魔法少女めるめぐ 3
この人がマコト……。
巡はスクリーンの向こう側、黒のスーツ姿の男性をあらためて眺めた。
長身でスラっとした体型をしていて、道程のようなメタボとは雲泥の差。
髪の毛はピチっと頭髪剤でセットされた七三分けで、ハゲかけた道程とはわけが違う。声の調子や態度も落ち着いていて、キモさ丸出しの道程とは比べるべくもない。
しかし巡はそんなマコトに対してある疑問を抱いた。
なんであの人素肌の上にネクタイしてジャケット着てるんだろう……。シャツ持ってないんだろうか。にしても胸毛がハンパない……。
『メル、昨日は驚きましたよ。まさか学園に施した38種の魔法結界をあっという間に突破して、道程の軟禁場所へ到達するとは』
「昨日は久しぶりに本気出しちゃったからね。リリちゃんの振動もフルパワーだったし」
『そのわりに、なぜ道程を助けなかったのかな? いくらでもできたはずですが』
「だって助けに行ったわけじゃないし、なにしろめぐるちゃんを待たせてたから。あっ、そうそうめぐるちゃん、昨日の夜あらためてお姉さまに問いただしたら、あの時部屋でめぐるちゃんお姉さまに押し倒されてハアハア言ってたんだってね。これは後でしっかりおしおきが必要だね」
「い、いやあれは不可抗力だって……」
「まずはその節操のない体をどうにかしないとね~」
メルはマコトそっちのけで巡をいじりだした。
無視されそうになったマコトは少し慌てたのか、さっきより一回り大きな声で遮るようにしゃべりだした。
『そ、それはつまりメル、君は道程など知ったことではないという考えなのだろう? ならばワタシの新お兄ちゃんへの就任も歓迎してくれるね?』
「べっつに~? どうでもいいかな。ただ、マコトがわたしとめぐるちゃんのジャマをするって言うんなら全力で潰すけど」
笑顔で圧力をかけるメル。
マコトは一瞬たじろいだ様子だったが、負けじと声を張り上げる。
『ワタシは道程とは違う! ワタシがお兄ちゃんになったあかつきには、おおっぴらに魔法を使える事を約束しよう。道程のように魔法を禁止するのではなく、大いに活用しようという考えだ。なに、本当はなにも恐れる必要などない。これほどの力があれば裏から国を操る事さえ可能なのだ。ワタシはこれからも優秀な魔法少女を育成し、やがては一大企業を創り上げて世界を我が手におさめて見せよう』
マコトによる演説が始まった。
そんなバカげた話……、二次元が三次元が、とか言ってる人たちには無理に決まってる。怪しい宗教団体みたいだ。やっぱり裸ネクタイなんてしてる奴はろくなもんじゃない。メルちゃんを説得しようとしてるのかもしれないけど、そんなんじゃ逆効果……。
「魔法がおおっぴらに……? う~ん、それはそれでアリかな……」
メルちゃん揺らいでる!?
ていうかあんたどっちにしろ元からやりたい放題じゃん!
『メル、君が首を縦に振ってくれれば、それなりのポストは用意するつもりだ。どうだね、ワタシとともに……』
『ああん、もう! ぜったいチートだよあの外人!』
と、そこでマコトをさえぎって何者かの声が割り込んできた。
どうやら向こうの部屋にはマコトのほかに誰かいるらしい。実はさっきからバンバンなにかを叩く音が幾度となく聞こえてきていた。
こちらを見ていたマコトが顔を横に向け、口の前で人差し指を立てる。
『し、しーっ。今お兄ちゃんね、大事な話してるからちょっと静かに。あとキーボードガンガン叩くのやめなさい』
『だってあれむかつくんだもん! ねえねえ、またガチャやっていい? いいよね? ね?』
『えっ、昨日も永久武器出るまでやってたでしょ……?』
『あれよわいし! ちょーよわいし! ふん、もうこれつまんない! やーめたっと』
姿こそ映っていないが、声の主は間違いなく女の子。ふてくされているようだ。
マコトは静かにするよう彼女にサインを送っていたがおさまらず、やがてマコト自身も画面からフェードアウトした。
なにやらスクリーンに映っていないところでごちゃごちゃやっていたようだが、マコトが再び画面中央に戻ってきて汗をぬぐいながら仕切りなおす。
