転校生は美少女? 5
「おい、そこの君。何者だ、名を名乗れ」
美道がやや警戒気味にメルへ呼びかける。
「…………めぐるちゃんほらほら、すっごいかめはめ波だよぅ! 感じるでしょ?」
「おわっ! 何だ?」
メルの口からブツブツと声が漏れる。だが彼女の視線はどこか宙をさまよっていた。
さらに警戒心を強める美道。
「危険だぞこの女、いきなりわけのわからん事を……」
「メルちゃん、しっかりしてよ! ねえ!」
巡がメルの肩を掴んで揺する。するとその瞬間ガッと手首をつかまれたので本気で振りほどいた。
どうやら彼女が覚醒したようだ。
「あら? わたしったら一体何を……」
目をぱちくりさせ、よだれを拭うメルに美道が詰め寄る。
「巡を無残な姿に変えたのは君か?」
「わっ、すごいイケメン。なんかいきなり迫られちゃってる?」
「君も花奈と同じく好き勝手している口か」
「わあ、女の子みたいに綺麗。メルちゃんちょっとときめいちゃうかも」
メルは質問を無視し、ちろちろと巡に視線を送りながら言う。
「な、なに?」
「うふっ、冗談だよめぐるちゃん。今はめぐるちゃん一筋だから安心してね」
「いや、僕のことは全然気にしないでいいよ。うん、本当にいいから」
「自分から身を引こうとするなんて。なんていじらしいのめぐるちゃんったら」
巡は頭をなでようと伸ばしてきたメルの腕をスウェーで回避した。
さっきからことごとく質問をスルーされ、やや険しい顔つきの美道に花奈が横から口を出す。
「美道、その子がメルよ。あなたも聞いたことあるでしょ?」
それを聞いた美道は少し驚いた表情で口を開く。
「なに? 君があのメルか……。噂は聞いているぞ。十年、いや二十年に一度出るかどうかの変態らしいな」
「そんなことないよ、せいぜい十人に一人ぐらいだよぅ」
「……メルちゃんレベルの人がそんなにぞろぞろ出られたらたまらないよ」
「ということは……メル、禁呪を使ったな? 男を女に変えてしまうなどボクや花奈にはできない芸当だ」
美道も花奈と同じように巡の変化が魔法によるものと考えていた。
彼もまた魔法の存在を知るもののようだ。
巡は花奈と美道、二人の理解の早さに内心驚きながらも不安そうに尋ねる。
「あの、禁呪とかって物騒な単語出たけど、僕大丈夫なんだよね?」
「だいじょうぶ。ただの魔法だよ、マホウの一種」
「ただの魔法って言われてもすごくひっかかるんだけど……」
「あーあ。にしてもクリちゃんに狙われちゃうんだったら女の子にするんじゃなかったなぁ。勢いでやって損しちゃった」
「ちょっと! そんな簡単に後悔しないでくれる!? 僕はどうなるのさ!? 責任とってよ!」
「もちろんだよ。ちゃんとかわいがってあげるよ!」
「そういう意味じゃなくて、元に戻してってこと!」
「呪いを解くのはさすがのメルちゃんでもちょっと難しいの」
「いま呪いって言った! 絶対言った!」
「えへっ」
「えへっじゃないよ!」
ペロっと舌を出すメルにつかみかかりたい気分になったが、近づくと逆に襲われる危険性があるため踏みとどまった。
二人のやり取りを見ていた美道が、嘆くようにため息をついて言う。
「うーむ。……お湯でもぶっかけたら男に戻らんかな」
「そんな某二分の一っていう漫画じゃあるまいし……」
「アレを顔にぶっかければ戻るかも!」
「……アレって?」
「やだ、めぐるちゃんわかってるくせに。あの白いにゅるっとした……」
「うん、わかったからもう言わなくていいよ」
「そうか。ちょっと待ってろ巡。今ボクが……」
「やめて。本当にやめて」
ズボンのファスナーに手をかける美道を止める。
美道は不満の表情で巡を見返した。
「何をする巡。何事も試してみなければわからないではないか」
「うるさいうるさい」
「二人とも、なにか勘違いしてる? メルちゃんが言ってるのと違うんじゃないの?」
「えっ? じゃ何のこと?」
「うどんだよ?」
「なんでうどんなんだよ! そんなものかけてどうするのさ!」
「だってぇ、ぶっかけうどんって言うでしょ」
「だからって僕の顔面にうどんなんかかけてもなんにもならないでしょ!」
「そっかぁ……。でもぶっかけうどんってすっごいネーミングだよね。メルちゃんいっつも恥ずかしくて注文できないの」
「それは変な事考えてるからじゃないの? それにさっきから連呼してるけどその調子なら楽勝で注文できるよね?」
「なあ巡、ならボクはぶっかけうどんにさらにぶっかければいいのか?」
「衆くんはもうしゃべらないで」
巡は冷たい視線を美道に送った。
だが美道は余裕そうにあごに手をあてながら、改めて巡の全身を眺める。
「……いや待てよ。男装した女子か……。一見男子でありながらもその実女性のような美さ……。……アリはアリだな」
「えっ?」
「メル。少しボクも熱くなりすぎた。君の気持ちもわかる。今回の禁呪は特別に不問にしよう。いや、むしろ感謝すべきか」
「うん。でも巡ちゃんにちょっかい出しちゃダメだよ?」
「はっはっは。それはどうかな。ボクは美道衆。よろしく」
美道が次のレベルに上がったことで、二人は和解した。
変態が握手を交わす横で、巡は一人絶望の淵にいた。
どうしよう。このままじゃ本当に元に戻れないかもしれない。
それに次から次へ変な人が集まって、ものすごく嫌な予感がする。
僕は一体どうなってしまうんだろう……。