No.5「過去と未来の祈り」
普通の学校生活を送りながらも、人外対策局に所属している以上は訓練も並行して受けなければならない。
「やあ久しぶり!」
右京が六人へ手を振ると、口々に挨拶を返した。
「それじゃあ早速、この前の予告通りに君達の体力から測ろっか!」
そして誰もが学生時代の四、五月あたりにやっていたであろうスポーツテストを半日でやる事になったのだった。
「あ、ありえねぇ。こんなに体動かしたの久しぶりだ」
夜斗が地面にへたり込む。
「オレもだぁ! そういや夜斗って、部活とかで元から鍛えてたのか?」
「まあな」
「へぇ、何やってたんだ? オレはバスケ部だった!」
夜斗が微妙な顔をした。答える事を渋っていたが、やがて口を開いた。
「帰宅部」
「へえ……帰宅部、か」
「哀れんでんじゃねぇよ。その目やめろ」
「違うって。慈しんでんだよ」
「慈しむのは自然だけにしとけ」
信太がその返答に偽の慈愛に満ちた菩薩のような目で頷いた。そんな視線を向けられた夜斗は眉根を寄せて威嚇するが、信太にさらりと言い返される。負けじと反撃すると、爽やかにアルが現れる。
「皆もうへばってるの? ボクはまだまだいけるよー!」
「お前は体力底なしかよ」
夜斗が引きつった顔で呟く。すると彼は満足そうに笑った。
「戦いにもアレにも持久力って大切でしょ?」
「アレってどれだよ。てか佐久兎いなくね?」
信太の言う通り、近くには佐久兎が見当たらなかった。近くで水分補給中のティアがその疑問に答えてくれる。
「佐久兎はシャトルランの途中に倒れて、今は医務室だよ」
「あんた達気づかなかったの? まあ、そりゃそうよね。こいつら、絶対最後まで残ってやるってすごい勢いだったじゃない。周りを冷静に見れないなんて、戦いに不向きよ」
「なんだとこの性格ブス!」
「何よこの万年不機嫌野郎!」
「あーあ、また始まったよ。お前らこそ、協調性がなくてどうやって組織に馴染んで集団行動する気なんだよ」
信太の言葉に、愛花と夜斗の心にヒビが入る。年下で一番の馬鹿だと認定していた人間に、痛いところをつかれるというのは精神的に強いストレスを感じるものだった。
「信太って、この二人より大人なところは大人だよね」
アルの言葉に、二人の心のヒビが更に広がる。
「はいはい、お終いにしてね。じゃあこの腕時計型の制御装置つけて。それは前に行った通り、戦う上で必要な変身道具だと思ってね」
気づけば右京の隣に佐久兎も戻ってきていた。右京から不思議な機械を一人に一つずつ渡される。
「佐久兎、大丈夫なの?」
「ちょっと熱中症気味だったみたい。……で、でももう大丈夫!」
その返答に良かった、と笑顔を浮かべるティア。その間にも渡された物を利き手ではない方の手首に制御装置を装着する。
「変身道具って、なんとかライダーみたいにベルト型なのかと勝手に思ってた!」
「信太君の言うとおり、制御装置はなんとかライダーとかなんとかジャーのあれね!」
信太の質問に答える右京が、あまりにもアバウト過ぎる解説をする。手首に固定するためのバンド部分には光が走っている。四角い画面には何も映らない。いかにも近未来的な機器をはめるが、特に変化はない。
「あれ、なんもなんないじゃん」
と、信太の声を聞いた瞬間だった。
突然どこからか音声が鳴りだし、目の前に[0/100%]と出る。空中に文字が現れたのだ。触れてみようとしたが、すり抜けてしまい触れられない。
『個人情報を取得します』
「な、なんだこれ……! どっから声が?!」
信太が皆の混乱を代弁してくれた。すると右京が笑いながら解説を始めた。
「直接脳に声が届いてるわけじゃないよ。ほら、片耳に無線機がついてるよね? そこから機械の声が聞こえているんだ。目に見えているのは、その機械から出ているホログラム。すごいよね、これ! 画面の大きさは無限大になったんだ」
