No.7「人外との共存」
「くそっ、暗くてはっきり見えやしない……!」
「気配で探るしかないんじゃない」
「何それ、あんたの特技? それとも柄にもなく冗談言ってるんじゃないわよね?」
「どっちも」
「……あっそう。そりゃあ随分面白いご冗談で」
頬をひくつかせる愛花。吸い込まれた時にだいぶ奥まで飛ばされてきてしまった彼女達の周りには、見えない何かが潜んでいた。細長い何かがサラサラと肌を撫でるように蠢いている。
「どっから湧いてくんのよ」
視界不良で一メートル先が見えるかどうか程度の中、ギリギリで避けるしかなかったがだんだんと慣れてくる。攻撃にはパターンがあるようで、ずっとその繰り返しだった。
――どうやら相手はそんなに頭が良くないらしい。いや、人はどんなに規則性をなくそうとしても、いつのまにか勝手に規則性を作ってしまうもの。人外相手じゃあ、人の常識が通じるかどうかはどうかは知らないけど……。
愛花が考えを巡らせる中、近距離戦闘員のあゆみは薙刀を振り回している。無秩序に見えるがしっかりと手応えを感じていた。しかし彼女は目を開いていない。
――心の目ってやつで見てるとか?
ふと考えたが、そんなものがあってたまるかと愛花は目を凝らす。しかし暗闇にも慣れてきたはずなのに、いっこうに視界は少しも晴れない。人間の視力よりも、黄泉の暗闇の方が格上だという事だ。
今は目を開けているのだろうか、閉じているのだろうか。それすらも分からなくなりそうな闇に、恐怖心が煽られる。
「寒いよ、お母さ――」
呼びかけて、自分が一番驚く。
反射的にあゆみの方を見ると、ちらりと横目で見られる。口数の多くないあゆみの事だからわざわざつっこまれはしないだろうと踏んでいたが、触れずにいてはくれなかった。
「ふうん、貴方ってまだ乳離れできていない人だったのね」
馬鹿にしたように鼻で笑われる。カッと顔が熱くなり、全身が燃えるように熱を持つ。隠し事が思いがけずにバレてしまった時のようだった。
「でっ、できてるわよ。今まで母親に頼ってきた事なんてない!」
「……だからこそ、依存してるんじゃないの」
あゆみの言葉の意味は解らなかった。物知り顔の彼女の言葉が、平坦で無表情な彼女の声が、まるで何度も囁かれているように耳の中で残響した。黄泉では心の闇を引き摺り出されそうな感覚が絶え間無くつきまとってくる。少しでも心の隙ができてしまえば、闇につけ込まれそうだった。
「愛ちゃん!」
思考の海に沈んでいく意識の中で、ティアの声が聞こえてきた。希望の光のようなその存在が、暗い海底から引っ張り上げてくれる。右京隊の仲間も、実子隊の人達もいた。どうやら助かったみたいだ、そう思った。
「皆気をつけて。暗くて見えないけど、何かいるの!」
そう注意を促すと同時に手と足に何かが巻きつく感覚があり、次の瞬間には、体が宙に浮いていた。やっと闇に慣れてきた目で慌てて周りを見回すと、全員が得体の知れない何かに捕まっていた。
「うっわぁ……髪の毛だ、これ」
実子隊の直樹の上ずった声が聞こえた。ティアは愛花の注意を聞き瞬時に刀抜していたらしく、手首をひねってまず右手首に巻きついていた髪を切り、左足首、右足首、左手首の順で斬りはらった。そして地に降りる。着地音はガラスに小石がぶつかった音と似ていた。その事から、かなり硬く地面には柔らかい土があるわけではないのだと分析できるくらいには冷静さを取り戻しつつあった。
その間にあゆみ、アル、銀、バルも地上に足を着け、近くの人から髪の毛を切っていっていた。全てを斬り終えてから、アルが一つの提案をする。
「とりあえず、愛花達を救出しちゃえばこっちのもんだから一旦ここを出よう。ここに長居するのはただ危険なだけだよ」
誰もが納得し来た道へと戻る。その背後で誰かの気配がした。しかし詮索しない方がいい気がし、愛花は存在を無視する事を選んだ。
「うわ眩しい!」
黄泉から物質界へ帰還した直後の一言目は、信太の率直でシンプルな感想だった。
「なんか久々に日を浴びた気分だな……」
