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最初の一歩

 さて突然ですが問題です。もしも自分の家が異世界へ通じたとしたら、一体何が起こるでしょう?ヒントは異世界から魔物が飛び出してきたりはしないということです。


 誰も正解にたどり着けないだろうから正解を言ってしまうけど、「二つの空間のエネルギー差による大爆発」が起こる。というか、起きたのだった。エントロピーとか勉強した理系学生なら分かると思うけど、二つの空間の大気圧等のエネルギー差によって凄まじい量の熱エネルギーと気体の移動が起こり、天変地異並みの大災害が…僕の家を襲った。


 当然、僕の家の扉は一般的にありふれた玄関のドアだからそれに耐えられるわけもなく、更地と化けてしまった。それに壊れたのはドアどころじゃなくて、家が丸ごと消し飛んでいた。たまたま外出してい無ければどうなっていたか想像は容易い。


 しかも更地になっても尚そこから強風が襲いかかって来てとても危険だ。ここまま向こう側へ行くのは自殺行為で、生身の体で通るのはとてもじゃないが無理だ。だから、気圧の違う2つの空間を安全に行き来する装置が必要となった。結局宇宙ステーションで使われるような設備と同じ物を導入しなければならなかった。僕は金儲けをするために異世界に行くのではなかったのか…。


 こうやって異世界へのゲートの設備を整えたまではいいけど、まだ行くには早すぎる。異世界へ行った途端に気圧差で内側から破裂なんてゴメンだからね。深海魚が地上に引き上げられた時の無残な姿を想像して欲しい。あんな死に方はしたくないと思うだろう?


 そう異世界に行くための課題はまだ山積みだ。

大気圧は?酸素濃度は?有害物質は?放射線濃度は?重力は?

調査はまだまだ始まったばかりだ。


 こんな調子で大丈夫なのか少し心配になってきた気がする。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 あれから少し分析した結果、あらゆる面で問題がないことが分かった。家が吹き飛んだあの日に死者が出てないことから、おおよそ予想通りだった。あの日の時点で物理的な被害のみではなかったとしたら、この町は毒ガスで死屍累々が気付きあげられていたに違いない。


 問題はないのだが…少し困ることは気温が-10℃近くでとても寒いというぐらいだ。蒸し暑い真夏の日本からいきなり0℃の空間に行くのはあまり経験したくないものだ。一瞬涼しいがそれだけだ。


 そうして、ついに異世界へと上陸した。

異世界への初めての一歩、雪に踏もれた靴の跡が残る。


 「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、この一歩は僕にとって偉大な進歩だ」


 前人未到の異世界に一歩、思わず言いたくなってしまった。誰に言っているのでもなく。


 さてさて、何から探そうかな。金かな?プラチナかな?

それとも原油とかウラン鉱みたいなエネルギー資源からかな?


 え、何?そんなことより早く人間を見つけろ?だって?

ははん、そんなものいるわけないじゃないか、知的生命体が"同時期に"ほぼ同じ文明レベルで存在する確率だけでも天文学的レベルの確率なんだ、あり得ないね。と聞かれてもいないことを誰かに心の中で解説していると、トントンと肩を叩かれた。


「何があり得ないのかしら?」


 振り向いた先には淡い青色が掛かった銀髪と白くて長いまつげ、そしてコバルトブルーの瞳と左目の下に泣きぼくろが一つ。サファイアの宝飾が施された白のドレスワンピースを纏った背丈の低い女の子がそこに首を傾げている。


「そんなに私のことをジロジロ見てどうしたの?何か変なものでも付いているのかしら?」


「え、ええっと…寒くないの?」


「寒い?寒いって、何?」


 コバルトブルーの瞳がキョトンとさせている。肩を露出したデザインの服装はこの雪原の中には相応しくない、と思う。とても似合ってはいるとは思うけど。最近の女の子はオシャレで我慢するとは言うがここまでだったとは。


 寒さで頭がヤられてしまったか?んん?おかしいのは僕?この世界?なぜ日本語で話す知的生命体がここに…。もしかして、ここ日本のどこか…なのか?雪山の天辺って確か雪が残っているよな…。さっきの偉大な一歩は何処へ行ってしまったんだろう。それはもちろん僕の妄想の中にあって…。はぁ、なぜその可能性に気付かなかったんだ…。人間が生命維持装置なしで過ごせる星といえば、地球じゃないか…。


