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No.14「退院祝いと三人の隊長」

「……大丈夫、体力が戻らない内に力を使ったせいだよ。寝ているだけ」


「よかった……」


 夜斗をここまで心配させられるのはティアだけではないだろうかと、楽しそうに過去を読み取り八雲は微笑んだ。


「悠君と仲直りできて良かったね」


「はい!」


 夜斗の心は軽くなり、顔は晴れ晴れとしている。これも全てティアのおかげだろう。


「あの、今のってなんだったんですか?」


「ティアは元々霊感があるから、制御装置(リミッター)なんかなくても人外が視えているんだ。ただ悠君は霊本体ではなく思いそのものだったから、制御装置(リミッター)をつけていても僕達には視えなかったんだよ。ティアはその辺、特別だったりするから視えたんだろうね」


「残留思念みたいなものですか?」


「まあそんな感じ。未練って言った方が適切かな? ……おっと、もう十六時か。それじゃあ仕事があるから僕はお(いとま)するよ。これ、僕の連絡先。ティアに渡しておいてくれないかな?」


「はい、分かりました」


「……ティアを、よろしくね」


 退室際、振り返ってそう言い残して出て行った。その言葉にはいろいろな思いが込められていて、きっとそれは夜斗も同じだろう。大切な人を失いたくない。いつまでも隣で笑っていてほしい。それだけだった。






 *






「幻術の類だと思います。花火が終わりそうだったので、スイカを取りに行こうとしたんです。その途中で亡くなったはずの父と母が背後に現れ、気づいたら七歳の七五三の日にいました。その後に思考の渦にぐるぐる巻き込まれたのですが、また気づいた時には目の前にはあゆみちゃんがいて……」


「実子の隊の子だよね?」


「はい。こっちに来てって言われてついて行ったらあゆみちゃんが突然消えて、今度は天が現れたんです。その天の走って行く先が崖で、呼び止めたのですが聞こえていないみたいでした。なんとか止めようと後を追ったのですが、天の腕を掴んだ瞬間に天も消えて、私は海へ真っ逆さま〜でした!」


「明るく言うところじゃないぞ」


 夜斗の言葉に、いつも通り困った顔で笑う。自分の話は重い事でも軽く、明るく話してしまうのは彼女の悪いくせだった。


「あはは、夜斗いつもより怖い!」


 今、「いつも」がある事に二人は胸の内で密かに感謝した。それがどんなに有難い事なのかを再認識し、右京が話を進める。


「そうか……やっぱりあゆみちゃんが今回の事件の犯人で決まりかな」


「事件?」


「幻術は、大蛤(おおはまぐり)という妖怪によって起こされた蜃気楼の可能性が高い。バル君の能力を使って当時の事を読み取ってもらったんだけど、あゆみちゃんがやはり大蛤を使役していた。不思議な事に大蛤の姿は掴めないらしかったんだけどね。今は身柄を拘束して局内の留置所にいるよ。本人は犯行を認めていて、後は被害者であるティアちゃんの目覚めを待つばかりだったんだ」


 ティアが一度目を覚ましてから数日。大きく進展したな、と夜斗は感心した。これも右京の働きかけの賜物だろう。謎はまだまだ多いが、信頼に足る人物だった。


「あゆみちゃんが……。でも私になんの恨みがあったんでしょうか。……何が目的だったんでしょう」


「目的は訓練生の中にいる御祈祷(ごきとう)家の人間を殺す事。何故狙われたのかはまだ分からない。彼女は黙秘を続けているよ。まず、どうしてティアちゃんが御祈祷家の人間だって分かったのかが謎だよね」


「ああ、それだ。どうして八雲さんは苗字が御祈祷なのに、ティアはルルーシェなんだ?」


「ルルーシェは母の姓。なんか御祈祷ってガチガチのガチな日本人の名字で、しかも下の名前が外国人の名前は似合わないなって!」


「……なわけないよな?」


「わぁ、夜斗さんが怖い。……戸籍は御祈祷ティアなの。ただ名乗るのはルルーシェ。公的なものには全部御祈祷って書いてあるよ。だから右京さんは知ってたし! ……ですよね?」


「うん、知ってた。……まぁ何故バレてしまったのかは置いといて、どうしてあゆみちゃんは蜃気楼(げんかく)を見せて殺そうと思ったんだろうね。本気で殺そうと思ったんならこう、刃物で刺すとか銃で撃つとか鈍器で殴るとかあるでしょ? 突き落としたってとても危険なのは事実だけど、他と比べては致死率引くそうじゃない? 確実じゃないっていうか、すぐに砂浜があるしさ」


