魔法少女めるめぐ 7
「き、きゃー!! うそなにこれカワイイ!! 超かわゆすぎる!! まんまめぐるちゃんの女の子バージョンのミニサイズ! ロリめぐるちゃんやんけこれ! 天使? 天使じゃないっすかこれマジで!?」
メルは奇声を発すると、寝息を立てる環に覆いかぶさった。寝込みを襲うのにも全く躊躇がない。
急いで駆け寄った巡は、背後から両腕をメルの腰元に取り付けひきはがそうとする。
「は、離れろこの! あんた、さっきまで消すとかなんとか言ってたくせに!」
「いやいやいやないから、消すとかないから! やだなぁ、めぐるちゃんそんなの最初からジョーダンに決まってるでしょ、義理の妹を消すだなんて!」
「なに勝手に義理の妹扱いしてんの!? メルちゃんからしたら完全なる他人だから……っていうかちょっと! ホント離れなさいって!」」
巡の奮闘むなしく、メルは環の顔に食らいつくようにしてほお擦りを始めた。
そんなメルの強烈なハグを受けて、さすがの環も目を覚ます。
「ふぁ?」とかすかに首をもたげ、寝ぼけ眼をぱちくりと瞬かせる。
「……ぅん? あれ?」
「こんにちはたまきちゃん!」
「…………だれ?」
「お義姉さんだよ!」
「環逃げろ、変態だ!」
初対面、第一声で変態だ、と紹介するハメになるとは、巡も全く予期せぬこと……でもなかった。
必死にメルを押しとどめようとするが、環は状況がつかめていないようだ。ただメルのなすがままにされている。
「ん、うふふ、くすぐったいよう」
「くすぐったい? じゃこうやると気持ちいい?」
「えっ、あ、……なんかヘンなかんじ。気持ちいい……かも」
「ぐふふ、こいつは開発のしがいがありますなあ」
「さっそくなにやってんだあんた!」
「ねえ、もっとー」
「もっとじゃないよお前も!」
環は快楽を与えるとひたすらずるずる言ってしまうから危険だ。
ゲームなども中毒性の高いものは母親の方針で全部禁止されている。
止めに入ってきた巡を見て、環は顔を曇らせた。
「え……、なんか怖いこのひと」
「僕だよ、巡! お兄ちゃんだよ!」
「……めぐる? でも女の子……?」
環は不思議そうな顔で首をかしげる。
無理もない。顔立ちに面影は残っているものの、姿かたちはまるきり女の子。声だって違う。
そのうえ環はまだ半分寝ぼけているようで、うまく自分が兄だと証明するのは難しいかもしれない。
「たまきちゃん逃げて! お兄ちゃんの名をかたったヘンタイだよ!」
「誰がじゃ! あんたにだけは言われたくないよ!」
「あっ、そうだ! ここはヘンタイ同士仲良くしようよ!」
「なに名案ひらめいたみたく言ってんの!? 勝手に同類にしないでよ! にてもメルちゃん否定しなくなったね! たくましいよホントに!」
「よぉーし、こうなったら姉妹まとめていただき!」
メルは環から体を離し器用に反転、今度は腰に取り付いていた巡をソファに押し倒す。
そしてソファの上に並んだ東西兄妹の間に入るようにして、上から覆いかぶさった。三人の体が密着状態になる。
「最初から、そう、最初からこうすればよかったんだね。それなのにわたし、たまきちゃんに嫉妬なんかして……」
「なに一人でハッピーエンド迎えてんの! く、苦しいから、離れてって!」
「抵抗してるのはめぐるちゃんだけだよ? たまきちゃんはこんなに素直に受けれて……」
「い、いい加減に……!」
巡の胸元でメルの手がせわしなく動き、もう片方の手は環のほうへ。
下敷きになった巡は、一刻も早く脱出しようと全身の力をふりしぼりメルを押しのけようとする。
……はっ! このパターンは……。
巡は気づく。お決まりのこの流れ。
――カッ!
