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No.67「針裏の過去」

『高校卒業後疎遠になっていた四ノ宮と再会したのは、あるところから運び込まれる死体の司法解剖を担当していた頃の事だった。法医学者になる途中で、僕は突然ブラックな仕事に巻き込まれた――――……』






 *






「はいこれ依頼です。よろしく〜」


 タバコ臭い男が、フランクな態度で依頼書を机に叩きつけてくる。


「……どこなんスか? このAMSって。ちょくちょくこれ出しに来るけど、いつもはぐらかされるし。危ないやつじゃない事祈ってるけど、断る権利は僕にもあるんスよ?」


「それは困る。針裏君にしかできないんだよ。あとは俺に面倒事が増えるからな」


「そう言いながら面倒(ぼく)とは楽しそうにしてますよね」


「それがなぁ、この後に良い事があるからなんだよ。嫁とのデート。夜景が綺麗なレストランでディナーだぞ?」


 耳元で囁き、最後には「どうだいいだろう」とまで付け加えてきた。愛妻家な龍崎に呆れつつ、また話を逸らされるところだったと我に返る。


「で、その愛妻とデートにウキウキしてる龍崎サンって、一体職業なんなんスか」


「なーんだよ今日はやけにしつこいな」


「当たり前っしょ。この前なんて熊にでも引き裂かれたような傷が全身にある遺体を連れ込んで、その前なんか銃弾で蜂の巣になってる遺体。そのまた前なんか首と胴体が不仲にくっついてなくて? もっと前なんか四肢を食いちぎられてたやつ」


 大袈裟に身振り手振りで表現し、わざとらしく溜息をつく。


「奇妙ったらないでしょ。一体どんなとこで猛獣と格闘してんスか? 猛獣は銃は扱えないと思うけど。それに、こういうのはちゃんと資格のある人に頼むべきっしょ」


「んまあそういうこった。獣っぽかったり人っぽかったりする形の化け(もん)相手にドンパチしてんだ。それにしても見かけによらず真面目な事言うなぁ」


「そんなんいいから答えてよね」


「はいはい。……なんつーか特殊なんだよ。ちゃんとした法医学者か法医学者志望か、はたまた解剖オタクかなんてぶっちゃけどうでもいいんだ。見えるもんが見えりゃあな」


「見えるもん? よく分んないスけど、法医学者にまだなれてない僕が司法解剖なんかしてたら法に触れるっしょ」


「って言いながらやってんじゃねえか。それに俺らは自治権が自分達にある無法地帯にいるからよ、そんなんはある程度目を瞑ってくれるわけ。あとはまあ、天才と謳われるお前にだったら安心して任せられるだろって話だ。なんてったってその年で准教授なんだからな。特例中の特例じゃねえの?」


 面倒臭そうに適当な説明をし終えてから、龍崎はタバコの箱を取り出した。中から一本出したところで、針裏はペン回しをして弄んでいたボールペンをタバコめがけて飛ばした。見事に命中し、彼の一服を時間ごとそれと共にへし折る事に成功した。


「……おい、タバコ買う金も馬鹿になんねえんだぞ」


「大学内は禁煙だって何回言ったら分かるんスか。それに何化け物って。モンスター相手に戦ってますとか、冗談でもゲームの中だけにしてくださーい。全然面白くないっスから。だいたいこんなんやってるのがバレたら、僕だってどうなるか分かったもんじゃないんスから納得のいく説明くらいしてくんさいよ」


「納得のいくってなぁ……本当の現実なんか面白い事よりもつまらない事実ばっかだろ。人の死について面白味求められてもお手上げだよ。バレても大丈夫だ。組織名出しゃ干渉してこなくなる」


 言葉の真意が見えずに片眉を上げる針裏に、龍崎はおもむろに諦めたような顔になる。


「Apparition Measures Stations……略してAMSだ」


「幻影対策局?」


「直訳じゃあな。AMSの和名は人外対策局。組織の存在自体が秘密だから、隠語みたいに略してなんのこっちゃな形で書類やらなんやらに書いてあるんだ。警察とは仲が悪くて、こうしてわざわざ大学の監察医にまで訪ねてきてるわけ。あとまあ条件もいろいろとあんだけどよ」