 言葉を選びながら話す右京の意見に同意する。そして夜斗がおもむろに一つの可能性を提示する。


「躊躇ったとか?」


「俺はそうだと思うなぁ。あと重要なのはあゆみちゃん個人がティアちゃんを恨むような事があったのか、それとも御祈祷家を恨むような事があったのか……だね」


「あはは、なんか知らないところで恨まれるのも怖いものですね!」


 それは今まで恨み等の感情をキャッチしていたから言えた言葉だった。過去視と言えど、一秒先では今は過去になる。そうなると、リアルタイムで感情を読み取る事とは大差ない。


「……どうして気づかなかったの? 恨みの感情ほどの強さがあったら嫌でも読み取れちゃうでしょ?」


「ある程度コントロールできるんです。だから普段は読み取らないようにしています。結構疲れるんです」


「そういう事なのか。なんだか便利そうな能力を使いこなすのも、簡単じゃなさそうだね」


「本当にそうですね。まあ、こんなの無くて良いに越した事はないと思ってます」


「やっぱり辛い? 人の感情に触れるのは」


「そうですね……。良い意味でも、悪い意味でも重いんです」


 いつものように微笑むティアが、突然何の脈絡も無くハッと何かを思い出した時のリアクションをする。


「どうかしたの?」


 右京が覗き込むと、苦渋を浮かべ渋々といった感じで口を開いた。


「そういえば、実子隊と初めて会って合同任務に就いたあの日、あゆみちゃんと愛ちゃんが二人組でした」


 それがどうしたのかと、右京も夜斗もティアの次の言葉を待つ。彼女はもどかしいように二人を見ると、自分でも半信半疑といった表情で目線を手元に落とした。


「人間は吸い込まれるはずがないのに、あのペアだけは黄泉に吸い込まれたんです。黄泉へ吸い込まれるのは人外と死者だけだと天に聞きました。なのに……命を落としたわけでもないのに、あの二人は吸い込まれたんです。近くに人外がいたせいで、たまたまあの二人が巻き込まれてしまったのだと今までは思っていたのですが……」


 歯切れが悪く全く要領を得ないようで、本当は核心へと一直線な言葉だと本能的にそう感じる。迷いを孕みながらも口にする事で、彼女の中で立てた仮説は着実に確信へと変わりつつあった。


「……もしも、です。あゆみちゃん自身が人外だったらどうですか? これなら全ての辻褄が合います。黄泉が人外であるあゆみちゃんを吸い込む際に、ペアである近くにいた愛ちゃんも巻き込まれた。そして、海では人外としての力を使って幻覚を見せた。例えば人外使役したのではなく、あゆみちゃん自身が妖怪なんだとか、そんな可能性はないでしょうか。これは本当に私個人の憶測の域を出ませんが、可能性はなくはないと思います……」


