訪問! メルちゃんのお宅
翌朝、通学路。
メルに遭遇したトラウマで、すっかり遅刻するようなこともなくなった巡はゆったりとした足取りで学校へと続く道を歩いていた。
巡は朝からずっと悩んでいる。
彼の鞄には、昨日激しい口論の末勝ち取った陽夏のパンティが忍ばせてある。
自分が責任をもって返すとメルに言い張ったものの、実際これをどう返したものかと頭の中はそのことでいっぱい。
昨日の晩、道程から電話があり陽夏から自分への変態男装疑惑は晴れたようだが、それでも彼女とは顔をあわせずらかった。
巡は昨晩の道程との電話の内容を思い出す。
「いやぁ、めぐる君。お手柄だよ。さっきねえ、陽夏ちゃんがやってきてねえ、『変態に狙われたくないからどうにかして』ってお兄ちゃんにすがってきてさ。いやぁ、あの陽夏ちゃんがねえ、あんな弱々しい一面を見せるなんてちょっと感動しちゃったよ。一体何をやったんだい君」
「僕は別にたいしたことしてないですよ。あの、もしかしてメルちゃんにこの仕事の事教えたの道程さんですか? なんか知ってたみたいなんですけど」
「え、……あ、それね。いやあ、あのあとなに話してたの? ってしつこくてさ、ついつい……。ま、まあ毒をもって毒を制すみたいな感じで彼女にも手伝ってもらう事にしたんだよ」
「毒っていうか猛毒ですよ! もうめちゃくちゃなんですから!」
「で、でも結果オーライでしょ? 大丈夫大丈夫。陽夏ちゃんにはちゃんと説明して、全部わかってもらったから。もちろんめぐる君のこともね」
「そ、そうですか……。で、結局陽夏ちゃんはどうなるんですか?」
「あの子ね、狂戦士の魔法かかってるんだよね……。身体能力、とくに攻撃力が上がって、そんで暴力性が増すっていう。あの子本来すごくかよわい子で、どうしてもそれを克服したいって言うからお兄ちゃんがかけたんだけど、解けなくなっちゃった。えへへ」
「えへへじゃないっすよ! なんてことしてんですか!」
「いや、本人は知ってるし喜んでるからまあいいかなー、と」
「そんなんでいいんですかホントに……。で、今回の件はこれで終わりでいいんですか? やっぱりダメですか?」
「いやいや、合格だよ。陽夏ちゃんもちょっとはおとなしくなるだろうし、いいものを見せてもらったし。めぐる君には引き続きお願いするよ。次のターゲットとか詳しい話は衆ちゃんから聞いてね。じゃ、おやすみ」
……そういえば衆くんってあの後どうなったんだろう。まあ別にいっか。
巡は美道のことが一瞬頭をよぎったが、すぐにどうでもよくなった。そんなことよりいまは大事なミッションが控えているのだ。
「めぐるせんぱーい!」
男子が持ち歩くには危険なこのアイテム、どうしてくれようと悩む彼を呼びとめる女子の声が聞こえた。
巡には先輩、なんて呼ばれるような間柄の後輩はいない。しかも下の名前で。
……この声は、もしかして。
慌てて後ろを振り返ると、そこにはにこやかに笑顔を振りまく美少女の顔が。思ったとおり案の定陽夏だった。
ひょこっと一箇所だけ結わえた髪がチャームポイントの彼女は、目線の少し下から上目遣いにこちらを見つめている。
その愛らしく熱い視線を受けて思わずでれっと頬が緩みそうになる。
だがその頬は一瞬にして苦悶に引きつった。
どすっ! ごすっ!
