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退魔師はただいま青春中です  作者: 花厳 憂(佐々木)
第1章:6人を繋ぐもの-1
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No.8「雨いたり、晴ったり」

「ねぇお姉ちゃん! 天邪鬼っていうのは妖怪の中の天邪鬼っていう一族の事で、僕に名前があるわけじゃないでしょ? 皆みたいに僕にも名前付けてよ!」


「言われてみれば確かに……。でもなんで名前がないの?」


「天邪鬼は五歳になると名前をもらえるんだけど、誰もつけてくれる人がいなくって。だから、僕も名前が欲しいんだ!」


「そっかぁ。うん、名前考えるね。早い内に報告します!」


「うん、分かった。待ってるねっ!」


 無邪気に笑うこの表情こそが五歳児だ。我慢をしてほしくはないが、悲しい顔もしていてほしくもない。ティアはそう思った。


「ティア、こっち来て〜!」


 キッチンで紅茶を淹れていたティアをアルがリビングから呼ぶ。


「はーい、なあに」


 慌てて紅茶を持って行くと、アル以外にも皆が集まっていた。そして何故か全員が勝負師の顔になっている。


「……本日は猛暑で三十度越え。しかぁーし! そんな猛暑ですら買い出しをしないといけなくなりました。食料や生活必需品が尽きかけております!」


「食事なら一階のレストランでとればいいんじゃ……」


「ティアってば案外生活空間に対してはドライ?! 家庭の味ってものが食べたくなる時もあるでしょうよ! 後はお菓子とジュースが尽きるのはボクが辛い……」


「絶対お菓子とジュースが目的だろ。お前が買いに行けよ」


 夜斗の正論を右耳から左耳へ通り抜けさせ、アルは聞いていなかった事にする。


「はい聞こえませーん! という事で、この中からジャンケンで勝った二人を買出し係とします!」


「か、勝った人が?」


 こういう時に限って勝ってしまうのだとティアは渋い顔をした。しかしこれは運勝負。どうにもしようがない上に対策すらできない。一か八かの一発勝負なのだ。誰もが猛暑日に外に出たいとなんて思わず、地獄へのパシリになるまいと気合を入れていた。


「ジャーンケーンポンッ!」


 アル、愛花、佐久兎、信太はグー。

 ティア、夜斗はパー。


「……うっそ」


 見事に勝ち組二人の声がハモった。






 *






「もーう……なんでこういうのにはいつも勝っちゃうんだろ」


「ついてないよなぁ、こんなクソ暑い日に……。昨日なんて、ちょっと雨降ってて涼しかったのによ」


 買い出しからの帰り道。上から照りつける真夏の太陽。生温く湿度の高い空気。灼熱のアスファルト。景色を歪める蜃気楼。

 ティアと夜斗はゆらゆらと歩きながら重たい足を引きずっている。そうして歩いていると、ふいに子供服店のショーケースに目が留まる。


「夜斗、ちょっとだけ……! ちょっとだけここ入っていい?」


 顔の前で両手を合わせるティア。何故子供服になんて興味があるのかと不思議に思いながらも、その懇願を夜斗は承諾した。今は少しでも涼みたかったのだ。自動ドアが開くと、外との温度差で風が起こった。


 ――オアシス!


 灼熱のアスファルト地帯と化した現代の街中にオアシスを見つけ、夜斗は顔を綻ばせた。


「わあ、子供服って小さくて可愛い! あ、靴もある。この靴下も可愛い! うわぁ、靴下に耳もついてる……!」


 ティアが目を輝かせていると、一人の店員が声をかけてくる。比較的若い女性で、笑った時にチラリと見える白い歯が魅力的だった。


「私達からして見ると、子供服って小さくて可愛らしいですよね! お買い物帰りですか? お若い夫婦ですね。お似合いですよ! お子さんは何歳なんですか?」


 店員の勘違いから始まる質問責めに、みるみる二人の顔が赤くなる。


「ええと、か……彼とは友達で!」


「あらそうなんですか?! 失礼いたしました! ですが、本当にお似合いですよ」


「あ、ありがとうございます……?」


 夜斗は言葉も発せられず、赤面したまま荷物を持つ事に専念する。照れた時にそっぽを向くのは彼のくせで、最近では以前の刺々しさが軽減されてきた。それは真剣に人外と向き合う仲間の姿を見たり、天邪鬼という守るべき存在ができた事も少なからず関係しているらしかった。