 自信なさげにあくまで憶測だと言うティアの肩を、感心したように右京が乱暴に掴んだ。


「でかしたティアちゃん!!」


「痛たたたたたっ?!」


「あ、ごめん、俺とした事が気遣いが足りなかったよ。でもこれはすごい可能性だよ! これなら解決も早くできるかもしれない!」






 *






「退院、おめでとーう!!」


 次の日人外対策局管轄の寮に帰ると、右京隊と実子隊の九人と天がロビーでティアと夜斗を出迎えた。


「あ、ありがとう……!」


「うわ、なんだこりゃ」


「ティアお姉ちゃん、夜斗お兄ちゃんっ!」


 小さな体で二人の足にバフっと抱きついた。何か言いたげにしている人がちらほらといたが、踏みとどまってるのは幼い天へと譲る意志があるからだろう。


「むう、心配した。心配した……! ティアお姉ちゃんに買ってもらった服もね、ちゃんとアルと洗濯してね、干してね、畳んで……」


 目を潤ませる天は、そのままロビーのガラス張りの壁から見える空を見上げて涙をこらえようとした。


「よしよし、寂しかったんだもんね」


 アルが歩み寄り頭を撫でると、コクンと口をへの字にして頷いた。


「ごめんね、天……。ただいま」


 しゃがんで天を抱き寄せた。天は歯を食いしばって泣かないようにとティアを見る。


「……どうしたの?」


「ティアお姉ちゃんの髪の色って、お空みたい」


「空かあ……」


 困ったように笑うティア。そして次に口を開いたのは夜斗だった。


「ただいま天。ごめんな、何も言わずに」


「夜斗は許さない!」


「なんで?!」


 拗ねる天に戸惑う夜斗を見て、ロビーには笑いが巻き起こる。


「さてさて、右京さん達も待ってるから早く皆で部屋へ行こ〜う!」


「行こうってどこへ?」


「ボク達の部屋にだよ。何をそんな不思議そうな顔してるの? ティアの退院祝いに決まってるでしょ!」


「え、え?! いやいやそんな、私なんかの退院祝いのために……」


「おい、なんか(・・・)ってなんだ! そうやって、自分を粗末に扱うなって言ってるだろうが!」


「そうよティア。四の五の言わないで早く来なさい! あんたの荷物、全部廊下に放り出すわよ!」


「ええぇ?! それは勘弁して」


「ティアお姉ちゃん!」


 ティアの手を引く小さな手。暖かい温もりに首を縦に振った。


「……うん!」


「よぉし、レッツゴー!」


 アルはティアが帰ってきてから表情が明るくなった。いや、アルに限った事ではない。皆がそうだった。


「右京隊、実子隊、ただいま戻りましたー!」


「ただいま! わぁ、久々の部……屋?」


 右京隊の部屋のリビングに入ると、既にソファに座っている三人組がいた。空気が明らかに異様だ。刺々しくも淀み重苦しい。今にも周辺の物質が腐りそうな程の禍々しさや不穏さを感じるが、こちらに気づくや否や爽やかな空気に早変わりする。なんだったのかと勘繰る事はご法度だった。


「右京さんと実子さん……」


 そして一番奥にいるのは、


「やぁティア。昨日ぶりだね」


 御祈祷(ごきとう)八雲(やくも)だった。爽快な笑顔で手を振ってくる。


「……お、お兄ちゃん、なんでここに?!」


「可愛い妹の退院祝いだと聞いてね」


「ティアのお兄ちゃん?! この人が……? でも自己紹介された時、苗字が違くなかった?!」


 愛花も以前の夜斗と同じ疑問を口にした。


「えーと、ルルーシェは母の姓なの。名乗る時はルルーシェだけど、戸籍上の本名は御祈祷ティアなの。……まあつまり、私はティアです!」


「は、はぁ? もう何が何だか分からないわよ」


「ほら、とりあえず皆座ろ!」


 愛花の追求が長くなりそうだったので、アルが座る事を促す。三人掛けのソファが四つ、そして一人掛けが三つ。しかし一人掛けは八雲、右京、実子が占領しているので、適当に近くの席に腰掛ける。一人掛けのソファに座る事から、あの三人の微妙な心の距離が見て取れた。


