魔法少女めるめぐ 2
飛び上がったホウキはすぐに着地した。
このままどこかのホテルに直行されないか内心不安だったが、なんのことはない、降りた先は学校の屋上。
もちろん他に人影はなく無人である。
「ふう……。危なかったね」
「う、うん……」
メルがくるくるっとホウキを回転させると、どういう原理か知らないがホウキは消失した。
自分のせいで魔法が暴発した、ということについて詳しく聞きたかったが、それよりもまずは男に戻ることが先決だ。
このままではやはりどうにも落ち着かない。
「ねえ、メルちゃん。時計は?」
「えーと、いま八時……」
「違うよ! 時間を知りたいんじゃなくて、あの腕時計! 持って来てくれたでしょ!?」
「えっ? あっ、あー、あれね。ごっめ~ん。忘れちゃった。てへっ」
「ち、ちょっと待ってよ! それ絶対わざとでしょ! 昨日あれだけ確認したのに!」
「それはほら、昨日めぐるちゃんの靴もウチに置きっぱなしだったでしょ? それをパパが見つけて、ひと悶着あって。今日も朝から殴りあい……、じゃなくてちょっと口ゲンカになっちゃって」
「……それで忘れたっていうの?」
メルが言い直した所についてはあえてつっこまなかった。知らないほうがいいこともある。
「ま、それは関係ないんだけどね。女の子の方が面白くなりそうだったから」
「やっぱりそんなことだろうと思った! ふざけないでよ、今日体育だってあるんだよ!?」
「女の子のめぐるちゃんが男子の体操服を……。じゅるり、こいつぁ見逃せねえぜ」
「取って来て。今から家に戻って。ホウキ使えばすぐ行ってこれるでしょ?」
「えぇ~~~」
「えぇ~、じゃない!」
全く悪びれる様子がないメル。
巡が握りしめた拳をプルプルさせていると、ギィィィっと屋上の扉が開いた。
こんな時に一体誰が……、と驚いてそちらに視線を向けると、やってきたのは教室に置いてきたはずの花奈だった。
迷うことなくまっすぐこちらに歩み寄ってくる。
「いたいた」
「御厨さん……、どうしてここが……?」
「わかるのよ、ニオイで」
この人たちにいちいち細かい疑問を持つのはやめよう。意味がないから。
巡は無理やり思考を停止させた。
「なあにクリちゃん。邪魔しに来たの? いいのかな? 委員長がホームルームバックれて」
「いいわよ、担任超テキトウだし。それに今そんな場合じゃないの。メル、あんたもわかってるでしょ?」
「ふっ、べっつにぃ」
メルが鼻を鳴らしてスカした笑いを飛ばす。自分に向けられたわけではないが、なぜか巡は妙にイラっとした。
もちろん当の花奈はその比ではなかったようで、顔をひくつかせてさらにメルを問い詰める。
「あんたねえ、ふざけてる場合じゃ……」
「待って。クリちゃんが言いたい事はわかってるから。でもその前にめぐるちゃんと……、うん、ちょうどいいからクリちゃんにも話しておこうか。めぐるちゃんの魔法特性のこと」
なにやら二人の間に共通の問題があるようなのだが、巡はどういうことか話が読めない。
しかし魔法特性というワードは昨日も聞いたばかりだ。それに巡自身頭に引っかかっていた事柄でもある。
「昨日も言ってたよね。なんなの? それって」
「簡単に言えば、どういう魔法が得意かっていうことなんだけど。例えばクリちゃんの場合は相手をチャームしたり、幻覚を見せたり」
「ああー、それでいろいろズルしてるって、たしか前も聞いたような……」
「ズルっていうのは人聞きが悪いわね。これは私の力なんだから、それを使うことに何の問題が?」
悔しいなら自分もやってみろと言わんばかりの口ぶり。
ここで口論したって絶対負けるだろうから相手にしないほうが賢明だ。
「う、うん、まあね、別に……、じゃあメルちゃんはどんなの?」
「わたし? わたしはあれだよ、無垢なる破壊」
