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退魔師はただいま青春中です  作者: 花厳 憂(佐々木)
第3章:北海道支部編-1
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No.52「文化祭と橙色」

 連休明けの学校は文化祭一色に染まっていた。しばらく人外対策局の仕事が多忙で欠席している間に、こんなにも時が進んでしまっていたのだ。


「……何これ」


「やあティア! うちのクラスはコスプレカフェらしいよ」


 すっかり面食らうティアの前に、バルが意気揚々と現れる。白馬の王子風のコスプレをしている彼に目をパチクリと瞬かせた。


「あ、ティアちゃん久しぶり! ティアちゃんの衣装はアリスだよ。似合うと思って勝手に選んじゃった!」


 クラスメイトの早紀(さき)から渡された衣装と、彼女の間に視線を何度も往復させた。


「わ、私もコスプレ……?」


 顔を紅潮させ、予想だにしなかった事態にたじろぐ。心の準備が必要だった。


「うんうん、ティアに似合うと思うよ」


 何故か得意気な顔をしているバルに戸惑っていると、早紀に更衣室に誘導される。バルは笑顔でそれを見送った。

 戻って来た時には、アリスの服に加え髪をおさげにしていた。


「わ、私、裏方に徹します……!」


 しかしそれを許すはずもなく、早紀はティアの腕を掴む。


「何言ってるのティアちゃん。お客さんはティアちゃんを求めてくるんだから!」


「そんな事ないよ。恥ずかしすぎて、足ついてるのが床か天井かももうよく分からないよ……!」


 目を回しながら慌てふためく。その時、放送が鳴った。


『それでは九時をもちまして、水鏡(すいきょう)高等学校の文化祭をここに宣言します!』


 歓喜に包まれる高等学校の校舎。外では盛大に花火も上がっていた。中等部に通う生徒達は休日で、友達と共に客として来る事が多い。信太もその内の一人だ。右京と肩を並べ、目を輝かせながら出店を目で物色していた。


「いやぁ、信太君がいてくれてよかった。大人が一人で高校の文化祭に行くのはだいぶ気が引けるし、不審者だって思われたら大変だしね〜」


「右京さんならイケメンだし大丈夫ですよ! あ、右京さん、焼きそば売ってますよっ!」


 屋台へ真っ先に走っていく信太の背中を追いつつ、優しく笑った。犬みたいだと思った事は心の内にとどめておく。


「色気より食い気だね。ま、信太君らしいや」


 追いつくと「奢るよ」と言ってお金を払ってくれた。動作も流れも全てスマートで(こな)れており、右京に彼女(おんな)の影を見た。顔がニヤつくのを感じながら、信太は礼を言う。


「ありがとうございます!」


 無邪気な笑顔に、弟ができたみたいだと右京は更に顔を綻ばせる。しかし彼の目的は高校生五人が学校で馴染めているかどうかを偵察する事。あくまで個人的に心配し出向いた次第だった。


「じゃあまず、三年生のアル君から見にいこっか」


 校舎二階の三年生の階から、順に上へ上がっていく事にする。信太も元気良く返事をし、クラスの出し物が何かを想像しながら胸を踊らせた。しかし二階に着いた時、一番に目に止まったのは大行列だった。その先を辿ると一つの教室へ繋がっている。


「いらっしゃあい、お化け屋敷なんてどうですか〜?」


 客を呼び込む受付係をしているのは、ドラキュラの格好をしたアルだ。退魔師が人外の姿に扮している。なんとも言い難い何かがあるが、しかし似合ってもいるので正解な役だと信太も右京も納得した。

 片っ端から女性客を捕まえ、黄色い歓声を浴びている。アルのファンが波のように押し寄せ、ハーレム状態で楽しそうに会話をしている。


「きゃー! アル君カッコイイっ!」


「握手してください!」


「写真撮ってもいいですか?!」


「あはは、ボクってばモテモテ〜!」


 例外なく相手の目がハートになっているのを、きっとアル自身自覚しながらファンサービスをしていた。それを見た元隊長がこう言い放つ。


「色恋に(うつつ)を抜かしているようじゃ、まだまだ素人だね」


 妬み嫉み僻みを感じさせる一言だったが、その負のオーラを察知したアルがこちらに気づく。やはり右京には彼女はいないのかしれないと考えを改めたながら、信太もアルへ歩み寄る。