今の時代にこんな事ができるというのだ。近年科学の進歩は急速に発達し、生活を豊かにしている。まだ遠い未来の事だろうと思っていたからか、感慨深いものがあった。
「そろそろ一〇〇パーになったよね? そこでなんだけど、ここからは戦術についての説明をするね。体力テストの結果的には、佐久兎君以外は何を選んでも問題がない事が分かった。だから他の五人には選んでもらうね。もう一度説明するけど、まず人外対策局の戦闘員、つまり退魔師には大きく分けて二種類いる。まあ詳しくは三つだけど、初心者には関係ないから省くね。主に近距離で戦う型の人は刃物を中心に、中長距離で戦う人は銃を使うんだ」
そう言って取り出したのは日本刀と拳銃だ。初めて見る実物にギョッとする。
「それでも、基本的に刃物を扱う近距離戦闘員……つまり前線で戦う事を選んだとしても、銃も使えるようになる事が必須になる。戦闘においては飛び道具の方が良い事もあるからね。まあ、俺は使わないけど! 中長距離には味方の援護が主になってくる。ちなみに中長距離で刃物を扱う人はほぼいないね。って事であくまで希望として、選択をしてもらわないといけないって事でーす! 中にはやっぱこっち向いてないやって移る人もいるし、こればっかりはやってみないとなんともね」
「私は近距離!」
間髪入れずに答えたティアのその言葉に、愛花と夜斗が怖い顔をする。それは死に急ぐなという意味だった。
そして夜斗も負けじと即答する。
「俺も」
「はあ? 夜斗はともかく、ティアは後者の方が絶対向いてると思うんだけど」
「なんか愛ちゃん怖くない……?」
「はあ……。じゃああたしはあんた達を早死にさせないように援護するわよ。中長距離だっけ」
「オレは判断能力とか周り見るとか苦手だから、目の前の敵に全力投球って事で近距離!」
「ボクは〜……」
ティア、夜斗、愛花、信太の順で選ぶが、良くも悪くもノリで即決めてしまいそうなものなのに、驚いた事にアルが悩んでいた。
「アル君は体力も能力もある。近距離でもいいと思うけど、冷静で視野が広い君はどっちにも向いていると言えるよね。でもとりあえず近距離にしたら? 近距離を選べば、銃も使いこなせるようになるし。……君は三つ目に該当されそうだね。でもまあ、それは訓練生を終えてから分かるよ」
「じゃあそうします!」
「はい、じゃあ決まったので! わーい合宿だよ」
右京の言葉にアルと信太以外が凍りつく。これでお開きだと思っていたのに、この先もまだあったのだ。
「い、今までので疲れたんすけど……」
「何甘い事言ってるの夜斗君。このバカでかい局内には訓練施設が豊富だよ! 楽しいよ」
「いえーい!」
「やったな!」
ノリノリの右京についていける者など、あの体力バカと、ただのバカだけだった。
*
現在夜九時。夜食を済ませた右京隊は警戒心を解かないでいた。訓練だからこそ、いつどこで誰から襲われるかも分からないのだ。もちろん襲われる事なくただのキャンプなのかもしれないのだが、何も言われていないからこその緊張感がある。
「本当にこれが訓練?」
信太の疑問は最もで、訓練の内容は局の基地内にある森で一晩を過ごす事だった。
「まあまあ、悩んでてもしかたないし今日泊まるテントを決めよっか!」
アルのその言葉でピシッと空気に亀裂が入った。それは右京の「いつもと同じ部屋の人じゃない人にしてね」という言葉が理由だった。女子は二人しかいないのだからここは崩さなくていいだろうと愛花が反論したが、「実戦では何があるか分からないんだから、贅沢な事言わないの」といいくるめられ右京はどこかへ消えて行ったのだった。おそらく自分は寮でエアコンをかけ快適にすごしているのだろう。
「はーい、ここに六本の割り箸がありまーす! 色をつけたので、同じ色の人とペアを組んでください!」
アルの言葉で渋々皆が割り箸を選び、掛け声に合わせて引く。結果はアルとティア、佐久兎と愛花、夜斗と信太という組み合わせだった。あえてノーコメントを貫くが、信太は空気を読もうという努力はしなかった。
