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退魔師はただいま青春中です  作者: 花厳 憂(佐々木)
第1章:6人を繋ぐもの-1
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No.4「皆の中に」

「ねぇ、愛花ちゃんってあのテロ現場でテロリストを制圧した人でしょ!」


「どんなだった?! やっぱ怖いって思うの?」


 愛花の気など知らない、平和ボケしたクラスメイト達に囲まれる。土足で他人の心に踏み込もうとするデリカシーのカケラもない同級生に半ば呆れ、むしろ軽蔑していた。


「別に。なんとも思わないわよ」


 言葉にその心中の棘を表してみる。が、皆は「人外対策局に所属をしている桃井愛花」を見ているのだ。嫌味は全く通じた風もなく、興奮気味で更に詰め寄ってくる。


「人外対策局から今募集かかってるじゃん? 応募しようか迷ってるんだよな。俺に適性あると思う?」


「さあね」


 知った事か。自分に適性があった事にすら驚いている自分に訊かれても困る、と思いつつも適当にあしらう。


「いやー憧れる! 私も誰かのために何かできる事があるならしたい!」


 ――何その自己犠牲精神。ご苦労な事で。あたしからすれば代わってほしいくらいだ。そもそもこいつらは危険性を理解しないで、表向きの華やかさしか見ていない。そんな目立ちたがり屋の馬鹿か、良い人を演じたがる善人ぶった偽善者がいっきに世間では溢れかえっていた。


「俺も対策局に入れたら有名人だよなぁー! 将来有名人になったりして」


「じゃあ今の内にサインもらっとこうかな」


 そろそろ温度差を感じ取って欲しいものだった。毎日のように質問責め。何をするにも注目されて、できが良ければ流石人外対策局の人間だと言われ、できが良くなければ普通以上に落胆させる。

 好意的な人間はまだいい。敵意むき出しな人間からの視線が痛く、罵倒雑言を嫌でも耳にする事になる。口を開けば調子に乗りやがってと、自分の能力の無さから僻まれる。


 ――それは、あたしも変わらないか。


 彼女にはアルみたいに人との距離感を上手くとる事もできないし、この前たまたま夜斗の教室の前を通りかかった時に聞いたように、きっぱりと人に間違いを指摘したり迷惑だと言う事もできない。

 年下のティアのように笑顔で丁寧に人に向き合いながら応える事も、佐久兎みたいに頼りないキャラというギャップに惹きつけ、自分自身を見てもらう事もできない。


 信太のように馬鹿になって特に深読みをせずに正直に生きる事もできなくて、どうしようもないくらいに息苦しかった。

 やはりまだまだ人と馴れ合うのは苦痛で、なによりも怖かった。

 そんな自分が情けなくて、それが苛立ちとして表れる。自身に向けられたはずの怒りを許容できるわけもなく、必然的に外へ向かう。そんな未熟な人間だ。


「ねえ愛花ちゃん、今ってどこに住んでるの? 実家は?」


「人外対策局の人って怖い人多いの? いざ入れた時に人間関係ギクシャクするのは嫌だからなぁ……」


 ――ギクシャクしてるわよ。……何もかも、見透かされているみたいだ。


「私はティアちゃんと一緒がいいなぁ!」


 またティアの事だ。目の前にいる人間の事なんか、本当は眼中に無いのだ。


「あぁ分かる、ティアちゃん優しいもんな。この前転んでプリントぶちまけた時に、一緒に拾ってくれたんだよ」


 皆を惹きつけるのはティアだ。何故だろうと考えれば考えるほど、苛立ちは止まらない。制御しきれない感情が溢れ出した。


「……はあ、うっさいわね。毎っ日毎日、少しくらい自分の妄想は自分の中で完結させたら?!」


 勢い良く立ち上がり、そう言い放つ。静まり返る教室を後にし、胸が苦しくなるのを感じながら屋上まで階段をかけ上げった。


「……っくそ!」


 勢い良く屋上の扉を開けると、大きく外の空気を吸い込む。自然と涙が込み上がってきた。余裕の無さだろうか。頼りない自分への情けなさだろうか。目から溢れた雫は頬を伝い、コンクリートの上で滲んでいく。


「――――愛ちゃん、大丈夫……?」


 どうやら先客がいたらしく、気づかなかった事に驚く。しかしその声の主は愛花のよく知る人のもので、屋上の柵に腰かけて心配そうにこちらを見ていた。「愛ちゃん」と彼女を呼ぶのはティアだけだ。


