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No.44「ドッペルゲンガーとSNS対策室」

 あるSNSサイトでは、ある話題がトレンド入りしていた。


「皆の名前が上がってるよ……ティアもだ。なんで?」


 寝起きすぐにアプリを開くと、まずは旬のトレンドが表示される。気になりティアの名前をタップするが、そこには驚きの内容ばかりが並んでいた。なんと、ティアを見かけたというのだ。

 あまりの衝撃に食い入るように見ると、一時間前に近くの公園を歩いていたようだ。しかし自分達個人の名前がトレンド入りしていた事を思い出す。自分の名前「アル」をタップすると、三十分ほど前に電車内で見かけたという投稿ばかりだった。


「そんな……まさか。だって今まで寝てたよね?」


 隣のソファに座る夜斗に助けを求めるが、怪訝な顔をしていかにも「何言ってんだこいつ、当たり前だろ」と言いたそうに眉をひそめた。


「……ですよねぇ。なーにこれ、ボク達のコスプレでも流行ってるのかな」


 次に夜斗関連の投稿を見てみる。二時間前、つまり十一時にファストフード店で朝食を摂る彼の目撃情報が溢れかえっていた。なんと写真も添付されているではないか。

 確かにそこに映っているのは、


「……夜斗だ」


「はあ? お前さっきから何見てんだ……よ」


 アルのスマホを覗き込み唖然とする。


「俺、さっきまで寝てたよな?」


「寝てたね」


 先ほど投げかけられた質問を投げ返す。二人は目を瞬かせ、夜斗も自分のスマホでそのアプリを開く。他の皆も時刻は異なるが、寮から出て楽しそうにプライベートを過ごしている。しかもネット上にはティアの写真もあった。


「……ティア」


 彼女の名前を呟き、盗撮された写真を見る。確かにそこに写っているのはティアだ。


「なぁ、これは偽物なのか? それとも……本物なのか?」


 しかしその答えは問いかけられたアルにも、問いかけた夜斗にも解らなかった。


 自分が自分を本物だと答えを出せるのは、それが自分であるからだ。誰かを他人が本物だと自分の中で答えを出せるかどうかとは全くの別物。その人を本物だと定義づける物を、他人は持ち合わせてはいない。


 本物だと名乗った方が本物であり、存在している限り容姿が同じであれば偽物でも本物であると他人からは思われてしまう。むしろ、他人を日常で偽物か本物かを疑うという行為は異常だった。


「……奇妙な事になったね。皆はまだ部屋にいるのかな。呼んでくるよ」


 一分もしない内に、リビングには五人が集まった。事の概要を話し事情を聴くが、やはり誰も寮から出てはいないらしい。それどころかそんな訳がないだろうと否定する。しかしアルが盗撮された写真を見せた事により、その否定は収まった。


「なんであたしがカップルの横でハンバーガー食べてるのよ。この偽物、あたしに嫌がらせしたいの? これじゃあただのさみしい非リア充のやけ食いじゃない」


「彼氏いないのは事実だろ?」


 信太のみぞおちに一発拳を入れると、低く呻いて床に崩れ落ちた。そして倒れながらも自身のスマホを見て、偽物へ突っ込む。


「なんで戦隊ヒーローのおもちゃコーナーにいるんだよ……! 嫌がらせだろこいつも。オレはもうガキじゃねぇのに!」


「いやガキだろ」


 その言葉に信太が夜斗のみぞおちに一発拳をくらわそうとするが、容易く避けられてしまう。そのままバランスを崩し、勢いあまり床に顔面を打ち付ける。次こそ起き上がる事はなくなった。


「僕はなんでR18のコーナーにいるの……?! いやいやいやいやどういう事だよ?! こいつマジでなんなの?! 死んでくれればいいのに!」


「うん、佐久兎。落ち着いてね」


 アルが佐久兎の肩を抱くが、佐久兎の怒りからくる震えは止まらない。時刻は午後一時。つまり今さっきだ。珍しく取り乱す彼のスマホから、短い着信音が鳴った。その内容はダイアログ表示にしている事からすぐに読めてしまう。


[由紀:佐久兎サイテー。]


 幼馴染から送られてきた、たった一文に佐久兎の心は砕け散った。そして右京隊の部屋の床に転がる魂の抜け殻は二体になった。


「以上、あまりにも被害が大きすぎる三人でした〜!」


「過去形じゃなくて、現在進行形!」


 アルが事を完結させようとしたが、愛花、信太、佐久兎の見事なハモりでそれは阻止された。


「なんなのよこいつ! 捕まえて牢屋(ぶたばこ)にぶち込んでやる……」


「愛花さーん、落ち着いてねー」


「オレはもう特撮なんて見てねぇよッ!」


「うんうん、もう卒業したよねー」


「嫌われた……由紀に嫌われた……嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたうああああああっ!」


