訪問! メルちゃんのお宅 7
「あっ、ダ、ダメです、これ以上はもう……」
「まあ、なにがダメなんですか?」
「えっと、そ、その、」
「はっきり言ってくれないとわかりませんよ?」
おかまいなしに愛撫は続く。
「あっ!」と悲鳴にも似た声を上げた巡の手が、静流の手首をつかみその動きを止めた。
「なんですか巡さん。……もしかして、もう?」
巡はそれには答えず目線を伏せ顔をうつむかせた。静流はそんな巡に向かっていたずらっぽく微笑みかける。
「ほんのちょっと触っただけでこんな……。うふふ、ダメですよそんなことじゃ」
「だ、だからほんとに、もう……」
「このままだと汚れてしまいますからね、ズボン脱ぎましょうか」
返答を待たずに静流は巡のズボンのベルトへと手を伸ばす。
巡はその手を押さえて抵抗の意思を示すが、その力はもはやないといっていいほどに弱い。
すぐにベルトの締め付けは緩まった。続けて静流の手がズボンへとかかり……。
「たっだいまー! めぐるちゃんお待たせ!」
その時勢いよくドアを開けてメルが帰ってきた。本当にいきなりだった。
「イヤ、ダメ! そんな、乱暴はやめてください巡さん!」
それと同時に巡を押し倒していた静流が、パっと体を離し背中からソファに倒れこむ。
胸元を両手で押さえて、急にヒステリックな叫び声を上げた。
……え? な、なにこれ?
巡は一瞬何が起きたか頭が回らなかったが、何か雰囲気的にものすごくヤバイ状況だという事を本能が察した。
「あれれ~? どういうことなのかなぁ~? これ」
メルはいつものニコニコ笑顔でそう言った。何がそんなに楽しいのかと疑問になるほどの笑顔。
「なんでめぐるちゃん男の子になってるのかなぁ? そしてなんでちょっとズボン脱ぎかけなのかなぁ~?」
その口調は姉の前だというのに完全に学校でのメルだった。そこに慎ましやかな微笑みはなく、ひたすら不気味なまでの笑顔がある。
そんなメルを前に、巡はとっさに弁解の言葉が出ずにいた。まださっきの興奮が冷めやらず頭がぼんやりしていたせいもあるが、そもそもこの状況でうまく口が回るような人間ではない。
ただ呆然とする巡の代わりに、静流が空気を裂くような声音で口を開いた。
「夢留さん! どういうことですか、こんな、女の子と偽って男の人を……。それにいきなり私に覆いかぶさってきて危うく……」
「な、なに言ってるんですか静流さん! ぼ、僕はなにもしてないって!」
「きゃあっ、イヤ、寄らないで! こ、このケダモノ!」
く、くそっ、なんてことだ。この人僕を……。本当は違うのに、一体どうすれば……。
焦る巡をよそに、メルが無言のまま二人の間に入るようにつかつかと歩み寄って来た。
「いったいなにがあったのかなぁ? フシギだね~」
「み、見ておわかりになるでしょう? そこの巡さんが私の事を……」
「ち、違うって! 僕は何も……」
「ふ~ん……」
メルはお互い異なる主張をする二人をじろじろ見比べ始めた。
ああ、なんでこんなことに……。でもこんな格好で僕が何を言っても説得力ないし、到底信じてもらえるわけない……。
こ、これはもう……、終わった、かも……。メルちゃんのことだからなにをするか全く想像がつかない。僕は……、いや地球は……。
巡が半ば死を覚悟した時、メルが巡をかばうようにして静流の前に立ちはだかった。
「お姉さま。変な言いがかりはやめて。めぐるちゃんがそんなことをするはずがないわ」
意外にもメルは、毅然とした態度で静流に向かってそう言い放った。
そ、そんな、まさかメルちゃん……? 僕を信じて……?
「な……? ゆ、夢留さん? 彼のその格好を見てわからないのですか? ズボンをはだけて、こ、股間をその……、膨らませて」
「それは、めぐるちゃんがDVDを見て一人でごそごそやってただけでしょ?」
「やってないよ!」
うまくごまかせたかもしれないのに、思わず反射的につっこんでしまった。
といってもやってないものはやってない。
「メ、メルちゃん。僕はその、押し倒したりなんか……」
「だいじょうぶだよ。わたし、めぐるちゃんの言う事だったらなんでも信じるから」
あっさりそう言うメルに、巡はなぜか不安になった。
信じてくれるのはありがたいけど、こういう場合ふつう家族のほうを信じるよね……?
なんなんだろうこの安定の信頼感は。そんな信頼される覚えないんだけど……、なんか重くて逆に怖いような。
「だいたい、めぐるちゃんがこんな熟女に反応するわけないし」
「じ、熟女って……、夢留さん、私のことをそんな風に思ってたんですか!?」
「あらごめんなさぁい、わたしったらうっかり」
「言っておきますけど、巡さんの反応はそれはそれは大変なものでしたよ? かわいらしいぐらいに……」
「あれえ? 今の発言は聞き捨てならないなあ。お姉さま、ついに尻尾を出しちゃったみたいね」
巡そっちのけで姉妹が火花を散らし始めた。かなり険悪な空気。
「やっぱり男の人が苦手なんていう設定もかなり無理あるよね~、そういうのに限って裏でなにやってるか知れたもんじゃないし」
「ゆ、夢留さん、あなたこそ、さっきからその口の利き方といい、態度といい……。それに男の子をいきなり家に連れ込んで、どういうつもりですか!?」
「めぐるちゃんは今はわけあって男の子だけど、本当は女の子ですぅー」
「僕は本当は男だよ!」
「……よくわかりませんが、どちらにせよ男装した女の子とだなんて正常とはいえませんよ?」
「なんの問題もないよ、わたし両方いけるし、どっちでも安心」
「……ずっと昔から思ってましたけど、夢留さん、あなたやっぱりおかしいわ、普通じゃない。……あなた、ひょっとして変態でしょ?」
「ですが何か?」
「うわっ、メルちゃんあっさりカミングアウトした! もうちょっとためらおうよ!」
「うふふ……、やはりそうでしたか……。それは奇遇ですわね……ふふ……」
静流はしばらく気味の悪い湿った笑い声を出した後、上品な笑顔を浮かべてきっぱりと言った。
「私もですわ」
なんだこの話。ひでえ(笑)