その瞬間、まばゆい光が三人を包んだ。
今回もメルが吹き飛んで終わり……、かと思いきやいつもと様子が違う。
その代わり巡はこれまで感じたことのない不思議な感覚に襲われた。
体を通してなにか膨大なエネルギーが湧き上がってくるかのよう。
それは徐々に膨れて、膨れて、さらに膨れ上がって……、
一気に爆発した。
目を覚ますと、豪華なシャンデリアが吊るされた天井が目に入った。少し気を失っていたようだ。
巡はゆっくりと上半身を起こす。どこかに打ち付けたのか、体の節々が痛い。
「あっ、めぐるちゃん、気が付いた? 大丈夫!?」
「うん、なんとか。でも今のは……」
心配そうな顔で近寄ってきたメルに答えながら、すっかり様相の変わった校長室を見回す。
室内は台風が荒らしまわったように、家具や調度品がメチャクチャに散乱していた。
「一体なにが……?」
またメルの魔法を暴走させてしまったのかと思っていたが、今回は様子が違う。
メルの魔法だけが暴発したのではなく、三人を中心にして爆発のようなものが起こり三人とも吹き飛ばされたようだ。
目の前にひっくり返ったソファー。その横で、環が同じように仰向けに倒れているのを発見する。
「環!」
巡は慌てて飛びついて環の体を揺すった。しかし環は目をつぶったまま反応がない。
「めぐるちゃん、たまきちゃんはちょっと気を失ってるだけだからだいじょうぶ……」
「しっかりしろ環! ほら!」
メルはそう言うが巡は気が気ではない。
……もし環がこのまま目覚めなかったら……。
そんな悪い予感を振り払うように、さらに強く環の体を揺さぶり、声をかけ続ける。
するとかすかに環の肩が震えた後、ゆっくりと彼女のまぶたが開いた。巡が安堵しかけたその時。
「ひっ!」
目が合った途端、環はいきなり大きく目を見開いて恐ろしいものでも見たかのように上ずった声を出した。
これには巡も少し驚かされたが、落ち着いて優しく声をかける。
「ど、どうした? もう大丈夫だよ、なんにも怖くない……」
「ヘンタイ……」
「え?」
「きゃーっ、めぐるキモい! ヘンタイヘンタイ! よるな! さわるな!」
肩を抱いていた巡の腕を振り払い、いきなりじたばた暴れだした環。
……キモイ? 僕が? なんで?
巡はさっぱりわけがわからない。もしかして環は頭を打ってどこかおかしくなってしまったのだろうかと心配になる。
「お、落ち着け環! どうしちゃったんだいきなり」
「どうかしてるのはめぐるの方じゃん!」
「なんだよ……、まったく、どうしたって言うんだ。一体僕のなにがおかしいって……」
「それ! なんで、そんなの着てるの!?」
「へ?」と巡は環に指さされた自分の体を見下ろす。
べつにおかしなところはない。花奈と交換した女子の制服だ。
さっきの衝撃で脱げてしまっているとか、どこか破れてしまっているというわけでもない。
巡は首をかしげながらわめき散らす環をひとまず置いて、かたわらに立ちつくすメルへ尋ねる。
「メルちゃん、環が……。それとも僕がどっかおかしい?」
「……めぐるちゃん戻ってる」
ぼそり、と彼女にしてはとても小さな声でそう言った。
実は巡が気が付いてからずっと、メルの様子もどこかおかしい。
「戻ってるって、なにが?」
「男の子に戻ってる!」
はっ、と巡は反射的に胸元に手をやる。わずかにあったふくらみの感触がない。
その瞬間、股間を確かめるまでもなく巡は確信した。確かに目覚めた時から違和感はあったのだ。気がつかなかっただけで。
……これは一体どういうことだろう? 腕時計だってしてないのに男に戻ってるなんて……。
と疑問が頭をよぎるが、とりあえずは環をなだめる事が先決とあわてて言い訳を探す。
「い、いや! 環、これはあれだ、学園に入るには女装しないとダメで……」
「意味わかんない! てゆうかなんでめぐるがここにいるの!?」
「だからそれは、僕がお前のことを助けようと思って……」
「助けるってなんで!? なにから!? そんなのたのんでないんだけど! てゆうかキモい!」
ダメだ……、環はホントになんにもわかってない。こうしていてもラチがあかないし、とりあえずは無理やりここから連れ出して……。
とキモいを連呼され少なからずショックを受けている巡が頭を悩ませていると、かすかに足元が揺れているのに気が付いた。
なんだ……? 地震……?