「オレ、アルかティアかいつも通り佐久兎がいいな……」
「どういう意味?」
残された愛花と夜斗がすかさず食らいつく。ハモった声音が更に怖さを増す。これだから嫌なのだと心中で呟きながらも一応謝った。
「はいはい、んじゃー寝ましょうね!」
アルの言葉を合図にそれぞれのテントに散った。佐久兎は愛花とペアになり、いつも以上に緊張していた。何か失言をし、それが逆鱗に触れたらと思うと気が気ではなかったのだ。
「……ねぇ佐久兎」
「な、何?」
「あんた、なんでいっつもおどおどしてるの?」
背を向けて寝ていたが、話している相手に背を向けるのは失礼だろうと、お互いに仰向けになる。
「なっ、なんでって……。うーん、なんでだろ……」
「もうっ、うじうじうじうじ! ハッキリしないわねぇ、ウジ虫か!」
「え、えぇ……ウジ虫はひどいよ」
「あんたって普段からあんま喋んないっていうか、影薄いからよく分からないんだけどさ。中長距離戦闘員として……その、これからよろしくね」
「よ、よろしく!」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」
不器用同士の会話はすぐに終わってしまった。そして今日もうまく喋れなかった、と心の中で自己嫌悪に陥る佐久兎。言葉はキツくても、愛花は根は良い人なのかもしれない気づかされた瞬間でもあった。
*
「……ボクさあ」
呟くような声音に、ぼうとしていたティアが視線をアルに向ける。すると彼はそれをキャッチして、ティアは起き上がり正座をする。それにつられて起き上がった。
「どうしたの?」
「空にすっごく憧れていた時に、自分は飛べるんじゃないかと錯覚してしまった事があるんだ。今考えるとすっごく子供の考えっていうか、アホだなぁ〜って思うんだけどね! あはは」
いつもと違うアルの静かな声。自分自身を探るような、口にする事で何かを確かめようとしているような、そんな危うさがあった。
「両親が亡くなった時に、お母さんとお父さんのように死んでしまったら、どこへ行くのかって訊いた事があったんだ。そしたら、空の上に飛んで行くんだって言われてさ。それで考えた。確実に死んでしまう高さの建物から飛び降りたら、その数秒後には死んでしまう。だったら、一度落ちて死ぬという行為が、無駄だと思ったんだよね」
ティアは黙ったままただ耳を傾けた。
「うん。だから死ぬという事自体が要らないと思った。……って事は死の対である生というものにもきっと意味は無いんだと思ってたんだ。子供の時の考えだから、かなり突飛で筋も通ってなくて意味分からないと思うけどね!」
「んーん、少しだけど理解できる」
「本当? 初めて少しでも分かってくれる人に会えたよ。それでさ、そんな無駄な手順を踏まなければならい理由を知りたくて、ある日小学校の屋上から落ちてみようと思ったんだ。ただの好奇心。でも、いざ落ちようとしたら怖くって体が震えたよ。そこで死ぬという事の意味が解った気がしたんだ」
遠い目は一体何を映しているのだろうか。懐かしむような視線が、少年時代の儚さを含んでいた。
「死を乗り越えなければ……死ねないんだ。生きてるって事は死への恐怖を乗り越えるための必要な時間とか、人生の学なのかもしれないなって。だから俺は、老衰じゃなくて病死でも事故死でも殺されたって、その死ぬ瞬間までは生と向き合っていたいと思ったんだ。それまでは死とは向き合わずに、逃げていたいんだ。せめて追いつかれるその日までは」
「精一杯生きるって事?」
「そう。間違いだったとしても、俺の行き着いた答えはそうなんだ。……ティアは間違っていると思う? この生き方を」
アルの真っ直ぐな目がティアを捉えて離さない。決して逃げる事を許してくれそうにはなかった。
「間違ってなんかいないと思うよ。アルが死と生についてそう考えているのなら、それがアルにとっての正解なんだよ」