「って、裸足じゃないか!霜焼けになっちゃうよ!」


 落ち込む際に下を見たら、きょとんと不思議そうに僕を見てた銀髪の女の子は裸足で雪を掴むように指を丸めていた。


「こっちの方で人の気配がしたから、急いできたの。それで」


「それで?それで靴履き忘れちゃったのかよ!ドジっ子がすぎるよ!」


 ドジっ子というより、もはやド事っ故だ。これで本当に凍傷で両足切断の事故になるかもしれないのだから、シャレにならない。しかもそれが僕が原因だなんてまっさら御免だ。


「とりあえずこの毛布の上で少し待ってて!」


 そうして家まで1往復、戻ってくると毛布の上で女の子は膝を抱えてちょこんと座って待っていた。

まるで捨てられた犬のようにぼくを見上げている。いや、僕は捨ててないからね?


「もう捨てられたのかと思った」


静かで抑揚のない綺麗な声でそう言った。


「だから捨ててもないし、拾ってもないよ!」


 はぁはぁ、僕は何を熱くなっているんだろう。相手は子供だ、僕が落ち着いてなくてどうする?


「とりあえずこれ着なよ。サイズは気にしないでとりあえずだから」


「そんな暑そうな格好はイヤ」


「じゃ、じゃあ、靴下と靴だけなら…」


「そんな不恰好なのもイヤ」


む、むぅ。なんてわがままなお嬢さんなんだ。


「オーケー、オーケー。君が言いたいことも何となく分かってきたよ。おんぶしていいのでしょう…」


「そ、そうするといいわ」


 静かに受け答えるかと思うと、今度は僕に両手を伸ばした。背に抱えた女の子の上に毛布を包めて、指す方向へと向かっていく。思っていたよりもかなり軽く、手も氷のように冷たかった。そうとう体も冷えているのだろう。急がないと。


「マフラーと手袋だけでもしとく?これなら、その…そんなにダサくないでしょ?」


「それなら、そのマフラーというのはしてみたいわ。でも、身に付け方が分からないわ」


「えっと…説明し辛いな。やってあげるから降りな。これはこうやって首に巻きつけて…ほら、できた」


僕はこの子の首にマフラーを1回転半して巻きつけた。他にも巻き方は色々とあるのだけれど、僕はファッションに疎くてこの巻き方しか知らない。ファッションといえば肩の見えてしまうようなドレスワンピースにマフラーというのは如何のものなのか。寒いのか寒くないのか、我慢してるのか我慢できないのか、一体どっちなんだろう?僕にはもう女の子が分かりません。


その当人といえば、口元をマフラーに当てスンスンと息をしている。なんだやっぱり寒いんじゃないか。


「さっきさ、人の気配って言ってたけど、ここではそんなに人が珍しいの?」


「このマフラーを頂いても良いのなら、質問に答えてあげてもいいわよ。それでもいいのかしら?」


「え?マフラー?構わないけども」


 これはあれかな。私が口付けたマフラーを返したらどうなるのか考えたくもないということだろうか。一瞬変な妄想をしてしまったが、そんな訳もなく。ああ、考えたくもない。


「質問に答えるわ。外から来たのはあなたで3人目よ。」


「3人か、それは少ないね」


「いえ、そんか物好きが3人もいるのなんて多すぎるくらい」


 3人は多いものなのか、田舎のモノサシはさっぱり分からない。


「へぇー、この辺ではあまり多くの人は住んで無さそうだねー。君の他には何人ぐらい住んでるの?」


「私の他はいないわ」


「え?」


「だから、ここに住んでいるのは私一人だけよ。他にいるとしたら、リスさん、鹿さん、オオカミさん、それとネズミぐらいよ」


 リスさん鹿さんオオカミさんまではさん付けなのに、ネズミだけ扱いが雑で少し可哀想な気がするぞ。リスもネズミの延長線上にいる気がするけど…まぁ、今はそんなことはどうでもいい。


「それとあなた、ひとつ勘違いしてないかしら?」


「え?」


突然そんなことを言われて、困惑を隠せない。勘違いって何を勘違いしているのだろうか。勝手に外人さんだと思い込んでいたということ?それとも子供だと思っていること。それとも…


「そう、ここはあなたのいた世界とは異なる別の世界。今あなたは異世界に立っているのよ」


静かで美しい声が雪原の中を通り抜けた。

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