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No.18「曖昧な境界線」

 激しい轟音と共に建物へ衝撃が走る。バラバラと何かが崩れる音がし、地鳴りのような音は残響したまま鳴り止まない。

 生徒達の悲鳴が校内に反響し、一瞬にして学校は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。叫び声や怒鳴り声、泣き喚く声や恐怖の感情がこもった意味を持たない言葉が飛び交っていた。


 一人の男子生徒が声を張り上げている。そこから逃げる生徒の流れと、それに逆らって現場に向かう生徒の流れがある。夜斗の声を頼りに、ティアは人の波にもまれながらも彼を目指した。


「夜斗っ、何があったの!」


「人外だ! 三階の俺達の教室近くの外壁を壊しやがった!」


「その人外はどこへ?!」


「ここから地上へ飛び降りたんだ!」


 少年と少女の声は喧騒や雑踏にかき消されそうになり、張り上げていた声も相手の耳に届くかさえも危うかった。


「ちょっと、どういう事なのよこれ?!」


「こちらティア。愛ちゃんも合流! 人外が校舎を破壊し、三階から校庭側へ飛び降りた模様。現在怪我人は目視では確認できません! 皆が建物の外に逃げようとしてるから止めないと、人外と鉢合わせしちゃう……!」


『こちらアルだよ〜! 信太と佐久兎と一緒に、昇降口へ向かってまーすっ! 校庭に出ないように止めるよ』


 片耳の無線機でコミュニケーションを取り合い、次の行動を考えた。


「じゃあ俺達も向かうぞ」


「今この生徒の波に飛び込んだら対応が遅れるわよ! ……どうしよう?!」


「うーん……。じゃあ、こうしようっ!」


 なんとティアが夜斗と愛花の手をとり、三階から飛び降りのだ。予想だにしなかった不測の事態に、二人の悲鳴が生徒達の声に混じった。


「夜斗! 愛ちゃん! 制御装置(リミッター)!!」


 ティアの言葉にハッとする二人。即座に三人揃えて声を上げた。


制御装置発動(リミッターオン)!」


 なんとか着地に間に合い命拾いをする。しかし愛花と夜斗の足は震えていた。


「おいティア、無茶しすぎだ! 危うく、仲良く三人で自殺するところだったんだぞ!」


「あんた、なっ、何やってるのよ! し、し、し、死ぬかと思ったわ……」


「あはは、飛んだね〜」


「後で締め上げてやる……!」


 再び重なる二人の声に、しかしティアは気楽に返す。


「近道できたね!」


 そんな彼女を両脇から睨む。「わあ怖い」という言葉を漏らし、どこまでも純粋な笑顔を浮かべた。しかし今はふざけている場合ではないのだ。


「うああああああっ!!」


 校庭から男子生徒の叫び声が聞こえた。三人が一斉に振り返る。一番に動いたのはティアで、振り返るのと同時に走り出す。そして二人はそれにつられ、彼女の背中を追った。


 その先には、人と獣とが混ざった様な姿をした人外がいた。体毛が濃く、例えるならば雪男のようだ。体長は三メートル程はあるだろうか。大きな手には男子生徒が握られている。

 人の胴体ほどもある人外の腕へティアが刀を振り下ろす。肉に沈む刃物の感覚が不快だが、勢い任せに片腕をはねる。太い骨で刃が止まり半分しか斬れなかったが、絶叫と共に人外は手を離し、どさりと落ちた男子生徒の前に庇う形で再び刀を構えた。


「大丈夫ですか?!」


「あ、あ…………」


 問いかけるが、男子生徒は肩を震るわせ腰を抜かしてしまっている。逃げられない人を前に、自分が動くわけにはいかなかった。


「ティア、伏せて!」


 愛花の言葉に、ティアは男子生徒に覆いかぶさる。真夏の炎天下の下、乾いた銃声が響く。獣の低く唸るようにして鳴く声が、昇降口でアル達がとめている一般生徒達の恐怖心を煽る。

 愛花の放った弾丸は、人外の片目を潰した。


「愛ちゃん、この人をお願い」


 愛花に男子生徒を任せ、近距離が専門のティアと夜斗は刀を構え人外を囲む。


「……ティア?」


 チラリと様子のおかしいティアを見る。顔が少し引きつっていた。彼女が刀を再び握り直したのは、戸惑いを打ち消そうとしているからだ。


「……この人外は、キメラだ。見かけは化け物になってしまっているけれど、この人外は人間だったの」


 珍しくティアが動揺している。斬りかかった時に過去視の力で何かを視たのだろう。


「人だと? そんな……どうしろってんだよ!」


 対処する事もできず、ただ人外へ刀を向けるだけだった。窮地に立たされた時、彼らの耳元でノイズがなった。


『……こちら通信情報専門部(C I S)半田(はんだ)(れい)です。水鏡(すいきょう)学園高等部に人外が出現中。校舎を破壊し、校庭で右京隊の隊員三名が応戦中。ただちに人外を処分してください』