「なんでいきなりそんな中二病っぽい呼び方!? でもなんか異様にしっくりくる!」
「この女はデストラクション系魔法使いの中でも最も危険なランクなのよ。第一基礎魔法力だってズバ抜けて高いし」
「うん、まあわたしのことはとりあえずおいといて、めぐるちゃんの能力なんだけど……、なんかとっても特殊みたいなの」
とりあえずおいときたくないなあ……。でも珍しくメルちゃんが真面目な顔でしゃべっているから邪魔しないでおこう。
「めぐる君の魔法……、つまりそれはさっきの?」
「そう。わたしの見立てでは、めぐるちゃんには……、なんと! 他人の魔法力をぐっちゃぐっちゃにする効果がありまーす! あーもうなんていやらしい!」
「ちょっと! 肝心なところでふざけないでよ! どういうことなのそれ!」
「どういうこともなにもそのまんま。いっつもメルちゃんがめぐるちゃんに吹っ飛ばされるのは、わたしの中の破壊衝動がめぐるちゃんの魔法によって暴走させられてるみたい」
「えっ、ということは、それで……メルちゃんがちょいちょい謎のダイブを……。ていうかなんでそんな衝動にまみれてるの……?」
「壊してでも手に入れたいものって、あるでしょ?」
「でしょ? って……、そんなノリで言われて『だよね~』とかって軽く同意できないよ? ていうか絶対に同意できないし」
ときたまメルがポロっとこぼす発言が怖くなってきた。
自分の魔法特性という話については確かに納得できなくもなかったが、メルに対しての謎はさらに深まった。
花奈がうなずきながら感心した声を上げる。
「なるほどね、それでさっきも私の魔法が暴走してクラス全体がなぜかめぐる君を……」
「そういうわけで危険だから、クリちゃんは金輪際めぐるちゃんの半径一キロ以内に近寄らないでね!」
「なんでそんなに距離とんなきゃならないのよ……。日常生活に支障が出るわ」
「な、ならメルちゃんも危険だからあんまり僕に近寄らない方が……」
「え? ぜんぜんだいじょうぶだよ? だってわたしはたとえ全身複雑骨折になってもいいし」
「……メルちゃんは別にいいかもしれないけど、あのサイコ○ラッシャーみたいなのに巻き込まれる人はたまったもんじゃないと思うよ? さっきも教室で何人か巻き込んだし……」
「ちょっとなにを言ってるのかよくわからないなぁ。それは暗にわたしを拒否ってるってこと?」
暗にもなにも思いっきりそうなんだけど……。
やたらメルの目つきがギラつきだしたのでこれ以上はやめておくことにした。
そのプレッシャーに巡が口を閉ざすと、ここで花奈が再び気を取り直したようにメルを問いただした。
「まあそれはわかったわ。それは頭に留めておくとして……、メル、あなたどうするつもりなの?」
再び花奈の真剣な顔。
しかし巡には何の話だかさっぱりわからない。
「あの~、さっきから一体何の……」
「ああ、あなたまだ知らないのね。あれよ、あの変態が捕まったのよ。高村道程が」
「え、ええっ!?」
国際魔法研究専門学校お兄ちゃんだいすき科とかいう最強にうさんくさい学校の創設者。
お兄ちゃんこと高村道程。
そんな、まさかあの人が……。
「……うん、でも、そりゃそうだよね」
納得した。ごくあたりまえのように。なにもおかしくはない、自然の流れだ。
近いうち来るだろうと思ってたけど、それが思ったより早かっただけだ。
花奈はそんな巡の顔を見てさらに言葉を重ねる。
「多分誤解してると思うけど、警察に捕まったわけじゃないの。残念ながら」
「えっ? じゃあ誰に……」
「四天童の一人、マコトよ。ロリは二次元に限る派のマコトと、三次にも手を出す道程とで前々からやりあっていたんだけど、今回それがついに爆発したみたいね。残りの三人の四天童も基本的に二次派だから、静観って立場らしいんだけど。道程はSMって騙されて魔法が使えなくなる縄で縛られてハメられたらしいわ」