「右京さん、信太ー!」


 人懐っこい犬のように尻尾の代わりに腕を振っている。列の人々の視線が二人に集まり、それは新たな声を生み出した。


「あ、信太君に右京さんだ!」


 先程までの黄色い歓声は倍以上にも膨れ上がった。ただの学校の廊下が、軽くパニック状態を起こしている。


「この前のテレビで見ました! わあ、実物の右京さんカッコいいです……!」


「いやあ、そんなそんな。恐縮ですよ」


 アルへの厳しい態度から一変、爽やかな営業スマイルで対応する右京。しかし絶賛する声が増えていくと、機械的な笑顔が次第に感情を含み始める。


「着物かっこいいです!」


「ポニテ男子ありかも〜!」


「日本男児って感じが好きです!」


 右京はデレデレと情けない照れ笑いを浮かべつつも、強い視線を感じた先をチラリと見やる。すると、およそ元上司を見る目ではない、無機物でも見るような目で信太が凝視していた。突然冷静になった彼は、威厳を保つために話を逸らして次の行動を促す。


「さあ、混んでいるようだし諦めようか」


 次に向かうのは三階、二年生の教室がある階だった。愛花と朱里が忙しなく他の教室を行き来しているのが見える。「忙しそうだね」と愛花に声をかけると、驚いたように二人を見た。


「右京さんに信太も……どうしたんですか?」


「信太君には俺の休日に付き合ってもらっているんだよ。二人のクラスは何かやっているの?」


「夜斗と銀のクラスと合同で、カラオケ大会をやっているんです。なんと優勝すれば商品ありで、今までの最高点数は九〇点! もう始まっていますが、エントリーはまだまだ受付中なのでよかったらどうぞ。ちなみに信太は強制的にやりなさいよね」


「はあ、なんで?!」


「集客用」


「ここでも客寄せパンダかよ……。もちろん愛花も夜斗も朱里も銀も歌うんだろうな?!」


「ギャラリーは多くても参加者の人が集まらない事を予想して、二つのクラスの生徒は強制参加よ」


「へぇ、んじゃあ参加してやんよ! 絶対負かす!」


「ふん。それはこっちのセリフよ」


 置いてけぼりな右京をよそに、二人は腕まくりをしながら教室へ入って行った。すぐに動揺が走り、次の瞬間にはウェルカムという声が響く。客席は満員御礼。座れるはずもなく、右京は一番後ろで立って見る事を余儀無くされた。


 そして始まる朱里のカラオケ。流行りのアイドルの曲を歌い終えた後の咳払いにおじさん臭さがあり、その落差に笑いのツボに入りかけるがどうにか堪える。歌声は鼻にかけた女性独特のものだったが、点数はまずまずで八〇点だった。


 次は愛花だ。真顔で全てを歌い切るという前代未聞のカラオケを披露するが、点数は八九点。最高得点には一歩及ばなかったが、選曲は出身県愛媛のご当地ソングらしい。

 普段の愛花からは想像ができないポップでキュートなフレーズを、声だけで可愛らしさを表現していた。しかしながら顔は真顔を貫き歌いあげたために、あべこべな違和感を感じながらも平均的な上手さは伝わってきた。


 新たな曲がかかるが、歌う人の姿が見えない。しかし歌い出しと声は見事にハマった。声の元を辿ると、どうやら天井裏からするではないか。まさかと天井に視線が集まる中、サビに入った途端に勢い良く天井が開き、逆さのまま天井に銀がぶら下がっている。忍者魂を遺憾なく発揮するが、鍛えられた腹筋とは裏腹に悲しいくらいに音痴だった。


「逆さになるから音程取れなくなるんだろうが」


 夜斗の指摘に頓着する事なく歌い上げる。


「不器用な男ですから」


 という曲の最後の歌詞が彼とリンクし、右京はたまらずツボに入ってしまった。ゲラゲラと笑い続ける中、画面に表示された点数は六二点。銀は顔を赤くしながら天井裏に戻っていった。


「次は俺だな」


 夜斗が面倒くさそうに立ち上がる。しかし曲がかかると途端に表情が変わる。舞台俳優並みの表現力に、驚異的な音程生確率。いつも粗暴な彼とは一八〇度違う、繊細で力強い美声が教室に響き渡った。歌い終えればたちまちスタンディングオベーションが巻き起こる。点数は九八点。照れ隠しなのか、いつも通りの表情で、