「はい、ティアの退院にカンパ〜イ!!」


「かんぱーい!」


 アルが乾杯の音頭をとり、皆がそれに合わせて応えた。それを合図に喧嘩も勃発し、良くも悪くも大変賑やかになっていた。


「あ、おい直樹! それオレが食おうとしてたケーキ!」


「お前が何を食おうとしてるかなんて知らねぇよ!」


「ガキじゃないんだからそんな事でもめないでよねぇ。耳がキンキンするんですけどー」


「朱里のその喋り方も耳障りなんだよ」


「はぁあ? 直樹のくせに何生意気言ってんのよ」


 早くもトラブルを起こす三人。何故この組み合わせで一つのソファに座ったのかが謎だった。


「アル……僕のコップがない。どこだろう」


「佐久兎のコップ? ウサギのだったよね」


「うん。……あ」


 コップを探していた佐久兎が愛花を見て固まる。相変わらずの不幸体質に、頭が真っ白になりかけてしまう。


「ん? 何よ」


「そ、それ、僕のコップ……」


「あ、あぁあっ?! ちょっと、あたし口つけちゃったじゃないのよ!!」


「ご、ごごごめんなさいっ!」


「いやいや愛花、佐久兎は悪くないよ、あはははは!」


 アルが仲裁に入るが、間接キスに動揺している愛花と佐久兎の顔からは蒸気が出ていた。見兼ねてそれ以上のものを見せた。


「ほら、あれを見て」


 二人はアルの指し示す先を目で追う。するとなんと、八雲がティアの額辺りの髪にキスをしていたのだ。


「ちょっと、皆の前で……!」


「これは挨拶でしょ?」


「でっ、でも……!」


「……ハーフだけど名前が日本人な八雲さんの方が、名前が外国人なティアよりもハーフっぽいわね」


 愛花が一人で感心する。その時に日本人の血が入っていない、純粋な外国人が八雲の前へ華麗に現れた。


「初めまして、ティアさんのお兄様。(わたくし)、実子隊のバルドゥイーン・フォンシラーです。以後お見知り置きを」


「うん、よろしく……?」


 キラキラと謎の光を振りまいているのを、真正面から苦笑いで応える八雲。眩い光に目を細め、華麗にも軽く一つ一つ避けていた。これが精鋭隊隊長の実力かと羨望の眼差しを受け憧憬の的になるが、それ以上にバルが目にうるさかった。


「何やってんだアイツ」


「ふん、バルも夜斗もティアに随分とご執心のようだな」


「……は?! な、なななな何言ってんだよ銀は!!」


「ねぇねぇ夜斗お兄ちゃん、銀お兄ちゃんの言ってる『ゴシュウシン』ってどういう意味?」


「おい銀! 天が変な言葉を覚えちまったじゃねぇかっ!」


「俺はただ事実を……」


「ねぇねぇ銀お兄ちゃん、『ゴシュウシン』ってどういう意味?」


「それはだな、ティアの事を好――」


「教えるなぁぁぁあああああッ!!」


 銀の声を赤面しながら遮り、口を手で押さえつけて黙らせる。しかしこの会話を遠くから聞いていた地獄耳のバルが介入してくる。


「俺は否定しないぞ。男ならば正々堂々と奪い合おう! HAHAHAHAHA!」


「バルのキャラってこんなだったっけか……」


「バルの無能な影武者かも知れんな」


「銀もなかなか見かけ的にはキャラ濃いけどな。アーユージャパニーズニンジャ?」


「雪村家は甲賀の忍者の末裔だが」


「結構ふざけて聞いたんだけど本当(マジ)なのかよ……。俺はブナの木の妖精ぶなっしーのハンパねぇ映像のブレ具合よりも、キャラがブレブレなバルなんて目じゃない位に銀に驚いたぜ」


「おい、夜斗! 誰がぶなっしーだ!」


 銀を褒めながらもバルを遠回しに貶す夜斗に、やはりバルは食いついてきた。そして勃発する第何次目かの戦争。


「だいたい初めて会った時から気になってたんだけどよ、なんで髪結んでんだよ気色悪りぃ、切っちまえよ!」


「この高貴な俺の髪事情については、どうこう口を挟まれたくはないな!」


「見習えよ銀のこの短髪! すげぇクールじゃねぇか!」


「貴様だってそんなに短くないだろう! そしてなんだそのアシンメトリーな前髪は!」


「その通りアシメだよ!」


「おつまみにありそうな名前しやがって。だいたいそのチャラチャラしたピアスはどうなんだい! 不良の残骸が残っているぞ」


「お前だってピアスしてんじゃねぇか! チャラチャラしてねぇし、すげぇシンプルだろうが!」


「俺のは……大切な人の形見だ」


 口調の重くなったバルを見て、夜斗は申し訳なさそうに謝罪する。


「そうなのか……なんか、悪かったな」


「なーんちゃって! アメジストだぞ、アメジスト!」


「ああ!? 騙したな!? じゃあティアはどうなんだよ!?」


「可愛いじゃないか、紫陽花モチーフのピアス! 首を傾げる度に花びらが揺れ、ベビーブルーの綺麗な艶のある髪の間から覗く淡い色合い!! しかし最近は多忙を極め六月の花のまま……。もう七月中旬! 次につけるピアスはなんだろうか?!」