夜斗は夏の日差しにうんざりしたように手で日よけを作っている。他も似たり寄ったりの行動をしていた。
「……自然消滅しないなら、人為的である可能性が高い。本来ゲートを維持できるくらいで空間を歪ませるほどの結界だと、その術に使った物が近くにあるはずです」
しかし休む間も無くティアは早速辺りを捜索し始めた。それにバルも続いて発言する。
「術者の霊力を送る媒体である鏡とかお札とか水晶だとかを壊しさえすれば、これを閉じる事ができるんだけどね」
「……二人は何故そんな事を分かっているんだ?」
銀の質問にティアは屈託のない満面の笑みを、バルはミステリアスな笑みを浮かべる。返答はそれだけだった。
「なんか二人似てるところあるよな。秘密主義っていうかなんていうか」
信太の言葉に皆が同意するが、そんな事は意に介していない様子でティアが話を進めた。
「とにかく探そう! 壊せば時空の歪は閉じるはずだし、原因はバルがそれから読み取れる」
「読み取れるって何を?」
「俺は物に触れると、それに触れていた人とか、相手が人ならばその人の思考が読めるんだ」
「何その能力?!」
新は初めて知った仲間の能力に驚きを隠せなかった。普通の暮らしをしていれば、そんな特殊な人と会う事は少ないだろう。
「それと朱里は家が神社らしいから、結界の事とか詳しいんじゃない? 術者側の思考からどの辺にあるかとか分からないかな」
「はあ?! なんでバルが私の家の事知ってんのよ」
「言ったでしょ。物からいろいろ読み取れるんだ」
「プライバシーの侵害よぉ! ありえないんですけど」
「まあそれだけじゃなくても……いろいろ知ってるよ?」
暴露されたくなければ早く探せと言わんばかりの態度に、朱里は罰が悪そうにしながらも考える事にした。
「そうねぇ……。この路地を作っている両脇のビルの屋上なら、なかなか人目にも触れないしぃ? 位置的にも結界を張りやすいと思うけどね。……そう、こっちね。階が少ないから、こっちの方が直線距離的に近い。媒体を通して結界を張るのに、距離がありすぎると失敗するしねぇ」
腕組みをしながら片側のビルを見上げる朱里。無言でバルが頷き、その後ろを皆がついていく。八階まで非常階段で登り、薄く軽いドアを開ける。キィイという音と共に目に入ってきたのは、丸い形の鏡だ。
「……あった、鏡か」
バルが触ろうとする。しかしティアが叫んで止めようとした。
「触っちゃ駄目!!」
しかし声が届く前に触れてしまう。それが引き金となり鏡から黒い塊がものすごい勢いで出てくる。
「か、髪ぃ?! ちょっと何よこれ、やだぁ……きっしょぉーい!」
長い髪がひとつひとつ意思があるかのように蠢いている。気色の悪さに四方八方から悲鳴が上がり、半歩後退った者も少なくはなかった。
「犯人のお出ましだな」
夜斗の言葉の通りだった。きっとあのまま黄泉へと進めば、この人外と鉢合わせしていたに違いない。暗闇で目を潰されていないここで会ったのは、不幸中の幸いだと言える。
「うえぇ、どんだけ長いんだよ。本体はまだ出てこないのか」
信太が両手に刀を持った状態で備える。その他の十一人もそれぞれ武装した。
「焦れったいなぁ! ボク、引っ張ってみてもいい?」
「早まるなよ」
呆れた声を夜斗が出した。下手に刺激をし、取り返しのつかない事になっては元も子もないからだ。しかしそんな単純な事も、この暑さで鈍くなった頭の回転スピードでは追いつかない隊員もいた。
「むしろ出てくる気ないんじゃねーの?」
せっかちな直樹が髪に一発撃ち込むと、今までの倍以上の量の髪が湧いてくる。
「どわああああッ?! 何してんだよ直樹!」
「あ、ごめん」
「さすがのオレでもそこまでは頭が回ったぞ?!」
信太が直樹を蹴る。しかし仲間割れを起こしている場合ではない。いつ本体が姿を見せるのかが分からない今、この状況では早急な対処が求められる。
「うっ、うわぁあああっ!」
刃物のような鋭い髪の束が向かう先には悲鳴を上げる小さな男の子がいた。それに真っ先に対応したのはティアだ。髪の毛をバッサリと刀で斬ると、切り離されたトカゲの尻尾のように不気味に動きながら、やがて力を失っていく。そして髪は風に乗り細かく千切れて風化した。
