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退魔師はただいま青春中です  作者: 花厳 憂(佐々木)
第1章:6人を繋ぐもの-1
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No.6「右京隊と実子隊」

「訓練始めてだいぶ経ったけど、なんだか楽しいな!」


 次の日の午前、相変わらず信太は目を輝かせている。それに対して疲労困憊(ひろうこんぱい)の高校生組は、早くも老いを感じていた。


「あー、身体中痛いわ……」


 夜斗が床に寝転がると、見計らっていたかのように一斉に制御装置(リミッター)が鳴る。同時に電話(コール)に出ると、やはり同じ言葉を受け取った。


『今から本部の隊の部屋に来てね。初任務だよ〜』


 右京のいつもの気の抜けた声で伝えられた事に喜ぶのは、元気旺盛な信太くらいだ。寮から本部まで徒歩で向かい、個別に設けられられている仮編成右京隊の扉の前に着くとおもむろに扉が開いた。そこには笑顔の隊長がおり、炎天下の中走ってきた彼らとは対照的に涼しい顔をしている。


「はーい、皆こんにちは! 早速初任務について説明するから部屋に入って。俺達仮編成右京隊は、君達と同じくらいに入った十代の子達六人をまとめる仮編成実子隊と合同任務にあたる事になりました。あ、隊長を足して七人か。わーパチパチ! 仲良くしてね」


 こんな豪放磊落(ごうほうらいらく)そうに見える右京は、これでいて前精鋭隊のメンバーだったというのだから驚きだった。


「まあ、あっちの出方次第だな」


 そんな事を夜斗が吐き捨てると、ノックも無しに突然扉が開く。右京が舌打ちをした気がしたが、目の前に現れた七人組に目を奪われていた。


「……やあ、実子」


「ふん、久しいな右京。まさか解隊されてすぐに会う事になるとはな。……まさかそっちの隊では、良い人外もいるなどと荒唐無稽な事を教え込んでいるんじゃないだろうな。いいか右京隊! そんな事では足元をすくわれるぞ」


「そっちこそどうなのさ。まさか人外は皆殺しだなんて、そんな極悪非道な事を教えているわけじゃないだろうね。俺の隊の子達は生憎(あいにく)そんな無慈悲な事をする人はいないから、教育方針に口を挟むのはやめてくれるかな」


「なんだと……? 親切にまともな意見をしているつもりなんだがな」


「まともだって? それのどこがまともなんだか俺には分からないね」


 険悪な空気に、二人の関係を知らない訓練生十二人が戸惑う。静かな怒りで進む会話だったが、右京がこちらに気づき、何事もなかったかのように取り繕った。


「あ、じゃあ自己紹介からでも始めよっか。じゃあ俺から! 実盛(さねもり)右京(うきょう)です。二十一歳の大学生で、仮編成右京隊の隊長です。よろしくね。はい次〜」


 黒色ポニーテールで着物という現代に馴染めていない風貌の右京から、流れで右へ順に自己紹介をする事になった。


「アルフレッド・ウィリアムズ。高三です。アルって呼んでね〜!」


蔦森(つたもり)夜斗(やと)高二。よろしく」


桃井(ももい)愛花(あいか)同じく高二。よろしく」


「ティア・ルルーシェ。高一です。よろしくお願いします」


高園(たかぞの)佐久兎(さくと)、高一です……。よ、よろしく」


月見里(やまなし)信太(しんた)! 中三な! よろしくー!」


 右京隊の自己紹介が終わると、次は必然的に実子隊へと移る。まず初めはやはり隊長からだった。


高山(たかやま)実子(みこ)。二十歳大学生。仮編成実子隊隊長。よろしく」


 女性にしては高身長の、紫色の長髪。胸元が大胆に開いた服を着ているため、スタイルの良さが目立つ。


佐渡(さわたり)(あらた)今年で十八歳の高三。よろしくね!」


 深緑色の髪の髪を持つ、少年というよりも好青年と言った方が似合う人だった。


岩波(いわなみ)あゆみ。十八歳の高三……」


 無愛想で寡黙そうな、髪が顎くらいまである茶髪の女子。彼女は終始無表情を貫き通していた。


雪村(ゆきむら)(ぎん)。十七の高二だ」


 銀色の短髪で、三白眼。鋭い目つきの硬派で物静かな印象がある。


榊原(さかきばら)朱里(しゅり)でぇーす。今年十七の高二になるの〜。よろしくぅ」


 ウェーブのかかった朱色の髪で口調が特徴的な、いわゆるぶりっ子気質な女子だ。しかしアイドル系ではなく、クラスに一人はいそうな性格の悪い人物で、そういう意味では珍しくはないタイプの人間だった。