「ちょっと待って、なんかいろいろおかしな情報が多すぎて把握がおいつかない」
巡はかすかに覚えている道程との会話を思い出す。
四天童って、確か魔法が使える同志とかって言ってたような……。
しかしこれで花奈が妙にメルにつっかかる理由がわかった。さきほどの会話からするとメルもこの事を知っていたようだが、どう考えているんだろう。
巡と花奈が意見を求めるよう注目すると、メルは面白くなさそうに口をとがらせた。
「昨日ね、いいところでお兄ちゃんが電話してきてジャマしてきたから。一生のお願いの三回目されちゃったからね、もうアレで最後だったから仕方なく行ったけど」
昨日のあの不自然な外出はそれだったのか。
「あー、あの時の。……あれ? でもすぐ戻ってきたよね?」
「今すぐ来て! っていうから超特急で行くだけ行って、速攻で家に戻ったの。おっさんが半裸で半泣きになりながら縛られててキモかったし。自業自得だよね。第一こっちは念願のお楽しみタイムだったのに」
道程は藁にもすがる思いでメルに助けを求めたのかもしれない。ちょっとかわいそうになった。
「それで、そのマコトっていう人はなにを……?」
「道程に変わって新しいお兄ちゃんになるという宣言をしているわ」
「それってようするにクーデター? それでみんなの反応は?」
「いま、まほ学の在校生も卒業生も八割近くがわりとどうでもいいって、そのままマコト側についているわ。ま、そもそも知らない子だっているしね」
みんな金さえもらえればそれでいいのかもしれない。
変態オヤジが多少入れ替わっても知った事はないということなのだろうか。
「巡くん、あなたはどっちにつくの?」
「ぼ、僕? 僕は……」
巡は道程との契約があるためこのまま無関心、というわけにはいかない。あの契約はどうなってしまうんだろうか。
しかしそもそも妹環の安否はいまだ不明だし、はっきり言ってこのまま道程を擁護するという気にはなれなかった。
巡が答えに窮していると、花奈はメルへ同様の質問をした。
「巡くんもそうだけどメル、なによりあなたの動向をマコト派は気にしているわ。あなたがどっちにつくかによって、この争いの行方が決まるといっていいぐらい」
「す、すごいね、メルちゃん。そんなに注目されてるんだ。ど……、どうするつもりなの?」
「わたし? そんな、言うまでもないでしょ? わたしはもっちろん……」
おそるおそる尋ねる巡に対し、メルはまったく悩む素振りも見せない。自信たっぷりといった様子。
メルちゃんはもちろんマコト派なんだろうか? 確かに道程さんを嫌っていた風もあるし。
でも安易な決断は……。このメルちゃんの一言でこれからの行く末が決まるらしいし……。
「わたしはもちろんめぐるちゃん派!」
「いやそんな派閥ないから!」
「めぐるちゃんと○○○したい派!」
「だからないから!」
緊張して損した。
花奈はおそらくこうなる事を半ば予想していたのかさほど驚くことなく、制服のポケットから携帯を取り出しどこかに電話をし始めた。
一言二言会話をしすぐに携帯をしまうと、花奈は順に二人の顔を見回し不敵な笑みを浮かべた。
「コレを見たら少しは意見が変わるかもしれないわよ」
花奈がそう言った瞬間、なにもない屋上の空にいきなり映画館のような巨大なスクリーンが現れた。
どこかの部屋らしき場所が映し出される。その画面中央には社長が座りそうな座椅子に深く腰掛ける謎の人物。
メガネをかけた、どこか知的な雰囲気が漂う男性。年は三十後半ぐらいだろうか。いかにも仕事ができそうなサラリーマンといった感じだ。
やがて彼は椅子から立ち上がると、余裕の表情のでゆっくりと口を開いた。
「はじめまして東西巡くん。ワタシがマコトです。それとごきげんようメル。……昨日はどうも」