転校生は美少女? 4
その時教室の引き戸が音を立てて開いた。
話し声が止み、クラス中の視線が一気に前方の出入り口に集まる。
「おはよう諸君!」
現れたのは一人の男子生徒。よく通る声で誰にともなくあいさつをしたが、誰一人返事するものはなかった。
クラスメイト達は何事もなかったかのように再びおしゃべりを始める。
「っち、面倒なのが来たわね……」
花奈が抵抗する巡の腕を引っ張りながら舌打ちする。
クラス全員から無視された男子生徒は、巡の前の席、すなわち自分の席に向かって歩き出した。
その間も彼は笑顔であいさつを振りまくのを忘れない。
周囲からは「あ、ああ……」「お、おはよ……」「ち、近寄るな!」「俺が悪かった!」といったあいさつが返ってくる。
そして最後に花奈の魔手を振りほどいた巡の前で立ち止まった。
「グッモーニング、巡」
「あ……うん」
横流しに垂らした長めの前髪をさっとかきあげ、綺麗に生え揃った白い歯を見せて笑う。
彼の名は美道衆。クラス中から腫れ物扱いされいる彼は、これでいてしかし芸能人負けの美少年である。
自己愛の強い性格である彼は、根拠のない自信に満ちた言動が多くいちいちウザい。そして寒い。
とはいえ一年B組の生徒達は比較的おおらかで優しい子が多い。単純にちょっとウザいからといって人を嫌ったりはしない。
それにモデル並の容姿を持つ彼なら、嫌われるどころかクラスの人気者であってもおかしくないぐらいだ。
もちろんこれは彼に対するやっかみとかそういう類のものではない。だが彼を擁護する事は誰にもできないのだ。
なぜなら。
美道はナルシストである以前にホモであり変態だった。
その倍がけされた破壊力は想像を絶する。
「ちょっとあんた、遅刻なんだけど? なに偉そうにしてんの?」
「今日はちょっとな。朝から不良に絡まれている少年を助けていたのだ。もちろんアドレスもゲットした」
「災難ねその子。不良に絡まれた方がずっとマシ」
「はっはっは。早速メールを五件ほど送っておいた」
「笑えない。……あーヘドが出そうだわ」
花奈は心底嫌そうな顔で吐き捨てた。
嫌悪感丸出しではあるが、これでもクラスで美道とまともに会話できる数少ない存在だ。
「ところで巡。今日は遅刻しなかったのか? もし今日も遅刻したら何でもボクの言う事を聞くという約束だったはずだ」
「えっ、あ、いやそれは……」
「残念ね。もう巡ちゃんは女の子なの。あんたの出る幕はないわ」
「……ははっ、何をバカな」
ちらっと巡を見やる美道。
巡は慌てて視線を逸らす。
「む? むむむ?」
さらに顔を寄せてくる美道。
「なん……だと?」
明らかに彼の表情が変わった。
髪型や服装に変化はないにしても、普段から巡をよく視姦している美道にとってその違いは一目瞭然だったようだ。
巡はもはや美道に隠し通すことは不可能だと感じた。だがこうも考えた。
もしかしたらこれで狙われる事はなくなるかも。美道くんがいくら騒いでもみんなスルーするに決まってるし。
ここはおとなしく本当の事を言った方が得策だ。
そして小刻みに体を震わせる美道に向かって言い放つ。
「ぼ……僕、女の子になっちゃったの」
「……そ、そんな……バカなあぁぁっ!!」
絶叫する美道。その叫びは教室内に響き渡ったが、みんな聞こえないフリをして彼の方を見ないようにした。
決して関わってはいけないのだ。
ややあって美道はその場に崩れ落ち、沈黙した。
ある程度リアクションを予想していた巡だったが、それでも引いた。結構引いた。
花奈は勝ち誇ったようにその様子を見てせせら笑う。
「ふん、いい気味だわ。ねえ巡ちゃん、今のもう一回言って。なんかよかったわ」
「や、やだよ!」
「いいの? そんな口の聞き方して」
「あ……あう」
うずくまった美道を一切フォローすることなく放置し、花奈は再び巡にちょっかいを出し始める。
しかしもはや再起不能かと思われた美道は、意外にもすぐに立ち上がった。
その瞳はうっすらと濡れていたが、奥底に達観したような力強さがある。
きっと新たなターゲットのことで頭をフル回転させているのだろう。
「ふう……。ボクとしたことが、取り乱したな。巡はもう死んだ。またひとつ巨星が落ちてしまったが、下を向いてばかりはいられない」
「僕まだ生きてるけど……」
「安心しろ。敵はとってやるぞ。にしてもなんたる悪行! どこのどいつだ! こんな血も涙もない悪魔のような真似をしたのは!」
「……確かにそうなんだけどちょっと怒りの根底にあるものが違うような……」
「巡、誰にやられたんだ!? 地の果てまで追いかけて男子の良さを説いてやる!」
いきり立つ美道に迫られ巡は困惑の表情を浮かべる。
ど、どうしよっかな……。正直に言ってもいいんだけど、あんまり争いごとが起きるのは避けたいなぁ……。
まごつく巡の代わりに、花奈がびしっと指を差して言った。
「犯人ならそこにいるわよ」
「……むぅ。さっきから危ない表情で呆けたようにつっ立っているからずっと無視していたのだが、一体なんなんだこの子は」
美道がやや当惑した顔で言う。
さすがメルちゃん! あの美道くんにも軽く引かれてるよ!
そこには、かの変態少女がなおもうっとりと妄想トリップ中だった。