とスマホのカメラアプリの連写音が鳴る。
「こうやって、カメラで撮影した画像、絵を連続してめくっていくと、ほら動いて見えるでしょ?」
「すごい!何でも知っているのね」
「何でもは知らないよ、みんなが知っていることだけ。こっちの世界では誰でもが知っている当たり前のことだけどね。そんなに褒められると照れるかな」
「でも、すごい。本当にこんなことができるなんて」
ステラは感慨深くテレビを見つめている。
「国が発展していけばさ、こういうすごい物がどんどん開発されていくんだ。船が空を飛び、次第に宇宙まで到達するようになる。世界中の人たちと瞬時に会話することができるようになる。もう寒くて真っ暗な夜を過ごさなくたっていい。星は少し見えにくくなっちゃったけどね」
「それは少し寂しいわね」
日本の街の明るすぎる夜から見る星の光は相対的に弱すぎる。どんなに小さな星が頑張っていたって、そこの街灯の光には敵わない。ステラはまた遠い顔をしている、時々見せるこの表情を見ていると、なぜだろうか。なんだか切ない気分になる。
「ほら冷めない内に食べてしまおう。もうお腹空きすぎて倒れそうだ」
「うん、すごくいい匂い。いただきます」
手を合わせてご飯の挨拶をした。何気ないこの動作のはずだが、僕にはこの動作にとてつもない違和感を感じていた。今この瞬間からではないのだが、ここまで証拠が積みあがると余計に不可解だ。なぜステラは日本式の挨拶の手法を知っているんだ?
ステラは日本語を使い、日本式の挨拶を知っている。テレビ番組のテロップにも反応していた様子から察するに、文字も読めるのだろう。これはステラに限った話ではない。海外ーここでいう海外とはステラと一緒に建国したユーステラ王国の外の国の時でもそうだ。なぜか標準語として日本語が通じてしまっている。
この世界での語学習得率の数値は分からないが、恐らくほとんどの人が文字を読めないと僕は考えていた。実際はその逆でほとんどの人が文字を読めてしまっている。文明レベルが低いわりに、異常に教育レベルが高い。つまり、何が言いたいかというとこの世界には"先駆者"がいる。
それも言語を支配してしまう程の干渉力だ。日本政府が何らかの形で関与している可能性が非常に高い気になっていることは、それと別にもう一つ気になることがあった。
「ステラの名前を書いて欲しいんだ。ほら、僕忘れっぽいからさ。フルネームでお願い。」
「ちょっと待って、歯を磨き終わってからね」
僕はその間に手帳とペンを用意してテーブルで待機していた。そしてそこに書かれたのは「Stella Virtue Pleiades」と英語で記されていた。やはり先駆者は一人だけじゃない。
日本語が普及されるよりも以前に英語圏から先駆者が来ているはずだ。先に英語を普及され、後から来た日本の手で言語ベースが上書きされた。名前だけが引き継がれ、英語の名前が残ったのだろう。ステラは幼少期から日本語を使い続けていたのだから流暢に話すことができるのだろう。と考えると、ステラが生まれるよりももっと、少なくとも20年、いや30年以上は昔に先駆者がこの異世界に来ていたと推測される。
先駆者の存在は元々想定はしていたつもりであったが、具体的な策を考えていた訳ではなかった。ましてや、政府が絡むとなると話しはさらにややこしくなる。僕は一体どこからリスクアセスメントを行わなければいけないのか。考え直さないといけないかもしれない。
「そんな難しい顔をしてどうかしたの?」
そのコバルトブルーの瞳が心配そうにこちらを見つめている。「大丈夫だ、心配するな」とその青みが掛かったプラチナブロンドの頭を撫でながら言うと、ステラは目を閉じた。
しかし、結局のところ僕はどうすべきなのかを悩んでいる。僕は一体何をすべきだろうか?手を引くべきなのだろうか?