「何してるの?! そんなところに腰かけるなんて危ないじゃない!」


「あはは、大丈夫だよ」


 そう笑う彼女の顔が悲しそうにも見えた。少しでもバランスを崩せば真っ逆さまに地面に叩きつけられてしまうのに。けれどそれよりも愛花は、ティアとはこんな時に一番会いたくなかったと恨んだ。


 ――あたしは憧れが嫉妬に変わってしまうような、そんな嫌な人間だ。いつもニコニコしていて、人には優しく接するティアは人からの人望も人気も高い。あたしは悪役にもティアみたいな良い人にもなりきれなくて、ただ自分が空虚な人間だと感じてしまい惨めだった。こんな情けない自分を見られてしまった羞恥心から顔が熱くなる。冷まされた熱が再び沸点に達した時、つい暴言が口をついて出てしまう。


「いっつも人の心配ばっかりしてヘラヘラヘラヘラ! この偽善者ッ! あんたなんか最初っから大っ嫌いだったのよ!! そうやって弱った人の心に漬け込んで、本当は心の中で嘲笑ってるんでしょ?!」


 本当は違う事を愛花も分かってる。ティアは本当に優しくて、困っている人にすぐ手を差し伸べられる強い人だという事を分かっているのだ。そのはずなのに、どうしても口から吐き出されるのは醜いものばかりだった。


 罵倒しながら強く瞑っていた目をゆっくりと開くと、太陽の光が彼女の背にあるせいで顔の表情がよく読み取れなかった。


「……あはは、そっか。それなのに今まで仲良くしてくれてたんだね、ありがとう。愛ちゃんは大人だね」


 理不尽な怒りを感情むきだしでぶつけているのに、それでもやはりティアは困ったように笑って、愛花の良いところを見てくれる。そんなティアと自分との人間性の程遠さや、自分の醜さに腹が立つ。しかしその感情も向かう先は、自分ではなくティアだった。


「なっ、なんなのよ本当に! あたしがこんな事言ってるのに悔しくないの?! 言い返しなさいよッ」


「……私は事実はひとつしかないと思う。人の受け取り方、見方次第でそれは複数あるような錯覚に陥ってしまうだけで」


 日の中で揺れる彼女の顔が薄っすらと浮かび上がる。優しい顔だった。雲のない優しい晴天のようで、穏やかな微笑みだ。


「だからね、愛ちゃんがそう思うならそれが事実なんだよ。愛ちゃんは正しい。でも、自分の言葉で自分が傷つくような事があったら、まずは他人を尊重しないで自分を大切にしてね」


 ――ティアは、あたしの本心に気づいているのかもしれない。あたしの本当の姿を見ていてくれたのかもしれない。去勢で弱い自分を攻撃的な言葉で守っている、そんなどうしようもない人間だと彼女は承知の上で、今まで平等に接していてくれたのかもしれない。いや、彼女の事だ。あたしをどうしようもない人間だなんて、これっぽっちも思った事はないのだろう。


「大切にできるものには限りがあるから、自分が後悔しないものを選ばなきゃいけない。悪い言い方をすれば、切り捨てなきゃいけないものが出てくるって事。……ねぇ、愛ちゃんは何を大切にしたい?」


「何って……」


「私は愛ちゃんの言う通り、ただの偽善者だよ。一番大切なものを守るために他の大切なものを切り捨てなきゃいけないのなら、容赦無く切り捨てる。ただの重荷になるだけだから。でも優しすぎる愛ちゃんはそれができない。重さに耐えきれずにこうなっちゃう」


「あたしが優しい……? そんなはずないじゃない」


 ――ティアの事は本当に優しい人だと思ってる。正しい判断が出来るからこそ、周りがよく見えているからこそ、自分では冷たい偽善者だと思ってしまうだけだ。


「こんな虚勢を張るだけのあたしとは……違う」


 ――でも、ここでティアに酷い事を言えば、それは今までと変わらない。繰り返しなんだ。言わなくちゃ。去勢じゃなくて。本音を。上手く言葉にならなくても、きっとティアなら全てを汲んでくれる。勢い任せに、言ってしまえ。本音を。


「ティア……ごめん。本当は、本当はティアが羨ましかったの。皆に囲まれてて……愛されてて。そんな憧れが嫉妬に変わってた。大嫌いだなんて、酷い事を言ってごめんなさい。心配してくれて、本当のあたしを見ていてくれて……ありがとう」