『……ふう。失敬。ふむ、そうだな……、ついでだから紹介しておこうか。伝説の魔法少女の再来と言われ、そして初めてワタシに三次ロリもアリなんだと思わせた彼女を!』
「い、今の声は……、まさか!」
『そうそう、巡くんもよく知る人物だよ……ククク。彼女にはこれからワタシの片腕となってもらう。では改めて紹介しよう。彼女が……』
『ねーねー、りとる☆しすたーず2 ~リトルなホールにホールインワン!~ってこれなに? ゲーム?』
『あ! 環ちゃんそれダメ! ダメですよそれ起動したら!』
『おもしろそー、やってみよっと』
『あーっ! ちょちょ、ちょい待ち!』
マコトが叫び声を上げて、再び画面から消えた。
ぎゃあぎゃあ騒ぐ女の子の声とそれを必死でなだめるマコトの音声だけが垂れ流される。
「めぐるちゃん、今マコトが環ちゃんて……」
「……うん、あの声も間違いない。環が……、あそこに」
しばらくして定位置に戻ってくるマコト。
よほど体力を使ったのかはあはあ言っている。
『だから、ちょっと待っててって。…………メルに、巡くん。こちらとしては、君たちを迎え入れたいのだよ。意志が決まり次第、なるべく早くここ、まほ学お兄ちゃんの部屋(校長室)まで……、おわっ、ちょっとなにしてるの! だからそれは……』
そこでブツっと映像は途切れた。同時に空に現れた巨大スクリーンも消失する。明らかに不自然な終わり方だった。
するとそれまで無言で映像を見ていた花奈がおもむろに口を開いた。
「向こうで映像を閉じたみたいね。まあこれでアイツの言いたいことはだいたいわかったでしょ?」
「うんまあ……。にしても環、あんなところにいたのか、道理で……。でもかわいいもんだよね。あんなにゲームに夢中になって」
「……かわいいとか、たぶんそういう類のゲームじゃないと思うのよね。なんか暴れてたっぽいし」
「いやそれがかわいいんだよ環は。御厨さんは知らないだろうけど」
「?? ……メル、巡くんがおかしなこと言ってるわよ?」
花奈が不審そうな顔でメルに話をふった。
メルは思案顔でうつむいていたが、やがてぱっと顔を上げ、
「……やっぱりわたし、お兄ちゃんを裏切ったりできない」
「えっ、メルちゃんどうしたの急に」
「やっぱりこんなの……、お兄ちゃんがかわいそうだよ! 昨日は蔑んだ目でチラ見しただけで帰ってきちゃったけど、今思うとわたしすっごい恩知らずだなあって。だからわたし、お兄ちゃんを助けに行く! マコトなんかの言いなりにはならない!」
「メルちゃん……」
「……でも、そうなるとマコト側の環ちゃんは……、うん、残念だけど敵になっちゃうよね。本当にほんとうに残念だけど……、こうなってしまったからには跡形もなく消さないと……」
「ああそういう流れね! そういうふうに持っていきたかったんだ、なるほどね! 急におかしいと思ったよ! でも絶対そうはさせないからね!」
「そ、そんな……!? メルちゃんよりも、実の妹の方が大事だって言うの!?」
「当たり前でしょ! すっごい責める口調だけど、僕間違ってないと思うよ? むしろなんで当然メルちゃんを選ぶと思った?」
「ウソ……、し、信じられない……。こんな……はずじゃ……。なんだかんだ言ってめぐるちゃんはツンデレのはずで……。……あー、もうダメ。やっぱもうこれダメ。もう戦争だよ。リアルFPS。タマキ・ストライク始めるしかないよ」
メルはパっとホウキを取り出しまたがる。
もちろんここで暴走核弾頭を一人行かせるわけにはいかない。
「ちょっとメルちゃんどこ行くつもり!?」
「もちろんまほ学に。タマ公に一発ヘッドショットかましに」
「な、なに言ってんの、ふざけないでよ! 言っとくけど僕も行くからね!」
「え? めぐるちゃんもイキたい? 一緒にイキたいの?」
無視してメルの後ろにまたがろうとすると、
「ちょっと待って。めぐるちゃんのそれ、男子の制服……。男の子の格好で行くと、学園の外の結界にはじかれちゃうから、ここで全裸になって」
「はっ? ぜ、全裸!?」
「もしくは女の子の格好するか」