「そうかな……。……うん、そうだね。ありがとう。もっとちゃんと自分と向き合えそうだ。最近ちょっと不安だったんだよね〜! 皆と出会ってからは、死が少し怖かったんだ。……死んだら、置いて行かれちゃいそうでさ」
アルが微笑むと、ティアも微笑み返した。いつもどこか達観した笑みを浮かべている彼。自分と似ているからこそ、ティアには通じ合う何かがあった。
「そうだね。皆には生きていて欲しいなぁ」
「またそうやって。皆にはって言うと、皆怒るよ。勿論、ボクもね。皆にもじゃないと、意味がないんだよ」
「うーん、そうかも?」
納得した様子はなく、はぐらかそうとするティアにまた声をかけようとする。しかし遮られてしまう。
「それよりアルって、自分の事を俺って呼ぶんだね。途中、一人称がボクじゃなくて俺だったよ」
「……え? あれっ?!」
今まで気づいていなかったようで、ティアはおかしくて笑った。完璧そうに見えていた彼の本当に慌てる姿は、とても新鮮なものだったのだ。
「真剣な時とか、たまになんか勝手に俺って言っちゃうっていうか……! でも『ボク』の方が怖がられなくていいかなって。小学校の頃に怖がられてたから」
「アルが? ……うーん、小学校の頃にこんな事を考えられるほどの子供だったなら、頭が良かったんだろうなぁ。でも怖かったのかぁ。想像つかないなぁ」
「今のボクは胡散臭いって言われたりするからなぁ。なんでだろ、かなりショック〜」
「あっはは、胡散臭いって言われたの? それは距離の取り方が上手すぎて近づけないからじゃない? ほら、掴み所がないって感じ」
「そういう事?!」
ティアの笑い声がテントに響いた。つられてアルも笑い出す。ひとしきり笑った後、ランプをぼうと見、視線を落とした。
「だけど、やっぱり皮肉だなと思う事があったんだ。そもそもどうしてできない事までも、人間は夢に見てしまうんだろう。それをボクは、酷くくだらないと思ってる。羽もない魚が大空を飛ぼうとするくらいに無謀な事を、人間は夢見続けてきた」
そして、と言葉を続ける。
「今では様々な形で叶えた。でも海の中でなら誰よりも美しく舞う事ができるのに、わざわざ見苦しく空でもがこうなんてボクには納得できないよ。欲まみれで、背伸びしすぎで、いつでも見苦しい」
その言葉は正しくて。
正しいだけで、冷たかった。
「それでも人間は、成功だって数多くしてきた。数百年も前の理想が、現実になっている事もある。そう考えたら、人が生涯を終えたとしても意思として世界に残留して、いつか自分じゃない同じ夢を見る誰かが、夢を叶えてくれると言えるのかもね。どんな突飛な夢でもいろんな人の夢見る力が合わさって、現実にしていくんだろうね」
おもむろにティアを見やり、ふっと笑う。
「人の意思って、すごいと思わない?」
問いかける彼の言葉は、少しの希望と、人一人の小さな力の無力さを痛いまでにはっきりと表していた。
「ボクには先は視えてしまうけれど。人が何の為に産まれてきたのかなんて、一生解りませんように」
「……私とアルとは対だね。これ以上、暗い過去は作られませんように」
何が対なのだろうか。きっとこれはまだ二人の秘密。
*
「なあ、信太。お前って両親とも亡くなってるんだよな」
話し始める前に、静かに確かめた。扱いづらい話題だが、こんな事もないと訊けないだろうと思い切ってみたのだ。
「おう? なんだよ、いきなり」
「祖父母に育てられたんだっけ。どんな人達なんだ?」
「ばあちゃんは料理がうまくって元気でさ。なんでもタフにこなしちまうようなスーパーおばあちゃんだな!」
「な、なんだそれ……」
夜斗の頭には筋骨隆々のお婆さんの姿が思い浮かんだ。
「じいちゃんは毎朝乾布摩擦してて、いっつもニコニコしてる心の広い仏みたいな人だな」
仏という言葉に、安らかな死に顔と仏壇を連想させられた。
「……仏? まだ生きてるんだよな?」
恐る恐るそう問いかける夜斗に、信太の表情が引きつる。
