魔法少女登場2
「はい、できあがり~」
陽気そうな少女とは対照的に、あたふたと自分の体を触りだす巡。
時おり「ひいっ」とか「わっ」だとかおかしな叫び声を発している。
「ああっすごい、いい、いいよめぐるちゃん。その反応、その表情!」
「ち、ちょっとやめて!」
少女は巡に近づくと、ごそごそとその体をまさぐりだした。
それはまるで痴漢常習者のような、熟練した手の動きだった。
「ま、まさかこんなに可愛くなっちゃうなんて……。わたし、新しい何かに目覚めそう」
呼吸を荒げた少女は、巡に抱きつき制服の上から生まれたての双丘に顔をうずめた。
「あっ。いや、や、やめて……。だ、誰か。ああっ」
まばらな通行人もちょっといぶかしげな顔をするだけで、助けに入るものはいない。
離れて見る分には、女子生徒が男子生徒にまとわりついているようにしか見えないからだ。
すれ違う男性の多くは、朝っぱらから美少女と乳繰り合っている巡のほうに殺意を覚えるぐらいだった。
「すーはーすーはー……。あーええ匂いや……。…………はっ! いけない、わたしったら一体なにを」
「一級の痴漢行為だよ! 離れてよ!」
「ふーあぶなかった。服装が逆だったら通報されてたね。女の子には優しい時代だよね~、女でよかったぁ」
「ふー、じゃないよ! なにするんだよいきなり!」
「そんなぁ、わかるでしょ? 可愛い子を見たらおっぱいに顔をうずめて深呼吸したくなる気持ち」
「思ってもふつーはやらないんだよ!」
「危険だよめぐるちゃんのその容姿。絶対襲われちゃう。ていうか隙あらば襲う」
「何言ってんのやめてよ! 大体これ君がやったんでしょーが!」
もともと中性的で整った顔立ちをしていた巡は、とんでもない美少女に変貌していた。
体は丸みを帯び柔らかくなり、肌は透き通るように白く繊細に。
膨れ上がった乳房はそれほどの大きさではないが、制服のブレザー下からわずかに存在を主張する。
髪型に変化がないのが唯一の救いか。それでもベリーショートと比べると長い。
……本当に女の子になっちゃったみたいだ。胸がヘンだし股間がすーすーする。ど、どうしよう。
困惑する巡の耳に、登校終了時刻を告げる学校のチャイムが聞こえてきた。
彼はもう一息というところで変態につかまり、間に合わなかったのだ。
さらに放心状態になる巡。
「どうしたのめぐるちゃん? おもらし?」
「違うよ! ……これで今日も遅刻確定だ」
「……はるかにすごいことが起こったのに、そんな事を気にしてるの……? メルちゃんちょっとびっくりよ」
「……それも込みで」
「だいじょうぶ! 遅刻なんて帳消しにできるよ! 魔法の力で!」
「えっ? ほんと?」
「うん。こうやってステッキをかざして、『激烈聖炎魔法! 通称セフレ』ってやれば学校なんて一瞬で灰燼と化すよ!」
「だ、ダメだよそんなの! 帳消しっていうかみんな無に帰っちゃうよ!」
「せーの、セイクレッド……」
「ちょっと何振りかぶってんの!」
巡は魔法を阻止すべくメルに飛び掛かった。
ステッキを持つ手を掴んだ拍子に、バランスを崩し地面に倒れこむ二人。
ゴドッとアスファルトに骨が打ちつけられるような音がした。
「いたたた……」
「う、ううん……」
「だ、大丈夫? すごい音したけど」
「……やだ、めぐるちゃん大胆……」
「うわ、ちょ、放して!」
馬乗りになった巡は、下から背中に腕を回され一方的にしがみつかれていた。
必死に振りほどいて立ち上がろうとするが、筋力が弱まったのかメルの力が異常なのか身動きが取れない。
メルはうっとりとした表情で、スカートがまくれるのも構わずさらに足を絡み付ける。
……な、何て力だ。なんかいろんな関節が決まっている気がする。まずいぞ、下手すると男子生徒が女子生徒を押し倒しているように見られるかも!
もし警察に捕まったら男装した変態女扱いされる!
かなりの危機的状況であることに気づいた巡は、手足をじたばたさせて抵抗を試みる。
だがその試みもまったく無駄であった。
「おーい、お前ら朝っぱらから何やってんだー?」
その時、だらしないスーツ姿の男性が乗っていた自転車を止めて声をかけた。
巡は一瞬血の気が引いたが、その声の主が誰であるか気づくと、もがきながら助けを求めた。
「あっ、先生。僕です、東西です! 助けて下さい!」
「おー、東西か。なあ、先生はおおらかなほうだけどな~、さすがに道端で強姦はよくないと思うぞ」
「ち、違います、よく見てくださいよ!」
「うん? これは……逆レ○プというやつか。勉強になるなー」
「見てないでどうにかしてください!」
男性は巡の担任久世泰平。生来のずぼらなのんびり屋である。
温厚で優しそうな顔つきをしているが、性格が災いしてか三十路に突入するもいまだ独身。
久世はしばらく二人の様子を眺めていたが、自分が教師である事を思い出しメルを引き剥がしにかかった。
メルの腕に久世の手が触れると、急に締め上げていた力が緩まる。
バッと巡が呪縛から逃れると、メルは衣服をただしゆっくりと立ち上がった。
「いっけない。わたしったらこんなところで……」
「場所も問題だけど、根本的におかしいことがあると思うよ」
「ごめんね、めぐるちゃん。ちょっと後頭部を打ったみたいで意識が……」
「なかったとは言わせないよ!?」
「あったんだけどつい素がでちゃって」
「なにそれ怖い! やっぱり無意識に体が動いた事にして!」
「えへっ」
メルは後頭部をさすりつつペロッと舌を出す。
その姿が獲物を前にして舌なめずりしているように見えて、巡は背筋が凍るのを感じた。