「バルドゥイーン・フォンシラー。今年十六の高校一年生です。バルって呼んでください」


 ミステリアスな雰囲気の白髪(はくはつ)の男子。髪は恐らく肩につくくらいの長さがあり、後ろで一つに結わえている。日本人要素皆無な容姿は、絵本の中から抜け出してきた白馬の王子様のようだった。


黒崎(くろさき)直樹(なおき)。まだ十五歳だけど、そのおチビちゃんより上。高一だから」


 黒髪の仏頂面で、いきなり信太を指さす少年。信太の頭からはカチンという音がする。身長は二人とも然程差がなく、つまりは直樹も男子にしては少し小さいくらいだった。


「全員の自己紹介が終わったところで、今回の任務については私から話そう。今回、両チームの隊長である私達二人は手を出さない。十二人で頑張って仲良く解決してくれ。任務の内容は制御装置(リミッター)へ送っておく。それと解決するまでは戻ってくるな。じゃあ、期待してるぞ!」


 実子のその言葉を最後に、十二人はその部屋から締め出される。ドアが閉まる寸前の僅かな隙間からは、右京が屈託のない笑みと冷や汗を浮かべながら手を振るのが見えた。


「ふん、仲良くねぇ。右京隊なんて、顔で顔に(・・・・)選ばれただけ(・・・・・・)のお飾りでしょ。調子に乗ってんじゃないわよ」


 朱里は右京隊に開口一番に誹謗中傷を浴びせる。あまり友好的ではないのは目に見えていた。しかし実子隊の年長者の新が溜息をつくように苦い笑顔で止めに入る。


「まあまあ、仲良くしようよ!」


「そんな奴ほっとけよ。足手まといは要らないから」


「はぁ? なによ直樹。年下の癖にいきがってんの?」


「馬鹿女がいると邪魔だって言ってんだよ」


「……おい。見苦しいぞ、他の隊の前で」


 銀が二人をたしなめると、直樹はそっぽを向き、朱里は目に角を立て唇をひん曲げた。


「よろしくね、右京隊の皆さん」


 バルの一言で、仲の悪さに少し引いていた右京隊が苦笑しながら軽く会釈する。夜斗はといえば諦めたように肩を落とし、気怠そうに天を仰いでいた。


「じゃあ、十五分後に寮の一階ロビーに待ち合わせでいいか?」


 銀の言葉にアルが質問を投げかける。


「寮って、もしかしてボク達と一緒なの?」


「あぁ、隣の部屋に入っていくのを何度か見た事がある」


「と、隣かよ……」


 夜斗が目の下をひくつかせた。


 ――こんな時限爆弾みたいな地雷だらけの六人組が、隣で生活を共にしていたとはな……。






 *






「制服で団体行動って目立たないか?」


「でも今の高校私服でしょ? なのに皆制服着てるし、なんちゃって制服とかいうやつ着てるのかな。わざわざ制服って変だよね」


「それ気になって聞いたんだけど、私服の学校なのに何故か制服が多くて、今じゃ暗黙のルールになってるらしいぜ。やっぱ中学の時の制服かなんちゃってだってさ。転校生でもなきゃ実在する高校の制服なんて、なかなか手に入らないだろ」


