魔法少女めるめぐ 6
なんとそこには、ボロボロの制服を身につけた美道衆が立っていた。
シャツはところどころ擦り切れ、髪の毛に野草をくっつけ肩からツタが垂れ下がっている。
美道は帰ってきたのだ。作者含めいろんな人から完全に忘れ去られたわけではなかった。
「し、衆くん!?」
美道は悠然とした足取りでこちらに歩いてくる。
常人からすると近寄りがたいほどの負のオーラ炸裂中のマコト。
だが美道はその傍らをこともなげに通り過ぎた。
美道は巡たちに向かって軽くウインクを飛ばすと、マコトの前に真っ向から立ちふさがった。
「ほう、美道か……。そういえばそんなヤツもいたか。まさかワタシのジャマを?」
「俺はもちろん道程お兄ちゃん派だ。言っておくがマコト、お兄ちゃんをハメた罪は重いぞ。絶対に許さん」
「美道ごときが……、一体なにができる」
「ふっ、見せてやるさ、修行の成果を」
美道は自信たっぷりの口ぶり。
いったいどんな修行をしてきたのかは知るよしもないが、メルの魔法が使えない今、巡はワラにもすがりたい気持ちだ。
……あまり期待はできないけど、腐っても男だし僕やメルちゃんよりは腕力があるはず。それにもしかしたら何か秘策があるのかも……。
だけどまさかここで衆くんを登場させるなんて……。きっと迷ったんだろうな……。
そんな巡の思いを知ってか知らずか、美道はこちらに背を向けたまま最後のセリフを口にした。
「メル、ひとまずキミとの勝負はおあずけだ。ここはひとつ停戦といこう。まさかキミとこんな形で共闘することになるとは……」
勝手にライバルキャラを気取っているようだが、当のメルは首を傾げるばかりだ。ひそひそと疑問を口にする。
「勝負? なんの? めぐるちゃん、そもそも誰だっけあの人?」
「しっ! ダメだよメルちゃんそんなこと言ったら。ここは衆くんに望みを……」
困惑する二人をものともせず、美道はさらに一人語りを続ける。
「だがそれも一時の事。奴を始末した後は再び相まみえることとなろう。……巡、久しぶりだな。俺は帰ってきた。もう二度とあの日のような無様なマネはふぐぅああぁぁぁぁアッーっ!!!?」
ドゴオオッ!
言い終わらないうちに美道の体は宙を舞っていた。
しびれを切らしたマコトが、美道の顔面に強烈な右ストレートを放ったのだ。
巡たちの頭上を飛び越え、華麗に空中で三回転半ひねりを決める。
そのまま床に全身を叩きつけた美道は、二、三度大きく体をバウンドさせた後、ゴロリと仰向けに転がり動かなくなった。
「衆くん!」
巡はピクリともしない美道に慌てて駆け寄る。
近くで様態を確認すると、完全に死んだと思ったがしっかり脈はあったのでとりあえず安心した。
童貞拳を受けて爆発しなかったのが不幸中の幸いだったか。だがそれは非リア充の烙印を押されたということ。巡はさすがに少しかわいそうになった。
しかし天井をあおぎ目を閉じた美道の顔が、なぜか笑顔だったので少しイラっとした。
「なんてことだ……、衆くんが一撃で……」
「ふっ、ほんのあいさつ代わりのつもりだったのだがね……」
たんなる見かけ倒しではない。マコトの実力は本物だった。
「さあ、次はキミたちの番だぞ? もはやキミたちを仲間に引き込む気はない。危険因子は排除する」
マコトは一歩一歩確実に距離をつめてくる。もはや追いつめられたも同然。
巡はその姿に戦慄し、体をこわばらせた。軽い金縛りにあったような感覚。
ただでさえ裸ネクタイのおっさんが荒ぶっている姿は畏怖の対象になるだろうに、その上この状況ではそれも無理からぬ事だった。
「ど、どうしようメルちゃん、このままじゃ……」
「……だいじょうぶ、たとえどんな相手だろうと、めぐるちゃんだけは必ずわたしが守るから!」
「メルちゃん……」
無謀にもメルは臆することなくマコトに真正面から立ち向かった。
巡には心なしか二人の身長差が先ほどより開いたようにも見える。マコトを覆う強力な覇気がそうさせているのかもしれない。
マコトは自分よりも一回り小さいメルにむかって、嘲笑を浴びせた。
「クク……、本気かメル? 今の美道の姿を見てまだ向かってくるとは……、愚かとしか言いようがないな。魔法の力を自分の実力と勘違いしているようだが、今後の事も含め少し身の程をわからせてやらないといかんな」
「そうだよメルちゃん危ないよ! いくらメルちゃんがタフでも……」
「わかってるよ、それぐらい。本当は、わたしだってこわい……。でも負けない! めぐるちゃんにはゼッタイに指一本触れさせないんだから!」
「それは頼もしいな……だが火に油を注いだぞ…………、リア充爆発しろ!」
マコトが大きく足を踏み込む。
大人げないほどに振りかぶった豪腕。
本気だ。このおっさんは本気。過去になにがあったのか知るよしもないが、全力だ。
全力で潰しに……。
「メルちゃん逃げてっ!」
巡は叫ぶ。
しかしもう間に合わない。
マコトの拳はもうメルの目の前に……。
メキィィィッ!!