「では、弟さんがいらっしゃったりするんですか?」


「そうなんです。五歳になったばかりの男の子で! 今日は夏服を買いに来たんです」


「でしたらオススメのこちらの靴は夏の新作で、色味やデザイン、素材も夏仕様でしてマリンテイストのとても爽やかな印象です。通気性も良く、安定性があるのでオススメです!」


「オススメ商品ゲットします! こっちの服なんか、セーラーカラーになっているんですね。可愛すぎ……どストライクです!」


 ティアと店員は早くも意気投合。どちらがすごいのか、今日初めて会ったとは思えないほどに仲良くなっていた。コミュニケーション能力が高い者同士は、会話もよく弾むようだ。

 それから三十分後。大きな紙袋を持ち、ティアが満面の笑みを浮かべて夜斗の前に現れた。


「ごめん、お待たせ!」


「ありがとうございましたー!」


 夜斗は短く「別に」と返事をしたが、けして不機嫌なわけではない。いつもそんなものなのだ。出会った当初は返事をする事すら珍しかった。これも彼の変化だ。

 店を出ると、夏を忘れていた二人を一気に現実へと引きずり込む。今日は人外の仕業かもしれないと思うほどに暑かった。


「暑い……けどいい買い物できたし! 天邪鬼君喜んでくれるかな」


「ああ、あいつのためだったのか」


 今更気づき、そのティアの優しい思いに夜斗も笑顔になった。相変わらずレアな彼の笑顔を見れた事に、ティアは何故だか嬉しくなる。眉間のシワが消えた時の彼は、優しさに溢れていた。


「あとね、名前を付けてほしいって言われたんだ。でも名前って大切なものだから、しっかり考えようって思ってる。天邪鬼君は早めがいいみたいなんだけど、なかなかしっくりくるのが思いつかなくって……。何か良いのないかな」


「あぁ、名前か。入れたい字とか無いのか?」


「天邪鬼だから、天っていう字は入れたいって思ってた」


「シンプルに、そのまま天って書いてソラとかどうだ?」


 案外すぐにティアの相談は解決へと向かう。素直に拍子抜けした表情を見せたが、その顔は難問が解けた後の爽快感があった。


(そら)……いいね! よっし、帰ったら早速どうか訊いてみよう!初めて会った日も空ばっか見てたし、晴天の天だしね。曇りのない心を持っていてほしいし……。あ、でも我慢はしてほしくないかな。今までの分も、空みたいに()いたり、(わら)ったりして欲しい」


 こんなに感情表現する奴だったんだな、と夜斗は思う。しかし以前からずっと、プラスの感情は心置き無く表現するような人だ。むしろ、最近になってやっと感情表現を分かりやすく表現するようになったのは、夜斗の方だった。

 空に咲いたヒマワリのようなティアの笑顔に、世界が明るくなったような気がした。






 *






「ただいま」


「たっだいまー!」


 二人の声に、リビングにいた皆がおかえりと返した。帰宅してきたティアの元へと走ってくる音が近くなる。軽やかなリズムの間が伸び始めたところで天邪鬼が姿を現した。


「帰り遅いから倒れたかと思った。心配したんだよ!」


「そうだよ。もう天邪鬼君ったら、ティアがいないからってそわそわそわそわ落ち着かないみたいでさ。信太にひっつきっぱなしだったんだよ〜!」


 アルが「コーラ買ってきた?」と付け加えながら、スーパー袋の中を漁っている。見つけると、自分のコップを持ってリビングに戻っていく。


「そうだったんだ。ごめんね、実は服とか買いに行ってたのでした!」


「服?! 洋服ってやつ?!」


 目をラメでも散りばめたかのように輝かせた。そんな天邪鬼は、今までボロボロの着物を着ていたのだ。寮についてからは、信太が服を貸してくれている。しかしだいぶ大きく、Tシャツをワンピースのように着て裾を引きずりながら歩いていてるので、だいぶ危なっかしかった。