「なんか暗黙のルールって面倒だよね〜。皆制服着てるなら、いっその事学校で指定の制服作ればいいのに」


「初めて気が合ったかもな」


「えぇ、今までは合ってなかったの夜斗ちゃん……?!」


「その呼び方はやめろ」


 各自刀や銃などを持ち、一旦右京隊の六人はリビングに集まった。そのまま実子隊と待ち合わせをしたロビーへ向かう。


「こうも皆バラバラだと、コスプレ集団みたいだよね〜」


 実子隊と合流してからの一言目がアルの率直な意見で、誰もが苦々しく笑って返すしかなかった。


「そういえば任務内容……」


 と、愛花が言いかけたところで一斉に着信音が鳴る。デジャヴを感じつつ、宙に浮かぶホログラムの手紙マークにタッチした。



 黄泉へと通じる次元の歪(ゲート)が出現中。

 本来自然にできてしまう時空の歪(ゲート)は、普通は長くても二、三日で閉じるが四日経っても閉じないので、我々人外対策局が動く事になった。


■任務内容は

 三日以上経っても自然消滅しない訳を調査し、閉じる事。

 場所については添付した。


■以上。 高山実子



 そう示されていた。地図マークに触れれば、位置情報が大まかに赤丸で示された画面が出てくる。


「場所は駅方面か。でもまだしっかりした位置が分かってないみたいだね。人通りも多そうだよなぁ。……ああそうだ、確認なんだけど制御装置(リミッター)の起動方法は右京隊の皆も知ってるよね?」


「おー、知ってる! けどさ、どういう仕組みなのかイマイチ分んねぇんだよな」


 新の確認に、信太が素直な言葉を漏らす。人当たりの良い新には好印象を持っており、また彼も簡明直截な信太を可愛い後輩くらいには思っていた。


「そうだなぁ。肉体を持ってる俺達は、人外に俺達から触れる事はできないんだ。あっちの方の次元が上だからだね。人間の考え方的には、人間からは神様に干渉できないくせに、神様は人間に干渉できるみたいな感じだよ。だからこちらから干渉するためには、強制的に次元を上昇させなければならない。つまり霊等の人外と同じ精神界の者になるために必要なのが、この制御装置リミッターなんだ。霊体になるって事は、魂それ自体になるって事だしね」


「あぁ、なんか右京さんもそんな事言ってたな! でも霊体になるんなら、肉体自体はどこに行くんだ?」


「肉体を構成する物質のレベルが、精神界レベルに変換されるんだよ」


 信太は更に理解不能な考えの渦にとらわれ、それを察したアルが助言をする。


「とりあえず、制御装置(リミッター)を使っている間は、怪我しても肉体へのダメージは軽減できるって事だよ! でもだからこそ、その時の体である魂自体が傷つくから、肉体にも少なからず影響が出る。その反面メリットとしては、男女差もなくなり、霊力の強さが霊体の時の自分の強さになるって事かな。体力や腕力脚力だって、霊力に影響されて強くなるからね。あとは単純に体術や刀さばきは肉体の状態でどうにかしないと、どうにもならないけどね!」


 ナイスフォローと言いながら、謎のハイタッチをする新とアル。


「なんか、アルと新って似てるな」


 夜斗の言葉に頷く右京隊。


「じゃあティアちゃんと愛花ちゃん、俺と一緒にレッツ任務〜!」


「やっぱ似てねぇ、あの変態!」


 夜斗の言葉に頷く実子隊。朱里に平手打ちをされた新は突然真剣なトーンになる。しかし流れ出る鼻血に、その真剣な声音は雰囲気ごと無に還る。


「とりあえず効率良く時空の歪(ゲート)を見つけるために散ろう。一応安全のためにも二人ペアが望ましいよね。でもチーム内で組んでたら合同で任務に臨む意味がないから、実子隊、右京隊で二人一組になろう!」