「当然の結果だな」


 と言って教室を出て行った。


「……はあ、練習してよかった」


「へぇ、練習してたんだ」


 そんな夜斗の後を追い右京が背後まで迫ると、「聞いちゃった」と告げながらニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。


「うわあああっ?! い、いつの間に……!」


「いやいや隠す事ないよ。毎日コツコツ勉強して成績が良いのも知ってるし、剣術だって俺に教えてくれって言ってくるくらいだもん。努力できるのは、夜斗君の才能だよ」


「……あ、ありがとうございます」


 照れ臭そうにそう言う夜斗の腕を右京は掴んだ。


「さあ、このまま信太君も呼んで一年生の教室行こうよ!」


「じゃあ俺、信太呼んできます!」


 三人が揃うと、四階にある一年生の教室へと向かった。まずは佐久兎と直樹のクラスからだ。


「へえ、射的か」


 ちょうどお昼時に差し掛かり、人がはけていた。そんな中、暇だからという理由で店番を任されていた内の佐久兎と直樹の二人が、皆に腕前を見せてほしいとはやしたてられている。満更でもない様子で、中長距離戦闘員、つまり銃を専門的に扱ってきた者同士の対決になった。


「速く撃ち落とせた数の多い方が勝ちって事で。……まあこれからはメディア勤務だからってしばらーく銃は扱ってないし、手加減はしてよね」


「いや、これはお遊びだし……」


 予防線を張る直樹に、佐久兎は無論手を抜く気だと伝えようとしたところで発砲音が鳴る。


「フ、フラインずるいよ……!」


 直樹へ不満を漏らしつつも、慌てて佐久兎も撃ち始める。しかし結果はダントツで佐久兎の勝ちだった。直樹は悔しさを噛み殺しつつも、涼しい顔で負け惜しみを言う。


「本気出せば俺の方が強いし!」


 そんな彼らを遠巻きに廊下から見ていた三人はただ苦笑した。


「直樹ってさ、咬ませ犬っぽいよな」


「信太にしては難しい言葉知ってんじゃねぇか」


「あはは。元隊長の俺からしたら、佐久兎君は頼もしい限りだよ」


 最後はティアとバルのクラスで、こちらも大変賑わっている。メイドカフェとは名ばかりの、ほぼ写真撮影会になっていた。その順番までに飲食をして待つようなかたちだ。

 その中でも人気があるのは、王子のコスプレをしているバルと、アリスのコスプレをしているティアだった。


「ティアちゃん初めまして。俺、隣の西高の……ひいっ!」


 口説こうとした男子めがけてストローが飛んでくる。プラスチック製のストローは壁にめり込んでおり、放たれた時のものすごい威力を物語っていた。飛んできた先を視線で追うと、そこにはバルの姿がある。


「ああ、ごめん。手が滑ってしまったよ」


 ――どうやったら手が滑った程度でああなるんだよっ?!


 夜斗と信太は心の中で精一杯突っ込むが、周りの人達からは歓声が上がる。


「きゃーっ、かっこいい!」


 一般人の理解不能な感性を疑い始めるが、夜斗はこうも付け加えた。


 ――害虫駆除(ボディーガード)ご苦労。


 バルに敬礼をすると、あちらも夜斗に気づき敬礼をし返した。それでやっとティアも三人に気づき、走ってくる。


「いらっしゃいませ! ご注文は……」


「ティアで」


 颯爽と彼女の背後に現れるバル。信太が焼きそばを食べるのに使っていた割り箸を、夜斗はバルに向かって投げる。それはスピードに乗っていたはずだったのだが、バルの指の間に全てが収まってしまう。そして床に落とし、足元に散らばる割り箸をドヤ顔で踏みつけた。


