魔法少女めるめぐ 1
翌日。
巡は一昔前の不良がするような大きなマスクに、黒縁メガネという見るからに怪しいいでたちで登校した。
メガネは父親のものを拝借したのだが、度が入っているため視力に問題のない巡には逆に見づらい。
それでもできるだけ顔を隠さなければ、と思いやむを得ずそうせざるをえなかった。
学校へ向かう通学路でも、巡は誰か知り合いに声をかけられないかビクビクしていた。信じられないことにメルの姿を探したりもした。
というのは昨日の夜、メルに携帯でメールを送り時計は彼女が持っている事を確認し、明日学校に持ってくるようにと何度も念を押したからだ。
そのうちメルからのメールが止まらなくなって、しまいには電話をかけてきたので例のごとく電源を切ったのだが。
そして巡には現在もう一つ大きな心配事があった。妹の環の事だ。
道程との契約で、とっくに環は母親の元へ帰っているはずなのだが、母親からも妹本人からも全く連絡がないのだ。
昨晩それに関して道程に問いただそうとしたが、ひたすら留守電。一昨日までは確かに通じたのに。
とにかく巡は、道程に対しハンパじゃない不信感を募らせていた。
不審ないでたちをしていたおかげか誰にも絡まれることもなく、メルに出くわすこともなく教室までやってこれた。
教室にもメルの姿はなかった。なるべく早く時計を返してもらわないといけないのに、こういうときに限って見つからない。
巡は注目をあびないようこそこそと自分の席までやってくると、とりあえず荷物だけ置いた。
窓際に近い一番後ろの席だが、やはりこのまま席にはいづらい。仕方なくHR開始までどこかに避難しようとすぐに席を離れようとした。
が、がっし、と何者かにその腕をつかまれる。
「ちょっと。待ちなさいよ」
思ったとおり隣の席の花奈だった。
巡は冷静に対処しようとしたが、あきらかに挙動不審になってしまっていた。
「……な、なにか?」
「私の目をごまかせると思ってるの?」
「な、なにを?」
「これよ、これ!」
言うやいなや、花奈はいきなり胸元にむんず、と手を押し付けてきた。
「ぎゃあっ、な、なにすんのいきなり!」
「なにこのふくらみ? それになにそのマスク? ああ、私のために唇を清潔に保っていてくれたのね。わかってるじゃない」
「ち、ちが……」
「それに私がメガネっ子フェチなのもよく見抜いたわね。ご褒美をあげるわ」
花奈の瞳が妖しく光り、いきなり体を引き寄せられる。ばっとマスクを奪われ、唇を奪われそうになった。
しかしメルの化け物じみた怪力とは違い、花奈の腕力はいたって普通。両手をつっかえ棒にしてなんとかしのぐ。
「なんで拒むのかしらこの子は……、おかしいわね、やっぱり抵抗力が……」
花奈はそこはメルとは違い、あっさりと身を引いた。ブツブツつぶやきながら考え込んでいる。
「あー、いたっ!」
その時ベランダから一人の女子生徒が大きな声をあげ、窓枠を飛び越えて教室に乗り込んできた。
ややミニサイズの体格。その女子生徒とは、一昨日屋上で激闘? を繰り広げた陽夏だった。
彼女は見覚えのある紙袋を手に持っていて、近寄ってきたと思ったらいきなりそれを投げつけてきた。
「ひ、陽夏ちゃん!? な、なにいきなり……」
「なにって、それはこっちのセリフだ!」
よく見たら紙袋は昨日、巡が陽夏のパンティを入れて彼女の下駄箱に忍ばせたものだった。
……陽夏ちゃん、何を怒ってるんだろう? 一緒に入れたお詫びの手紙が気に入らなかったのかな?
紙袋を拾い上げて中を見てみる。
するとそこにはなぜか、男物の白いブリーフが入っていた。
「な、なんじゃこりゃあ!」
「なによこれ? プレゼントでもしたの? ……どういうプレイなのよそれ、凄く変態のニオイを感じるわ」
一緒に覗き込んだ花奈が白い目を向けてきた。
「いや違うよこれは、えっと、いやなんで? いや陽夏ちゃんこれなに?」
「こっちが聞きたい! それが下駄箱に入ってたんだよ! 差出人の手紙付きで!」
そ、そんなバカな……。僕は確かにパンツを洗濯して、その日の晩には袋に入れて用意しておいたはず……。
はっ、まさか……。
考えたくないが一瞬嫌な予感が脳裏をよぎった。
まさか父さん……? いや違う、僕がきっと入れ間違えたんだ。きっとそうだ。
そう結論した巡は、今にも殴りかかってきそうな陽夏を前にどう弁解するか頭を回転させていた。
すると横から花奈が口を出してきた。
「誰? この子」
「陽夏ちゃんだよ。一学年下なんだけど、ま、まあちょっとした知り合いかな」
「ふうん……、いただきね」
「は?」
ギラリ。
再び花奈の瞳が妖しく光る。
「こっちよ、こっち見て、陽夏ちゃん」
「え? えっと……」
いきなり見知らぬ上級生に馴れ馴れしく呼ばれて、陽夏は少し戸惑った風だった。
「私御厨花奈って言うの。さあいらっしゃい、陽夏ちゃん」
「……は、はい花奈お姉さま……」
陽夏はふらふらとおぼつかない足取りで花奈に歩み寄っていく。
陽夏はどこかうつろな表情をしていて、何かおかしい。そのまま花奈に吸い寄せられ、そしてお互いに……。
ていうかちょっと待った! なにこの二人! いきなり朝っぱらから教室で絡み合って……。