 新の言う事は最もだが、探り探りの人間関係の中率先して人を選ぶ事はなかった。


「……じゃあくじ引きで! アプリがあるからそれを使おう!」


 見兼ねたアルがこの前の合宿から学び、事前にくじ引きアプリをダウンロードしていたようだ。謎の緊張感の中、出た結果は以下の通りである。

 アルと新。


「ボクでごめんね〜」


「アル君なだけよかったと思ってるよ」


 新が他の二人組を見て苦笑いを浮かべる。

 夜斗と銀はただただ無言の探り合いをしている。

 愛花とあゆみ。社交辞令以上の事はしない二人は、お互いに苦手意識を持っているのがまるわかりだった。


「よろしく、バル君」


「よろしくね、ティアちゃん」


 両者笑顔で一番落ち着いた、しっくりくるペア。そして佐久兎と朱里。


「よっ、よろしく……」


「よろしくねぇ、佐久兎君だっけ?」


 佐久兎は若干引き気味で押され気味だった。前回に引き続き、よりにもよってどうして愛花や朱里のようなキツイ口調の女子と当たるのかと、くじ運の無さに落ち込む。


「お前、よくもあの時チビって言ったな!」


「事実だろ」


「なにぃ?! お前だって大差ねぇじゃん!」


「うるせぇ! お前の方が小さいだろ!」


 そしてはやくもトラブルを起こす低身長男子組、信太と直樹。

 各自挨拶を済ませたところで、


「なんかあったら連絡してね」


 というアルの言葉で別れた。我先にと駆けていく他のチームを見送る、ティアとバル。


「ティアって呼んでいいかな。俺の事もバルって呼んでほしい」


「うん、分かった」


 柔らかい笑顔でバルの要求をのむ。お互いに険悪なムードは無く、他と比べて恵まれているなと互いに思った。


「人数が多くって、誰が誰だか名前と顔が一致しないなぁ。俺は日本人の名前にあまり親しみがなくて、まだまだ覚えづらく感じるよ。ティアは?」


「私はなんとなくだけど、覚えられた……かな?」


「へえ、すごいなぁ」


 何かの機会をうかがうような間に、ティアは自ら察して訊く事にする。


「どうかした?」


「……うん、じゃあ率直に訊くよ。ティアって、制御装置(リミッター)なんかなくても元から人外が視えているんでしょ? それ以外にも、特別なものを持っているよね」


「あはは、何の事かな」


「誤魔化す必要は無いよ。実は……俺もそうなんだ」


 *


「見つからないわね。本当にこっちにあるの?」


 不満をもらす愛花に、あゆみは興味すらなく馬耳東風といった感じだった。何を言っても暖簾に腕押しだとは分かっていながらも、苛立ちは収まらなかった。


「あんたさぁ、無視はないんじゃないの」


「本当にこっちにあるのかどうかなんて、私にも判らないもの」


 やっと答えたと思ったら、反論しようのない言葉が返ってくる。むしろ自分の能力不足まで思い知らされた気分だった。露骨に舌打ちをすると、あゆみが小さく「あった」と声を上げた。

 指をさす先には、ただ道の真ん中に黒い穴が空いている。空間を歪める程の禍々しいオーラは、一目でこの世にあってはならないものだと物語っていた。


「これが時空の歪(ゲート)……? なんか嫌な雰囲気ね」


「皆に連絡しないと」


 あゆみが制御装置(リミッター)で電話をしようとした時、体が煽られるくらいの強風が吹きふわりと体が浮き上がる。


「は、はぁああッ?!」


 二人が浮いている事に気づいた時には時すでに遅し。為す術もなくブラックホールのような穴へ吸い込まれた。


「んなっ、何よこれぇえええっ?!」


 愛花の叫び声は反響し、あゆみからのメールは誰にも届かなかった。


「なんか愛花の声が聞こえたような……」


 信太が叫び声を耳にキャッチすると、間髪入れずにそちらへと走り出す。聴覚や嗅覚が優れてる彼は、本能の赴くままに行動をする。


「あっ、おい! ……あいつ、野生児かよ」


 遅れて直樹も隣の路地に入ると、信太の先に黒い穴があった。


時空の歪(ゲート)じゃん!」


 見つけたと歓喜する直樹は、制御装置(リミッター)で位置情報を皆へ送った。しかし信太は喜びもせず辺りを見回している。


「どうしたんだよ?」


「愛花の声が聞こえたのに、どこにもいねぇ」


「もしかしてこの中に入ってったとか?」


「これ、生身で入っても大丈夫なのか?」


「それは知らないけどさ、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の住処にわざわざ生身で入って負傷とか、間抜けにもほどがあるだろ」


「それもそうか」


 二人の声は、決め台詞のように重なった。


制御装置発動(リミッターオン)!」


 *


「お、信太達見つけたか! 銀、行こう……って早えよ、忍者かあいつ」


 リミッターを発動し、人外との遭遇に備えていた夜斗と銀。疾走時もいつもの生身より身軽だった。


「む、直樹達だ」


 銀の言葉の通り、信太と直樹、アルと新、そして夜斗と銀より少し早く、ティアとバルが到着したのが見えた。佐久兎と朱里も少し遅れて合流する。


「あのさ、オレ達が着くちょっと前に、この中から愛花の悲鳴が聞こえたんだ。皆を待たずに入っていくわけもないだろうし、変だなって思ったんだけど制御装置(リミッター)で連絡しようにも電波が届かないところらしくて、どうも状況がつかめないんだよな。どう思う?」