「佐久兎くーん、戻ってこ〜い」


 茶々を入れるアルだったが、他人事ではないのも確かだった。次に、自分にとって良くない行動を起こされてもおかしくはないのだ。極端な話、全裸で街中を徘徊される事だってあり得なくはない。警察に御用になるなんて、人外対策局の体面にも関わる大変な事であり、なんとしても阻止しなくてはならない。


 そう思っていた時だった。制御装置(リミッター)から着信画面がホログラムにより現れた。同時に受け取りの緑色のマークに触れると、制御装置(リミッター)から女性の声が響く。


『こちら通信情報専門部(C I S)、SNS対策室責任者の猫瀬(ねこせ)(すず)です。右京隊長、アルフレッドさん、蔦森(つたもり)さん、桃井(ももい)さん、高園(たかぞの)さん、月見里(やまなし)さんの六人は、至急CISまで来てください。お話したい事があります』


 凛とした声の持ち主に返事も待たずに一方的に切られ、制御装置(リミッター)からはツーツーツーという音が鳴っている。初めての呼び出しに五人は嫌な汗をかく。


「なんかやったっけ……? ボク達の責任者(ほごしゃ)の右京さんにまで連絡がいくなんて。もうボクやだぁー今日非番だもん」


「普通に考えてこの偽物の事だろ。ほら行くぞ」


 駄々を捏ねるアルに夜斗が促すと、仕方なく立ち上がり頬を膨らませながら歩き出す。向かうのは人外対策局本部の建物内にある、通信情報専門部の部署だった。


 基地の本部の建物に着くと、案内板で場所を確認した。その通りに向かうと、既に扉の前では右京が待っている。それを見て走り出すと、ひらひらと手を振っておはようと言ってくれた。おはようございますと挨拶を返し、いよいよ入室するために横一列に整列した。


 ガラス張りの壁の向こうには慌ただしく仕事をこなす、ざっと見百人くらいの人がいた。男女比は二対八くらいだ。比較的命の危険が少なく安全な部署である事や、身体的な能力や霊力が必要とされないデスクワークという事で、女性が集まりやすいのだ。


「どうしたの? そんなに緊張しちゃって」


 あっけらかんと笑う右京と、これからどんな事を言われるのだろうかと想像する五人では緊張のし具合がまるで違った。これから鈴に叱られると思っていたからだ。


「ああ、大丈夫だよ。さっきは喋り方も声音も怖かったかもしれないけど、多分ただ忙しいだけだから」


 そう言い自動ドアの前に立ち、センサーで開くのを待つ。しかしそれまでに数秒がかかったのは、機密情報等も扱う性質上防犯を厳重にしなければならないからだ。CISに所属する人間か、今の右京隊のように特例で呼び出された場合のみ入室が許可されるのだ。


『人外対策局日本本部所属退魔師部退魔師、仮編成右京隊隊長、実盛右京ト確認デキマシタ。次ニ、人外対策局日本本部所属訓練生、仮編成右京隊の隊員五名ノ情報ヲ取得中デス』


 防犯と言いながらもガラス張りの仕様はいささか突っ込みどころ満載ではあるが、実はガラスに見せかけた大きな画面なのだ。そこには偽の室内風景が映し出され、内側からはマジックミラーの要領で外を映し出す仕組みになっている。外の事は内部からは筒抜けだが、外から本当のCIS側を見る事はできないのだ。


『確認デキマシタ。扉ヲ開ケマス』


 中性的な機械の声の合図に扉が開く。重厚感ある金属製のドアが両脇に開くと、先ほど見た風景とは若干異なるが、然程変わらない光景がそこにはあった。


「待ってたよ〜、仮編成右京隊の諸君」


 仁王立ちで行く手を阻むのは、先程連絡をしてきた猫瀬鈴だった。声が大人びていたが、実年齢は十九歳。CISというとマメな人間が多いようなイメージを持っていたが、それは偏見のようだった。金髪に染めた髪が肩まで伸び、黒髪が根元から十センチほどもある。いわゆるプリンだ。染め直す暇も無いくらいに忙しいのかもしれない。


「SNS対策はあっちの部屋だからついて来てくれる?」


 そう言い残し、数人がいるガラス張りの部屋に入っていった。これは画面ではなく本物のガラスで、その理由は情報の漏洩を防ぐためだ。密室空間で怪しい動きをしないようにと、常にお互いに目を光らせている。


「椅子は残念ながらないから立ってて〜。画面はそっちに映し出すから見やすいところに並んでちょ」


 気怠そうにエンターキーを押すと、画面に向けて指を鳴らしながら人差し指でさし示す。


「はぁい、見てくださいこれー。これは酷いにゃあ。この組織の評価にも関わるよ。はいとーくーに、高園佐久兎ぉ!」


 指をさされた佐久兎はびくりと跳ね上がる。鈴の勤務態度は、皆の前とSNS対策の人のみの空間とでは全くの別物だった。しっかりしていた印象だったが、今はとてもゆるい。


「だめでしょー、有名人がこんないかがわしいところに行っちゃあ。せめて十八になってからにしてよねー。てかこういうのはネットで頼もうよ……ってそっか! 本名じゃバレるか。難しいねぇ君達って」


