喧嘩上等? 生意気暴力少女 5
巡はそろそろと給水タンクの後ろから首だけ乗り出して、屋上の出入り口のほうを確認する。
足音の主は紛れもなくさきほど見た写真の少女、赤桐陽夏だった。
彼女は周囲を見渡しながら悠々と足を進め、ちょうど屋上の中心あたりで立ち止まった。
屋上はそこそこの広さなので、よほど注意深くなければこちらに気づかれる心配はない。
しかしなぜ彼女は放課後一人でこんなところに来たのだろうか。
手ぶらでやってきた彼女は、なにをするでもなく立ちつくしている。
これからなにか――つまりは大掛かりな魔法でも始めるつもりなのだろうか。
ことが起こるのを今か今かと待ち構えていると、陽夏がおもむろに制服のブレザーを脱ぎだした。
「おおっ。……うげっ」
巡は思わず身を乗り出す。美道はすばやくその首根っこを捕まえ引き戻した。
「何をしとるか。今見つかったら面倒だぞ。それにたかが上着を脱いだだけだろうが」
「こ、これからもっと脱ぐのかも……」
「アホかお前、そんなわけないだろう……。いったいなにを想像しとるんだ。お前のようなのをムッツリスケベと言うのかもな。ほら、見てみろ」
やけに冷めた態度の美道に不満を覚えつつも、巡は物陰からこそこそと様子をうかがう。
何をしているのかと思いきや、陽夏は一人で準備体操らしきものを始めていた。手首足首をぐりぐり回したり、飛び跳ねたり。
人の目を意識していないせいか彼女の動作はダイナミックだ。そのためスカートの翻り方はかなりきわどい。
陽夏はそれ以上脱ぐ事はなかったが、落胆しかけた巡先生を満足させるには十分だった。
「ふん、白か……」
「……うん」
二人は陽夏のパンツの色について確認しあった。満場一致だ。
その後美道はどうでもよさそうにすぐに顔を引っ込めたが、巡はさらに目を凝らしていた。
すると彼女の背後、屋上の出入り口が再び開くのに気づく。扉から男子生徒がぞろぞろと吐き出された。
「ねえ、あれ!」
「来たか……」
美道は別段驚く様子もない。最初から彼らが来る事を知っていたようだ。
男子生徒の数は六人。それぞれ容貌や体型もバラバラで統一感がない。髪を少し染めた不良っぽいのもいれば、眼鏡をかけた太った男子もいる。
六人は少し距離を置いて陽夏を取り囲んだ。
「へへ……、このまえは世話になったな」「このときを待ってたぜぇ……?」「せいぜいお手柔らかにな! ひゃっひゃっ!」「……はぁ、はぁ」
男子生徒たちは下卑た笑みを浮かべながら、陽夏に向かって口々に言葉を発する。全員どこか興奮しているようだった。
「ほんと懲りないなぁお前らも」
異様な集団に囲まれながらも陽夏に気後れする様子は一切ない。
助けを呼べそうにない屋上でこんな状況になったら、かなりの恐怖のはずだ。
「し、衆くん! 大変だよ陽夏ちゃんが……」
「……いきなりちゃん付けか? お前一人で勝手に親しくなってるな」
「どうしよう!? 助けに行く? でもあの人数じゃ……」
「まあいいから、黙って見てろ。下手に出て行ったりするとややこしくなるからな」
衆くんは女の子に対しては非情だ。やっぱり全然変わってないじゃないか。
このままじゃ陽夏ちゃんが……。あれ、でもどうなるんだろう。まさか集団で……。
……い、いけない、なにを想像してるんだ僕は!
「ほら、早くはじめよーぜ」
「クク…………望むところだ!」
陽夏の一言で、正面にいた男子生徒が彼女に飛びかかる。
「あっ、てめえ抜け駆けは許さねえ! 一番手は俺だ!」
続けて一人。
――あっ! ダメだ!
巡は思わず目をつむった。陽夏が魔法を使えるとはいえ、直前まで呪文を唱えるような素振りはなかった。
ましてや相手は多勢で、同時攻撃もありうる。
その場の誰よりも一回り小さく小柄な彼女が、あの人数を撃退できるとは到底思えない。
ドッ、ドスッ、ガスッ!
鈍い音が響き渡る。どんな惨劇が繰り広げられているのか、目を閉じた巡にはわからない。
巡が血の気の引くような思いでいると、続けてすぐ悲鳴がこだました。
「うおっ」「ぐわあっ」「ひいっ」
だが聞こえてくるのは男子の野太い悲鳴ばかり。
不思議に思った巡はおそるおそる目を開けた。
そこには殴る、殴る、蹴る、殴る、倒れたところをさらに容赦なく踏みつける陽夏の姿があった。
ど、どうなってるんだこれは……。
魔法? いや思いっきり肉弾戦だ。ひたすら打撃しかない。
それにあの子、嬉々として倒れた相手を踏んづけてる……。
「こ、このおっ」
最後の一人が踊りかかるも、陽夏は素早い動きで身をかわすどころかカウンターで拳をボディーにまっすぐ突き刺した。
相手は吹き飛ばされ地面を転がり悶絶し、起き上がることができない。
あっという間に一人の女子生徒を残して全員が地に横たわる図ができあがった。
「あ~あ、全然ダメじゃん。前と変わってないし。やる気あんの?」
陽夏は倒れている男子生徒を一人一人げしげしと足蹴にして回る。
「おっ」「あうっ」「はふん」
陽夏が蹴るたびにそこここで気持ち悪い声が上がる。
陽夏はそうしてしばらく気色悪い楽器を奏でていたが、
「いまいち張り合いがないんだよなあ……」
そうつぶやくとつまらなさそうにさっさと屋上を後にした。
彼女がいなくなると美道は唖然とする巡を置いて倒れている男子生徒たちに近寄っていった。
巡もなにがなんやらわからず後を追う。
「今日もえがったわあ~」「ああ。あの容赦のない打撃……たまらん」「もっと蹴られたかったなあ……」「陽夏たんかわいいよはぁはぁ」
上半身を起こした男子たちは、口々に感想?を述べていた。
事態を把握できない巡は美道に尋ねる。
「なにこれは……? どういうこと?」
「まあ、つまりこいつらはM男の集まりなわけだ」
「M男……?」
巡はてっきりたちの悪い不良に因縁をつけられた陽夏が、屋上でリンチにでもあうのかと思っていた。
だがそれはすぐに間違いだと気づいた。
男達はあれだけボコボコにされたにも関わらず誰もがすがすがしい表情をしていたからだ。
体を痛めているはずなのに今も楽しそうに談笑している。
不良ではないにしろたちの悪い集団であることに変わりなかった。