訪問! メルちゃんのお宅 5
ゆっくりとドアが開き、静流がティーカップを載せたトレーを持って入室してきた。
「お、お姉さまそんな余計な……、じゃなくておかまいなく」
先ほどとはうって変わった声音でメルが言う。
巡のマウントを取りかけていたメルはささっと身を引いて、すでにソファに座り直していた。
静流は優雅な所作でテーブルの上に二人分のティーカップを並べた。巡はその様子にぼーっと見とれていたが、静流の足元に転がっているモノを見て「あっ」と声を上げそうになる。
カップを並べ終わった静流はそんな巡のおかしな様子に気付き、その視線の先を追った。
「あら、なにか落ちてますね」
静流がかがみ込んで床に落ちていた物体を拾い上げた。それは先ほど巡の手から床にこぼれ落ちたCDケース。
「なにかしらこれ……?」
と静流が顔の前でまじまじとケースの中のディスクを眺める。
思わず巡が手を伸ばしかけた寸前、電光石火のごとくメルの手がマニアックな企画物AVの入ったCDケースを静流の手からかっさらっていた。
あまりの速さに何が起こったか把握できずきょとんとする静流。
一瞬間が空いて、メルが両手のひらで隠すようにしてさっきのケースを抱え込んでいるのに気がつく。
「夢留さん? それは……」
「こっ、これは映画のDVDです。今日めぐるさんが持ってきてくれたのでこれから二人で見ようかと……」
「あら、巡さんが? 一体どんなお話なのかすごく興味がありますわ。もしお邪魔でなければ私もご一緒して……」
「思っていたのですがまた今度の機会にしようかと……」
「そうですか……、それは残念です。どんなお話だったんでしょうか、すごく気になります。ちなみになんというタイトルですか?」
「……わ、『私のお友達』というですね、ら、ラブストーリーです」
メルの引きつった微笑の横で、巡がぼそっとつぶやく。
「言うに事欠いてラブストーリーって……、イタッ!」
巡のふとももの裏側に痛みが走る。静流の死角でメルにおもいっきりつねられていた。
それに気付かない静流は心配そうに声をかける。
「どうしました巡さん?」
「いえ、その、妹さんが……あ、いやなんでもないです」
あわてふためくメルが少しおかしかったので、ちょっとだけからかってやろうかと思ったが、後でどんな目に合うかわからないのでやっぱりやめた。
トレーを両手で抱えた静流はしばらくにこにこしながら二人を眺めていたが、
「お邪魔しました。巡さん、それではごゆっくり」
そういい残し部屋から出て行った。
外から聞こえる足音が遠ざかるやいなや、メルが押しつぶさんばかりの勢いで体を寄せてきた。
「ねえさっきのなにめぐるちゃん? もしかして、ここぞとばかりにこれまでの恨みを晴らそうとしてる?」
有無を言わさず顔を近づけてきたメルに視界を塞がれた。口元は笑っているが目が笑っていない。
「べ、別にそんなつもりは……、ていうか自分が恨みを買ってることについて自覚はあるんだ……」
「あんまり調子に乗ってるとねぇ…………、まあいいや、邪魔者はいなくなったし。じゃあ、二人でそれ見よっか?」
「さっきあれだけ慌ててたくせに……、メルちゃんすっごいずぶといよね」
「ほんのちょっと、さわりの部分だけだから」
そんな巡のぼやきを無視し、メルは嬉々としてテレビの電源を入れ、上映会の準備を始めた。
巡がうわあ、マジで勘弁してよ……、とげんなりしたその時、テーブルの隅に置いてあったメルの携帯がズゴゴゴゴ……、と激しく振動を始めた。
その異音に二人とも一瞬ビクっと身をすくませた。
「えっ……、あ、ケイタイのバイブかぁ。おもちゃが暴発したかと思った」
「びっくりした……。なんかそれさ、異常に振動強くない?」
「えぇ~、だってフルパワーじゃないと使えないでしょ?」
巡も心得たもので、何に? とは聞かない。
メルはそのまま携帯を放置していたが、一向に振動が止まらないので面倒そうに手に取り画面を確認する。
その直後「ちっ」と舌打ちしたのが聞こえた。
「めぐるちゃん、ちょっとゴメンね、デンワしてくる。先に見てていいよ」
そう言うとメルは携帯を耳に当てながら足早に部屋を出て行った。
一人残された巡は、ソファに座ったまま手持ち無沙汰にしていた。改めて室内をぐるりと見回すがどうにも広くて落ち着かない。
もちろんこの間、部屋中を物色したりなどという自ら進んで地雷原を走り回るようなマネはしない。
何か対抗策を……、と考えているうちにそのまま五、六分。このまま急用ができたといってどうにか逃げ出せないかと考え始めた頃、今度は巡の携帯が振動を始めた。相手はやはりメル。
「ごっめ~ん、急用ができちゃって、すぐ戻るから待ってて」
「いや、いいよ僕ももう帰るから」
「あっ、それだけじゃ物足りないだろうから、え~と、本棚の上から二段目の辞書の中に……」
そこで巡は電話を切った。
メルの急用とやらが少し気になったが、これで帰れる。もう二度とこの家に足を踏み入れる事もないだろう、そう心に決めつつ立ち上がった。
するとその時、ドアをコンコンとノックする音が。
あれ、もう戻ってきたのかと焦る巡だったが、続けて聞こえた声にすぐにそうでないことを知らされた。
「巡さん、失礼します。お茶菓子を持って来ました」
やってきたのは静流だった。ご丁寧にも今度はケーキを二つ盆に載せている。
「ごめんなさいね、夢留さん、先ほど急用ができたと出て行かれてしまったのです」
「は、はい。……あ、あの、すいませんがわ、私も、もう帰りますので……」
「いえそんな、せっかくですから召し上がって行ってくださいな」
静流はテーブルに盆を載せると、申し訳なさそうな顔をして巡の隣に腰掛けた。
「夢留さん、あれでちょっと落ち着かない所がありますから……。巡さん、夢留さんが戻るまで、よろしければ私と少しお話でもしませんか?」
「え、いや……、えーと……」
巡は正直言ってさっさと帰りたかったが、こういうときスパッと断ることができないタチだ。
しかし年上の女の人と話すのはあまり得意ではない。というか、女子と会話すること自体苦手なのだ。
それでも今は女の子モードであるため本来の彼よりずっとマシだった。
本来なら女の子と部屋に二人っきりというだけでも緊張してしまい、会話はおろか何もしなくても息苦しくなってしまってどうにもならないだろう。今のこの状況は、不幸中の幸いとでも言うべきか。
巡はそれを逆手に取り、なんとかこの場を乗り切ることにした。
……そうだ、今僕は女の子なんだ。友達のお姉さんとちょこっとお話するだけだし、うん、大丈夫。別に何の問題もない。適当に少しだけ相手をして帰ろう。
と、腹をくくった巡は、いつの間にか静流の体がすぐそばまで接近していることに気が付いた。ほぼ初対面の人間同士がおしゃべりをするという距離ではない。
「いいでしょう? ほんの少しですから……」
巡の右肩に豊満な胸が押し付けられ、太ももの上に優しく手のひらがのせられる。
「巡さん……、なんて可愛いのかしら……」
耳元でそう囁かれると同時に甘い吐息を吹きかけられ、巡はビクリと体を硬直させる。
……え、え!? な、なにこれ!? どうなってんの!? と頭の中は一気にパニックに陥っていた。