「お前、変態気質……?」


 今日は妙に多弁なバルと、夜斗と銀も相性は悪くはないようだった。むしろ噛み合っているおり、問答はとてもスムーズに進んでいる。


「ねえねえティアお姉ちゃん! バルお兄ちゃんと夜斗お兄ちゃんがゴシュウ……」


「うあああああああッ!!」


 危うく爆弾を投下されそうになり、夜斗とバルは声を揃えて大声で叫んだ。ティアはそれに驚き、持ち上げかけていたコップを掴み損ねた。衝撃でテーブルに中身の滴が散る。


「なんだよお前、さっき否定しないとか言ってたよな?!」


「否定しないとは言ったけど、なんかこれは違うじゃないか!」


 ここに至るまでの経緯を知らないティアにとって謎の喧嘩を二人が繰り広げる中、やっと仲裁人が登場する。


「こらバル、病み上がりの病人を驚かせちゃ駄目だろう!」


「そうだよ、夜斗も何を考えてるの。ボクの教育がなってなかったのかしら!」


 新とアルコンビの止めが入り、やっと事態は収束したかのように思えた。しかし、彼らの背後にラスボスの大きな影が差す。


「そうだよバル君に夜斗君。妹を預ける前に、僕が立ちはだかっているのを忘れないでね」


「お兄様……!」


「八雲さん……!」


 黒いオーラが八雲を包み込む。ありえない事だが、今から黄泉への扉が開かれるのではないかと思わせる程に禍々しいものがあった。それに気圧される二人。


「預ける? ……私が預けられるの? どういう事……なんで?!」


「ティア、なんでそんなホラーみたいな怖さを感じているのよ」


「高校生の保育園? 日本で育ったはずなのに、ジャパンにはまだまだミステリーがあるんだわ……」


 部屋の明かりが全て消え、ティアにスポットライトが当たる。すかさずツッコミを入れる愛花だった。


「ティア、なんでミステリーで出てくる謎解きの場面みたいになっているの」


「あ、ボクそれ知ってる〜! 金次郎みたいな名前の人……あ、そうそう! 古畑任二郎だよね!」


 盛り上がる皆の姿を微笑ましく傍観する隊長三人。


「八雲は相当なシスコンだよね」


「そうだな。暇があればティアはどうしているのかな、従弟にいじめられていないといいんだけど、友達とは仲良くできているかな、そんな事よりも変な男がよりついていないだろうか……。とかそんなのばっかりだ。耳にタコができる」


「ティアに聞こえるからやめて……」





 あれからだいぶ時間が経ったのだが、現役中高校生達は活力に溢れ何時間もドンチャン騒ぎをしている。流石に疲れを感じ始めた成人済みの三人は、参ったようにその風景を眺めていた。


「ああ、もう八時か。随分と長居していたみたいだね。観たい番組見逃しちゃったよ。まあ楽しいからいいんだけどさ!」


「祝い事だからな。そうでもなければ、右京となんざ同じ空間にもいたくない」


 二人揃ってパーティーに参加した事から、すっかり仲直りしたのかと思いきやどうやら八雲の見当違いだったようだ。しかし以前程の悪い空気もなくなり、お互いに以前の空気感に戻っている。大方、ごめんと言い出せずにいただけなのかもしれなかった。自然な形の和解が彼らしいといえば彼ららしかった。


「そういえばこの前、初任務にして人外とは共存できるのかどうかをもめていたな。八雲の妹は真っ先に天邪鬼に手を差し伸べた。見境が無いというより、全てを受け入れる広い心があるように思える。……お前とは真逆だな、八雲。お前は見境もなく命令であれば人外を殺す。…………なのに、あの時に限って手を出さなかったのは何故だ?」


 あの時――それは、零崎隊長と契約していた人外が暴れた時の事だった。


「うーん、なんでだろうね。実子も右京の言い分も分かる気がしたんだよ。当時、納得はしていなかったけどね。でも僕は一つ一つに理由があるから、人外を生かすか殺すかしている訳じゃない。いずれ害になるくらいなら、危険因子を即排除するのが賢明だと思っているからだよ」


「ふん、冷たいな。まあ白砂派の私からすれば妥当な判断だとは思うが」


「あはは。でも冷たさは強さだったりすると思うから、冷たくはないんだと思うよ。僕はただ弱いんだ。……例えばさ。自分じゃ敵わない強敵を、今なら確実に殺せるとする。実子はこの期を逃して野放しにする?」


「しないな。その期を逃すほど愚かではない」


「そういう事だよ。これから手の施しようがないほどに化ける前に殺すんだ。半殺しなんて生温い事はしない。確実に殺す。これは僕の弱さ故なんだと思うんだよね。大切なものを失ってからじゃ遅いって事は、重々承知済みだから」


「……ティアちゃんとは仲直りまだできてないの?」


 右京がタイミングを見計らって疑問を口にする。


「喧嘩なんかしていないから、仲直りも何もないよ。ただ、僕からとった距離のせいで溝が生じてしまったんだ。ティアから母を奪ったのは僕だし、本当はどんな顔をして会えばいいのか……まだ分からない」