巡の腹を太鼓よろしく陽夏の左右の拳が交互に一発ずつ叩いたのだ。
「うぉごっ! ……な、なにするんだよいきなり!」
「え? あいさつに決まってるじゃん」
「ど、どこが! ボディーブローを入れただけでしょ!」
「ちゃんと敬語であいさつしたんだけどなぁ」
「いや全然伝わってないから、敬う気持ちとか!」
「おはよう、ございます。で二発だったんだけど?」
「それじゃ先輩の方が一回多く殴られることになるみたいね!」
「……うーん? って言っても先輩にタメ口はよくないじゃんか」
「タメ口! 今すごいタメ口だよ!」
巡はぜぇぜぇと息も絶え絶えに陽夏をいさめた。
しかし彼女は悪びれる様子もなくただにこにこしている。自分がおかしな事をしているなんて微塵も思っていないようなそんな顔で。
「昨日道程のおっさんに聞いたんだけどさ、巡せんぱいって、メルせんぱいに女の子にされちゃったんだって? すっごいなぁ、ぷぷっ」
「いや笑い事じゃないよホントに……」
……他人事みたいに笑ってるけど、自分だって道程さんに魔法(呪い?)をかけられたクチでしょうが。
だけど本人はそれが苦とも思ってないんだよな。むしろ楽しそうにしてるし。
「あっ! めぐるちゃん! それにヒナちゃんも! おっはよー!」
巡はその声にとっさに身構え、陽夏はさっと巡の陰に隠れた。
二人の視線の先はやはり笑顔全開のメル。手を振りながら小走りに近づいてくる。今日もやたらとスカートが短い。
「お、おはよう。……メルちゃん今さ、学校の方から来たよね? な、なんで通学路逆走してるの?」
「うん、ちょっとね」
「……ちょっとなに? ちょっとねって言われても全然納得できないんだけど……」
今日も今日とて彼女は朝一から不審すぎた。
しかしこれ以上追求してはならない、と巡の中で警報が作動する。
無理に尋ねたところで聞かなければよかった……、と後悔することは目に見えてるのだ。
ごまかすように背後の陽夏へ声をかける。
「ほら、メルちゃんだよ、あいさつしないの? 敬語で」
巡の背中でちぢこまる陽夏は、完全におびえていた。昨日の男子生徒たち(M)をボコボコにした時の威勢はどこへやら。
「オ、オハヨウ、ゴザイマス」
「陽夏ちゃん、それはないんじゃないかな、うっ!」
背中を叩く肉体言語。うるさい、とでも言わんばかりなのは巡にも伝わった。
「おはよ! 昨日のヒナちゃんの写真、すごくよかったよ。びっくり。ちゃんと写真たてに入れて部屋に飾ってあるから」
「いやメルちゃん、あれはそういう類のものじゃ……」
被写体があさっての方向向いててカメラに気づいてないし……。
「し、写真てなんの……?」
「あれ? ヒナちゃん知らない? じゃ今日わたしのお家にいこっか。見せてあげる。もちろんめぐるちゃんも一緒にね」
「えっ、いや、あの」
「僕はいいよ。女の子同士二人で……うぐっ!」
ふたたび背中ドン。今度のは「かわいい後輩を一人変態の住処に放り出すつもりか」、という解釈であながち間違いはないだろう。
「ところでめぐるちゃん、きのうのアレは?」
「……なにアレって」
「だーかーらぁ、ヒナちゃんのパン……」
「あーはいはいそれね! 心配しないでいいよそれのことは!」
「えっ? 今日はわたしの番でしょ? 早く出して」
「番とかそういうのないから!」
「もう! しょうがないなぁ、十万までなら出すから」
「ずいぶん出せるねぇ! 僕一瞬迷っちゃうぐらいだよ!」
「そんなに嫌がるってことは……、まさか今履いてるの!?」
「履くわけないでしょーが! ちゃんと鞄の中に……」
「そこかっ!」
「うわっ、やめろこの変態!」
昨日の続きとばかりに再び繰り広げられるパンツ争奪戦。メルは鞄を狙いつつも巡の体にボディタッチするのを忘れない。
対する巡はどうしても引き気味になってしまい、そしてついには背を向けて走りだした。
すでに陽夏は二人が言い争っている間にとっくに脱出している。
遠くから学校のチャイムの音が聞こえる。遅刻まであと五分。
巡は全力疾走しながら今日も波乱の一日が始まりそうな予感がしていた。