「ちっ、ちちち、ちがっ、違いまっ……!」


 赤面した佐久兎は大慌てで否定する。それすらも楽しそうに、鈴はニヤニヤと見ている。


「何でも知ってるよ〜? 右京隊長も隊員達も、八雲さんの妹を探しているって事とかね」


「右京さんもだったんですか?!」


 夜斗が驚きの表情で右京を見やる。しかし右京は鈴に不満気な表情を向けた。


「どうしてバラすかな……」


 溜息を深くつきながら、夜斗への返答として頷く。五人は深く感動した。ティアの件は、右京にとってもう終わった事だと割り切っていたと思っていたからだ。右京の株は彼らの中で急上昇する。


 ――ま、眩しい……。


 今までにない位の羨望の眼差しを向けられているが、右京はそれを着物の袖で遮断した。


「まあそんな矢先でこんな珍事件なんだけど、もちろんこれは君達じゃないって分かってるわけ。これは人外だね〜」


 という事は、さっきまでは佐久兎をただ楽しくいじっていただけだ。それを知った佐久兎の目はとても冷ややかなものだった。鈴が咳払いをし、それに気づかないふりをする。そこに右京から助け舟が入った。


「じゃあ、この人外の正体はもうつかめているの?」


「そりゃあね」


 黄色い瞳の猫目で彼らを視界に捉え、値踏みするかのような目をした。


「ドッペルゲンガー……だろうにゃあ」


「どっぺるげんがあ?」


 信太が鈴の言葉を復唱する。彼女はふむと言って深く頷いた。


「三年前にもあったんだよ、ドッペルゲンガーの事件がさ。それがなんと人の姿を借りた殺人事件! しかもそれを解決したのは……」


 鈴は今日一番のミステリアスな笑みを顔に浮かべた。


「――――ティアちゃんなんだよ」


 あまりの驚きに、右京以外の五人の表情が凍りついたように静止する。それを見て、満足そうに鈴は何度も顔を縦に振った。


「ほら、警察みたいに人外対策局から表彰されたんだけど、私だけの力じゃないって謙遜しちゃって。日本本部所属退魔師の零崎(ぜろざき)(れい)神有(かみあり)神無(かんな)と、一般人の清水(しみず)綾花(あやか)ちゃんも表彰されたんだぁー……よっと!」


 またエンターキーをタイプする。次に出てきたのは人外対策局の制服を着た、二人の男性の顔写真と名前、生年月日、年齢や、肩書きが書いてある画像だった。


「零さんだけじゃなく、神有さんも退魔師だったのかよ?!」


「……夜斗、それだけじゃない。二人の所属隊を見て見なよ」


 アルが意味深な笑みと冷や汗を頬に浮かべる。何事かと再び画面に目を移すと、そこに記されていたのは、


「…………八雲隊、所属」


 夜斗は呟くようにそう言った。しかし鈴は周りの反応に頓着する事はなく、話を進める。


「ちなみにそのドッペルゲンガーはその後捕まったよ。そんでもって一年前にお陀仏」


「捕まって亡くなったのに、また現れたんですか?」


「人外っていうのは人と一緒だよ。一体倒したからって、同じ種の人外なんて数多(あまた)いる。殺人事件が起ころうが、他に人間なんて沢山いるっしょ? それと同じ。前例がないだけで、一度にドッペルゲンガー六人がその辺を歩いていたとしても、ぜーんぜん不思議じゃないんだにゃあこれが。でもそれはほんの些細な事でしかなく、問題じゃない。注目すべきは、ティアちゃんのドッペルゲンガーもいるって事。……どういう事だか分かりますかねぇ、右京隊長?」


 試すような口調で彼女は右京を見上げる。指をさされた彼は、らしくもなく豪快に笑った。ついにおかしくなったのかもしれないと五人は心配したが、鈴は笑みを更に深くした。そして右京はやつれた顔で精一杯に笑顔を浮かべ、


「約束は守られたんだ」


 とだけ残し、CISを後にした。置いてけぼりをくらった五人は阿呆面で立ち尽くすが、鈴の指示によってやっと我に返る。


「このドッペルゲンガー事件の担当は、本人である君達。なんていったって、餌は狙われている君達にしかできないんだからね。……大変だねぇ、ここまで面白い隊は初めて見ちゃったなぁ」


 横目でちらりと五人を見やるが、鈴が見ているのは、ここにはいないもう一人の幻影だった。

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