 信太の言葉を受け取り、考え込む。


「とりあえず入らない事には分からないよね〜。入っちゃう?」


 アルの言う通りだったので、制御装置(リミッター)を発動をしていない人も、発動してから入る事にした。

 近距離戦闘員である、アル、夜斗、ティア、信太、銀、バルが刀を持ち、中長距離戦闘員である、佐久兎、新、朱里、直樹は銃を持った。


「うっわ、寒っ……」


 一歩踏み込んだところで直樹が震え上がるが、それは直樹に限った事ではなかった。血液も凍てつくような寒さと、終わりの見えない漆黒の闇に恐怖心を覚える佐久兎と直樹。他の者が抱える感情は、恐怖というより警戒に似ていた。


()ってぇな、足踏むなよ!」


「誰も踏んでないよ。だって、直樹が最後だよ?」


 新の言葉に恐る恐る直樹が背後へと振り返る。やはり誰もいない。


「え、え……?」


「まあ気のせいじゃないかな」


「そ、そうだな」


 納得はいかなかったが、あまり詮索すると恐怖に押し潰されそうだったので、これ以上の追求はやめる。気のせいだと自分に言い聞かせる事で忘れようとしたのだ。


「痛ったぁー?! 誰よ、朱里の髪引っ張ったの!」


 次に声を上げたのは朱里だ。しかし直樹の時と同様、誰も引っ張ってはいない。意味不明だと吐き捨てガシガシと頭をかき、どうにか気を紛らわせる。不思議な現象が続き、流石にこの空間自体に不信感を抱きつつも歩みは止めない。

 しかし少し歩いたところで佐久兎が唐突に転けた。


「……っ痛たた。……あれ? 今なんかにつまずいたんだけど……な、何もない」


「あはは佐久兎大丈夫? まあ二度ある事は三度あるって言うし! あー、でも三度目の正直とも言うしなぁ」


「きゃあっ?!」


 アルの言葉を遮りティアが声を上げる。ティアの後ろに立っていた直樹と信太が鼻血を噴水のように噴出している。抑える手からも指との間からダラダラと血が零れ落ちていく。


「どうしたお前ら。まさかティアになんかしたんじゃ……」


 夜斗が何事かと二人を訝しむ。返答次第では刀を抜く所存だった。


「いっ、いやいやいやいや俺らスカートになんか触ってねぇし! なっ、なぁ信太!」


「おっ、おう! 風でも吹いたんじゃねぇか?!」


「うっ、うん! 何でもないよ、ごめんね、うん! 何でもないから!」


 ティアの言葉に激しく頷く二人。明らかに様子のおかしい赤面した三人に、自然と視線が集まる。言動から何が起きたのかは薄々想像ができた。


「イイモノ見ちゃったって、本当は思ってるんでしょ?」


「んなっ、んなわけあるかぁああっ!! 誰がそんなガキみたいな事を……!」


「全くガキだなぁ、直樹は。見たいならまず口説くところから始めないと」


「あ、ああ、あ、あら、新ぁああ!! さっきから何勝手な事をっ!」


 ひっくりかえった声で反論する直樹を更に追い詰める新。しかし正面にいる新は、周りから向けられる冷たい視線を振り払うかのように、手をブンブンと顔の前で振っていた。


「お、俺じゃない。俺は何も言ってないって!」


「説得力なぁーい。じゃあ誰が言ったって言うのよぉ」


「俺が聞きたいよ!」


 朱里に必死に訴えかける新。


「へぇ、レースがついてんだな。男の味気ないのとはやっぱ違う、夢がある布だな!」


 信太の言葉にみるみるティアが顔を紅潮させていく。そして遂には顔を両手で隠し皆の視界から外れようと横歩きで逃げて行く。


「信太、お前最っ低だな」


「お、俺じゃねぇよ!」


 直樹が自分の保身とも取れるし、本音かも分からないが「マジで引く」と言い捨てる。朱里は信太に無言で怒りと軽蔑の眼差しを注ぎ、アルと新は「信太も思春期真っ只中なんだな」と心中で呟きながら、親の目で何度も頷いていた。

 夜斗と銀は顔を少し赤くしてティアから視線を逸らし、バルは軽蔑や戸惑いを含んだ複雑な顔をしている。男という生き物は哀れだと言いたげに、侮蔑の念を込めて薄ら笑いを浮かべる。