「天邪鬼君、大丈夫?」
「お、お姉ちゃん、ありがとう」
まだまだ子供な天邪鬼は恐怖からその場にへたり込んでしまう。その光景は人外も人間も大差ないのだと思わせた。敵対するのは人間と人外だけではなく、人間のように同族と争う事もあるのだ。
「それにしても、どうしてここに来たの?」
「僕の姿は人には見えないし人外は怖いしで、久しぶりに誰かと話す事ができて嬉しかったんだ……。何かお礼としてできないかなって思ったんだけど、足手まといになっちゃった。ごめんなさい」
「そんな事ないよ、ありがとう! でも危ないから気持ちだけ受け取るね」
「……この人外、任務の邪魔をしようとしてんじゃないだろうな?」
ティアの笑顔に涙ぐむ天邪鬼。それを見ても尚、直樹が疑り深く探る。それは隊長である実子に、散々人外の恐ろしさを聞かされていたからだ。
「だから人外をひとくくりにしないでって言ってるじゃん! 僕は天邪鬼だよ。……とりあえず、その鏡を割ってみたら? それでそいつはこっちに出られなくなると思うよ」
その言葉を聞き、疑っていた割りには素直に直樹は鏡に向けて撃つ。ピシッという音が鳴り、割れた鏡から出現したおびただしい量の髪の毛は先程と同様風化していった。何事もなかったかのようなその日常的な風景に、どこか拍子抜けしてしてしまう。
「お、本当だ」
安堵のため息をついている間に、バルが鏡に触れる。
「……着物を着ている女性が赤ちゃんをあやしている。しかし長く続く飢饉のせいで、ある日から母乳がでなくなってしまったようだ。そのまま赤ちゃんは亡くなって、やがてその女性も衰弱して亡くなってしまった。成仏できずこの世にずっといて、遣る瀬無さや人への恨みで悪霊、妖怪と段階を踏んで堕ちていった。その後も自分の赤ちゃんを探し続けていたらしいんだけど、最近天邪鬼を見つけたんだ。それでそちら側に引きずり込もうと黄泉への扉を作ったんだね。それが今回の時空の歪が人為的に作られた理由さ。人為的って言葉が適切かは分からないけどね」
鏡から手を離すと、天邪鬼へ視線を向ける。
「という事は、君は元々黄泉にいたわけじゃないんだね?」
「うん、吸い込まれて出られなくなってたんだ」
「そっか。倒したわけじゃないからまた狙われるかもしれない。気をつけてね」
実子隊なのに、バルは人外に対して冷たくはなかった。積極的に助けようという意思は感じられないものの、注意を促すくらいには気にかけていた。
「う、うん……。でも、その人も寂しかったのかな? 僕は最初っから妖怪として生まれたんだけど、お母さんもお父さんも何も悪い事はしてないのに人間達に殺されちゃったんだ。だから今までずっと独りで……。人間の事を憎まなかったわけじゃないよ。でも、ただ寂しかった。存在を認めて欲しくて、僕がいる事に気づいてほしくて、温もりが欲しくて。認めてくれるなら、気づいてくれるなら、人間でも良かった。……だから、その寂しさが分かる気もするな」
「その気持ちが二人を引き合わせたのかもね」
皆が天邪鬼の言葉を聞き、自分達の仕事に疑問を覚えた。しかし銀がバルにそこを退けと命じる。
「なんでだい? まさかこんな子供を殺そうって言うんじゃないだろうね」
「お前の言うそのまさかだが。お前は今までに隊長から何を習った? 子供だろうとなんだろうといずれ大きくなるだろう。それとも何だ、仲間意識でも芽生えたのか? ……お前は半分なりとも人外側の人間だからな」
「銀は俺の行動がそんなに不満なのかい? しかし少なくとも君よりは人外との付き合いも長いし、知識もある。何が正しい行動なのかは俺が一番分かっているさ。退かないね。人外に怯えて正しいものを見る事もできないなんて、退魔師として嘆かわしい事だな」
「ちょっとちょっと銀、やめなよこんなところで。バルも落ち着いて……」
「嘆かわしいだと? 人間まがいが人間を裏切るような行為の方が嘆かわしいだろう。それ以上邪魔立てするなら、貴様ごと斬るぞ」