「あったりまえだろ! 勝手にオレのじいちゃん殺すなよッ!」
「だってなんか仏って引っかかったんだよ。歳も歳だろうしさ?!」
「なんて事言うんだお前! 失礼にもほどがあるんじゃねぇか?!」
「仏って死んだ人の事じゃねぇのか?! 神様とか……もっと他の喩え方があっただろ?!」
「じゃあ、仏像……かな?」
「お、おう……」
仏像ならではの響きの重さに言葉の慎重性が増す。
「とりあえずとっても優しい人達だな! そういう夜斗は親戚に引き取られたんだっけか?」
「今は一人暮らしだけどな」
「んじゃあ生活費とかはどうしてんの?」
「その親戚ってのが金持ちでさ。引き取った以上は社会人になるまで金は出してくれるらしい」
「なーんだ、いいとこのボンボンかよ。そんな好条件なのになんで一人暮らししてんだよ?」
「特に意味なんてない。ただなんか息苦しかったんだ、家族の輪っていうのが。その親戚には俺と同い年の子供がいてさ。性別も歳も一緒なんだけど、俺が親を取られるんじゃないかって思われてて仲良くはなかったな。それなのにたまに気まぐれかなんだか知らないけど、誕生日にはこのピアスくれたんだ。しかもお揃いだぜ?」
耳を信太に見せる。赤いピアスがランプの淡い光に照らされ、鈍く光っていた。
「それに学校に行ってない引きこもりでさ。だから俺が学校に行ってる間に、そいつと叔父さんと叔母さんとで出かけてる事多くて、疎外感があったりしたな。二人とも不規則な休みだったから、平日が休みの事が多かったんだ」
「へぇ、なんか複雑なんだな。んでそいつどんな奴なの?」
「呼斗っていう名前で、髪は女みたいに伸ばしっぱなし。それでも綺麗な黒髪でさ。性格は悪いくせに、目つきは幼い子供みたいにぱっちりしてる。背はちょうどティアくらいで、いっつもテディベア持ってたっけ。あと声も中性的だな。ただ、怒るとマジで怖ぇ……」
「それ、すっげー病んでね?」
引きつり気味の笑顔を浮かべる信太に、夜斗は激しく頷いた。
「なんか想像ができるようなできないような……。お前と似てるのは、名前と髪の色と性格の悪さくらいだな」
「ちなみに目の色も一緒で赤。自分で言うのは躊躇われるけど、性格は俺の方が全然マシだと思うけどな。それに同じ黒髪だから、俺は精一杯の反抗心で男っぽい髪型にしてるし」
「いっそ坊主に丸めちまえ」
「それ目つきの悪さが引き立つだろ」
「なんだ自覚あったのか! よかったよかった」
「よかねぇよ……!」
「でも前髪アシメって、全然悪い目つきをカバーできてないと思うけどな」
「これが好きだからいいんだよ!」
あっそ、と面倒くさいこだわりの話を切った。そして信太にとって一番訊きたかった事を遂に口にする。
「……SNSでたまたま夜斗の写真見つけたんだけど、ちょっと前まで金髪だったの? 不良?」
「……は? 出回ってんの?!」
「へーえ! マジだったんだ」
「うるさい黙れ掘り返すな寝ろ」
信太が黒歴史に触れたようで、夜斗はその後背中を向けて狸寝入りをした。スマホの光がテントに反射していた事は言うまでもないが、あえて触れずに信太も眠りに落ちた。
*
「やあ、ぐっすり眠れた?」
「右京さんの事だから、不意打ちで奇襲をしかけられるんじゃないかと思って気が気じゃなかった……」
「そんな緊迫した日々が続くかもしれない状況にも、慣れないといけないからね!」
「緊迫しすぎが続くと病みそうですよ」
こんなに喋るだけでも驚きなのに、流暢に不満をもらす佐久兎がとても珍しかった。
「佐久兎君は寝不足の方が冴えてるみたいだね。良かったら毎日夜更かしとかどう? その内悟りが拓けるかも!」
「冗談じゃないですよ。人間なめてるんですか? 毎日一時間くらいしか寝ないとか、気が狂うのも時間の問題ですよ」
「佐久兎君は今でもちょっと怖いから、気が狂ったらいよいよ手がつけられなくなりそうだね!」
一番の難ありで癖が強いのは、佐久兎だと勝手に決めつける他の五人だった。




