魔法少女めるめぐ 8
サブタイトルでお気づきの方もいたかもしれませんが、これが最終章で、最終回です。
東西巡はあせっていた。
朝の日差しが照りつける中、眠い目をこすりふらふらになりながら通学路を小走りに進む。すでに時間が時間なため、周りにほかの生徒の姿はない。
……まずい、このままじゃ五日連続遅刻だ!
今日も環にお願いされて明け方までネットゲームのレベル上げをさせられていた。そのため巡はほとんど睡眠をとっておらず、ここ連日遅刻続きだ。
あの日、環を連れてまほ学から戻ってきた日の晩、母親の南がアパートに帰ってきた。だがすぐに父親の駈とケンカになった。
南はひたすら「こっちには金があるわよ?」と巡たちを味方につけようとしたが、環は母さんと一緒だとうるさくてなかなかネトゲにログインできないからといって、駈を選択した。
そして環が心配になった巡も同様アパートに残ることにしたのだ。
最後には南が「GO TO HELL!」と捨て台詞を残し一人で実家に帰った。なぜ英語だったのかはわからない。
巡たちは相変わらずの貧乏生活だったが、環だけは道程かマコトから巻き上げたのか大金を持っているようだった。
そのため家庭内のパワーバランスも変化し、駈も環に「ウザい」を連呼されると家にいづらいようで、無職から再びエアサラリーマンへと進化した。
南の事は、しばらくすればまた戻ってくるだろうとあまり悲観はしていない。
学校まであと少し。巡は点滅する青信号の横断歩道を駆け抜けると、そのままの勢いで見通しの悪い角を曲がった。
「うわあっ!」
「きゃっ!」
悲鳴とともに体にやわらかい衝撃が走る。巡は弾かれるように後方へふっとんだ。
反射的に閉じた瞳を開くと、そこには同じ学校の制服を着た女子生徒が自分と同じように尻もちをついていた。
巡は少女のスカートからわずかにのぞく水玉のパンティに一瞬気を取られたが、あわてて彼女に近寄り声をかける。
「だ、大丈夫!? ごめん、ケガはない!?」
「あいたたた……」
セミロングのツインテールが似合う少女はゆっくりと身を起こす。
そのくりくりした瞳と目が合い、巡はあわてて視線をそらした。
「うん、へーき。それより……」
少女はにこっと笑うと底抜けに明るい声で言った。
「君が許嫁の東西巡くんね。よろしくねっ」
「違います」
「十年前隣に住んでて、将来は結婚の約束をした東西巡くんね?」
「違います」
「あの……、いきなりなんですけど、どうかわたしとお付き合いを前提に結婚してください!」
「あっ! こうしてる場合じゃない、早く行かないと遅刻する!」
「待って!」
素早く身を翻し猛ダッシュする巡に向かってダイビングし、少女はそのまま巡のズボンにしがみついた。
巡はすばやくズボンの腰元をおさえ、下に引っ張る力に逆らいつつ倒れないよう地面に足をふんばる。
「ちょ、ちょっと! ぬ、脱げるって! 離してってば!」
巡の早い反応にラチがあかないと判断したのか、少女はすぐに手を離し立ち上がった。
すると今度は目と鼻の先まで顔を近づけて、全力の笑顔を炸裂させる。
「あのさ、さっき君わたしのパンツの中見たよね?」
「見てないよ! スカートの中は見えたかもしれないけどそんなものは見えてはいけないよ」
「でもパンツは見たんだよね? だからぁ、ごほうびをあげようと思って」
「だから、で繋がらないよねその文脈は」
そうしておもむろに少女がポケットから何かを取り出そうとした瞬間、巡の手ががっしと彼女の腕をつかんだ。
「させないよ? こっから先は」
時が止まったようにここで固まる二人。
巡はさらに続ける。
「……メルちゃん、もう満足したでしょ? 何のつもりか知らないけど」
巡はまっすぐ少女の顔を見て言った。
制服のポケットへ視線を落としたまま硬直していた少女は、ゆっくりと顔を前に戻す。
そして巡の顔を見つめ返し、ぺろっと舌を出していたずらっぽく笑った。
「はぁーあ、バレちゃったか」
「バレるとかそういう次元じゃないよ……。なんなの一体……」
「もう一度ね、運命的な出会いからやり直そうと思って」
久しぶりの再会。にもかかわらずメルは相変わらずだった。
ここでつっこみだすとキリがないので、巡は気を取り直し改めてメルに言葉をかける。
「メルちゃん! やっぱり無事だったんだね!」
「おうよ! そんな簡単にくたばってたまるかってんだい!」
「キャラの幅増えたね……。それであの後どうやって?」
「うん、実はあの後変身したマコトと死闘を繰り広げてたんだけど、『バカヤロー!!』ってね、最後はメルちゃんが勝って。自力で最寄駅まで走っていったのが疲れたなぁ」
「へ、へえ~、な、なんか大変そうだったね。でも学園はどうなったの? 今にも崩れそうだったけど」
「学園はあれだけ揺れてたけど、なぜか崩れなかったの。スカシってやつ? 過去にメルちゃんが、じゃなくて生徒のみんなが暴れて壊したところを魔法で補修してたから、その部分がダメになっただけみたい」