「か、かわええ、あの子一年生?」「なによあの女、いきなり花奈様と……」「美しい……、やはり百合こそ至高」「おい巡ジャマだどけ、撮れねえだろ!」「キマシタワー!!」
周りであーだこーだうるさい。
巡があわてふためいていると、
「ああっ、わたしのヒナちゃんが!」
ひときわ甲高い声。
振り向くと教室の入り口からメルがダッシュで駆け込んできた。
「あっ、メルちゃん! おかしいんだよ、いきなり陽夏ちゃんが……」
「あれはきっとクリちゃんの魔法で操られてるんだよ! ヒナちゃん、正気に戻って!」
メルは二人を引きはがしに間に割って入った。
のだと思ったら、いきなり陽夏のおしりにかじりついてほお擦りを始めた。
「あ~ええわぁ~、コレ、欲しいわぁ~」
「ってなにやってんだあんた!」
後ろから思いっきりメルの腕を引っ張ったが、びくともしない。大木でも相手にしているかのようだった。
……こりゃ無理だ、なんか重機の類が必要だ。とあきらめ力を緩めた瞬間、メルはいきなり身を反転し巡に覆いかぶさってきた。
「わ、わあっ!」
あっという間に床の上に押し倒される。マウントポジションをとったメルは、勝ち誇った笑みを上から注いできた。
「ふっ、完全に獲ったね。めぐるちゃん油断しすぎだよ?」
「ぎ、ぎゃあああっ!」
メルは片手で服の上から巡の胸をもみしだきつつ、もう片方の手をワイシャツの下に潜り込ませてきた。
すぐに巡が悲鳴を上げる。
するとその途端に、お約束のようにメルがものすごい勢いで吹っ飛んだ。
ドン、ドカッ、ガタッ、ガタガタッ! バキッ、ガン!
付近の机とイスとクラスメイトをなぎ倒しながら全身を打ちつけることによって、ようやくメルの体は暴走を止めた。
さながら暴風雨のようだった。
「わーっ! メ、メルちゃんだいじょうぶ……、だよね」
きっと大丈夫。
そんなことより巻き添えを食って体を打った数人のクラスメイトの方が心配だった。
「う、う~ん……はっ、いつの間にかわたしも魔法に……、おそるべしクリちゃんの幻惑魔法!」
「あんたそれデフォでしょ! もしそうなら四六時中魔法にかかってることになるけど!?」
むしろ魔法でおかしくなってるのならどんなに良かった事か。
メルの登場で教室はさらに騒然となった。
いつまでもこんな生粋の変態女の相手をしている場合じゃない。なんとかこの場を収拾しないと……。
花奈と陽夏のほうに視線を戻すと、さっきと違い様子がおかしい事に気づく。
いつの間にか陽夏の姿がなくなっていて、なぜか花奈がおなかを押さえてうずくまっていた。
「あ、あれ!? 陽夏ちゃんは?」
「……う、い、いい感じだったのに……、あの子いきなり私にボディーブローをかまして……」
「ええ!? ど、どういうこと?」
「し、知らないわよ……。『あたしより強いやつに会いに行く!』とか言ってベランダから飛び出していったわ」
巡は首をかしげる。どうにも事態が飲み込めない。
陽夏はかけられた魔法のせいで凶暴性が増しているとはいえなぜこのタイミングで急に……?
不思議に思って考え込んでいると、いきなりぞっと背筋にえもいわれぬ悪寒が走った。
なにか凶悪な……、いや邪悪な視線を感じる。メルか? と思ったが相手は一人ではない。明らかに大勢だ。
……なんだろうこの感覚……。まるでそこらじゅうから、全身を見られている気がする。そう、教室中から……。
聞こえる。教室中から不審な会話が聞こえる。
「おい……、巡って男だよな?」「当たり前だろ。まさかお前……、それはないだろ、美道じゃあるまいし」
「そうだよな、巡は男だよな、けどこの胸の高鳴りは……」「ああ、俺も美道のレベルまでやってきちまったみたいだ……」
「いやあいつ実は女だろ? うん、女ってことにしとこうぜ」
「ごめんなさい花奈様、でも私なぜか今東西くんのことがものすごく気になって……」
「あなた、それでも花奈様に忠誠を誓った身なの? 恥を知りなさい」
「あなたこそ、そういいながら東西くんをガン見してるのはどういうつもり?」
ギラギラした視線。それは、教室にいるクラスメイトたちのものだった。
……もしかして女の子になっていることがバレた!? なんで……!? ていうかだからと言って全員から狙われるのはおかしいでしょ!
巡が戸惑っていると、メルが珍しく真剣な顔で声を張り上げた。
「いけない、今ので二人の魔法も暴発してる!」
「え? 暴発? メルちゃんどういうこと!?」
「めぐるちゃんの魔法のせいだよ! それでクリちゃんの魔法が暴発して、みんなめぐるちゃんを……。このままじゃめぐるちゃんの体が食い荒らされちゃう!」
「ええっ!? なにそれ怖っ!」
「とりあえず今はこの場から逃げないと。めぐるちゃんを狙う輩は魔法で綺麗にお掃除してもいいんだけど、さすがにまだ国と事を構える段階じゃないかなって。軍隊が出てくるとちょっと厄介だし」
「なにそれもっと怖っ!」
「来て、ベランダから飛ぶよ!」
メルはパッとなにもないところからホウキを取り出し、ベランダへと飛び出した。
ここはおとなしくメルに従っておかないと、一気にセカイ系小説になってしまう気がしたのでおとなしく後に続く。
昨日の今日で慣れたものだ。メルとともに素早くホウキにまたがると、体はベランダから一気に空高く高度を上げた。