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初恋の猫  作者: 殺戮
2/5

火曜日「髪の朱い人」

「…ひっ!!」

天と地がくるくるとひっくりかえり続ける。

その景色に加え、台風のような強風を浴びながら重力に振り回され続け、気分が悪くなってきた。

ヒトは何故このような馬鹿げた遊具を編み出したのだ……。

きっと今私は、たいへんみっともない表情をしているだろう。


「ひゃあああぁ!!」

隣には、耳を(つんざ)くような大きさの、悍ましい声で叫びをあげる男がいた。


こいつよりはマシか…。

そう思うと何故か、肩の強張りがなくなり、ほっと安堵して恐怖心が薄れた。


***

木の葉がさわさわと揺れ、ゆったりとした午後の明るさがひろがっている外。歩きながらでもうたたねをしてしまいそうなお昼過ぎ。

今日は短縮授業で早く帰ってこられたのだ。


人通りの少ない路地を、足早に歩いた。

今日もアーテルはいるのだろうか…?

興味、緊張、警戒心など、様々な感情が私のなかで渦を巻いた。

そんな風にもやもやとしながら、家の前の角に着く。

ここを曲がれば、すぐ家の玄関前だ。


「…………よし。」


決心して、角を曲がろうとしたその時だった。


(あおい)さん、あなたにお願いがあります。」


背後から聞き覚えのある、印象的な、あの声がした。

咄嗟に後ろを振り返る。すると…


昨日と同じ黒いスーツで、髪を炎のような赤褐色に染めたアーテルがいた。

髪は切っていないようで、相変わらず目元がみえない。しかし、昨日と違って周りがまだ明るいので、意外と歳の近そうな、若い男性だと悟ることができた。

綺麗な黒髪が、今日は染め残しひとつみられない、綺麗な赤毛に変わっていたことに少し驚いた。

黒髪も少し惜しい気もしたが、本人の意思なのだろう。

それに、良く似合っていると…思う。


それより、いつから後ろにいたのだろうか。

人の気配などは全く感じられなかったのに…。

あっけらかんとする私は、再び驚かされることとなる。

アーテルは口元のみの笑顔で話を始めた。


「お願いです。僕と一緒に、「遊園地」に行きませんか?」

「…はあ!?い、嫌だよ。」


思わず即答してしまった。それに、「行かない」ではなく、「嫌」という言葉で。

しかし、アーテルは特に傷ついたような様子もなく、続けた。


「ですよね。普通ですよ。僕と会ったの昨日が始めてですし。じゃあ…」


アーテルは何やらスーツのポケットに手を突っ込んだ。そして黒く細長いプラスチック性の物体を取り出す。

その部分を柄にして、銀色に光りを放つ、鋭く尖った金属部分が飛び出した。それは…

刃先がしまわれた果物ナイフ。折りたたみ式で極めて小型のものだが、人を刺し殺すには十分だ。

全身に力が入った。手足が震え、顔が強張る。


こいつはやっぱり危険な人間だったんだ…!!

もう遅い。

顔から笑顔が消えたアーテルは、ナイフを握ったまま私の目の前に刃先を突き付けた。

と思ったら刃先は私から外れて…?


「一緒に行ってくれないと僕は今ここで死にます!」

「ええっ!?」


それって卑怯じゃない!

しかしこんな人間だ。どことなく本当にやりそうな感じがして、気が気でなかった。

遊園地…。

深く、長いため息をついた。


***


「次はあれ乗りましょうよ!あれ!」


アーテルが指を指した先にあったのはコーヒーカップ。

ジェットコースターで空中で振り回された挙句、地上でも振り回される羽目になるのか…。

ぐったりとする私をよそにアーテルは無邪気に走って行く。スーツ姿なので目立ってしょうがない…。私は苦笑しつつ、早足で歩いた。

***


「コーヒーカップが怖いなんて、蒼さんかわいーい。」

「う…うっさい。」


酔ったを通り越して怖かった。

笑顔のアーテル以外の景色が歪み、回ってみえるのだ。はじめはゆっくりだからよいものの、徐々に加速して遠心力を強く感じるようになってくると、振り落とされるのではないかと恐怖した。

調子に乗って笑い飛ばすアーテルが恨めしくなってきたので、この遊園地で最も人気かつ怖いと評判の「幽霊屋敷」に行くことに決めた。

この遊園地はあまり栄えていないこの辺りでは有名で、入園料も手軽なため、平日も子供連れの家族や学生に人気だ。


「ちょっと。行きたいところがあるんだけど。」

「どうしたんです?そんな企み顔で。」


果たしてアーテルは幽霊などを恐れるのだろうか。少し面白くなってきたのかもしれない。


***


ここに並ぶんですか。

ボロボロの廃屋をイメージした施設にできた行列を前にして、アーテルは呟いた。

顔からは笑顔が消えている。これは良い反応だ。

行列に並んでいる最中、アーテルは話かけてこなかった。歩き方もぎこちなく、ずっと俯いていた。

私が退屈にしていると、前のカップルがいちゃつきだした。


「あたしめっちゃ怖いんだけど。おいてかないでねっ?」

「大丈夫だって。俺がそばにいてやるよ。」


面白そうだったので、その会話を見習い、少しアーテルをからかってみた。


「ねえ、怖いの苦手なの。」

「ん?いえ、全然そんなことないですよ。」


冷や汗を滲ませながら平然を装うアーテルが可笑しくて、笑いを堪えるのに必死だった。


「ちゃんと付き添ってあげるから安心していいよ。」

「えっ?本当ですか……って、別に怖くないから大丈夫です!」


一瞬ぱあっと明るくなって、すぐに我にかえるアーテルが可笑しくてもう耐えきれず、笑ってしまった。

本当に久々に笑った。ここ3ヶ月くらいは、ずっと笑っていなかった気がする。

アーテルはむすっとしていたが、その表情はどこか暖かかった。


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