「いまのさ、提案の順序逆じゃない? ……って言ったって、女の子の服なんて……」
もちろん女装の用意などないし、巡自身一線を越えたくないという思いもある。
結界がどうとかメルがウソを言っている可能性もあったが、それがあながちウソに思えないのがこの怪しい団体のすごいところだ。
するとやりとりを見ていた花奈が、すかさず横から口を出す。
「なら私のと交換してあげるわ。ちょっと待ちなさい」
そう言って花奈は身に着けている制服をためらいなく脱ぎだした。
「こ、交換って、これから男子の制服着ることになるんだよ!? いいの!?」
「え? 女子は男子の制服を着てはいけませんなんて校則に書いてないけど?」
「そんな当たり前のこといちいち書かないでしょ!」
「だいたいすでにウチのクラスにもいるじゃない、女装、または男装してる奴。それに巡くんの女子制服姿見たいし」
確かにいる。確実に。
それに以前美道もそんなことをして男子を釣っていた記憶が巡にはある。
美道はもともと美形だったためあの時は色々と……、ひどい惨事になった。
花奈が手早く衣類を脱ぎ捨てる横で、もう一人ごそごそしている人物がいた。
「ちょっとちょっと! メルちゃんは脱がなくていいんだよ!? なにしてんの!?」
「だって、クリちゃんのをわたしが着て、わたしのをめぐるちゃんが着て、めぐるちゃんのをクリちゃんが着るんでしょ?」
「いやそんなワンクッションはさむ必要全くないから! 僕と御厨さんが交換すればそれで終わりだから!」
なんで参加したがるかなぁこの人は……。
早くもブラジャーとパンティだけの姿になった花奈が、まったく恥じらう様子もなく脱いだブラウスとスカートを差し出してせかしてくる。
「ねえ、あなたも早くしなさいよ。交換するんだから私だけ脱いでもどうしようもないでしょ?」
「えっ、あ、うん……」
なんて迷いない……、でもやっぱりここで着替えるのなんか嫌だなあ……。
あまりにも危険すぎる気がする。頼んでもいないのに脱ぎだした女約一名がなにをしでかすかわかったもんじゃない。
しかし意外にもそのメルからこんな提案が。
「めぐるちゃん見られてると恥ずかしいみたいだから、わたしたち後ろ向いててあげよ? ね、クリちゃん」
「まあしょうがないわね。人前で、屋上と言えど野外で脱ぐことに抵抗がある人もいるかもしれないし」
抵抗があるほうが少数派みたいに言ってるけど……、僕がおかしいのだろうか。
二人が背を向けたので、巡も背中を向け縮こまるようにしてこそこそと着替えを始めた。
上着のブレザーを脱ぎ、シャツのボタンに手をかける。そこでふと巡はあることを思い立った。
……ちょっと待てよ、よく考えたら僕も背中向けることないよな。二人は後ろ向いてるはずだし。
そう考え、巡はくるりと180度ターンする。
すると、思いっきりメルと花奈、両方の視線と目が合った。二人とも、ギンギンに目を見開いてこちらをガン見していた。
「ちょ、ふ、二人とも! ぜんぜん話が違うじゃん!」
「あっ! めぐるちゃんがブラしてる! スポーツブラ! それ買ったの? いつどこで買ったの? 買うときどんな気持ちだった!?」
「うるさいな、買ってないよ! たまたま環が置いていったのがウチにあったんだよ!」
「なるほど、めぐるちゃんが密かにコレクションしていたのが!」
「違うわ!」
「で巡くん、それつけるときどうだった? 一体なにを考えながら……」
「だからしつこい! ……なんかもうさ、僕人間不信になりそうだよ」
「め、めぐるちゃんそんなに落ち込まないでよ。これはあれでしょ? いわゆるお約束みたいな」
「そうよそうよ、ほんの冗談よ」
巡は自分が間違っていた事を悟った。そもそもこの二人相手に、穏便に事を済ませられるわけがないと。
二人は再び巡に背中を向け、今度はその背中を見ながら、巡は着替えを開始した。
もう観念してできるだけ素早く順シャツのボタンを外し、ズボンを脱ぐ。前を見ながらだと微妙にやりづらい。だが一瞬でも目を離すといつ振り返ってくるかわかったものではない。
まるでだるまさんがころんだ状態だった。