「悩んでることがあるのならさ、私に何でも言いなさいよ。そのかわりに私の言うことも何でも聞いてもらうんだから」
「ああ、そうだったな。そうしよう。でも今は大丈夫だから。心配してくれてありがとう。」
何を迷う必要があるのか?国が成長することは、豊かになることは悪いことではない。何も僕は罪を犯そうとしているわけではないんだ。このことを誰が咎めてくるというのだろう?
「あっ、そういえば!星!暗くなったら星を見ようよ!ユウの国から見る星を見てみたい。」
「暗くなったらね、まだお昼が過ぎたばかりだ。それにここからはそんなに綺麗に見えないから、少し出かけよう。ここから少し離れた公園は街灯が少なくて、星が綺麗に写るんだ。それまで君にこの街を案内しよう。」
「君、じゃなくて名前をちゃんと呼びなさいよ。ほらさっきそこに書いたじゃない。」
「ステラ バー…、えっとなんだっけ?」
「ステラ=ヴァーチェ・プレアデス!もういいよ、覚えるのはステラだけで!」
「うん、ステラいい名前だ」
「でしょ?お母さんが付けた名前なんだもん。当たり前じゃない。だから、もう一度呼んで。」
「うん、分かった。ステラ。」
「もう一度、もっと大切そうに、愛おしくそうに呼んでみて。」
「え、なんだよそれ?どうやったらそんな哀愁溢れる呼び方になるのか分からないよ。」
「いいから、やって。」
「う、うん…。ステラ…?」
「なんか違う、もう一回。」
そうやって永遠と名前を呼ばされ続けていたら、日が暮れてしまっていて街を案内している時間なんてなくなっていた。夕ご飯もお昼の時と同様にあり合わせで何とかやり過ごした。それでもステラはあたかも御馳走を食べるかのように喜んでいた。こんな日常が続くだけでもいいのかもいいのかもしれない。
「じゃあ、行こうか。」
「うん、ずっと楽しみにしてた。なんだか胸がくすぐったい気分。」
「なんとなくだけど、僕もそんな気分。」
僕は家の倉庫の奥に眠らせていた天体望遠鏡を設置し、ステラに覗き込ませた。
「すごい!ねぇ、見て!この、輪っかがついてる!」
「それは土星っていうんだ。この地球と同じ太陽の周りを公転していて、今はちょうど地球の近くにあるんだ。それとは別に木星という星にもこの輪っかがあるんだ。この望遠鏡では見えないんだけどさ、ほらこれが木星。」
「本当に見えていないだけで輪っかはあるの?」
「輪っかから放たれる光の方が相対的に強すぎて、木星の輪っかを見るにはこの天体望遠鏡じゃ能力不足なんだ。」
「この輪っかだけじゃなくて、でもそれってまだ見えていない星がたくさんあるということよね。」
「そうだよ、今見えている星の数以上のたくさんの星の光はこの地球にまで届いているはずなんだ。でも明るい星の近くにある暗い星は見ることはできないんだ。それが確かに存在していると認知をしてからじゃないとその光には気付くことができない。ひょっとしたら、今までも僕たちはたくさんの見落としをしているのかもしれないね。」
ふーん。とステラ頷きながら僕の話を聞いている。こんな話を聞いていて楽しいのか、と一瞬疑問に思った。しかし星に夢中の様子を見る限りだとそんな心配は要らなさそうだった。そしてあっという間に時間は過ぎて行ってもう深夜2時を過ぎていた。
「空が曇ってきたね。ちょっと星が見えにくいかも。」
「そうだね、もう遅いしそろそろ帰ろうか。」
「うん、分かった。もうちょっと見たかったけど、我慢する。」
「またいつでも見れるよ。なにせ夜は今日にだけ訪れるんじゃないんだからさ。」
「そうだね、まだお城のテラスで一緒に星を見る約束もまだ残ってるしね。」
そう僕はまだステラとの約束がまだたくさん残っている。これからもっと増えるかもしれない。だから、僕は立ち止まらない。踏みとどまらない。
でも僕はこの時はまだリスクを把握しきっていなかったのだと思う。このときはステラが明るく見えすぎて、周りが何も見えてきてなかったのかもしれない。