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No.56「失敗(どりょく)者」

「変装? ホログラムじゃダメなのか」


 潜入捜査。否、潜入退魔をする事になった名無隊と弘和。元より弘和は学校の生徒なのだが、仕事として学校に登校するのは初めてだった。しかし問題点がある。名無隊の六人は退魔師であるという事も、顔も知られているという点だ。


「そうだよ。夏祭りの時みたいに、ホログラム使うんじゃダメなの?」


 信太と佐久兎の疑問には、北海道支部所属の彼が答える。


「国内だけどかなり空気が違うんだそうです。気温とか湿度とかのその微調整が難しいって。歪んだりして綻びがバレれば、潜入どころじゃなくなるでしょ」


「じゃあなんだ。原始的にウィッグでもかぶれって言うのかよ」


「それか黒染めスプレーならありますよ」


「なんでそんなもんあんだ?」


「あるでしょ、迷走時代って」


 夜斗は瞬時に何事かを悟る。自分の過去と重ね合わせ、これ以上の追求はしない事にした。


「髪を黒くしただけでバレないものかしら?」


「元から黒髪の夜斗以外は余裕だと思うよ〜! 案外ボク達の印象なんてそれくらいだと思うし、なんか見た事あるけど思い出せないなって程度じゃない?」


「まあアルの言う事も一理あるけど、制服はどうすんのよ?」


「ここをどこだと思ってるんですか。人外対策局ですよ。準備なんて容易いです。明日、絶対に寝坊しないでくださいよ?」


 弘和の得意顔に、組織の権力とやらの利便性を感じた名無隊だった。






 *






「へぇ、オレってばブレザーの制服初めて着た!」


「俺も。中高と学ランだったから初めてだ」


「私は小中高セーラーだったから、ブレザー初めて着た!」


 信太、夜斗、ティアのブレザー姿は新鮮で、五人の黒髪と夜斗の赤髪姿も目新しい。見慣れない姿に違和感はぬぐいきれないものの、似合っていないわけではない。


「いつもと違う髪色も似合ってるね!」


 アルが楽しそうに鏡を見ている。かつてこんなにも楽しい任務があっただろうか。まだコスプレには見えない年齢だが、実質的にアルはあと数ヶ月で学生服姿はアウトになる。そんな彼に「そういえば」と夜斗が切り出す。


「進学するのか? てか受験生なのに勉強してねぇよな、お前」


「ボクに勉強なんてナンセンス。未来視の能力があれば、出題される問題もその答えだって全部()かっちゃうんだよ?」


「使う気かよ?!」


「当たり前じゃん! 努力してる人が馬鹿みたいだって言われた事あるけど、でもそんなのボクには関係ないもん。法律で禁止もされてないしね?」


 不正とは言えない不正。冗談半分のつもりだったのだろうが、弘和は気分を害していた。


「一応努力してる人の前でよくそんな事が言えますね。俺は毎日勉強して、毎日訓練しています。学校の事だって退魔師としての事だって、バランス良く抜かりなくやっているつもりです。結果がついてこなかった人を笑うのは違うと思います」


「笑ってなんかないよ。ただ、そういう事に関してボクは、努力する事すら許されていないってだけ」


「笑ってますよ。努力するのはアホらしいと思ってるくせに。特別な能力を持った人なんて、俺の気持ちなんか分かりっこないですよ。……苦労なんか、してこなかったんでしょうね」


 特別な力を持っているアルとティアに弘和は目を向けた。しかしティアは一切今までと変わらずに笑顔で立っていて、アルは対照的に表情を変えて自嘲気味な笑みを浮かべて座っている。


「君と能力を持っている人達はそんなに変わらないよ。むしろ平凡である方が幸せだと思うけどなぁ。……ボクはね」


 諭すような、それと同時に圧力をかけるような口調。しかし悲しいまでに優しい笑みだった。


「ふん、不幸面をするのは皆得意だもんね。だいたい、努力した人の何パーセントが成功をおさめたんだろう。……そんなもんだよ。成功者の数なんて」


「違うよ。一般的に努力して成功をおさめた人って言われているのは、自分が求める結果が出るまで努力し続けられた人達の事。ゴールは合格か不合格かの結果が出た時じゃない」


「でも努力し続けたって叶わない事だってあるだろ!」


「じゃあなんで君は努力をし続けているの?」


「それは……」


 安易に沈黙が生まれる。それは答えられずにいる弘和によって作られた、重苦しいものだった。


「人は、叶わない夢はみないらしいよ」


 そしてアルが空白に終わりを告げる。彼の声音はどこまでも深く、体に浸透していくようだった。


「叶えられる夢はみるけれど、絶対に叶えられない夢はみないんだってさ。皆、叶う前に諦めるんだ。努力が夢に見合う前に、勝手に見切りをつけてピリオドを打つ。努力についてや夢について疑問を持つ人がいるけれど、こんなにも白黒(たんじゅん)な事なんだよ」


「報われないのは、努力が足りないって事だって?」


「残酷だと思った? でもそうじゃない。努力なんて、一瞬でもすればした事になる。良かったね(・・・・・)? 君は失敗(どりょく)者だ」


 頑張るしか能の無い駄目な奴。弘和にはそう聞こえた。そうにしか聞こえなかった。悔しさ、羞恥心、遣る瀬無さ、怒り。ドロドロと感情が絡み合い、やがてそれは突発的な行動を起こさせた。