知らぬ間にだんだんと強くなっていた揺れは、ここにきて急激に勢いを増し……。
ズゴゴゴゴゴ…………。
押し寄せた強い震動の波に、巡は足を踏ん張って体のバランスをとる。
揺れは一向に収まることなく、部屋のあちこちで物が落ちる音が聞こえてくる。
目の前にパラパラとコンクリートの破片が落ちてきて、上を見上げるとぶらさがったシャンデリアが左右に大きくふれている。天井にも次々と小さな亀裂が。
「よ、よりによってこんな時に地震!? しかも大きい!」
「きゃー!! じしんこわいじしんこわい!」
「こ、これやばくない!? 逃げないとダメかな!?」
はじめて学園にやってきた巡には建物の中がどんなつくりになっているのかもわからない。
地震が収まるまで下手に動かない方がいい可能性もある。
判断を迷っていると、メルの鋭い声が二人を呼んだ。
「めぐるちゃん、たまきちゃん、こっち!」
見るとメルがホウキを取り出し、いつでも飛び立てる状態に地面と水平にして宙に浮かせていた。
そのホウキの向く先は、ついさっき突撃してぶち壊した部屋の壁。どうやらここから飛び出るつもりらしい。
環は興味津々とばかりに、巡がうながすまでもなくホウキにとりついて無邪気な声を上げる。
「なにこれすごい、ういてる! ねえこれ飛ぶの? 飛ぶの?」
「いいからほら、早く乗って」
「わ、ちょっ、さわるなヘンタイ!」
嫌がる環をさきにホウキへとまたがらせる。揺れはいぜんとして続いているので、いつ天井が崩れてくるかも知れずもたもたしてはいられない。
だというのに、メルは巡と環の二人を見守るようにただ立ちつくしていて動き出す気配がなかった。
巡は声を荒げてせきたてる。
「メルちゃんどうしたの! 早く!」
「わたしは行けないよ」
メルは真顔でそう答えた。
巡は思わぬ返答に困惑しつつ、もう一度声をかける。
「なに言ってるの、ふざけてる場合じゃ……」
「言ったでしょ? リリちゃんの定員は二名だって」
「えっ……」
あれホントだったんだ……、てっきり体のいい冗談かと……。
普段から真偽不明な発言を繰り返しているくせに、こういうときだけ悪い方に働く。
メルの態度からするともう覚悟を決めている様子だが、巡はこのホウキに乗ってきちんと飛び立てる自信がない。
「って言ってもメルちゃん無しじゃどうやって……。それならば僕が残るほうが……」
「大丈夫。わたしがいなくても、自動で来た道を帰るように設定してあるから。たぶんこれが、リリちゃんに残る最後の……」
「最後……? うん、でもわかったよ、ありがとうメルちゃん。それじゃ!」
「……めぐるちゃん去り際あっさりすぎ。もうちょっとためらってほしかったな。ていうかためらえ」
「ご、ごめん。メルちゃん……きっと大丈夫……だよね?」
メルはそれには答えず、無言のまま体ごと後ろを向いた。
「わからないよ……。けど、どっちにしろこれまでの関係はもう……。お別れだね。さよならめぐるちゃん」
「ど、どういうこと?」
「だってわたしもう……、魔法少女じゃないから」
「え?」
メルの発言の意味がつかめず、巡は言葉を失う。
どういうことだろう……。もう魔法少女じゃない? よくわからないけど、それってそんな重要なことなのかな……?
魔法少女かどうかっていうことより、他の要素がでかすぎてメルちゃんの本質とはあまり関係ないような……。
巡はそんなことを思ったが、これで最後のセリフは決まったオーラを発しているメルの背中を見て空気を読んだ。
するとその時突然、近くで気を失っていたマコトが息を吹き返し立ち上がった。
「う、うぐ……、な、なんだこれは……学園が……? はっ! た、環ちゃん! おのれ逃がすか!」
学園が崩れそうにもかかわらず、まわりを省みず突進してくるマコト。
もちろん狙いは、宙に浮いたホウキの上にまたがりはしゃいでいる環。
その直線上にまたもメルが立ちふさがる。
「ここはわたしが食い止めるから、めぐるちゃんたちは早く!」
「うんありがとう! それじゃ!」
「なんてよどみない返事! だからためらえっつーの!」
メルの最後の叫びを背に、巡は急いでホウキにまたがる。
環が巡の背中をどつくのを合図にするようにホウキは一気に加速を始め、まだ昼前の太陽の下へと飛び立った。