「人外? なんスかソレ。警察に嫌われてる秘密組織? 何その厨二設定。その変なのに僕が条件クリアでご指名いただきましたとさ。めでたしめでたし……とはいくわけないっスわ。冗談はほどほどにしてくれないと、本当に断るっスよ」


「本当だよ。お前に断られたらガチでやばいし。日本で条件クリアな法医学者(仮)(かっこかり)はお前しかいないんだよ。条件クリアがもう一人いるけど、警察と仲良しこよしでね。さっき言った通りで組織間の関係が良くねぇから頼れねえんだ。警察と同じで人を守るって目的でありながら、光と影みたいな両極端な位置に居やがる。俺が働いてんのはそんな面倒なとこだ。いいだろ、金なら弾んでるんだ。足りねぇならもっと色つけろって頼むし」


「更に意味解んないね。でもまあ色は遠慮せずもっとつけてもらうっスよ」


 そして五本の指を立てる針裏。


「五十か?」


 横に首を振る。


「は、五百? おいおい勘弁してくれよ桁が違う。出せていつもの倍くらいだ」


「ま、半分冗談。四十万出せるなら六十万は出せるでしょ」


「半分本気かよ。何ちゃっかり最初の要求から更にニ十万アップしてんだよ。……ったく、俺が減給されんだぞ。三倍ってキツイぜ?」


「僕ちゃんには関係ないんで〜」


「二十歳越えの男が僕ちゃんはないわ」


「聞っこえなーい。くれるんスか、くれないんスか? 早く返事してくれないと、こっちだって暇じゃないんスけど」


 針裏の視線を受けながら、龍崎は乱暴に後ろ髪をかきむしる。思考する素振りの末、やがて苦々しい顔で舌打ちした。


「ああもう分かったよ。六十万だ。やってくれ」


「はーい。今日の仏サンはどんなんスかねぇ〜!」


「何楽しそうにしてんだ。一応医師免許の取得者だよな……? そんな奴が死体前にウキウキとか危なすぎんだろ」


「やだなぁ、ただ普通じゃ診れない物に触れ合えるっていうこの状況に酔ってるんスよ。健全健全」


「ふーん。特別である事の優越感とか興味ないタイプだと思ってたわ」


「無い無い。あるのは未知の何かに干渉できるかもしれないっていう高揚感のみっスよ」


「筋金入りの学者気質っていうかなんていうか。助教授が似合わねえな」


「助教授って呼び方はもう廃止されたって何回言えばいいんスか? 准教授ね」


「はいはい。にしてもサボりまくってるくせにクビにならないたぁ、その准教授とやらは随分緩いな」


「朝は苦手なんスよ。だからこうして遅刻しないように大学に泊まりっぱなしなんじゃないスか」


「風呂に入れ。着替えて服も洗濯しろ。夏に入らないのはやベーぞ。汗臭いのなんのって。白衣にカビでも生えてくんじゃねえか?」


「酷いなぁ。でも食事はちゃーんと一日一食は食べてるんスよ?」


「どこで何を?」


「ここで唐揚げ弁当とか豚の生姜焼き弁当とかを」


「人間やらその他の生物やらの亡骸の前でよく食えるよな。血生臭くてかなわねえぞ、この部屋は。しかも血とか肉の腐った激臭で俺の鼻が腐敗しそうだ」


「そう? 鼻が慣れたのか全然感じないや。何事も慣れっスよ」


 顔をしかめる龍崎に対し、針裏はヘラヘラと出前でとっていたらしい牛丼を食べ出す。


「昨日の夜頼んで食べるの忘れてた。やばいやばい」


「よくもまあ牛の生首の前で牛丼食えんな。その図太い精神力羨ましいわ」


 冷気立ち上る牛の頭は白く霜が覆っている。本物なのだから当たり前だが、今にも息を吹き返しそうな程リアルだ。


「ああこれ? 解剖の授業で目玉を使うんス。別に首ごとは頼んでないはずなんだけど、今日持ち込まれた時には頭丸ごとだったんスよ。午後の授業で使うから今は解凍中」


「……俺絶対無理だわ解剖とか」


「頼んでないっスよ」


「はいはい邪魔者は退散しまーす。いつも通り明日葬儀屋と一緒に来るから、そん時までに宜しく。ああ、後四十万以外の金は手渡しでいいか? バレたらいろいろと俺の方が損あるから、後の二十万は自腹だ」