 また固く目を瞑る。今更謝ったところで、彼女に吐いた言葉はなくならない。何を言われても受け入れようと、覚悟をしていた。しかし、頭に温かく優しい感触があった。


「……私に憧れる要素なんてないのに。愛ちゃんには愛ちゃんの良さがあるんだから。愛ちゃんが私の事大好きでも大嫌いでも、私は愛ちゃんの事が大好きだから」


 いつもと変わらない、ティアの温かい笑顔が心にしみた。本当に温かかった。慈愛の心そのものに触れているように、冷たさを微塵も感じない。


「ティア、本当に、本当にごめん……!」


 目の前に立つ、自分よりも小さな女の子に勢いよく抱きつく。涙で視界が滲んでいるのに、今までよりも世界は鮮やかに色付いていた。


「く……苦しいよ、愛ちゃん」


 ――またヘラヘラ笑うティア。どうしてこんな子を嫌いになれるだろう。どうして、こんな子にあたしは勝てると思ったのだろう。


「本当にありがとう。今はもう、とても温かいよ」


 真剣に人と向き合って発する言葉だからこそ、人の心を動かせるんだ。こんなすごい人に嫉妬するなんて馬鹿気ていた。敵うはずがない。

 あたしが求めていた人の心の温かさに涙が止まらなくなっていると、ティアの両手があたしの頬を柔らかく包む。


「それとね愛ちゃん。他人の優れているところを自分と比較しちゃだめだよ! いつもいつもアルとかを見て自分と比べてるでしょ? その人の中の一番の良さに、自分の一番じゃないものが勝てなくても当たり前なんだよ。だから、皆それぞれにその人の一番(よさ)があるんだよ」


 一番の比較対象だったのはティアだ。そんなティアは人には人それぞれの一番(よさ)があると言う。自分の中の誰にも負けない一番とはなんだろうか、愛花は自分に問いかける。


「アルにはアルの一番優れている事! 夜斗には夜斗の一番優れている事! 佐久兎には佐久兎の一番優れている事! 信太には信太の一番優れている事! 愛ちゃんには愛ちゃんの一番優れている事が、ちゃんとあるんだよ!」


「うん、そうだね。ありがとうティア。……でも、ひとつ忘れてるわよ?」


 そう言うとティアは小首を(かし)げる。


「ティアにもティアの、一番優れている事があるんだよ!」


 彼女は苦しそうな、悲しそうな顔をした。しかしすぐにいつもの笑顔に戻る。


 最近少し分かった気がした時があった。彼女は危険だと分かりながらも組織への所属を一番に決めたり、さっきのように屋上の柵に腰をかけていたり危険な事をする。それはほぼ無意識で、危険だという自覚が無い。

 皆の事は大切にするくせ、自分の事はこれっぽっちも大切にしていない。自分を大切にしていないから、危機管理能力に乏しいのだ。


 ――彼女はやはり完璧ではなく、人より少し歪んでいた。


 彼女が抱えた愛情不足は、自分を顧みずに粗末に扱う行動と、人並み以上に周りを思いやり愛を注ぐ姿に現れていた。自己犠牲という言葉には、決して(ひとえ)にまとめられない。


 ――愛を欲した自分を他人に重ね、愛を欲する自分自身に尽くそうとしているのではないだろうか。それを自己満足だと思う。しかしきっと、これはただのあたしの憶測。ひねくれた思考の受け取り方がそう思わせただけで、事実はやはり優しく、強く、愛を与える事で周りからも愛される人なのだ。


 愛を振りまく彼女は、愛への見返りを求めていない。愛とはそういうものだ。どうしてそんなに他人の事に本気になって、助けようとするんだろう。そんな疑問を抱えた時、大切な事に気がついた。


 じゃあ、彼女の事は誰が助ける?


 いつも彼女が()の中に含めない彼女自身を、愛花は彼女の言う()から仲間はずれにしないように、誰よりも本当は危うく儚いティアをもっとしっかりと理解したいと思った。そして、ティアも自分の理解者でいてほしい、そう勝手に願った。


 もう寒くはない。本当に欲しかった温もりがもう隣にあった事を、やっと気づけたからだ。


 ティアへの感謝は言葉にはならなくて、代わりに涙がとめどなく溢れた。そんな愛花を、ティアはただただ笑顔で抱きしめる。


「皆の中に……」


 小さく呟いたその言葉は、きっと彼女の心には届いていなかった。それでもいい。いつか気づくその日まで、あたしはずっと唱え続ける。


 ――一つでも欠ければ、それはもう輪ではなくなってしまうのだと。

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