「ティアちゃんは能力のせいで、八雲がそう思ってる事も全部分かっているんじゃないの?」


「それは……ないんじゃないかな」


 右京の問いに八雲は否定する。しかし実子がそれを更に否定した。


「どうだろうな。ティアはそんな能力無しでも人の心の動きに敏感だろう。少しの仕草や表情、言葉からも沢山の事を読み取る。優しすぎるせいで疲れないか心配だがな。……兎に角だ。お前の事なんか、透明なガラスでも覗いている位に見え透いているんじゃないか?」


「あはは。なーにそれ、困るなぁ……」


「器用そうに見えて妹の事に関してはからきしだな。鬼の隊長なんてよく言ったものだ。蓋を開けてみれば不器用な優しさしかない。だいたい、人外殺しの玄人が鬼だなんて呼ばれているのは甚だ片腹が痛い。何で人外殺しが人外の呼称で呼ばれているんだ? 精鋭隊の比喩にしろ何にしろ、『鬼の隊長御祈祷八雲』は人外なのか? 人間なのか?! あっはっはっはっは、鬼じゃあ退魔師をやっていてもただの同族殺しじゃないか。あっはっはっはっはっは!」


 実子の様子がしだいにおかしくなる。頬は紅潮し呂律が回らなくなり、酒臭いと思えばついには笑いが止まらなくなっていた。詰まる所彼女は笑い上戸だ。


「あぁ、ちょっと。ちゃっかりアルコール持参してるよ実子ってば。二十歳解禁してからお酒ばっかじゃないか。どうなってるの、右京」


「どうって俺に訊かれても困るよ」


「二人は仲直りできたみたいで良かったね」


「どうだか。ここにいるから話してるだけですー、だ。それよりも俺が驚いたのは、八雲が龍崎派に身を置いている事だよ。明らかに白砂(しらすな)派の考えでしょ?」


「……それはね」


 八雲は周りに聞こえない声量で耳元で囁き手招きをした。右京は素直に口元に耳を寄せる。


「…………個人的に白砂さんが苦手なんだ」


 声を潜めて突然上司を苦手だと言い出す彼に、右京は心から同意をした。


「めっちゃくちゃ怖いよね」


「共存否定派の白砂派はなんかこう……空気がいつも張り詰めていて居心地が悪い。常に爆弾抱えてる感じが重っ苦しいって感じ。もう地雷だらけだ」


「爆弾抱えてるのは、共存肯定派の龍崎派の俺達だって一緒じゃん?」


「憂いと復讐心ほどには違うと思うけどね。それに、こっちにだって僕みたいに人外に恨みのある人なんて沢山いるでしょ? でもなんで龍崎派なのかって、皆お人好しなんだろうね。それでも自分と戦いながら、憎しみの連鎖を断ち切ろうと頑張ってるんじゃない? 僕はそんなお人好し集団が戦いの中で集団自殺しないように、汚れ役を買ってもいいかな、なんて思ってね!」


 集団自殺とは自殺そのものを指すのではなく、自殺行為になるようなお人好しさそのものを意味した。


「鬼になれる優しさかぁ。……しかし精鋭隊の鬼隊長さん。クーデターは起こさないでよ?」


 右京はおどけたように言っているが、鬼と比喩されようとも結局はお人好しな八雲を心配し、身を滅ぼさないようにと忠告するのだった。


「鬼がクーデターって、白砂派にミンチにされるどころじゃ済まないや。……ははは」


「まあ、龍崎派だって鬼はミンチにするどころじゃ済ませないけどね?」


「わあ、光栄だなぁ。可愛い顔した着物のポニテ美男子に八つ裂きにされるなんて!」


「こちらこそ光栄だよ。ちょーイケメン美男子が、腹の黒さ隠して笑って褒めてくれるなんてね!」


 入室した時と同じあの不穏な空気に、部屋にいる一同が八雲と右京に恐る恐る視線を向ける。二人の爽やかすぎる笑い声と醸し出すオーラとの差。視覚情報と聴覚情報のズレに違和感を覚えた。


「うちの隊長とティアの兄ちゃんが黒いオーラ放って笑ってる……怖えぇぇ。あれ? あの三人お酒飲んでるじゃん」


「酔ってるんじゃね……?」


 信太と直樹の言い争いを止めたのは、元精鋭隊出身の彼らの諍いだった。

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