「そうなの。その前にね、名前を夜斗と一緒に考えたんだ。(そら)! ……なんてどうかな?」


 照れたようにそう問うと、きょとんとした天邪鬼の顔がニンマリとし何度も頷いている。


「そら……僕の名前は、天。……うん、ありがとう! 気に入ったよ!」


「そうか、良かったな」


 夜斗は照れ隠しに顔を合わせる事なく、冷蔵庫に飲み物やら食料品をせっせと入れていた。天はそのままリビングまで走っていき、皆に自分の名前を自慢した。心の底からの笑顔には少し照れ笑いも混じっていて、背中がこそばゆい感覚もあった。


「僕ね、天! 天っていうの!」


「おう、天か! いい名前だな!」


「改めてよろしくね〜、天!」


「天……結構似合うわね」


 信太、アル、愛花も天という名前に肯定的だった。天は自分の名前を連発し、字に起こせばゲシュタルト崩壊を起こしかねないほどに呟いていた。佐久兎はその光景を見て、遠くから悲しそうに微笑んでいる。


「天、タグ切るから服見てみて!」


「わあーいっ! 見る見る!」


「なんか、オレ達に弟ができたみたいだな!」


 無邪気に走り回る天を見て、信太が兄を気取り出した。


「今まであんたが一番下だったものね。あたしにとっては弟が増えた感じかしら?」


「愛花が姉貴とか怖いんだけど……」


「は?」


「ナンデモアリマセン」


 相変わらず愛花は信太や夜斗につっかかるが、今ではそれも微笑ましいものだった。決して悪意があるわけではなく、ただの他愛のない戯れ。そんな事を日常に取り入れられるくらいには右京隊は親密になっていった。

 人外と人間との関係性についての価値観が合ったあの日から、同じ隊に属する者として信用に足るのかという問いにひとまず終止符が打たれた。


 退魔師としてやっていけるのかという不安は、天のような人外を救おうという気持ちで人外と向き合おうという姿勢に変化した。右京隊にとって天の存在は大きく、殺伐とした日常の中での限りある癒しである。親を亡くしている寂しさが分かるからこその感情移入もあったが、今後そういった事を少しでも減らそうという思いが、行動の原動力にもなった。


「ほらほら、愛花も信太も仲良くしなきゃダメだよ〜」


 お気楽な長男アルが天とティアのタグ切りを見に行く。それに愛花も信太も続いた。まるでクリスマスプレゼントを開ける前の子供のように、天の表情は生き生きとしている。


「わーお、ティアセンス良い!」


「わあ、可愛いわね!」


「今時の子供服オシャレだな。俺なんて着ぐるみ着せられてたぞ」


「どういう状況よ、それ……」


 信太の幼少時代を思い浮かべ、追求しようとした愛花でさえ笑ってしまった。猿の着ぐるみだったら最高だと思いついた途端に、それは脳内で映像化されてしまったのだ。抱腹絶倒しゲラゲラいつまでも笑っていると、流石の信太でも不愉快な顔をした。