 片耳にしていた無線機に、CISからの連絡が入る。


「こちら右京隊です。人外の正体はキメラで、元は人、なのですが……」


 命を奪う以外の解決方法を提示される事を期待したが、返答はあまりにも冷たいものだった。


『元が人であれ、現在が人外なのであれば人外だとみなします。処分してください』


「人を……殺せってのかよ……」


 夜斗の悲痛な声。ティアが行き場のない憤りから、強く刀を握り締める。キメラを殺そうと刀を振り上げようとした時、ティアの体は大きく揺れ膝から崩れ落ちていった。その次の瞬間、キメラはティアに襲いかかる。咆哮は獣そのものだ。


 心臓に一突き。


 夜斗の刀に刺され、キメラは後ろへ倒れてしまった。動かなくなったキメラは蝋人形のように青白くなり、硬化した後に灰になって崩れ、やがて風に流されてしまった。


「大丈夫か?!」


 倒れたティアの元へ夜斗と愛花が駆け寄った。肌に大粒の汗が流れていた。腹部をおさえ荒く息をしている。顔面蒼白だったが、彼女はいつも通りに笑って見せた。


「……ご、めん」


「まさか、本当は崖から落ちた時の傷が癒えてないんじゃ……。退院早かったし、本当は……!」


「あはは、愛ちゃんったら心配性だなぁ。ありがとう、大丈夫だよ」


「大丈夫なわけねぇだろ。帰って休んでろ」


 ティアを夜斗が抱きかかえた。すると、とても申し訳なさそうに顔を歪めた。


「……夜斗、ごめん。キメラを、人を……」


「謝んな。ティアが無事ならそれで良い。……だけどよ、八雲さんの言ってた事、今初めてよく解ったよ。守る命を選択しなくちゃいけないって事がさ」


 人外とはいえ人間だったという事は、この人外を殺す事は即ち人殺しと変わらないのではないだろうか。そんな考えが三人を支配した。人殺しという言葉はとてつもなく重いものだった。


「おい、皆!」


「おう信太、お前(おせ)ーよ!」


「夜斗……」


「アルもなー」


 信太、アル、佐久兎も合流する。アルと佐久兎は夜斗へ気遣うような視線を送り、信太は人外の残骸を見て悲しそうな顔をした。先程の会話は無線越しで全て聞こえていて、元は人だという事を知り複雑な心境だったのだ。明るく振る舞う夜斗も、内心戸惑っていたのは言うまでもない。






 *






「ティア。昨日は俺達が別任務で欠席していたせいで右京隊に全て任せてしまった。……申し訳ない」


「おはよう、任務お疲れ様です! バルが気に病む事じゃないよ。気にしないで」


「でも……」


「私は何もしてないよ」


 それ以上先の言葉を察し、バルは話題の中で少し方向を修正する。


「夜斗は大丈夫?」


「……酷いよね、ネット見た?」


「うん。人外対策局の少年が手柄ほしさに人外を操り、倒すところを見せつけたんじゃないかって……。根も葉もない事を言われているね」


「そんな訳、無いのに。どうしてそんな事実無根な事が吹聴されたんだろう……」


「あゆみが人外を使役した件が外部に漏れたせいもあるだろうね。全く、セキュリティはどうなっているんだろう。……夜斗、今日は学校に来ているの?」


「うん。(ほとぼ)りが冷めるまで休めって右京さんに言われてたんだけど、周りがなんて言おうと事実じゃないんだから大丈夫だって言ってる」


「夜斗がそれ以上に気にしているのは、昨日現れた人外が、キメラ……つまり半分人だったって事だよね?」


「視えたの、人外に間接的に触れた時に。一体誰がこんな惨い事を……。キメラを造るのは禁忌なのに。遺伝子改造と人体実験は、バチカンが定めた新七つの大罪に含まれている重罪だよ。それに、私が倒れなければ……夜斗がキメラを手にかける事は……」