「……ふん。見様見真似で会得できるとでも思ったのかい? はっ、甘いんだよ君は!」


「オレの大事な割り箸ぃいいいっ! この野郎夜斗、これからどうやって食えってんだよ! まだ焼きそば残ってんのに!」


「手で食え!」


「あいにくオレはそんな文化で育ってねぇ!」


 割り箸のご臨終に信太が嘆いていると、いつの間にやらティアが割り箸を持ってきてくれていた。それを信太に手渡しにこりと笑う。


「うわぁあああ天使! 女神! ティア様ぁぁあああ!」


 涙を滝のようにながしながら、後光に照らされたティアに手を合わせ何度もひれ伏した。


「人間だから……確実に私は人だから! 死んでないし肉体あるから……!」


 何故かティアの方が深々と頭を下げ、三つ指をついて首部を垂れている。このカオスな状況に、右京は「高校生って元気がすごい」と自己完結させた。






 *






 帰り道、右京と信太は並んで歩く。


「そっかぁ、文化祭を運営する側は片付けもあるんですね」


「楽しいだけじゃないね。ご飯だって、美味しいの後にはお皿洗いが待ってるし」


「確かにそうですね」


 ここで会話が途切れた。そして信太は唐突だろうかと思いながらも、今まで訊けなかった事を今ここで訊こうと軽率に決心した。


「……右京さんは、どうして人外対策局に入ろうと思ったんですか?」


 一呼吸置き、右京は歩みを止めずに夕日を見上げた。遠い日のこの風景を眺めているように、瞳の奥には違う景色が沈んでいた。


「俺にはね、一つ下に弟がいたんだ。家は剣術道場で父が師範代。長男の俺が本当は継ぐはずだったんだけど、厳しい練習が嫌なのと中学受験を理由に勉強に打ち込んでいた。そんな俺とは対照的に、弟はこんな時代なのに根っからの剣術馬鹿で。信太君みたいにとっても正直で、元気が取り柄な弟だった」


 時々向けられる、弟を見るようなあの視線の正体を知り、信太は自分に弟の面影を映し出されていたのだと知る。右京の顔に翳りがさした時、信太の顔にも不安の色がさした。


「だけど八年前のある日、父が倒れてね。血筋である俺達が道場を継げるようになるまでの間は一番弟子が師範代を継ぐ事になり、それでも継がせる息子は自分で選ぶって、俺と弟で真剣勝負をしろっ言ったんだ。もちろん俺は適当に負けて弟に譲るつもりだった。なのに。……それなのに、弟は父の死期が近いのと、本物の刀での勝負だという事に精神的に追い詰められて、絶対に手を出してはいけないものに手を出してしまったんだ」


「それって……?」


 右京は目を細め、忌々しげに問いに答える。


「……妖刀さ。江戸時代に作られた、いわくつきの刀。それは人を斬るための物ではなく、人外を殺すために作られた刀だった。制御装置(リミッター)のような物質変換器のない当時、人外を退治するには呪術か特別な武器が必要だった。神の加護を呪術などによって定着させた破魔(はま)の矢や、死者の魂や人外を閉じ込めた刃物……そんな物を使用していたらしい。うちにあったのは、鬼を討伐するために作られた鬼神を閉じ込めた刀だった。毒を以て毒を制すみたいな妖刀だよ。鬼には鬼を……ってね」


 右京は歩調を緩め、やがて立ち止まった。


「しかしそれは鬼神だけでも禍々しい妖気を発しているのに、何百という鬼の血を吸った本当に危険な刀だった。触れる者の精神が鬼神に負ければ体を乗っ取られ、その人間は人外堕ちして文字通り殺人鬼と化した。当時は辻斬りってやつだね。危険だと判断したその時代の人達は、剣豪である俺の先祖の道場へその刀を預けたらしい。そしてこれまで先祖代々その妖刀を使って人外を倒してきたんだ。師範代になる事を認められた時に初めてそれに触れられる。――ほら、この刀だよ」


 つまり、まだ未熟な時にその妖刀を右京の弟は触れてしまったという事だ。右京が戦いの時に用いる刀は妖刀で、刀身が赤黒いのは妖気のせいらしい。


「弟は禁忌を犯してしまったんだ。その結果妖刀に負け、人外に堕ちてしまった。刀による体への侵食が激しく鬼神は弟の体に根を張っていて、とてもじゃないけど助かるような状況じゃなかった。しかし誰が手を下すまでもなく、当時十二歳だった弟の体は負担がかかりすぎて、すぐに死んでしまったんだ。父は弟の体から逃げ出そうとしていた鬼神を、残りの寿命を全部つぎ込んで刀に再び封印した。それで、悪夢の日は幕を閉じたんだ」