ものすごく嫌な音がした。
とっさに目をつぶってしまった巡にはそれが何の音なのかわからない。
しかし確認しなければならない。一体何が起こったのかを。
巡はおそるおそる目を開いた。
「……ま、まさか……ぐほぉっ!」
そう呻いたのはマコト。苦悶に顔を歪ませ、体を硬直させる。
その直後、どさり、とマコトの肉体はその場に崩れ落ちた。
巡はその光景を見て、すぐには状況を理解できなかった。
だが、巡の瞳ははっきりと捉えていた。
マコトの拳をかいくぐったメルが、マコトのみぞおちに強烈なボディーブローを叩き込んでいたのを。
巡は地面に横たわるマコトを、無言のまま見下ろすメルへおそるおそる声をかけた。
「メ、メルちゃん今のは……」
「……ちっ、まったくムダな時間とらせやがって……」
「あ、あのー……」
「え? あっ、ああ! ラ、ラッキーだったねめぐるちゃん! なんかマコトがいきなりおなかを押さえて倒れちゃって……、お、おなか壊したのかな!?」
「い、いやいやいや、今のって、メルちゃんがガチンコのボディーブローを……」
巡はマコトを一撃で葬ったメルの右手を指差した。
巡の視線に気づいたメルは、握り締めた拳を押さえながらうずくまった。
「あ、あ~んいったーい! メルちゃんのか弱い繊細な手が~!」
「ええ!? 遅くない? 痛がるのワンテンポ遅くない!?」
「もうダメ! ってとっさに顔を手でかばおうとしたら、それがたまたまぶつかって……」
「いや、その説明でもどう考えてもおかしいからね? 第一その前にさ、よけてたよね? マコトさんの拳、完全に見切ってたよね? それにメキィッてなんかいろんな繊維がちぎれるような音したんだけど……」
言いながら巡は、目の前の怪物にさっきのマコト以上に恐怖を覚え始めていた。
「あ、あのね、メルちゃん必死でちょっとよく覚えてなくて……、そ、そんなことより、わたし健気にもめぐるちゃんを守ろうとしてマコトに立ち向かったんだよ? これポイント高いっしょ? ホレたでしょ? ねえ?」
「いま振り返るとどう考えても演技にしか見えないんだけど……。守るって言うかむしろオーバーキル気味だし……。普通に攻めだよね」
「だいじょうぶ、死んでないよ手加減したし」
「手加減! 手加減しちゃってるよ!」
「え~、だってぇ…………いいかげんザコの茶番に付き合うのも飽きたし(ボソッ)」
「……今なんて?」
「や、やだなぁめぐるちゃんたら! そんな化け物を見るような目で! ジョーダンだよ、今のは魔法の力に決まってるでしょ! マ・ホ・ウ☆」
「あっ、あ~、そっかあ、さっき使えないって言ってたけど、メルちゃんホントは魔法使えたんだね! よかったー」
巡は無理やり笑顔でそう流した。
今のが魔法だと、巡自身そう信じたかった。
「そーだよ~。もうヤダなぁめぐるちゃんたら~」
「だよねー、魔法だったらしょうがないよね。うん」
「そうそう、マホウマホウ。……っしゃあ! そしてついに残りはラスボスたまき!」
不意にメルが猛ダッシュ。気絶したマコトを踏んづけて、いぜんとしてソファに横たわる環の下へ急接近する。
「あっ、待てこの破壊の化身!」
巡は慌てて後を追うが、すでにワンテンポ遅れた上にメルのスピードに追いつけるはずがなく。
「殺った!」
ソファーの前に回りこんだメルが、振りかぶった手刀を環の首に落とす。
するとあっけなく環の首がごろり……。
と思いきや、なぜかメルの凶刃は環の首筋に触れる直前でピタリと止まった。
体を静止させるメル。やがてその瞳が目いっぱい大きく見開かれ……。