「わー仕事熱心。もし人外対策局だかを辞めたくなったらうち来たらどうっスか? 切り刻ませてくれるだけで四桁は出すっスよ。生きた人間はなかなか手に入らないんで」


「闇ぃぞ、お前」


 引きつった笑みで「遠慮しとくわ」と言い残し、部屋から龍崎は出て行った。もうない彼の背中に向けて、


「……闇ぃのはあんたの方っしょ」


 と呟いた。机の上にはいつの間にやら二十万が積まれていた。


「なんで二十万もピン札で持ち歩いてんスか。絶対百万の札束ごと持ち歩いてるっしょ」






 *






「はーい、お迎えに参りました」


「その葬儀屋も人外対策局とかなんとかの中にある部署かなんかっスか?」


「まあな。こんなんいちいち一般の葬儀屋に任せてたら何かと問題だろ。で、死因はなんだった?」


 顔の横で立てた親指を背後の出口へと指し示し、喪服を着た二人に遺体を持っていけと指示を出す。針裏は研究室に残った龍崎に一枚の紙を渡した。


「後ろから心臓に一突き。他の外傷も認められないし死因はそれでしょ。ただ、気になったのは傷口に鱗粉が付着していた事っスね。死んだ後に止まったのかなとも思って調べたんすけど、蛾や蝶に一致するものは無かった」


「ほーん、やっぱ見えんのか」


「は? ……それと刺した時の角度だね。一八七センチの筋肉質な男子高校生に対し、上から振り下ろしてる。って事は身長が男子高校生よりも大きい可能性が高い」


 チラリと龍崎を見やるが、驚く様子も無関心な表情もせずに二本目のタバコを出し始めた。躊躇なく今度は手から毟り取り、口では説明を続ける。


「背が同じくらいなら胸の前で構えた方が安定するし、小さければ下から突く事になる。振り落とすにしたって自分よりも高いと、ここまで力が入んないもんスよ」


 ここまでを口にし、針裏は意味深に龍崎の瞳を覗き込んだ。


「まあ、その辺は専門外だから確かな事は言えないけど、一体どんな巨人に刺されたんスかね。それにこんな屈強な男子高校生を狙うなんてね。ラグビー部なんしょ?」


「かなり強かったらしい」


「ガタイがいいだけの奴じゃなくて良かったね。にしても、後ろから一突きで心臓を刺すなんて、まぐれじゃなけりゃプロの技でしょ。完璧な一突きである事から確かな殺意を感じるし、凶器持ち歩いてるとか計画的っぽいし」


「ほう。なんで一突きだと確かな殺意だと感じるんだ? 計画的だとしたら、怨恨だとして何度もグサグサ刺すのが普通なんじゃないのか?」


「ケースバイケースっスよ。一概には言えない」


「ふーん、そんなもんか。でもまあ、それは人間相手だったらの話だな。その鱗粉の正体も俺なら知ってる。角度の問題もな」


 針裏は興味深そうに「ほう」と目を見開いた。しかし龍崎はそれきり口を開こうとしない。ニコニコと年齢に釣り合わない屈託のない笑みを浮かべたまま、背もたれのない木の椅子に猫背で腰掛けている。