「できるもんならやってみなよ。……無論、俺に勝てるとは思えないけどね」
突然バルと銀が対立し、その場の空気は張り詰めていた。新が苦笑を浮かべながら止めに入るが、全くもって事態の収集はつかない。バルへ人間まがいなどと発言する銀の言動に疑問を覚えつつも、ついに両者が刀を抜刀しかけた時、それを制止するように声を上げたのはティアだった。
「人外だからといって、人間側の都合だけで殺すのはどうなのかな。人外にも天邪鬼君みたいな人外は沢山いるのに、一概に悪者にしちゃいけないと思う。右京さん言うように、人間と同じで良い人外もいれば悪い人外もいる。それなのに見境もなく殺していっては、天邪鬼君のような悲しみを抱えた人外が増えてしまう。人外だからという理由だけで殺すなんて……そんなの、人間のエゴです」
「当たり前だ。退魔師と人外はエゴとエゴでぶつかり合っている。決して相容れない関係だ。人外に善悪の判断もできない知能レベルの低いのもいるのが事実。殺されてからでは遅い。だから先に殺せと言っているんだ」
「銀の言い分通りなら、この子は善悪の判断とやらがしっかりできる人外だから、殺さなくてもいいよね?」
バルの言葉に銀が反論できずにいると、ティアが天邪鬼を抱き寄せた。意地でも守り通すという意思を示していた。
「『人外だから』殺すにはその理由だけで充分だ。退け」
「嫌です」
頑なな姿に銀は眉根を寄せる。ティアが退けば確実に殺されてしまう。そんな緊迫した状況に置かれている天邪鬼の小さな体は、小刻みに震えていた。恐怖心を全身に貼り付け、声を発しようとしても奥歯が鳴る。
「ぼ、僕、殺されるの……? お父さんとお母さんみたいに、斬られちゃうの?」
「大丈夫、大丈夫だよ」
恐怖で引きつった表情をしていた天邪鬼は、ティアの言葉とその温もりに次第に落ち着いてくる。
「……銀は、こんな子を殺そうっていうのかい?」
「情に流されて後で後悔しても知らんぞ」
バルを睨みつけるが、刀は鞘に納めた。言葉とは裏腹に、銀は先程まで冷静さを欠いていた事を反省する。バルへ暴言を吐いてしまった事にも後悔し、最後に己が発した言葉はむしろ自分への戒めだった。後に後悔したところで、その時はもう手遅れなのだ。もう口にしてしまった発言は取り消せない。心無い言葉はきっとバルを傷つけていた。
そして天邪鬼はどうやら助かった事に安堵し、泣きそうになると空を見上げ涙を零れないようにしていた。しかし天邪鬼は言葉を発せずに、嗚咽だけがビルの屋上に響いている。他の隊員達は、ただただ見守るしかなかった。
それが止んだ頃に、やっとティアが口を開く。
「私の名前、ティアっていうの」
「……え?」
天邪鬼は、驚いたように目を見開いて見つめ返した。すると彼女は母親のような優しい笑みを浮かべて、頭を撫でた。
「これからよろしくね」
「よ、よろしくってティアあんた……人外に何言ってるのよ?!」
バル、銀以外の皆が驚愕の表情を浮かべている。愛花も引きつった顔で、説得を試みようとしていた。
「私は天邪鬼君とお友達になろうと思いまして!」
「お、お友達ぃ?! あんた馬鹿なのぉ?!」
朱里も驚嘆する。皆が絶句する中、しかし信太は声を上げる。
「……オレも馬鹿だから、天邪鬼と友達になりたい! それも人と人外との関係のひとつのカタチだよ。共存だって、こいつとだったらできるかもしれないじゃん! とにかくさ。何が正しいかとか、そんなの理解の浅いオレ達とか、人間側のエゴだけで判断できないし!」
「でもぉ、人外は見つけ次第殺せって実子さんがぁ……!」
「でも右京さんは違います。良い人外と悪い人外がいるから、それを判断しろと言っていた。実子さんにとってはそれが正しさで、右京さんにとってはこれが正しさなのかもしれない。……でも、正しさは必要だけれど、正しさだけが正解だなんて言えないじゃない」
「な、何よ、ティアも信太も人外の味方なんかして……。バルと銀もどうなのよ?!」
