金曜日「髪が金髪の人」
今日は金曜日。祝日である。昨日の熱も根性で治したし、何もすることがない…。
昨日のアーテルとのことを思い出すと、恥ずかしくて胸が締め付けられるように痛くなる。
ああ、会いたいなぁ…なんて。
現在はお昼前、ベッドの中でぬくぬくだらだらと寝転んでいる最中だ。外は昨夜降った雪で覆われており、やれ、イルミネーションだ、やれ、クリスマスセールだのと、世間は浮かれた人間たちで賑わっている。
今日は何をしようか…。することがない。勉強も一通り進めたし、こんな時に遊ぶような友達もいない。まあ、最近インストールしたSNSアプリでは、「友だち」という欄に相川たちの名前はあるが。
「ひまぁ…。」
育てている観葉植物に水もやった、鉢の金魚に餌もやった、朝ごはんは食べたし、勉強はやったし……。
何をしたか、思い出しているとだんだん眠たくなってきた。瞼を閉じようとした瞬間。
「蒼、お客さんよー!」
母の声が一階から聞こえた。
こんな日に私を訪ねる人なんて、いただろうか。
急いで階下に降りると、母は何やらニヤニヤとした表情で
「あんた、いつあんなイケメン捕まえたの?お母さんびっくりしちゃった。」
明らかに面白がっている様だったので、軽く睨みを効かせてから玄関に向かう。
イケメン…一人くらいしか心当たりがない…!
アーテルっ。
玄関のドアを開くと、スーツのいつもとは違い、セーターの上にコートを羽織り、ジーンズのパンツに革靴を履いたアーテルが立っていた。
「おはようございます。蒼さ…!?」
挨拶をする前に、咄嗟に抱きついてしまった。
自分でも驚くほど突然に、自然に、そして強く。
「会いたかった。」
「蒼さん…?」
自分の気持ちが素直に出た。少し戸惑いつつも、安心した表情で、アーテルは
「僕もですよ。」
と返し、優しく抱きしめた。
アーテルの髪色、今日は金髪だ…。
なぜ毎日、色を変えるのだろうか。
どんな髪色だろうと、似合っていることに変わりはないのだが。
「蒼さん。」
名前を呼ばれて顔を見上げると、私の好きな、あの青い瞳を覗かせながら
「出掛けませんか。どっかに。」
まさか私も、浮かれる世間の仲間入りになるとは…。
***
「へ、変じゃない?」
いつも出掛けるときは三つ編みにしているので、髪を下ろして出掛ける服装をすると違和感を感じた。それに、いつもは滅多に履かないブラウンタイツ、スカート調のショートパンツ、もこもこのアクリルセーターにポンチョだ。着たことのないものまである。
「か、かわいい…!めっちゃ似合ってますよっ。」
満面の笑顔で私にお世辞を言うアーテル。合わせてくれなくていいのに、と心の中で苦笑。でもそうやって言われてみると、やっぱり嬉しい。
「じゃ、行きましょうか。」
ここらの地域は田舎よりなので、近くの都市へ電車で出掛ける。最寄りの駅までは歩いて約5分だ。そこに着くまではたわいない話で盛り上がっていた。
雪が降っただけあって、手が凍えるので、摩っていると、突然アーテルが私の右手を掴んで、自分のコートのポケットに突っ込んだ。
「こういうの一度、やってみたかったんです。」
アーテルは機嫌を良くしたみたいだが、いきなりそんなことされた身にもなってほしい。握られている手が熱くなり、心拍数が増しているのが分かる。
「あ…あっそ…。」
恥ずかしくて会話がろくにできなくなり、そっぽを向いてしまった。
***
都市についてからは、色々なお店を回って時間を潰した。
不思議と過ぎるのが早くて、今までにないくらい、楽しかった。色んな品物を買ったが、何を買ったか、全てちゃんと覚えている。
マグカップ、ノート、ペン、ぬいぐるみ、キーホルダー。
中でもこのキーホルダーは特別買ったときの記憶を鮮明に覚えている。
***
「蒼さん、これ買いませんか。イニシャルのついたキーホルダーです。」
ある雑貨屋に立ち寄ったとき、アーテルは目を輝かせて一つの商品を手にとった。
「キーホルダー…。」
アンティーク調の丸い枠の中に、ガラスがはめこんであり、中には筆記体で「A」と書かれてあった。男女関係なく、どこに付けてもマッチしそうな雰囲気だ。
「ほら、僕たち、"アーテル"と"蒼"で両方『A』じゃないですか。オソロイってちょっと憧れます。」
「なるほど…。」
柄も気に入ったし、即購入した。
***
今日一番大変だったのは、アーテルとはぐれたときだった。
***
「ねえ、このヘアピン、アーテル似合うんじゃない?」
返事がないので、辺りを見回すが、アーテルはどこにもいなかった。
「あっ、あれ!?アーテルっ、アーテル?」
それまではずっと私について来てくれていたのに、突然いなくなったものだから、非常に焦った。
この歳で迷子センターなんて行けないし、どうしたものかと悩んで5分。自力でさがす決心はしたが、携帯は持っていないらしいので、必死でさがしまわって、約10分ほどでようやく見つかった。
「あっ、蒼さん、さがしてたんですよ。」
「それはこっちの台詞!」
のほほんとしていたので、腹を立てた私だったが、アーテルがコートのポケットを漁ってある物を取り出した。
「蒼さんに似合うかな、と思って。ヘアゴム…シュシュっていうんですかね?どうぞ。」
「えっ?あ、ありがとう!」