「ティア。……ティアも夜斗も悪くないんだ。キメラなんて造った人が全部悪い。だから……」


 俯いてしまったティアの表情は、もう確認する事ができない。しかしそれでも言葉は続けた。彼女が首を横に振るだろうという事を分かりながらも、それでも言葉を紡ぎ続けた。


「だから、もう忘れよう……」






 *






 夜中の二時を回った頃。愛花が目を覚ますと、ティアが酷くうなされていた。昼間も倒れたばかりであるために不安感が襲ってくる。


「ティア、ティア……!」


 揺するとティアが目を見開いた。眉間にしわを寄せたまま、天井のある一点だけを見て荒い呼吸を整えようとしている。


「ちょっと、大丈夫?」


「……うん、あはは。ごめんね、起こしちゃったね」


 出会った頃の、雨が降っていた日。愛花はその日の事を思い出した。


「ねぇ、六月にもうなされてたじゃない。あの時って、もしかしてあたしのせいだった……?」


「違うよ?」


「嘘よ……。あたしのティアへ向けていた感情とか過去の事とか、あの時強く思ってたから、もしかしてティアに流れ込んでたんじゃないかって……」


「気にしなくて大丈夫だよ。そんな事ないもん」


 笑顔を見せるティアに、本当の事は吐かないだろうと諦め話題を変えた。


「……キメラの事を気にしてるんだったら、それは違うわよ」


「愛ちゃんも、気にしてるでしょう? 夜斗は人殺しをしたと思ってる。私の兄と一緒。兄だけに罪を背負わせてしまった。そして今回も夜斗だけに……」


「でも、キメラは人外だから……」


「変わらないよ。法や周りの人間がいくら悪くないんだって言ったって、本人の中では殺した事実は変わらない」


「夜斗は……きっと気にしてないと思うわよ」


「気にしてるよ。……気に、してたよ。無理に笑ってたよ」


 ここに帰ってきてからも、いつもと変わらない夜斗。それがとても不自然だった。三日前のあれ以来から気丈に振る舞う姿は、去勢であるに違いない。アルと佐久兎は害をなす人外だったのだから、倒して当たり前だと思っていた。しかし信太は、人外だとは割り切れずに悲しそうな顔をしていた。


 あの時の状況では殺すのがきっと正解だ。夜斗の行動は間違っていない。命令でも確かに殺せと命じられていた。最優先事項である人命救助ができたのだから、賞賛されるべきであるのだ。


 これらを理由に、自身の行動を肯定できる。これを突きつけられれば、夜斗を責める事は誰もできない。

 しかしきっと、人外対策局の大半の人間は人外を殺す覚悟は持ち得ていても、同族を殺す覚悟は持ってはいない。人を殺す事は、やはり躊躇するものだ。


 ()は人外。()は人間。


 曖昧な境界線は、退魔師の意思を惑わせた。






 *






 休日、部屋には右京が来ていた。午前の太陽が強く部屋へ差し込む。しかし部屋の空気はどんよりとして冷たいものだった。


「先日、キメラが学校に出たでしょ? あれはキメラとしては、あまり出来が良くないやつらしくてね。本来人と人外半分ずつのキメラは、成功すれば人の形で自我を持ったまま生きられるらしいんだ。しかしあれはみかけからして失敗作だし、自我も喪失していた。そして岩波あゆみの件についても分かった事がある。ほとんどティアちゃんの予想通りだったよ。岩波あゆみは、自分自身と大蛤(おおはまぐり)という貝の妖怪を融合したキメラだったんだ。それによって、蜃気楼で幻術を見せる事ができた」


 隠しきれない動揺は、顕著に挙動に現れる。


「でも、見かけはそのまんま人だったでしょ? かなり完成度が高い。……誰がキメラを造ったんだろう。本来あんな高度な技術を知り得て理解し実行する力なんて、十代の女の子が持っているかな? バックに誰かがいると考えた方が自然だよね。その証拠に、岩波あゆみが捕まり身動きが取れない状況なのに、キメラがまた出現したんだからさ」


 近くに人外が潜んでいた。そして、肩を並べて任務に就いた事のある人だった。


「……それでさ、一応キメラは人だったんだから、君達としてはやりづらいよね?」


 右京の最後の言葉に、明らかに空気が悪くなる。夜斗を人殺しだと遠回しに言っているような気がしたからだ。しかし、右京はあえてそれを読み取り唐突に頷いた。


「そう、これが本来の君達の反応だよ。元だとはいえ、人だった人外を殺すのは君達には荷が重いんじゃないかな? この任務を降りる人はどうぞ。人外対策局は人殺し集団じゃなくて、人外殺し集団……でもないからね。それに、一度は組織へ所属したんだから、もう辞めたってテロ事件での銃の使用は罪には問われない。有名人だからちょっと煩わしいところは残るだろうけど、これから先この重さに耐えるよりは一瞬で済むよ。人外対策局からの拘束力なんて、今じゃ然程たいしたものじゃない。……それなのに、君達を繋ぐものはなんなの?」


 右京の言う『君達を繋ぐもの』。それはこの六人を繋ぐものという意味だろうか。それとも、人外対策局と六人を繋ぐものの事だろうか。今の環境に執着しているのは何故か。そうとも聞こえた。


 しかし夜斗は、六人を隊として成り立たせている繋がりだと解釈した。


 ――皆を繋ぐものは、人外対策局だけなのだろうか。それでは出会った頃と変わらない。俺達は仲間という絆で繋がっているんじゃなかったのか? 右京さんがわざと煽るように再び問いを投げかけたのは、何故だろうか。


 沢山の疑問を抱えた六人。


 ――――これらの出来事が、右京隊に亀裂を生む事になる。

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