「お前今、絶対に猿の着ぐるみin俺を思い浮かべたな?」


「何そのチーズインハンバーグみたいなやつ」


「あれ。チーズインハンバーグの要領で言ったら、俺in猿の着ぐるみか?」


「もうどっちでもいいわよ……」


 信太のくだらない疑問に対する答えは誰もしてはくれなかった。真面目に授業を受けていれば分かって当然の事だったからだ。


「洋服今着る! 靴も今履く!」


「天、慌てないでね。転んじゃうよ」


「えへへ、名前呼んでくれた! なんか照れる! 天も天の事、天って呼ぶー!」


 盛り上がってる中、冷蔵庫に食料を入れ終えた夜斗がリビングに現れる。そしてソファの端っこで体育座りをしている佐久兎の横へ乱暴に座った。


「わ、わあ?! や、夜斗……?」


「飲むか? ピーチティー。初めて飲んだけど美味いぞ?」


 二つのコップを持ってきていた夜斗からその内の一つを受け取る。


「あ、ありがとう」


 美味しいと伝えようとするが、笑ったせいでむせてしまう。


「大丈夫か?」


「う、うん。普段ちょっと怖い夜斗がピーチティーなんて可愛い単語言うから、少し可笑しくって……」


「んなっ……」


 心外だと漏らしてから静かにピーチティーをテーブルに置き、そして腕組みをして佐久兎を睨んだ。


「わ、悪い意味じゃないよ!」


「羨ましそうに天達見てるから、せっかく声かけてやったのによ」


「だ、だって……。あの時、皆の方に行けなかったから」


「あの時って?」


「ほら、共存肯定派か否定派かで割れた時に、天をかばってあげられなかったから」


「別にそんなん気にしてないと思うぞ? 現に俺は気にしてないしな」


「で、でも僕、あの時は自分の保身ばっかり考えて、危険因子を取り除く事しか考えてなかったんだ。……皆は強いね。すぐに自分との違いを受け入れちゃうんだ。僕は弱いよ」


「それってさ、慎重って事だろ。悪い事じゃねぇよ。弱いんじゃなくて大事な個性なんだと思うぜ。慎重な奴がいないと、この隊は結構危ういだろ。だいたい、人外と人間っていうこんな大きな壁を超えて自分との違いも受け入れるような奴らだぜ? 佐久兎の事だって例外なく今まで通り受け入れるだろ。いろんな考えの人間がいる。それって当たり前だし、必要な事だと思うけどな」


 夜斗の横顔はいつもより優しく見えた。不良だった過去とは結びつかないほどに、かけてくれる言葉も真剣で重みがある。誠実さがひしひしと伝わってくるその雰囲気は、仲間思いの本当の彼の姿が垣間見えるようだった。

 自分を必要だと言ってくれた彼に、どう感謝の気持ちを伝えようかと佐久兎は考えた。結論が出ない内に、信太と天が遠くから呼びかけてくる。


「おーい佐久兎、夜斗! お前らもこっち来いよ」


「見て見て、新しい服!」


 そんな二人を見て、夜斗は「ほらな」と笑いかけた。


「勝手に自分を端に追いやるな。あいつらの中では、お前も常に輪の中にいるんだからよ」


 夜斗はそう言い残し立ち上がった。その背中をただただ目で追う。


 ――いつもだ。僕は人の背中を追うばかり。誰かに背中をおしてほしいのに、僕の後ろには誰もいない。小心者の僕はいつだってそうだった。最後尾の後ろなんて、いないんだ。


「佐久兎、はやく〜!」


 ティアが佐久兎を手招きしている。他の皆も笑顔で佐久兎を待っている。


 ――この人達には敵わない。この人達の前に行く事は、一生かけてもできないかもしれない。いや……きっと追いかけるのがやっとだ。それでも僕が遅れた時には、手を差し伸べて引っ張ってくれる。お荷物な僕をいつも仲間だと思ってくれている。


 だから、僕が最後でいい。


 僕を引っ張ってくれた分、皆が足を止めた時に後ろから背中を押すんだ。

 僕の後ろに背中を押してくれる人はいなくたっていい。

 だって、皆が前から引っ張ってくれるから。


「うん、今行く!」


 僕は弱い。だから皆に後れを取る。

 そんな自分が嫌いだった。

 でも今は、それを弱さではなくて、個性だと言ってくれる仲間がいる。

 誰よりも弱いかもしれないけれど、きっと誰よりも幸せ者だ。


 自分の意思で立ち上がり、仲間のもとへと行く僕は、少し強くなれた気がしたんだ。

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