朱里は反論してくるティアにたじろぐ。先程衝突していた二人にも問うが、答えなどはじめからもう決まっていた。
「二人の言う事にも一理あると思うな。俺は共存に賛成だよ」
バルが天邪鬼含む三人へ微笑み、見えない境界線を跨いで共存肯定派へ移った。
「俺は、そんな絆があっても良いと思う。…………さっきは、すまなかったな」
「ちょっと銀まで!」
「俺も一概に人外だからって殺すのは違うと思う」
夜斗も共存肯定派に移動した。
「ボクもそんな変人の集まりにまーぜて!」
アルが天邪鬼の頭を撫で、境界線を超えた。
「まああたしだって、人外との共存はアリだと思うわよ。まだよく分かってないところがあるけどね。だったらこれから学べばいいのよ」
愛花は天邪鬼に手を差し伸べる。天邪鬼が恐る恐る手を握った。人の優しさに天邪鬼は胸がいっぱいになり、再びうっすらと涙を浮かべる。
「うーん、じゃあ俺も俺の意思で共存肯定派かなー」
「あ、新……!」
軽い調子の言葉で、しかし説得力のある声音に戸惑う朱里。そして同じく共存否定派に残された佐久兎、あゆみ、直樹。残された四人が戸惑いの表情を見せる中、三人もの人物が新たにこの場へ登場する。
「ほーお、随分と面白い奴らが集まってんじゃねぇか! なあ右京、実子!」
「龍崎さん……大人気なくはしゃがないでください」
「まあまあ、多めに見てくれよ右京。四対八で明らかに劣勢側の君らは人外への恐怖から受け入れられないのか? はたまた別の理由かな? まあここでは劣勢でも、局内で否定派は六割で優勢だけどな! はっはっはっ!」
少しばかり髭を生やした、ダンディーな雰囲気の三十代男性。スーツに身を包んで、扉の前でご機嫌にタバコを吸っていた。その両脇に右京と実子がいるが、一歩後ろで睨み合っている。分かり易くこの二人も肯定派と否定派で対立している。竜崎は二つの指を立てた。
「副局長の俺から一つ教えといてやるよ。人外対策局っていうのはな、情けねぇ事なんだが一つの組織なのに二つの派閥があるんだ。一つは人外は皆害だとみなして殺す、共存否定派の白砂派。白砂ってのは、もう一人の副局長な。もう一つは俺の名字をとった、共存肯定派の龍崎派だ」
得意げに自分へ指をさすと、より深い解説を再開する。
「前者は人外への個人的な恨みを持っている奴が多い。俺も個人的な恨みはあるが、後者の人間だ。そんな奴が他にもまあまあいる。しかし俺達が人外を殺すのと同じくらい、人間も人外に殺されてるんだ。だからこそ、同じ目的を持つ組織内でも割れている。まあ共存と言ったって、どうしても本来は敵対しているから人外の命は人間の命よりは軽い認識だけどな」
初めて知る内部情報に、訓練生は既にここで割れている意見で派閥を認識した。副局長が二人いる事は知っていたが、まさか派閥の頭だとは思ってなかった分の衝撃もある。
「おっといけねぇサボりがバレたわ。織原から連絡が来てる。そんじゃあ、期待の新人を見に来ただけだから本部に戻るわ」
着信音が鳴り制御装置を確認してからそう言い残すと、あっさりと背中を向けて去って行った。
「……天邪鬼。嫌じゃなければ俺達と一緒に来ない? まあ人外対策局にいる以上は規則だから俺と契約して、普段は人間の姿で物質界ひ溶け込んでもらうけどね。俺は共存肯定派だから、警戒しなくていいよ」
右京の思いもよらない言葉に誰もが驚く。一番良い顔をしなかったのは共存否定派の実子。しかし肯定派のいる部下の手前、不用意な発言は控えて沈黙を貫いた。それが最大限の意思表示である事は確かだ。
「迷惑かけたりしないかな……?」
共存を肯定した八人と右京は、笑顔で手を差し伸べてくれた。今まで孤独だったわずか五歳の天邪鬼に差し伸べられた沢山の手は、それぞれの意思を持った力強い手だった。
「我慢しないで、泣いてもいいんだよ」
ティアの優しい言葉に天邪鬼は涙を浮かべ、拳を強く握りしめながら声をあげて再び泣き出した。
こんな幼く人間の子供と変わらない心を持つ天邪鬼に、両親は他界し身寄りもない独りの天邪鬼に、きっと自己を投影していたのかもしれない。
ティアは再び天邪鬼を抱き寄せた。