 影のなさが逆に嫌味に思えて苛立ってくる。


「……そこまで言っといていきなりお口チャックとかズルくない?」


「お前に知る権利はあるが、どうせ信じねえだろうからな」


「なんなんスか。なんでもいいから早く言っちゃってよ。気になるし」


 せっかちな彼の貧乏揺すりを見ながら数秒間渋い顔で唸った後、観念したように話出した。


「でっけぇ蛾の妖怪だよ。俺らはそういう化け物は全部人外って呼んでんだ」


 しばらくの沈黙の後、水道の蛇口から水滴が滴り落ちる音をきっかけに会話を再開する。


「見かけはダンディなおっさんなのに、脳内はブラックファンタジーかぁ。こりゃ奥さんも幻滅っスね。いいネタどうも」


「ほらみろ信じない。……適性が出てるくらいだ。幽霊くらい見た事あんだろ」


「幽霊? あんなの幻覚っしょ。まさかAMSはそんなん相手にしてるとか言わないっスよね?」


「大真面目にそう言っちゃうんだなぁこれが」


 思う存分馬鹿にしたように絶句した後、哀れみの視線を向ける。しかし龍崎は「ケッ」と不貞腐れるだけだった。その反応に、嘘ではないのだと悟る。


「僕ちゃんってば、今まで化け物に殺された人達を解剖してたの? それなら不可解な点ばっかだったもの一つ一つの辻褄が合うけど……」


「ああ、ガチだ」


「近い何かにこじつけろって言われてたから適当にそうしてきたけど、もしかしてあの酷い爪痕があるの熊じゃなくて化け物だったとか言うスか?」


「そうなるな。人外の存在も隠蔽するには、死因を人外にしちゃ駄目だろ。口止め料も含めてこの額なんだよ。最初に契約書にサインさせたろ?」


「口外すると?」


「この先の人生を死ぬまで社会の地下で過ごすか、ほとんどは命の保証はできないな。お前も、その他言した相手も」


 龍崎の眼光に殺意が宿る。背筋に冷気が走り、血管の中の血液も凍りそうなくらいに体感温度が一瞬にして数度下がった錯覚を起こす。


「……ははは、ははっ」


 感じた事もない感覚に、自然と笑い声が口の端から漏れた。


「そんな鋭い殺意向けられると、ただ者じゃない事を認識しちゃいそうっスよ」


「伊達に命のやり取りしてる訳じゃないからな。何せ隠蔽体質の秘密組織だから。犬猿の仲であろうと警察とは太いパイプで繋がっているし、一般人の死なんて些細な出来事でしかない」


「あはは。僕は龍崎サンに背後から一発で仕留められないように、体も程々に動かしておこうかな」


「口を動かさないようにする方が手っ取り早いと思うんだけどな。流石変人はする事が違う」


「褒め言葉として受け取っておきまーす」






 *






「よお」


 そう言いフランクに入室してきたのは、龍崎と生真面目そうで緊張しているのがひしひしと伝わってくる青年だ。


「……今日は男連れ? 奥さんいるのに実はそっち系なの? こんなとこにデートに来るとはすごいチョイスっスねぇ。ああ、お忍びだからか。へぇ、年下のこういう系が好きなの?」


「馬鹿言え! この前迷って新宿二丁目行ったらモテモテだった話を誰かから聞いたのか!?」


「……残念ながらオネェの街に踏み入った話は自爆(はつみみ)っスよ。こんなヒゲ面の何がいいんだか」


 咳払いの後、龍崎は改めてと隣の男性の紹介を始めた。


「今日からこいつが俺の代わりに書類を持ってくる、四ノ宮(しのみや)(けい)。新人だからお手柔らかに頼む」


「よ、よろしくお願いします!」


 紹介があった直後に勢い良く礼をする。腰の高さよりも低く下げられた頭を軽く二度叩く龍崎。


「まあこんなクソ真面目な奴だ。圭、こいつには解剖されないように気をつけろよ」


「は、はい……? か、解剖!?」


「嫌だなぁ龍崎サン。解剖オタクの危ない奴だと思われるじゃないっスか。一応誰からかの依頼を受けて仕事でやってるんですけど。ねぇ、四ノ宮?」


 自分を呼ぶ声に聞き覚えがあり、四ノ宮は下げていた頭を上げ、初めて針裏の顔を見た。


「……ん、あれ、針裏じゃん!? き、緊張しすぎてて気づかなかった……! 不覚だよ!」


 大股で三歩後退り上半身を仰け反らせている。顔までうるさく驚きを表現していた。


「え、なになに、知り合いなの?」


「高校時代のクラスメイトなんスよ」


「そんな他人感出さなくてもいいじゃないか! 親友でした!」


「素行不良の天才と生真面目な秀才が親友……これまたなんか奇妙な組み合わせだな」


「やめてよね。四ノ宮が勝手に針裏君針裏君〜って黄色い声上げながら物好きにも近寄ってきただけっスから。進学校には僕みたいなタイプが少ないから浮いてたんで、偽善的に点数稼ぎかなんかをしにきてたんでしょーよ」