「そうなんだ……、じゃ、やっぱり……。あの時メルちゃんが言ったことの意味、わかったよ。もう魔法は……」
巡はあれから二度と女の子になってしまうことはなかった。
メルにかけられた魔法は消えたのだ。それどころか、あれ以来世界から魔法の存在そのものが消えてしまったようだ。
あの時、巡と環とそしてメルが起こした謎の爆発。
詳しくはわからないが、かけられた魔法を無効化するという環の力が、巡とメルの暴発に作用したのが原因なのだろう。
巡自身にはその実感はなかったが、魔法で勉強をごまかしていた花奈が実は相当なバカだったことが判明した。あとかなりの運動オンチだということも。
彼女はこれを全部巡のせいだと決め付け、ことあるごとに因縁をつけてくる。
とそんなことになっていたのだが、メルに落ち込んでいる素振りはない。
空を見上げて遠い目をしながら、
「魔法なんて、最初からなかったんだよ。そんなものなくても、二人は惹かれあう運命で……」
「いや絶対あったよ? 間違いなく。ビュンビュン空飛んでたから」
「でもよかった。めぐるちゃんこそ無事で。リリちゃん頑張ってくれたんだ。実はあの時、声が聞こえたの。『メルの姉貴、巡さんたちは任せてくだせえ!』って。不思議だよね、もう魔法は消えてなくなっていたはずなのに」
「えっ、リリちゃんってそういうキャラだったの……? でもすごいね、ずっとメルちゃんと一緒だったから、最後にきっと奇跡が……。あ、ちゃんととっておいてあるから、今度持ってくるよ」
「あ、ごめん、悪いんだけど今度危険物に出しといて」
「ええ!? そりゃただの卑猥な無機質の棒になっちゃったけど、それはひどくない!? てっきり一生の宝物にする! とか言うと思ったのに! メルちゃんの魔法で一番役に立ったんじゃないかなあ!?」
「あんな振動する棒なんて持ってたらメルちゃんの品性が疑われるし」
「なんでいきなり賢者モード!? ここにきてメルちゃんから品性とかっていう単語が出てくることに驚きだよ!」
メルはやけに冷静だった。
確かに宝物にするには文字通りいろんな意味で危険物ではあるのだが、いまさら感がすごい。
メルは嫌なものでも思い出す顔で口をとがらせる。
「だってあいつ『ハアハア……、よっしゃあキタコレ、これで最後にたまきタン乗せられる!』とかいうオーラが出てたからイラついて」
「それメルちゃんの勝手な思い込みじゃないの……? まさに同属嫌悪っていうやつだよね」
「今度わたしもたまきちゃん乗せるから、伝えといてね」
「意味がわからない伝言は受け付けません」
巡とメルはいつしか揃って学校に向かって歩き出していた。
あーだこーだ言いつつも、二人仲良く歩調を合わせた足並み。
「ねえ、ところでさっきなにをポケットから取り出そうとしたの?」
「え? それは、ヒ・ミ・ツ。それよりもね、あの人たちただのキモいおっさんになっちゃったから、今度は……」
メルの突拍子もない発言に巡が驚き、あきれ、不思議がり、時に怒る。その繰り返し。
もう魔法はなくなってしまったけれども、それは変わらない。
ときおり見せるメルの超人的なフィジカルは脅威だが、少なくともこれで魔法に振り回される事はないだろう。
メルの無邪気な笑顔を眺めながら、これからはこんな風にずっと続いていくのかなぁ、なんて巡は思う。
「……でも、少しさみしい気もしないでもないよね。僕はほとんど使えなかったけど、いろんな魔法使えたら楽しいだろうし」
「そうだね~、ちょびっと残念だったけど……、でも実はメルちゃんね、超能力も使えるんだよ」
「え?」
「41歳独身の女の先生がいるんだけど、その先生がものすごいショタコンでね~、めぐるちゃんの写真見せたら『アリね』って。それで今度つれて来いって……、あっ、待ってよ!」
巡は地面を強く蹴りだし、わき目もふらず全力ダッシュ。
逃げられっこないということはわかっていたが、それでも走り出さずにはいられない。
「きゃ~ヤダ~、めぐるちゃんに全力で追いかけられちゃってる~、どうしよう!」
いつの間にか自分より前を走っていたメルを見て、巡はさらなる波乱の幕開けを予感した。
はぁ……。今度は男のまま、五体満足でいられればいいけど……。
ここまで読んでいただいた方、ありがとうございました。これにて完結です。
投稿開始から一年とちょっと、途中かなり更新間隔が空きましてけっこうな間がありましたがなんとか完結にこぎつける事ができました。
それでも読んでくれる方がいたのはありがたいことです。
最後のほうは急展開っぽくなってしまいましたが、一応おおまかなプロット通りです。
途中忘れられたキャラや出るの遅すぎキャラもでてきてしまったので、そのへんは反省ですね。
この話は漫才っぽいかけあいがメインなので小説としてみると描写などはかなり不足があると思いますが、どこかしか笑ってもらえたならうれしいかぎりです。