 村八分なこの状況に、すがる思いで最後の希望である佐久兎を見る。だが目があった瞬間、無慈悲にも目を逸らされた。コンマ数秒で見捨てられたのだ。


 ――あ、オレ終わった。


 信太が菩薩顔で謎の悟りを拓きかけていた時だった。


「二人は喋ってないよ……? 口が動いてなかったもん」


 そう、天使が舞い降りたのだ。一度は恥ずかしそうに俯いたティアだったが、二人の誤解を解き説得力を高めるために皆とあえて視線を合わせる。元々背の低いティアが、少し俯くだけで上目遣いになる。その目はいつもより潤んでいて色気があった。彼女の言葉なら、誰もが無条件に信じても良いと思った。


 そして天使でも悪魔でも女神でも疫病神にでも、とにかく何にでもいいからすがりたいと思うのが、八方塞がりになった人間の心理である。つまり、この場でその心理状態に陥っているのは信太だ。


「じゃあ誰が?」


 夜斗がティアに訊こうとした時、そのイタズラをしていた張本人が何の前触れもなく唐突に姿を現す。


「ヘンタイだね、お兄ちゃん達!」


 ティアの前で無邪気な笑顔を浮かべる小さな男の子。しかしよく見ると、頭には二つの小さな角が生えていた。


「お、おおおおお、お前か! さっきから俺達の声で変な事を好き勝手言ってたのは!! 人外め、名前くらい聞かせてもらおうじゃねぇか!!」


 この混乱を起こした犯人がついに現れ、信太は忌々しげに怒りで血走った目で睨む。


「人外人外ってひとくくりにしないでよ。僕は天邪鬼(あまのじゃく)だよ」


「こいつまだ俺の声で……!」


 信太の声で喋る天邪鬼は更に彼を苛立たせる。眉間にはシワがより、口も変に尖らせて歯を見せた。威嚇のつもりだろうが、はたから見ればただ変顔をしているだけだった。

 持っている刀を抜こうとした時だった。夜斗とバルが信太の肩に手を置いて後ろへ追いやる。


「え……?」


 邪魔をするなと言おうして両脇にいる二人の顔を見た瞬間、出かけていたその言葉は消滅し、不発弾のように静寂を貫いた。その次に二人を呼ぶ時は自然と声はかすかに震え、修羅か悪魔の様な顔をしている二人から距離をとった。


「や、夜斗さん……? バル、君……?」


「天邪鬼とか言ったか? 今すぐこの世から消してやるからそこを動くなよ……」


「待ちなよ。君は夜斗とか言ったっけ。こいつは俺が片付けるから手を出さないでくれるかな?」


 天邪鬼を倒す以前に二人の間で火花が散る。


「それは聞けねぇ頼みだな」


「それじゃあ君から片付けないといけなくなるね」


「はっ、上等じゃねぇか」


 火花はやがて打ち上げ花火にでも点火したように、怒りを右肩上がりにさせていく。


「……あいつら、なんで人間同士で争ってんの」


 危険極まりない二人を傍観している内の直樹が、こちらへ飛び火してこないようにと密かに願った。


「ま、待って! 愛ちゃん達の事を知ってるかもしれないし話しを聞こうよ」


 天邪鬼が絶対絶命の最中、再びティアが声を上げた。


「ティア、お前何言ってんだ。さっきあんな事された後でこいつを許すのか?!」


「ティア、これは怒ってもいいと思うんだ。だから君の代わりに俺がこいつを……」


「こんな無抵抗な子供に刀を向けるなんて野蛮だよ……」


 天邪鬼の頭を優しく撫でる。彼は悲しそうな顔に無理矢理笑顔を浮かべた。ティアの天邪鬼へ向ける視線にも悲しみが混ざっている。何故だろうかと思考を巡らすが、その理由は誰にも分からなかった。


「ここに女の子二人が来たと思うんだけど見なかった?」


「それなら、この先に吸い込まれていったよ」


「……吸い込まれたって?」


 天邪鬼の返答にアルが素っ頓狂な声を出す。


「うん。普通黄泉が吸い込むのは死者と人外だけなのに、吸い込まれていっちゃったんだよ。黄泉への入り口は、近くにいる死者と人外をただの気まぐれで吸い込むんだ」


 死者か人外しか吸い込まない黄泉に二人は吸い込まれた。愛花かあゆみが命を落としたとでも言うのだろうか。にわかに信じ難いその言葉に、誰もが現状を受け入れられずにいた。


「――――そんな……」

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