 今は、どんなに優しい笑みを浮かべても、悲しみに自嘲しているようにしか見えなかった。信太はそんな彼を見て、喉の奥が締め付けられる感覚を覚える。


「後に残ったのは重苦しい空気の葬式と、あの忌々しい刀、そして後継としての大嫌いな修行の日々さ。しかしドジった実盛家から、刀の管理権は人外対策局に移った。その方が安全でいいかもしれないとも思ったんだけど、やっぱり納得できなくてね。俺は渋ったんだ。そしたら案外あっさりと引き下がってくれて、その条件が提示された。正しい取り扱い方法や、刀の管理、また不足の事態にも対応できるように人外対策局で学べってね。一応こんなんでも父と弟の形見だから、嫌々承諾したんだ。だから師範代じゃなくても、所有権はすっかり俺のものだよ。道場は父の一番弟子に任せてる。おまけに気づいたら八年もこの組織にいるし、きっと悩む暇も与えられないくらいに忙しかったのが、俺にとっては助けになったんだ。同じような境遇の八雲ともすぐに会えたし、いつしか人外対策局が俺の居場所になっていたよ」


 そのまま自嘲気味に笑うかと思いきや、いつもの屈託のない笑顔で信太の頭に優しく手を乗せた。


「なーんて、さあさあ昔話は終わり……ってあれぇ?! なんで信太君が泣きそうになってるの」


「オ、オレ……! 実はずっと、右京さんってちょっと冷たい人なのかなって思ってたんです」


 嗚咽を漏らしながら、途切れ途切れになんとか言葉を紡いだ。右京は笑顔のまま、


「随分とぶっちゃけるね」


 と口にし、夕焼けを視界に捉える。目に映る秋が心に柔らかく溶け込み、安心感を持たせてくれる。


「秋の夕方って、なんだかセンチメンタルになるなぁ」


 真っ直ぐに瞳を覗く橙の太陽を見据え、「信太君の髪の色だね」と呟きながら短く息を吐き出した。白い吐息に寒さを実感しつつ、マフラーに顔をうずめる。


「……あの、これは今日ずっと思ってた事なんですけど、着物に羽織は分かります。でも、黒と紫のボーダーのマフラーがミスマッチですよね」


「和洋折衷というものなのだよ、信太郎之助太郎君!」


「誰っすかそれ?!」


「ははは! 苦しゅうない、この後は一杯やりますか」


「オレ、未成年です!」


「ノープロブレム!」


「問題ありありです!」


「助太郎君には、髪の色に因んでオレンジジュースを出すとしようかな!」


「助太郎って、もう名前の面影がないですけど……」


「太」


「あ、あった」


 右京と信太。異色の組み合わせだったが、息が合っていなくもなかった。これからはただの先輩となる右京との、良い思い出になったのは言うまでもない。


「今まで隊長としてオレ達を影で支えてくれて、ありがとうございました。オレ、頑張ります。新しい隊でも正しさを見失わないように、退魔師としてこの馬鹿な頭で考えます。……だから、だから右京さん。右京さんも、絶対に道を踏み外さないでくださいね。なんかあったらなんでも相談してください! ……なんて、新人で馬鹿なオレが言うのも変ですけどね」


 人差し指で頬をかく信太。その仕草は今は亡き弟の癖でもあり、正直すぎて分かり易い弟の嘘と不自然な挙動を思い出して笑ってしまう。そして今、心の底から出た信太の言葉に胸がいっぱいになる。


「なっ……! そんなにオレって頼りないですか?!」


「んーん、違うよ。なんだか信太君って、いつまでも純粋な心を持ってるなって。じゃあ俺に何かあったら、信太君にどうにかしてもらおうかな」


「はい! 任せてください!」


「よーし、じゃあ今日から早速愚痴に付き合ってもらうよ!」


「はい! ……ん、愚痴?」


「男に二言はありませーん。前言撤回は許しませーん。さあ、人外堕ちしないためにもストレス発散に付き合って」


「なんか言い方がズルい……!」


 二人の歩く姿は、誰が見ても仲の良い兄弟のようだった。隊長(あに)隊員(おとうと)に、元も現もない。彼らの間に生まれた仲間という絆は、いつでも確かに繋がっていた。

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