可愛らしくプレゼント用に包装された小さな小袋を貰った。
レースのリボンを解くと、中にはピンクをベースにした全体的に淡い花柄のシュシュが入っていた。すぐに髪を顔の横で束ねて、改めてお礼を告げる。
「すごくかわいい。ありがとう、アーテル。」
自然と笑顔が溢れた。プレゼントはされるのも嬉しい。
それからは、アーテルをさがす前の店でヘアピンを買い、プレゼントした。
アーテルは快く付けてくれ、あの綺麗な瞳が露わになった。
道をあるくと、アーテルのその目を惹くような瞳に、たくさんの人が振り返ったのがわかった。
***
現在は駅前の綺麗なイルミネーションのイベント会場を歩き回っている。
色とりどりのイルミネーションが、花壇や植木、地面の石畳みを照らしている。
冷んやりとした冷たい空気とは反対に、カップルや家族の客で賑わっており、雰囲気は暖かかった。
「初めて見ます。イルミネーション。」
「私も初めてだなぁ。こんなに綺麗なのは。」
また、たわいない話を始めて、イベントのメインの、大きなツリーの装飾を前にして、アーテルが呟いた。
「このツリーの前では、本当のことを一緒にいる人に打ち明けるらしいです。」
アーテルの雰囲気が変わったのが分かった。白いため息をつき、何かを言いたいのだろうが、言いづらそうな顔だ。少しだけ、嫌な予感がした。
「蒼さん…。」
「…なに?」
アーテルは私と向き合い、しっかりと手を握った。綺麗な瞳に映る綺麗なイルミネーション。実際に見るより、アーテルの瞳越しの方が綺麗に思えた。
「僕は…僕は明日から、もう蒼さんに会えないんです。」
予想外の衝撃を受けた。それまで温かかった心に、大きな氷柱が突き刺さったようだった。
「……どうして。」
「そういう…約束なんです。こうしてイルミネーションを楽しめたのも、二本の脚で立っていられるのも、あなたとお話しができるのも、あなたのそばに居られるのも…。全部、契約をしたからなんです。"五日間だけでいいから、あなたと関わり合いたい"っていう、願い事をしたんです。」
言っている意味がわからない、話の筋がみえない。疑問しか浮かばなかった。でも、もしかすると、アーテルは……。
私という存在から逃げようとしているのかもしれない。
自然と、涙が溢れては、零れ落ちた。
泣いたのなんて、何年ぶりだろう。
私は握られていた手を離した。
「どうして、私と関わりをつくりたいと思ったの。」
責め立てられると思っていたのか、少し驚いた表情をしたアーテルは、懐かしむような優しい声で話した。
「始めてあなたを見たとき、不思議な人だと思いました。一見、哀しそうな表情なのに、下を向かず、上を向いて歩いていたんです。どんな人なのか、興味をそそりました。そのころの僕に、すこし、似ていたので。」
咳払いをして、そっぽを向くアーテル。
「でも、ちょっと計算外でした。あなたとの関わりを深めていく度に、その、あなたに惹かれていったんです。」
自分から手を握るのは照れ臭いので、コートの袖をつまんだ。
「それは…私もだよ、アーテル。最初はどんな人かと思ったけど、次第に慣れて、惹かれて…。今じゃこんなに…。」
指先と唇が震えている。悲しいのか、嬉しいのか、もう、よくわからない。
「こんなにも、愛おしい。」
恥かしさなんて、微塵もなかった。ただ、想いを伝えたい気持ちで一杯だった。
ふと気づくと、私は包み込まれるように、アーテルの腕の中にいた。
とても暖かかくて、心地よかった。
「蒼さん…。」
「今さらだけど、アーテルの方が年上でしょ。」
私がいたずらっぽく微笑みかけると、アーテルはくすっと笑って言い直した。
「蒼、好きだよ。ずっと、愛してる。」
視界が揺らぐ。涙で目が潤んでいる。こんな気持ち、初めてだから、どうすればいいのか、わからない。
「わたっ…し…もっ…大す、きっ…。」
声が震えてしまって…。
今まで自分の気持ちにこれほどまで素直になったことがない。
とにかく辛くて、幸せで、もどかしかった。
少しおさまってから、伝えたいことを全部伝えた。
「あなたは私に無いものを、くれた。
眠りにつく前の楽しみ、友達、明日を心待ちにする気持ち、恋をする難しさ、暖かい心。
全部初めてのことで、全部あなたが届けてくれたものだと思う。
本当に…」
自分の手が、自然とアーテルの首に絡みついた。
「ありがとう。」
時間の許す限り、アーテルとの、最後のトキをその場で過ごした。
すごく甘く感じた。お菓子食べたあとの余韻みたいに、甘くて、とろけて、暖かかった。
***
今日は月曜日。
不思議と学校へ向かう足取りも軽い。
冬休みまであと少しだからだろうか。今年も年末年始は忙しくなりそうだ。
ふいに、電話の着信音が鳴りだした。
「あっ、相川さん?おはよーう。」
電話の相手は、クラスメートの相川だ。今週他の友人も誘って、遊園地に行く約束をしている。
学校に着くまでのたわいない話を電話でしていると。
ふと、黒い猫が横切った。
見覚えがある。そうだ、久松さんのお宅の猫だったはず。綺麗な蒼い瞳をもつすらっとした猫。
その猫の首輪に着いている飾りが、一瞬目に付いた。私の携帯電話に着いているキーホルダーと同じものだ。
「……アーテル…?」
黒猫は一度、立ち止まり、囁くような優しい声で鳴いたあと、その場を走り去っていった。