「んなっ……! そんな風に今まで思ってたの!? 全く、針裏はどこまでも捻じ曲がってるよ。斜に構えすぎている。もっと素直に人の気持ちを受け入れる事も必要だよ!」


「説教くさいところもそのままっスねぇ。この場においては一応僕の方が立場上ちょっとでもすっごくでも上だと思うんスけど?」


「で、でも! 今まで通り駄目な事は駄目だって言わせてもらうからね!」


「……勝手にしてくんさーい」


 数年のブランクなど感じさせないくらいに、高校時代に一瞬で戻れる。これが親友というものだった。


「にしても相変わらず大袈裟っスねぇ。秘密組織の人間がこんな鈍感で大丈夫なんスか? それになんで四ノ宮は人外対策局なんかに就職? 成績優秀かつ文武両道、優等生で家は金持ち。そんな環境で育ったお坊ちゃんなのに。警察組織でキャリアとしてバリバリ働くんだとてっきり」


「警察ではなくAMSに入った理由は、俺にしかできない事だからってだけだよ。……それに、俺にはもう親なんていない」


「いない?」


「高校を卒業して、大学生活にも慣れてきた一年生の初夏の事だった。人外に両親と妹を殺されたんだ。大学を卒業してから普通の会社員をやってたんだけど一念発起。所属を決めて、一年の訓練期間を経て今だ。天才の君とは違って、まだまだ俺はペーペー。でも、精鋭隊の龍崎隊に所属してるんだ」


「おいおいそんなに褒めんなよ? 針裏には言ってなかったが、俺は副局長目指してんだ。白砂の奴に負けらんねえからな。人外皆殺し計画頭の中に抱えてるような過激派だぜ? いささかやりすぎじゃないかね」


 重く暗くなった空気を変えようと、龍崎は窓を開けて換気をするかのように話題を変える。


「なんであんなに人外を憎んでいるんでしょうか? その気持ちは分からなくもないですが……」


「理由は俺らが退魔師になったのと同じだろ。にしても憎しみを原動力にできるのってすげーな」


 龍崎のなんとも言えない複雑な表情を見て、四ノ宮は「何故ですか」と疑問を正直にぶつけてみる。


「感情って、時間と共に風化していくもんだろ。そりゃ個人差はあるだろうけど、俺は腹を立てるような事があったって、寝て起きりゃもう忘れてるよ」


「……怖いとは思いませんか? 感情の風化が。家族を殺された時に感じた悲しみや怒りが無くなった時、ふと気づいた時にその死すら忘れていた時、自責の念が湧いてきます」


「いいんだよそれで。人間はそんな風にできてんだ。責める必要なんてねえよ。いいか、憎しみを原動力にするのはやめろ。堕ちるぞ(・・・・)?」


「……はい」


 ゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえてくる。堕ちるとは一体なんの事なのかも分からず、二人の緊張感ある会話を静観していた。しかし沈黙に満たされた三秒間の後、見兼ねて針裏は口を開く。


「ちょっと。神聖な研究室でお通夜モードはやめてくれるっスか? 挨拶に来ただけならさっさと帰んなよ。四ノ宮とは知り合いだから何も心配する事ないだろうし」


「し、知り合いって、俺達は親友じゃないの!?」


「人との関係性に名称は要らないでしょ。面倒だなあ」


「お前ら見てると心配しかねえよ……」


 とは言ったものの、高校時代の同級生と再開し、針裏もいつもより幾分か表情が柔らかい。四ノ宮にはある程度気を許しているのだと確認でき、大学准教授である彼と人外対策局との関係は良好に保たれそうだと安堵する。


 ――行く行くは良いコンビになるかもな。


「これをきっかけに針裏もうちで働くか?」


「お断り」


「ダメだったか〜。その方が手間も金も浮いて良いんだがな」


「嫌がらせとして手間は抜かせないし、金だって毟り取れるだけ取ってやるつもりっスよ」


「おい四ノ宮〜、お前の親友イイ性格ね」


「はあ……すみません……」


 今後の四ノ宮の気苦労の多さは知れなかった。

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