訪問! メルちゃんのお宅 3
「こ、これがメルちゃんの家……」
巡は呆然とした表情で目の前の建造物を見上げていた。
あの後二人は学校の屋上へ出て、ホウキのリリちゃん(振動機能付きオーバーテクノロジーステッキ)にまたがり一瞬にしてメルの自宅前までやってきていた。
静かな住宅街の中にひときわ目立つ、白を基調とした西洋風の建物。
広い庭にはところどころ樹木が植えられ、色とりどりの花が芽吹いている。ぱっと見ただけでうん億円はしそうな豪邸だった。
「めぐるちゃん、いつまでも突っ立ってないで、早く」
鍵を使って門を開けたメルが、ぼーっと立ちつくす巡をせきたてた。
すっかり気後れしてしまった巡は、やや体を強張らせつつもメルの後に続いた。
「す、すごいねこの家。なんていうか、本当にメルちゃんの家なの?」
「そうだよ。でもね、実はわたしも引っ越してきてそんなにたってないの。元はどこかのお金持ちが建てたらしいんだけど、空き家だったんだって」
「こんなところに入るの、なんだか緊張するなあ……」
「うん、緊張するのも無理ないよね。じゃあ練習しておこっかぁ。はい、娘さんを僕にくだ……」
「いや言わないよそんなこと!?」
「わたしね、お家では窓辺で読書をしながら優雅にレモンティーを飲む病弱でおとなしい女の子で通ってるの。いつもとちょっとキャラ違うかもしれないけど」
「ちょっとどころじゃないよね……。そういう設定はさすがに無理があると思うよ、これまでの話の流れからして」
「めぐるちゃんいつからそんなメタ発言するようになったの? 大丈夫、うちの家族変わってるからきっと気付いてないよ」
「それさ、あえて触れないようにしてるんじゃないの……?」
「それはないよぉ~、……それで実はね、今日お家には誰もいない……」
メルは言いながら、カードキーを取り出し黒い大きな玄関ドアを開けた。そして次の瞬間、病弱でおとなしい女の子にあるまじき声を上げた。
「げっ」
そして巡が「どうしたの?」と尋ねるより早くメルは巡の口を手で覆った。
「むぐっ!? な、」
「しゃべらないで!」
メルのすごい剣幕におされ巡は開きかけた口を閉じた。メルはたて続けに巡の左手首にかじりついて素早く巻かれていた腕時計を外した。
「……あっ、な、何を……」
「わたしがいいって言うまでつけちゃダメ!」
メルはそう強く釘をさすと、外した腕時計を巡の手に押し付けた。
何の説明もなくいきなり女の子にされてしまった巡は納得がいかない。当然文句をつけるべく食ってかかろうとするがその時、何者かの声が家の中から聞こえてきた。
「あらぁ、夢留さん、おかえりなさい」
やや焦るような表情を見せていたメルは、巡がこれまで見たこともないような慎ましい笑顔を浮かべぱっとその声の主へ振り返った。
「ただいま戻りました。お姉さま、もうお帰りだったの?」
「ええ、今日はですね、遅くなる予定だったんですけれど、それがねぇ、びっくり。大学の講義、今週はお休みだったの。私来週の予定とすっかり勘違いしてました」
「うふっ、お姉さまったら、うっかりやさんなんだから」
「うふふふふ、夢留さんだってそういうところあるでしょう?」
二人を家の中から迎えたのは、おっとりとした話し方をする優しい表情をした女性。
ややウェーブがかった胸元まで垂れる茶色い髪と、ワンピースから伸びる白い肌が、扉から漏れる陽の光りでキラキラと輝いている。
突然のメルの行動と美女の出現。目の前で繰り広げられる会話に、巡は一人ついていけず軽くパニックに陥っていた。
なんだこれは、どうなっているんだ。メルちゃん、まさか本当に家ではこんな……。ていうかこの綺麗で上品な人がお姉さん? 確かに顔は似てはいるけど……、信じられない……。
「ところでそちらの……、あっ!」
彼女は巡と目が合うやいなやいきなり驚いた顔をして、時が止まったかのように固まった。
メルがあわてて取り繕うように声を上げる。
「お、お姉さま安心して! こ、この子は、男子の制服を着ていますけどれっきとした女の子ですから! そ、その、えー、制服が汚れてやむを得ず男子から制服を借りて……」
巡は思わず、男子から借りるってどんな状況だよ、とつっこみそうになる。メルもまずいと感じたのかすぐ言い直した。
「あっ、そう演劇部! この子は男子の役を演じるために、身なりを男子のものにして役作りに励んでいて……」
「あ、あらそう……、すごく熱心なのですね。それによく見たらとても可愛らしい顔立ちをして……」
メルの怪しい説明を信じたのか、彼女は調子を取り戻して巡に微笑みかけた。
「はじめまして。姉の静流と申します。夢留さんがいつもお世話になってます」
「えっ、は、はい。と、東西巡です、はじめまして」
「巡さん……? とっても可愛らしいお顔をしていらっしゃいますね。男の子が放っておかないでしょう?」
「い、いやあ……、はは」
「お、お姉さま、こんなところで立ち話もなんですから……。め、めぐるさん。わたしのお部屋に行きましょう」
メルは背中を押すようにして巡を邸内に招き入れる。その間巡は、やや引きつっているメルの顔を見て取った。
めぐるさん、とかなんか気持ち悪いなあ。メルちゃん的にかなりヤバイ状況なのかな。それになんでわざわざ僕を女にしたんだろう。
などと考えつつ、メルの後に付き従う。吹き抜けの大きなホールで静流と別れ、階段を登り豪華なシャンデリアに見とれつつ置物のある通路を歩いてメルの部屋までやってきた。
巡宅のリビングよりも大きなこの部屋。メルはドアを閉める前に廊下を確認した後、ゆっくりと閉めると同時にふぅ、と大きく息をついた。
「はぁ~、びっくりした。まさかお姉さまが帰ってきてただなんて」
「僕の方がびっくりだよ。いきなりなんなのこれ……」
「僕じゃないでしょ! ちゃんと私って言わないとダメ!」
「えー……、なんでそんな急に……」
「もう、ニブいんだから! まずね、ああいうキャラで売ってるわたしが、いきなり男の子を家に連れ込もうとしてたらどう思う?」
「売ってるって、家族になにを売ってんのさ……」
「それはね、ほとんどパパが原因なんだけど……、とりあえずそれはおいといて。あとお姉さまはね、とっても男の子が苦手なの。お話しするのも一苦労、体を触られでもしたら、それこそ卒倒しちゃうから」
「あー、それでさっき……」
「だからね、お姉さまの前では女の子でいて。さっきはわたしがなんとか切り抜けたけど、ヘンな事言ったらダメ。いつもみたいにお触りもダメ」
「いつもお触りしてるのそっちでしょ……。さっきメルちゃん珍しくテンパってたよね……。あーあ、そういうことなら速攻で逃げればよかった」
「ん? 逃がさないよ? なにはともあれ二人きりになれたんだし」
そうしていつものようにすり寄ってくるメル。
普段ならどぎまぎしてしまうであろうこの状況も、女になった巡は全く動じない。
ところで僕は……なぜこんな所に来てしまったんだろう。元はといえば陽夏ちゃんが……。それにこの人は、一体何が目的なんだ、こんな危険を冒してまで……。
と、ひとりただひたすら嫌な予感がしていた。