 頭一つ分以上も大きいアルの胸ぐらを掴み、殴ろうと振りかぶる。もうすぐ殴られるというのに、彼は嘲笑を浮かべたままだ。それが更に怒りを肥大させ、少し脅かすつもりだった行動は本気へとすり替わる。


「――――ストップ。ったく、朝から血圧高いなお前ら」


 夜斗が横から弘和の拳を掴み、寸でで止めた。他の三人はあたふたして見ているだけだったが、ティアは夜斗が止めてしまった事に惜しそうな顔をする。誰もそれには気づかないが、彼女はすぐに次の行動を促した。


「早くしないと遅刻しちゃうよ。転校初日に遅刻なんて、格好つかないよ〜?」


 平和な、しかしイタズラな笑みで背後の掛け時計を指し示す。すると慌てて皆が用意し始めた。


 登校するために道を歩いていると、驚きの光景が目に飛び込んでくる。なんと雪の壁が道のすぐ隣を占領しているのだ。


「ほあー、すっげぇ!」


 自分の背よりも遥かに高い白い壁を見上げ、好奇心から一撃お見舞いしてみる。雪にヒビが入ると予想していた信太だが、雪へ接触した部分をもう片方の手でさすった。


「ヒビ入れる前に、オレの手にヒビが入るってこれ!」


「当たり前でしょ。溶けて表面は硬くなってるんだよ。そんな事も分かんないの?」


 呆れたようにそう弘和が教える。悪意は全面的に聞き流して感心した事を素直に伝えると、またも信太の想像に反して彼は口角を下げた。


「頭良いな、お前!」


 ――スルーしたんじゃなくて、気づいてないだけか。……こいつ、随分おめでたい頭してんな。


 本気とも皮肉ともつかないあやふやな気持ちで、羨ましいなと思った。決して取るに足らない感情だったわけではないが、今は学校モードのキャラに気持ちを切り替えようとしていたのだ。皮肉に割く余裕はない。

 人外対策局に所属している事を明らかにする事は、この先もないだろうと思っていた。しかしこの六人があの謎の少年少女六人組である事が知れてしまったら、平穏な学校生活が崩れてしまうのではないかと危惧していたのだ。


 ――平常心、平常心。……そういえばこの六人、偽名はどうするんだよ。


 肝心な事に気づき、自分に自分でナイスと褒めてやる。自画自賛は精神衛生にはとても良いものだ。自己肯定感が得られ、自ずとプラス思考にもなる。ネガティブさは退魔師に向かないので、改善しようと努め導き出した彼なりの解決策だ。


「名前どうするんですか。まんまだと変装の意味ないんですけど」


 勝ち誇ったように彼らの穴を突つくが、すぐにそれは失敗で終わり、なんと反撃までし返された。


「ボクは赤石(あかいし)ウィリアム」


「お笑い芸人あたりにいそうですね」


「俺は黒崎(くろさき)(よる)


「この前の公開試験でテレビに出てた本部の直樹さんの名字ですか?」


「安直だけど、夜ったら黒じゃね?」


「あたしは榊原(さかきばら)桃花(ももか)


「それもこの前テレビで……。というか、ももかって似合いませんね」


「余計なお世話よ」


「僕は大金(おおがね)タカトかな」


「名前は強そうなのに実際ひ弱」


「うーん、私は(いずみ)ティナで」


「なんかバレそう。ギリギリな名前ですね」


「オレかぁ、全っ然考えてなかったなあ。じゃあ……ツキミザトヤマナシで」


「は?」


「いやだから、ツキミザトヤマナシ。オレの名字が月見里(やまなし)だけど、よくツキミサトとかツキミザトって呼ばれるから」


「にしても不自然すぎない? ヤマトタケルノミコトみたいな」


「似てなくないか、それ……」


 中学三年生組が腕組みをしながら眉間にシワを寄せ吟味し始めるが、ティアが何かを言いかけたのが聞こえた。しかしそれを聞き取る前に、おそらく彼女が口にしようとしていた事が起きる。


「いってぇッ!」


 弘和が電信柱にぶつかり、そのすぐ後ろを歩いていた信太も跳ね返ってきた彼から頭突きをくらう。二人共雪の上に倒れこみ、赤くなった鼻周りを手で覆い痛みに悶絶している。零度近い気温が更に患部の痛みを過敏にさせた。


「あぁあぁぁ……」


 見ていた側も痛みを覚えるくらいの大きな衝突音に、たまらず佐久兎が無事な自分の鼻を押さえた。しばらくのたうちまわった末、二人はゾンビのようによろよろと立ち上がる。あのタフな信太が一撃でげっそりとさせられるくらいの痛みだったらしく、文句の一つも言えずに借りてきた猫のように大人しくなってしまった。


「おい、信……」


 大丈夫かと口にする前に、夜斗の顔の前で開いた掌を向けた。ストップというジェスチャーに従い口を噤めば、呼吸を停止させ掠れた声で早口にこう言った。


「誰か早くティッシュ」


 四人がカバンの中を慌ただしく漁っている中、制服のポケットからティアがスムーズに取り出した。心配性だという要因による影響も少なからずはあるが、真面目で几帳面な性格が顕著に出ていた。

 ありがたく二人から受け取ると、ティッシュで鼻をつまむ。次第に滲んでくる赤い液体は鼻血だ。


「転校初日に格好つかねないね。ダッサ」


「誰のせいだよ……」


 弘和がせせら笑うが、こんな事になったのは彼のせいであり、前方不注意の自分のせいでもある。急く気持ちと止まる足。任務の行く末に暗雲が立ち込めていた。

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